149話 食事会と一人での里帰り
「ええっ、延滞金だけじゃなくて賠償金まで発生したの!? 災難だったわねぇ。まあ、おいしいもの食べてさっさと忘れなさいよ」
「昨日アンタが珍しくテイクアウトしていったのは、疲れて帰って来るSランクを懐柔するためだったのね。キャハハッ、食べ物で懐柔って! よく思い付くわね、そんなこと」
「オレもビックリしたけど、すげー効果あったぞ。スミレって、ホント飯のことだけは外さねーよなぁ。おっ、これうめーぞ! ほら、いつまでもくさくさした顔してねーでお前も食えよ」
今日は陽の日で定休日。エルサもシェスティンも休みなので、ミルドと4人での食事会だ。
会場は我が家のダイニングで、テーブルには四番街で購入した惣菜系、スイーツ系のタルトをたっぷり乗せた皿と、各々が持ち込んだ飲み物の瓶が並んでいる。
半月前の城下町巡りの時に買い込んで保存庫にキープしていたタルトをようやく友人たちにお披露目できるというのに、わたしは一人凹んでいた。
もちろん、昨夜の延滞金・賠償金発生が原因だ。
午前中に犬族Aチーム1班のサロモから伝言が届き、Sランクから事情を聞いたが自分の説明が足りなかったかもしれないと謝罪されてしまい、ひどく恐縮してしまった。
Sランク相手にビビりながら手続きするだけのつもりが、結果的にミルドやケネトの手を煩わせ、デートの邪魔をしてミルドのお相手の女の子に迷惑をかけた上、サロモにまで気を遣わせてしまうことになるなんて……。
幸いなことに、ミルドはあの後特にお相手の女の子の機嫌を損ねることなく過ごせたようで、お詫びにと手渡した蜂蜜酒は大層喜んでもらえたそうだ。
ひとまずは良かったと胸を撫で下ろす。
ミルド自身は自分が街を出てしまう前で良かったと言ってくれているのだから、彼の言うとおり、いつまでも失敗を引きずるのはやめて気持ちを切り替えよう。
せっかく友人たちとの楽しい食事会なのに辛気臭い顔をしているのもどうかと思うし、おいしいものはおいしい顔をして食べないとね。
おっ、このタルトおいしい。よく炒めたタマネギとベーコンに黒コショウ? 赤ワインによく合うなぁ。
昼間だから軽くしか飲まないつもりだけど、ガチの飲み会のおつまみにも良さそうだ。離宮でお花見をする時に持って行こうかな。
「へえ、四番街へ行った時に買ったのね。私、お惣菜タルトなんて初めて見たわ。エルサは知ってた?」
「一応作ったことはあるわよ。ただ、軽食メニューだから一般的な食堂だとまず作らないわね。四番街って行ったことないけど、こういうテイクアウトもあるんだ。ふう~ん」
「それにしても、本当にスミレはよくおいしい食べ物を見つけてくるわよね。他にもこういうちょっと珍しい料理あるの?」
「う~ん、あとは市場の魚介類のスープくらいかなぁ」
「あー、あれはめちゃくちゃうまかったな」
「この前リーリャに聞いてたやつね? アタシも食べてみたくなったわ」
「じゃあ、ミルドが冒険から帰ってきたら、次はそれを食べに行きましょ」
話の流れで、次回の食事会は市場の魚介類のスープと決まった。
自然とこの4人で食事をするのが恒例になってきたのがとても嬉しい。
おいしい料理とお酒を楽しみながら、4人でいろんなことを話す。
エルサが頑張っているあんこ菓子のレシピ開発の話とか、シェスティンが今手掛けている工芸品の話とか、明日からミルドが行く予定のダンジョンの話とか。
わたしはいつも読んでいる陽月星記について聞かれたので、魔族も知らなそうなトリビアっぽい事柄をいくつか話してみた。
特に、竜人族は遥か昔は魔素を食べて暮らしていたという話を彼らはまったく聞いたことがなかったらしく、ものすごく驚かれたのでちょっと嬉しい。
魔族国が建国された頃には他の部族に合わせて普通の食生活を送るようになったようだが、竜人族は食に関心の薄い人がわりと多いとエルサが言うので、遥か昔の習性が今もわずかに残っているとかだったら面白いなと思った。
