147話 犬族冒険者集団リーダーたちの来店
充実した休みを過ごした翌日の営業日は、開店と同時に届いた犬族Aチーム1班のリーダー、サロモからのメモと共に始まった。
月イチでOKしたレンタルの予約をさっそく入れたいようで、最速で借りられるのはいつかと空き状況を尋ねられたが、Sランク2人の返却が明日で、その後定休日を2日挟むから少し先になってしまう。
Sランクを2人も紹介してくれたことだし、サービスで定休日前から貸し出してあげたい気持ちはあるけれど、特例を作ると後々面倒なことになるかもしれない。
自重しておこうと通常の日程で予約可能日を伝えたら、手続きのために午後来店すると返事が飛んできた。
前回来店した時、近いうちに他の班を連れて来るとサロモは言っていたから、午後はその人たちも一緒に来るんだろう。
また店内が賑やかになりそうだな。
フレンドリーな犬系獣人族たちには毎回癒されるので、ちょっと楽しみだ。
そう考えていたわたしは随分と呑気だったようで、午後になって現れた犬族冒険者ご一行様は総勢7名と開店以来最大の人数だった。
ヴィオラ会議の面々が来たプレオープンの時より多いなんてびっくりだ。
犬族は獣人族の中ではあまり体が大きい方ではないけれど、日頃閑散としている店内に成人男性が7人もいるとさすがに圧迫感がある。
しかも、意外と若い人が多いのか、ディスプレイしてある毛織物のマントや野外生活用具一式など初めて見るアイテムに大盛り上がりしていて、既に賑やかを通り越しているんじゃないだろうか。
こういう若い男の子のノリって久しぶりに見たなぁ……。異世界に来て初めて見たかもしれない。
わたしの周囲の魔族男性では一番若いのがミルドで、そのミルドがもうじきAランクに届きそうなBランクと考えると、Cランクのリーダーたちはミルドより年下だろうし、若くて元気なのも当然か。
「やあ! 今日はうちの全リーダーを連れて来たよ。全員登録しておけば次から俺を通さなくても彼らが直接予約入れられるでしょ? 貸し出し当日に登録するのも手間だしね」
予約手続きだけでなく今後の手続きの簡略化まで考えていたとは、サロモの手回しの良さに感心してしまう。
でも、7チーム総勢48名もの集団を統括するなら、確かに細かい段取りを考えて動くことは大事だろう。
Bチーム1班から順にリーダーを紹介してもらいながら、デモンリンガを登録していく。
今回のレンタルはリーダー全員が対象で、サバイバル道具類の使い方などを確認しつつ、今後の冒険活動でレンタルサービスをどう利用していくかを相談する予定だという。
何だかリーダー研修みたいだ。犬族冒険者集団は別に公的な枠組みでもないらしいのに、組織としてよくまとまっているよなぁ。
Bチーム3人の登録が終わり、Cチームの登録に移る。
何気にCランクの冒険者と接するのはこれが初めてで、若干緊張した。Aランクを相手にする方が慣れているなんて、うちは本当に上位ランク冒険者向けの店なんだなと今更ながらに実感する。
サロモの話によると、Cチームの3つの班はリーダーを含めたCランク2人とDランク7、8人で構成されていて、Dランクはここでしっかり冒険者の基礎を叩きこまれるらしい。
こちらはまた新人研修みたいだなぁと、久しぶりに会社組織の一員だった頃を少し思い出した。
魔族は部族や種族の結び付きは強固だけれど、普段の生活では割と個人の意思で好きなように暮らしているからか、集団行動する魔族の話を聞くのは新鮮だ。
「俺ら犬族は走り回ることが得意で嗅覚や聴覚にも自信あるけど、種族の特性的にはどっちかって言うと里の自警団や魔族軍とかの方が向いてて、冒険者としての能力が突出してるわけじゃない。ただ、ソロ志向が多い冒険者の中で人海戦術ってのはそれなりに強みになる」
「あ~、戦闘にかかるコストが下がりそうですし、下位ランクだと安全性が高くなるメリットってすごく大きそうですね」
「うん。特に下位ランクの依頼にはその強みを活かせるような討伐や素材採集の依頼が多くてね、パーティー組んで効率良くガンガン依頼をこなしていくから、犬族の駆け出し冒険者は他の部族や種族と比べてランクアップが早いんだ」
普通、Dランクは部族の里にあるギルドの支部の依頼をこなしてランクを上げていくものだが、彼らが部族の里で集団活動をするとソロの冒険者の仕事を根こそぎ奪ってしまうことになりかねない。
そのため、犬族の冒険者はDランクの内から王都に出て活動するそうだ。
王都の冒険者ギルドにはCランク以上の依頼しかないからソロのDランク冒険者は依頼を請けられないが、パーティーの場合はCランクが一人でもいれば他がDランクばかりのパーティーでも依頼は請けられる。
その仕組みを利用して、犬族のDランク冒険者は駆け出しの段階からCチームに所属して王都でCランクの依頼をこなしていくため、ランクアップが早くなるのだとか。
「へえ~、効率良さそうですね。でも、ソロのDランクに配慮して住み分けた結果とはいえ、やっかまれたりしませんか?」
