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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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148話 レンタルサービスで延滞&賠償発生

 レンタル中の獣人族Sランク2人は結局返却時間を守れなかった。


 遅延の連絡が入り、延滞金が発生することが確定し、わたしはかなり凹んだ。

 難関ダンジョンへ行くと彼らが口にした時に釘を刺すべきだったのに……。

 見知らぬSランクが2人も来店したら驚くのは無理もないが、呆然としたまま手続きしてしまったのが悔やまれる。

 初めての延滞発生がSランク、しかもたった5人しかいない内の2人だなんて運が悪いとしか言いようがないが、うちが上位ランク冒険者向けの店である以上避けては通れないことだ。

 正直ビビるけれど、保険契約を結んでいる以上は毅然と対応しないと!



「遅延の件、承知しました。返却時刻を過ぎると自動的に延滞金とペナルティが発生します。デモンリンガをご使用の際はお気を付けください」


《あ~、“周知”か。支払い完了するまで表示されるんだよな? く~っ、みっともねえ……。すまないが、極力早く解除したいんで、城下町へ着いたら店へ行くから対応してもらえないか? 10時頃には到着できると思うんだが》



 ペナルティについて伝えたら閉店後の夜間対応を頼まれてしまった。

 何しろ、デモンリンガを使う度に「未払い・未返却発生中」とわかる表示を相手に見られてしまうのだから、おちおち食事や買い物にも行けなくなる。

 冒険者はほとんどが外食派だというから切実だろう。

 ただ、要望に応えてあげたいのは山々だが、夜間に女のわたしが一人で対応するのはたぶん不味い。

 延滞発生の報告と共に相手がこう言っているとミルドにメモを送ったらすぐに伝言が返ってきて、案の定却下されてしまった。


 幸いなことにSランクの片方は豹系獣人族なので、知り合いだからオレが話をつけてやるとミルドは言ってくれた。

 だけど、明後日からミルドは冒険に出掛けてしばらく城下町からいなくなる。その間にもトラブルが起こる可能性はあるのだから、自分で対処できるようにならないと。

 相手がSランクというのは非常にハードルが高いけれど、話がこじれたとしても同族のミルドに間に入ってフォローしてもらえるのなら、むしろこの機会を活かして、まずは自分一人で交渉してみたい。

 そうミルドに伝えたら、夜10時ならギリギリ許容できる、もし夜間対応を引き受けるなら自分も立ち会うから好きなようにやってみろと言ってくれた。

 冒険中で留守なら仕方ないが、城下町にいる時は相談役としての勤めを果たすと言うので、遠慮なく甘えさせてもらおう。



 移動中のSランクと伝言で交渉を続けた結果、夜間対応を引き受ける代わりに、今回の延滞発生の件を冒険者界隈に広めることを了承してもらった。

 レンタルサービスを利用した彼らが難関ダンジョンに向かったと既に冒険者界隈で広まっている以上、彼らを真似て高難易度エリアにレンタル品を持ち込む利用者が出る可能性は十分にある。

 それを防ぐには、彼らが延滞金の支払いやペナルティで痛い目に遭ったと周知するのが一番だろう。雑貨屋の元人族の女は相手がSランクでも容赦なく取り立てると噂になったって構わない。

 Sランクの彼らにとっては不名誉な話だから最初は難色を示されたが、彼らの影響力の強さへの懸念を前面に押し出した結果、最終的にはこちらの要望を受け入れてくれた。

 相手の負い目に付け込んだ感はあるけれど、彼らにとっても“周知”のペナルティと比べれば冒険者界隈での多少の不名誉の方が断然マシらしい。

 “周知”ってそんなに嫌なものなのか……。

 商業ギルド長はかなり的確に冒険者の弱点を突くペナルティを提案してくれたみたいだ。さすがだなぁ。




 到着は予定どおり10時を少し過ぎた頃。

 友達とはいえ異性のミルドと夜遅くに2人きりで待機するのはよろしくないそうで、ミルドはSランク2人と街のどこかで合流してから雑貨屋にやって来た。

 店内に入って来たSランクは2人ともぐったりしている。

 転移ゲートの閉鎖時刻に間に合わなかったため、彼らは帰路の終盤を獣化して王都まで走ってきたのだ。

 彼らの帰還方法を聞いて、いくら頑強な体を持つ獣人族でもさすがにハードだろうと考えたわたしは、疲れて帰って来るだろう2人が必要としそうな品々をカウンターに用意して彼らを迎えた。