もっとも、隣人のドローテアや喫茶スタンドの店員のように飲食に関して非常に関心の高い竜人族を知っているので、信ぴょう性には疑問があるけれど。
たっぷりの料理とおしゃべりを堪能して食事会は終わった。
帰っていく皆を見送る時に、ふと思いついてミルドに話し掛ける。
「ねぇ、ミルド。明日街を出る時に伝言ちょうだいよ」
「ああ? 何でだよ。朝早いぞ」
「いいから。忘れずに伝言してよね!」
別に何も用事なんてない。ただ単に、冒険に出掛けるミルドに「精霊の加護があるように」と伝えたいだけだ。
もちろん彼の旅の無事を祈っているからだけど、わたしはこの魔族らしい慣用句を言う機会が滅多にないんだもの。言える機会があるなら逃したくない。
食事会の後、家全体を管理する魔術具に魔力を充填し、精霊用の皿に魔力クリームをたっぷり盛ってから、わたしは家を出て最寄りの馬車乗り場へ向かった。
里帰りの時はいつもクランツが馬車で迎えに来てくれていたけれど、今日は自分で馬車を拾って離宮まで一人で帰ることになっている。
もちろんスティーグやクランツと打ち合わせた上でのことで、急遽一人で城へ行く必要に迫られた時に慌てなくて済むように試しておきたいと頼んだのだ。
警備上の都合により城への出入りは当然保護者たちと一緒の方が容易で、わたし一人だと手続きが面倒になるらしいのだが、そういうことも踏まえてやはり一度は経験しておきたい。
そもそも、自立した大人なのに一人で里帰りできないなんてどうかと思うし、いつまでも送り迎えしてもらうのはさすがに過保護というか、ちょっと恥ずかしいというのもある。
初めて一人で城へ向かう道のりは、何故か見慣れたはずの景色も違って見える気がするから不思議だ。
この道を馬車ではなく一人で歩いて帰ってくるとしたらどうなるだろう。2時間くらいあれば行けるだろうか。
一本道だから迷う心配はないけれど、ちゃんと自分の足だけでわたしの里である離宮へ、魔王のいる城まで戻れるだろうか。
馬車が使えない場合を考えると、それもいずれ試しておいた方がいい気がする。
そう考えて、まるで避難訓練みたいだなと、ちょっと笑ってしまった。
異世界に来てもう半年。魔族国での暮らしにもだいぶ馴染んだと思うのに、いざという時に備えるという日本人的な発想はなかなか抜けないみたいだ。
城と城下町の間の区間では馬車以外には魔族軍の姿しか見掛けないから、城まで歩くチャレンジにはたぶん許可が必要だろう。
今日明日の里帰りでブルーノに会えたら相談してみようかな。
正門での手続きを無事通過して、離宮の車寄せへ馬車が着くと、いつものようにファンヌが出迎えてくれた。
今日はクランツとスティーグとレイグラーフもいる。
ここでクランツに出迎えられるのは何気に初めてかもしれない。いつも一緒に馬車に乗っているもんなぁ。何だか新鮮だ。
レイグラーフはわたしが一人で馬車で里帰りすることに加え、延滞と賠償が発生した件でもかなり心配したらしい。
クランツに目配せされるまでもなく、わたしは教え子の役割を果たすべくレイグラーフを安心させにかかった。
彼の心配性には困ったものだと思ったりもするけれど、わたし自身に実績がないから仕方がないんだろうとも思う。
だから、いろんなことにどんどん挑戦して、ちゃんと出来た、大丈夫だったと安心の実績を積み重ねていきたい。
Sランクの延滞と賠償の件は周囲の手を借りて比較的スムーズに解決できたし、一人で馬車を拾って離宮まで帰ってこれた。
わたしはこの異世界で、ただの魔族国の一員として今日も生きている。
そういう実感がしっかりあることがとても嬉しい。
自室でファンヌのお茶を飲みながら、少し照れ臭いけれどそんな話をしたらファンヌに激しくハグされた。職業意識の高い彼女にしては珍しい。