「ランクが上がるにつれてソロ向きの依頼が多くなってくるから、Bランクの途中くらいでソロの連中に追いつかれてしまうんだ。だから、やっかみはあんまりないよ。冒険者はDランクの下積み時代が一番つらいらしいから、苦労知らずって揶揄されることはあるけどね。まあ、犬族は長いことAランク止まりでSランク出てないから、あんまり影響力ないし仕方ないさ」
1つ上のランクの依頼を請けることでスタートダッシュできるという程度で、パワーレベリングという程のことにはなってないみたいだ。それなら特に問題視もされないか。
でも、Sランクを輩出していないというのが種族の特性によるものなのか、効率の良い新人育成の弊害なのかはわからないけれど、全冒険者の約一割を占めている彼らに影響力がないわけないだろうに。
楽しくやるのが一番、Sランクなんて夢のまた夢などと、のほほんと笑いながら彼らが口にするのを聞きながら、こういうムードの犬族が一割を占めることで結果的に冒険者界隈はうまいことバランスが取れているのかもしれないと思った。
登録が終わり、レンタルサービスや保険に関する説明を済ませた後、わたしはサロモたちにクチコミに関するお礼を伝えた。
「クチコミを頼んだ翌日にSランクが2人も来るとは思いませんでした。ありがとうございます」
「あれはこっちの思惑もあるから、お礼言われるようなことじゃないんだけどな」
そう言って、ちょっとバツが悪そうな顔をしながらサロモがその思惑とやらを話してくれた。
影響力の強いSランクがサバイバル道具類を使用しているとなれば、その評価を信用する冒険者は自分で性能を確かめずとも購入する。自然とレンタルサービスを利用する冒険者は減るだろう。
ならば、Sランクの影響力を利用してさっさと上位ランク冒険者にサバイバル道具類を購入させてしまおう。サロモはそう考えたのだそうだ。
「だって上位ランクの半数に行き渡ったら、レンタルの頻度を見直してくれるんだろ? 早く俺たちが使いやすくなるといいなと思ってさ」
「サロモさんって結構ちゃっかりしてるんですね……。ちょっと意外でした」
「幻滅した?」
「いえ、逆です。非常に頼もしい。ぜひその調子でわたしのお誘い不要・恋愛お断りも広めてきてください」
「ハハッ、了解!」
「お姉さん、マジでお誘い不要なの?」
「何で? 気になる~」
「お前ら馴れ馴れしくしすぎだ。ほら、もう帰るぞ」
元気に質問してくるCランク君たちをBランクのリーダーたちがぐいぐいと店の外に押し出して、最後にAランクのサロモが手を振って出て行った。
店内が急に静かになる。
犬族冒険者集団は本当に賑やかだな。特にCランク君たち。
4日後の貸し出し時には彼らが来るそうだけれど、あのノリに飲まれずにいられるだろうか。やや心配だ。
翌日はミルドが買い物にやって来た。
明日の陽の日にエルサ、シェスティンと共に食事会をしたら、明後日の月の日から久々に本格的な冒険に出掛けるので、その準備でいろいろと購入するらしい。
サバイバル道具類3点を筆頭に、魔物避け香や脱出鏡、裁縫箱といった消耗品アイテムに回復薬などの薬品関係をひと通り。
そして、高級ピックは以前購入済みなのに、更に50本買い足していった。
何でも今回の冒険では開錠スキルをレベルアップするつもりだそうで、そういえば現在はレベル6で、あと少しでレベル7に上げられそうだと聞いた覚えがある。
それにしてもすごい量のお買い上げだ。
本当はオトモダチ価格で半額くらいにしても全然かまわないのだれど、ミルドが嫌がるので、端数だけ切り捨てたと言ってキリのいい金額で納得してもらうことにした。
まあ、実はこっそり2割引きくらいしているけどね!
何しろサバイバル道具類3点だけで1万4千Dと高額なのだ。ミルドには本当に感謝しているから、せめて大物を購入する今回だけは値引きさせて欲しい。
商品を手渡し、デモンリンガで精算を済ませると、お茶を飲みながらここ数日の出来事を報告する。
犬族の冒険者集団と取引したことはメモで連絡済みだったが、彼らの紹介で獣人族のSランクが2人も来店したことはまだ話していなかったのだ。
「ああ、今レンタル中なんだろ? 何か噂で聞いた」
「噂になってるの? 何で?」
「あの人ら、どうも2人で難関ダンジョンに向かったらしーんだ。Sランク同士がつるむのって珍しーから、そんで皆の関心を集めたんだろ」
ほほう。Sランク2人がレンタルしたのは3日前のことだ。それがもうミルドの耳に入っているのか。
昨日のサロモの話で、犬族はSランクを輩出してないからあまり影響力がないというようなことを聞いたけれど、わたしが思っていた以上にSランクの影響力は強いんだな。
わたしが感心していると、ミルドが少し眉間にしわを寄せながらつぶやいた。
「何もなきゃいーけどなぁ。移動もあるからダンジョン攻略は実質2日だ。普段組んでない相手だと、いくらSランクでも簡単じゃねーぞ」
「え、ちょっと。今日が返却日なんだけど、大丈夫かな……」
もし閉店時間までに彼らが返却に来なかったら知らせろと言って、ミルドは帰っていった。
冒険者は危機察知能力が高いのか、ミルドの危惧は現実となる。
閉店の30分前になって、Sランクの片方から返却が遅れる旨を知らせる伝言が届いた。
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