150話 竜人族の冒険者事情
お茶を淹れるかファンヌが訊ねたけれど、カシュパルが断ったのでそのまま食器を下げて退室していった。
と言っても、何もなしでは手持ち無沙汰になる気がする。
「えっと、お酒でも飲みますか?」
「そうだね。じゃあ、ネトゲアイテムのブランデーをもらえる?」
「はーい」
仮想空間のアイテム購入機能でささっとブランデーを買い、グラスと共にテーブルの上に置く。
他のお酒と違って蒸留酒は飲み方の好みが人それぞれだから、酒瓶を順繰りに回し自分でグラスに注ぐのが魔族流だ。
カシュパルはストレート、わたしは大きめの氷を入れた水割りにする。
水や氷は魔術で好きな時に好きなだけ出せるから、溶けたり温くなったり結露したりといった煩わしさがなく、元の世界と違ってすごく楽なんだよなぁ。
グラスを軽く掲げて乾杯し、ひと口飲む。
ああ、いい香りだ。わたしは普段はビール派であまり蒸留酒を飲まないけれど、お酒がそれ程強くないからなだけで別に苦手というわけじゃない。
内密な話があると言った割りに、カシュパルはしばらく黙ってブランデーを飲むばかりだった。
話しあぐねているんだろうか。でも、特に気詰まりに感じたりはしない。
ヴィオラ会議のメンバーとはもうすっかり打ち解けて気を遣い合う間柄ではなくなったから、話したくなればそのうち話すだろうと、わたしは窓越しに月を眺めながらブランデーを楽しんでいる。
氷がカラカラと音を立て、ふと、魔術でならバーテンダーがアイスピックで作るような球状の氷も作れるだろうかという考えが浮かんだ。
すごく集中力が要りそうだけど、お月様のような氷でロックを飲みながらお月見するのも面白いかも。今度やってみようかな。
そんなことを考えていたら、不意にカシュパルが両手で青い髪をかきあげて深く息を吐いた。
目が合う。どうやら準備が整ったようだ。
「待たせてごめん。どう話そうか考えをまとめるのに時間がかかっちゃったよ」
「いえいえ、お気になさらず」
「さっきSランク冒険者のことが話題に上がったでしょ。この際だから、スミレに話しておいた方がいいと思うことがあってさ」
「おお、Sランク冒険者の情報はありがたいです。わたしが思っていた以上に影響力が強いみたいなので」
「うん。それで、まずは前提として竜人族の事情から話すよ。部族の恥……という程ではないにしろ、みっともないっていうか少々情けない話なんだけどね」
それでどう話したらいいか少し迷ったんだと言って話し始めたカシュパルは、何故かわたしに、陽月星記を読んで竜人族にどんな印象を持っているかと訊ねた。
竜人族についてというと、まずは精霊族に次ぐ最古の部族だということが上げられる。その歴史の古さ故か保守的で、誇り高い部族という印象だ。
あとは、魔力の高さと論理的な気質を感じさせるエピソードがあった。
わたしがそう答えると、カシュパルもそうだねと頷いた。
「スミレが挙げた保守的、論理的っていう性質は竜人族の特徴をよく捉えてると思うよ。それじゃ、竜人族以外で保守的だと感じる部族はいる?」
「精霊族ですね」
思わず即答してしまったが、最古の部族なだけあって精霊族はそういう印象が強い。特にエレメンタル系の精霊族はガチの保守だ。
「うんうん。それじゃ、論理的だと感じる部族は?」
「魔人族でしょうか。調整力が高いし」