レイグラーフも感極まったような顔でわたしの頬を両手で包み、何やらうんうんと一人頷くと、魔術具の研究を頑張ると言って退室していった。
録画と映写の魔術具のことだろうか。完成したら自分が直接見に行けない場所なども見れるようになる。レイグラーフにはぜひ頑張って欲しい。
夕食にはブルーノとカシュパルとクランツが参加してくれた。
おお、一人で歩いて帰るチャレンジについて相談するのに最適なメンバーじゃないか。
わたしはさっそく、今度は城下町から城まで歩いて帰ってみたいと話した。
「え? 何のためにそんなことをするのさ」
「城に行かなきゃいけないのに馬車が使えないという時のため、ですかね。そんな事態はまず起きないと思いますけど、一応念のために試しておきたいと思って」
「お前の場合、魔王城まで『転移』すればいいだけだろう? 何で歩くこと前提なんだ」
「あっ!! ……ころっと忘れてました」
「君は本当に時々驚くほど抜けてますね」
そうだった。わたしには魔法の『転移』があるんだから、いざとなったら魔王城と境界門には一瞬で転移できるんだ。
魔法を使うところを誰かに見られないよう気を付ければいいだけで、歩く必要なんてまったくなかったよ……。
クランツの皮肉にブルーノとカシュパルは大笑いしている。
「あははっ。思い浮かべる移動手段が徒歩と馬車って、スミレもすっかり城下町の暮らしに馴染んじゃってるんだね」
「うぐぅ……。でも、それなら今日の一人で馬車で帰ってきたのも意味なかったですね。何だー」
「いや、普段は馬車を使った方がいいから無駄じゃねぇだろ。『転移』を使うのは非常時だけにしとけ」
「あ、それもそうですね。わかりました!」
それから、ブルーノに昨日のSランクの件で巡回班に協力してもらったことについて報告した。
もちろんケネトとオルジフには今朝改めてお礼のメッセージを送っている。
「まあ、初めて延滞と賠償が発生したのがSランクってのは、お前にとっちゃ不運だよなぁ」
「はい。ものすごくビビりました」
「相手のせいですし、君が委縮する必要はないのでは?」
「それはそうなんですけど。ただ、冒険者との付き合いが増えるにつれて、Sランクの影響力の凄さっていうのを実感するようになってきたところだったので……」
「へえ~」
今回のSランクは2人とも獣人族だったので、同じ部族のブルーノとクランツも彼らの名前を知っていた。
やはりSランク冒険者は有名人なんだなぁ。
「そういえば、うちに初めて来店したSランクは竜人族だったんですよ。カシュパルさんはメシュヴィツさんを知ってますか?」
「……ああ、知ってるよ。そうか、彼はもうスミレの店のお客になってるんだね。感じのいい人でしょ」
「はい! 物腰が柔らかくて眼差しも穏やかで渋いし、しかもイケボなんですよ」
イケボとは何だと訊かれ、それに答えているうちに魔族にも声フェチがいるらしいことがわかってきた。
しかし、異性の声に魅力を感じるという声フェチの話は魔族の恋愛NGに抵触するらしく、イケボだと魔族男性を褒めることは「あなたに気があります」のサインになるらしい。
……うん、話の途中からそんな気がしていたよ。
魔族男性の前ではイケボ云々と言ってはいけないと盛大に窘められた。
ブルーノとクランツはお誘い関連のNGでわたしのやらかしに直面することが多く、カシュパルも巡回班との初顔合わせに居合わせたり鱗持ちの鱗部分は性感帯だとか教えてくれたりしていて、毎度気まずい思いをさせて申し訳なく思う。
夕食が終わり、ブルーノとクランツは退室していったが、カシュパルは少し内密な話があると言って部屋に残った。
内密な話って何!?
まさか、また鱗持ちのNG関連とか!?
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