「お疲れでしょう。回復薬と特殊回復薬はいかがですか?」


「おお、助かる。両方くれ、“小”じゃなくて“中”で頼む」


「俺も同じで。悪い、精算は後で、先に飲んでいいか?」



 カウンターにもたれかかっていた彼らはぐびぐびと薬を呷ると、ようやく人心地ついたという顔をした。

 それを見届けてから、わたしは次のアプローチに移る。



「それと、駆け通しでお腹空いてませんか? 肉団子の煮込みとパンを買っておいたんですけど、良かったらお譲りしますよ」


「マジで!? ありがてえ、めちゃくちゃ腹減ってたんだ。言い値でいいから売ってくれ!!」


「街に戻ってももう店は閉まってるし、家に食い物なんてないし、どうしようかと思ってたんだ。あ~、マジで助かった」



 疲れて空腹だと人はイライラしやすい。特に、空腹という状態異常は薬で解消しても満たされない気分が残るという。

 そんな状態の人を相手に延滞の手続きをするのは避けたいのと、負い目に付け込んで嫌な要求をしてきたという悪印象を少しでも回復しておきたいというわたしの思惑はどうやら当たったらしい。

 夕食時にノイマンの食堂でテイクアウトしてきて正解だったな!

 保存庫に入った料理を見た彼らは歓喜の表情を浮かべている。よし、今だ。

 彼らの機嫌が良いうちに延滞手続きをしようと、わたしはすかさず彼らにレンタルセットの返却を促したのだが……。

 一転して気まずそうな顔になった彼らが取り出したレンタルセットの3点は、半壊と言っていい程の状態になっていた。



「おい、返却が遅れるとは聞いてたけど、壊したなんて話聞いてねーぞ」


「すまん。ちょっと戦闘が面倒なことになっちまってな」



 延滞金に加えて賠償金まで発生するなんて、もう最悪だよ……。

 しかも、視線でタップしてアイテム情報を見たら損傷率が結構いっている。高額請求になるじゃないか……何てこったい。

 頭を抱えかけたところへ、思いがけないミルドの言葉が耳に入った。



「ったく、延滞金の処理くらいならすぐ終わると思って、女待たせて抜けて来たってのに。カンベンしてくれよ」


「悪い悪い。だが、お前がうまいこと言えば――」


「なっ、女の子待たせてんの!? 先に言ってよ、そんな大事なこと!!」



 ショックだ。今日最大の何てこったいだよ!!

 ミルドは明後日からしばらく冒険に出掛けるから、その前に女の子と過ごす時間を設けたんだろうに……。

 ぐああ、申し訳なさすぎて居たたまれない。



「小1時間抜けるくらいならいいって言うから、最初の予定どおりなら別に問題なかったんだって」


「相手の女の子に悪いじゃない。約束あるって知ってたら立ち合いは巡回班の誰かに頼んだのに」


「呼んだか?」



 そこへ、ドアベルの音と共に巡回班のケネトがドアからひょこっと顔を出した。

 は? 何でこんな時間にケネトがここへ?

 一瞬そう思ったが、今夜遅くに保護者以外の男性たちが店に出入りすると、念のためオルジフに知らせておいたことを思い出した。

 深夜に外出する時は巡回班にひと言声をかけるようにとブルーノに言われているので、外出でなくとも夜間にいつもと違う動きをするならあらかじめ知らせておく方が無難だろうと考えたのだ。