それに、魔人族は魔力の扱いに長けていて魔術や魔術具の開発が得意だと、以前魔王と飲んだ時に聞いた。そういうのは論理的思考力が高くないと難しいと思う。
「じゃあさ、保守的、論理的それぞれの反対は何だと思う?」
「う~ん、進歩的と……感覚的、かな」
「該当する部族は?」
何だかテストみたいになってきた。
あくまでもわたしの印象に過ぎないが、進歩的な考え方をするのは魔人族と獣人族、感覚的な反応を見せるのは精霊族と獣人族だと思う。
そうカシュパルに答えてから、頭の中でもう一度反芻してみる。
個人差があるのはもちろんわかっているけれど、保守的と進歩的、感覚的と論理的という対立する性質でざっくりと四部族を見てみるのは、魔族社会への理解を深めるのに役立つかもしれない。
ちょっと口述筆記帳にメモっておこう。
保守的:竜人族、精霊族
進歩的:魔人族、獣人族
論理的:竜人族、魔人族
感覚的:精霊族、獣人族
ふむ。こんなところか。
部族別に書くと……
精霊族:保守的、感覚的
竜人族:保守的、論理的
獣人族:進歩的、感覚的
魔人族:進歩的、論理的
お、うまいこと四部族に分散している。偏りがないのはバランス面からすると良いことだろう。
それに、共通する性質がある部族とは折り合いをつけやすいと思う。
このあたりは四部族がまとまり魔族国建国へ至る道筋に影響を与えていそうだ。
「そう、いいところに気付いたね。ただ、まったく共通の性質を持たない正反対の部族がどの部族にも1つずついるんだ」
「精霊族と魔人族、それと竜人族と獣人族が正反対同士ですね。……あの、もしかしてこの組み合わせって相性が悪かったりします?」
「ご明察」
確かに、陽月星記では竜人族と獣人族の争いのエピソードはいくつも登場している。
利害が対立する場合ももちろんあるけれど、考え方が柔軟で欲望に忠実な獣人族はやたらとエネルギッシュで、クールでやや頭の固い竜人族とは価値観が合わず、争いに発展するケースも見られた。
一方で、精霊族と魔人族も相反する性質を持つ部族だが、魔人族が調整力の高い部族だからか、わたしが読んだ範囲内では竜人族と獣人族のような激しい対立には至っていない。
レイグラーフの講義で学んだ概論によれば、竜人族と獣人族の間に起こった争いに精霊族が巻き込まれ、周辺地域の魔素やエレメンタルに大きな影響が出たことがあった。
それをきっかけに魔人族が竜人族と獣人族の間を取り持つようになり、精霊族にも働きかけ、やがて魔族国建国へと至ったという。
「そうそう、そんな感じ。フフッ、レイの講義がしっかり身に付いてるね」
カシュパルに褒められたのは嬉しいが、呑気に喜ぶ気にはなれなかった。
何だろう、この話の流れには緊張感がある。
「敵対していたのは遥か昔のことで、今はどの部族にもわだかまりなんてない。ただ、相性の悪さが影響してると思うんだけど、ライバル意識のようなものはあってね……。何でこんな話を長々としてきたかっていうと、竜人族の一番のコンプレックスを刺激するのは獣人族なんだよ。どの部分を刺激されてると思う?」
以前、竜人族の既得権益を侵しかねない発言をして急遽レイグラーフに伝言で講義をしてもらった時、竜人族は人口が四部族の中で最も少なく、自分たちの影響力の保持には神経を尖らせる傾向があると聞いた。
同時に、獣人族は王都内での人口が最多でどの分野でも最大勢力だとも。
……これ、正解を答えていいのかなぁ。
竜人族のカシュパルの地雷を踏むんじゃない?
そう思ったものの、カシュパルが回りくどくても順を追って説明をしてきたのはわたしを正解に導くためなんだから、ちゃんと答えるべきだろう。
「人口、もしくはそれによる影響力でしょうか」
「へえ~、そこまですんなり答えられるとは思わなかったよ。うん、正解。僕ら竜人族は魔力も高いし他の能力も高い。だけど、人口は四部族の中で最下位なんだ」
人口が最大なのは精霊族だが、里から出たがらない種族が多いから人口面での影響力はあまり高くない。
一方、2番目に人口が多い獣人族は王都にも多くの民を送り出していて、ほとんどの分野で最大勢力を誇っている。当然影響力も強い。
「それに負けじと各方面での影響力を保持しようと必死なのが竜人族ってわけ。それは冒険者の界隈でも同じで……、メシュヴィツはその犠牲者だね」
意外なところで意外な名前が挙がり、そういえばSランク冒険者に関する話だと最初に聞いていたことを思い出す。
だけど、こんな風に政治的な話と繋がってくるとは思ってもみなかった。
「次期冒険者ギルド長の選出の時、候補の筆頭だったそうだよ。最年長だったのもあるけど、実力も実績も最高だと冒険者たちからの評価も高く信頼も篤かった。本人も引退してギルド長の職に就いてもいいと考えていたと聞いてる。
でも、当時竜人族の冒険者でSランクは彼だけで、すぐに昇格できそうなAランクもいなかった。ギルド長の影響力も強いけど、やはり現役のSランクがいなくては冒険者内の影響力を維持できない。
何より、四部族の中で我が竜人族だけSランクがいないという事態だけは絶対に避けたいという部族の意向により、彼の引退は認められなかった。本人は部族を説得しようと頑張ったらしいんだけどね……」
何と。竜人族の政治的判断がなければ、今の冒険者ギルド長がソルヴェイではなくメシュヴィツだった可能性があるのか……。
というか、この場合、メシュヴィツがギルド長を引き受けられないからソルヴェイが引退してギルド長を引き受けたのでは?
単に自身の意向が封じられただけでなく、自分の進退がソルヴェイの冒険者人生を左右したとなれば、あの穏やかなメシュヴィツが責任を感じないはずもない。
うわっ。これ、すごい情報じゃないか……!
「元々ギルド長志望だったのかどうかは知らないよ。候補に上がった以上は冒険者の役に立ちたいと思っただけかもしれない。ただ、引退してギルド長を引き受けようという彼の意志は部族の意向で曲げられた。君の店の客としてやって来る竜人族Sランク冒険者はそういう背景を持ってるってこと、スミレは知っておいた方がいいと思ったんだ」
「……ありがとう、カシュパルさん。知ってると知らないとでは心構えが違ってくる情報でした。本当に助かります」
「うん」
ここまで時折皮肉めいた笑いを浮かべながら話していたカシュパルは、ようやくいつもの少年っぽい笑顔を見せた。
役に立って嬉しいというような彼の表情に、その感覚がわたしも以前より実感としてわかるようになったと思う。
「それに……、情報を教えてくれたこともですけど、竜人族のコンプレックスに触れてまで話してくれたことも。誇り高い部族だから、本当なら話したくはなかったでしょう? なのに……本当にありがとうございます」
「フフッ、スミレにならいいよ。それに」
言いかけた言葉を一度止めると、カシュパルは少しバツが悪そうな顔をして髪をかきあげ、空いたグラスにブランデーを注いでぐいと呷った。
「こんなこと言うとスミレは嫌かもしれないし、もしかしたら傷つけるかもしれないけど……。君は外から来た人間だから、部族に関してはその枠組みからは解放されてるじゃない? だから、同族にも他の部族にも話せないようなことでもスミレには話せるっていうか。
僕ら竜人族は物流を抑えてるし、金融や商業でも他部族の追随を許さない地位を築いてるんだからそれで満足すればいいのに、妙なこだわりであれもこれもと執着するなんて“誇り高い部族”が聞いて呆れるよ。
だけど、まあ、こんな部族内のしょうもない情報でもスミレの役には立つみたいだし、それで良しとしようかな。そんなわけで、はい乾杯!」
「ふあっ!? か、乾杯!」
勢いに押され、慌ててわたしもグラスを掲げる。
それにしても驚いた。カシュパルがわたしに部族の愚痴をこぼすなんて……。
わたしは余所者だからと勝手に疎外感を覚えることもあったのに、まさか外から来た人間だという部分で求められることがあるとは思わなかった。
喜んでもいいのかな。
わたしにしか出来ないことだと、自信に思ってもいいのかな。
何だか胸の奥が熱くなった。
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