 Sランクたちが出入りするところを見られて変に誤解でもされたら面倒だと思ってのことだったが、オルジフはきっと客への牽制のつもりでケネトを送ってくれたんだと思う。

 ナンパ系冒険者のトラブル対策でトラブル対象と同族の班員が立ち会うことになったから、客と同じ獣人族のケネトを選んだに違いない。



「こんな時間に雑貨屋の明かりがついてるから変だと思って覗いてみれば、何だよお前ら。トラブルか?」


「違いますけど、覗いてくれて助かりましたよケネトさん。ちょっとこちらのお客さんに延滞金と賠償金が発生してまして、これからその処理をするので立ち会ってもらってもいいですか?」


「おう、かまわねえよ」


「よし、立会人ゲット! ミルドありがとう。もう大丈夫だから今すぐ帰って」


「アホかお前は。手続き完了まで見届けずに帰るわけねーだろ。相談役の依頼請けてんだぞ、こっちは」



 依頼に関することならミルドは妥協しない。

 彼の矜持を傷付けるわけにもいかない。

 くっ。こうなったら速やかにSランクとのやり取りを済ませて、速攻でミルドを解放するしかない。

 Sランクにビビッてる場合じゃないぞ……!

 わたしはSランク2人をぐっと見据えて言い放った。



「おふた方、今すぐ金額を算出しますので、速やかにお支払いいただけますか?」


「お、おう」


「ありがとうございます。延滞金は1日分で3千D。賠償金はアイテム代金にそれぞれの損傷率を掛けた額の合計で…………5200D。総額8200Dを折半するとお一人様4100Dとなります。更に、先程の回復薬・特殊回復薬の代金に、保存庫入りの料理の代金を加えますと、お一人様4810Dです」


「……わかった。払う」


「高っ!! え、すんなり払って大丈夫なのか? スミレさん、あんたぼったくってんじゃないだろうな」


「いや、保険契約に則った正当な金額だ。というか、あんた誰? 立会人っていうけど何者だよ」



 早くミルドを解放しなくてはと焦るあまり、説明不足でケネトとSランク2人を混乱させてしまった。

 ケネトは魔族軍第三兵団分屯地所属でこの地域の巡回班員だと紹介したら、Sランク2人は自分たちを監視するために来たのかと警戒を強めたが、亡命者であるわたしを保護するだけでなく監視する役割も担っているとケネトが言うと、すんなりと警戒を解いた。

 実際、ケネトはわたしが魔族相手にぼったくり商売をしているのではないかと疑う発言をしていたので、わたしだけを味方するつもりではないと納得したらしい。

 同じ獣人族が相手だと警戒も解きやすいんだろう。やはり、トラブル対象者と同族の班員に立ち会ってもらうのは有効だな。



「まあ、確かに高いわな。普通に1品買える金額だし。本当に痛い目に遭っちまった」


「難関ダンジョンなんか行くからだろ」


「サロモが絶賛するから、よし俺らもいっちょ試してやろうぜって、軽いノリで出掛けちまったんだよなぁ……失敗したぜ」


「Sランクのあんたらでも気ぃ抜いたらこうなるんだ。高難易度のエリアには持ち出すなって周りに言ってくれよ」


「わかってるって。今日はいろいろと迷惑掛けてすまなかった。サバイバル道具類はまた今度改めて買いに来る」


「飯ありがとうな!」



 精算を終え、Sランクたちは帰っていった。

 急遽付き合わせてしまったミルドとケネトには紙袋に入るだけ蜂蜜酒(ミード)を持たせて見送る。

 何とか無事処理できてホッとしたが、心底疲れた。

 こういうリスクを負うサービスだとわかってはいたものの、実際に起こってみると精神的な重圧がすごい。

 ハァ。今回の件がうまく広まって抑止力になるといいのだけれど……。



 翌日の定休日、犬族Aチーム1班のサロモから謝罪の伝言が届いた。

 何でも、レンタルサービスを紹介した彼の面目を潰してしまったとSランク2人から謝罪されて事情を知り、自分の説明不足が原因かもしれないと焦ったらしい。

 更に後日、今回の件が冒険者ギルド長ソルヴェイの耳に入り、冒険者の範たるべきSランクが外部に迷惑を掛けるなとSランク2人は叱られたという。


 今回の件で、結果的にいろんな人の手を煩わせてしまったと知り、わたしは更に凹んだのだった。

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