146話 久しぶりのカフェと初めての喫茶スタンド
仕込みを手伝ってくれたお礼にと、ノイマンの食堂で少し早い昼の賄いをご馳走になった。
肉や野菜の切れ端を炒めて具にしただけの挟みパンなのにとてもおいしい。さすがリーリャ。ノイマンが自慢するわけだよ。
すぐに忙しくなるから開店前にお暇し、これまで聞かせてもらった話を振り返りつつ歩く。
100年を共に過ごした同族のパートナーと発展的解消をしたエルサと、いずれ別れるとわかっていても他部族のパートナーを選んだリーリャ。
兎系獣人族の女性2人の恋模様はどちらも真剣で一生懸命だ。ここ数年恋愛意欲が低下したままのわたしは、すごいなぁと圧倒されてしまう。
ノイマンの話は空気が少し重くなった時もあったけれど、魔族の生き様や人生観などを感じさせてくれた。
機会があれば、他の人たちの話も聞いてみたいな。
今回は魔族の恋愛事情を知りたいと思ったのがきっかけだったけれど、今後は特にテーマを限定せずいろんな話を積極的に聞いていきたい。
そんなことを考えながら、わたしの足は商業ギルドの裏手にある小さな広場へと向かっている。
先日のお茶会でドローテアのコーヒーを飲んだ時に、しばらくカフェへ行っていないことを思い出したからだ。
開店後は里帰りと城下町巡りで定休日の予定が埋まっていて、行く暇がまったくなかったんだよね。
そんなわけで、約ひと月ぶりにやって来たのだが。
「キタ―――――ッ!!!」
広場に足を踏み入れた途端に大声が上がり、びっくりして思わず足を止めた。
声の主は……大口を開けたままこちらを見ているカフェの店員のようだ。今日は髪が黄緑と黄色のグラデーションカラーのお兄さんの方か。
そういえば、前回は感じの悪い店員2号に絡まれたんだっけ。すっかり忘れていたけれど、彼が当番の日でなくて良かったなぁ。
というか、「キタ――ッ!」って何? わたし何かした??
「元人族のお嬢さん、待ってたぜ! 早く来いよ!」
ブンブンと手を振られたので、カフェのスタンドへ向かって歩き出す。
その途中でスイーツの屋台の店員とも目が合って、こんにちはと会釈したら手を振ってくれた。
「やあ、久しぶりだね。元気だった?」
「はい、おかげ様で」
「今日もセムラあるよ。食べていくかい?」
「わあ、お願いします!」
やった、セムラを食べるのも久しぶりだ。あ、おやつ用に焼き菓子もいくつかテイクアウトして行こう。
そう考えて、スイーツ屋台の前でバッグから保存庫を取り出したりしていたら、しびれを切らしたのかカフェの店員がスタンドから飛び出てきて、わたしに向かってまくし立てた。
「ひと月全然来ないから心配してたんだぜ!? 別の店員があんたに酷い態度取ったって聞いてたし、もしかして、もう二度とうちの店に来ないつもりなんじゃないかってオレ……!」
「あ~、すみません。仕事が忙しくて来られなかったんです。けど、二度と来ないなんてあり得ないですよ。ここでしかコーヒー飲めないのに」
「ほらな? 俺が言ったとおりじゃないか。あれだけ美味そうにコーヒー飲んでたのに来ないわけがないって」
「だってよぉ、鱗持ち以外でコーヒー飲みに来るのなんて滅多にいないし、いても冷やかしの客ばっかで苦いだの不味いだのしか言わねぇから、貴重なコーヒー好きの客を失ったのかと思ったら居ても立ってもいられなかったんだ。……あ~、でもホント、また来てくれて良かったよ。安心したぜ」
あらら……。何だかとても心配させてしまったようだ。
店員2号のことなんて今の今まで忘れていたくらいなんだから、気にしなくてよかったのに……。
でも、コーヒーを飲む魔族は限られるようだし、一人でも客を失うのは痛手なのかもしれない。
とは言え、わたしが気軽にコーヒーを飲める場所はここだけなので、来なくなるなんてことはないから安心して欲しいな。
ドローテアがコーヒーを淹れられるとわかったけれど、彼女の専門はお茶だから味はそれ程だったし、亡くなったパートナーを思い出させるのも申し訳ないから頼みにくい。
好きな時に来て気軽にコーヒーを飲めて、一人で静かに本を読んだり通る人を眺めて楽しんだりできるこの小さな広場はわたしの憩いの場だ。
態度の悪い店員がいるくらいで諦めたりするもんか。
「仕事も落ち着いたので、週に一度くらいは来たいと思ってます。よろしくお願いしますね」
「任せとけって。陽月星の日はオレが担当するようにシフト組んでるから、安心して来てくれよな!」
「ありがとうございます。精霊の日も朝食後にぶらりと寄るかもしれませんけど、例の店員さんでも別に気にしませんから、心配しないでくださいね」
そう言ってにっこりと笑いかけそうになったところで、店員の首にある鱗が目に留まる。
うわ! カシュパルに鱗持ちには注意しろ、愛想良くしないようにと釘を刺されたこと、すっかり忘れていたよ!
ギリギリのところで笑顔を引っ込めた。セーフだ。ふぅ、危なかった……。
そんなこんながあった後、広場中央にある日除けのついたテーブルでコーヒーとセムラをいただく。
ああ、いい香りだ。口当たりはすっきり、でも深い味わいがある。
こくとまろやかさのバランスもいいし、やっぱりプロの淹れるコーヒーは抜群においしい。
そして、甘いパンにたっぷりの生クリームとナッツペーストを挟んだセムラを頬張れば、ふわりとカルダモンが香った。相変わらず甘くておいしい。
フフフ、至福のひと時だよ。し・ふ・く!!
ニマニマしながら一杯目のコーヒーを味わって、久しぶりだしもう一杯飲もうかなとカフェスタンドへと向かいかけたら、背後から大声が上がった。
「おいコラ、オレのスタンドだけスルーするとかどういうつもりだよ! これで三度目だぞ!? もう我慢ならねえ!」
びっくりして振り向いたら、喫茶スタンドの店員が怒り顔でつかつかとこちらへ歩いてくるのが見えた。
赤い目に白い肌、赤い髪。竜人族の赤竜か。こちらも鱗持ちだ。見える場所に鱗はないな……って、そんなことを考えてる場合じゃない!?
「毎回コーヒーと菓子ばっかりうまそうに飲み食いしやがって。お茶は目にも入らねえってか!」
「す、すみません! いえ、蔑ろにしたつもりはまったくないんです。ただ、お茶は毎日飲んでるし、周囲にお茶好きが多くておいしいお茶には不自由してなかったものですから」
「お茶は毎日飲んでるだと? フン! 他の客だってそうだろうよ。それでも毎日のように足を運んで来る連中がいる店なんだがな」
「うう、ここでしか飲めないコーヒーのことしか頭になくて……。その、大変失礼しました……」
うああ、やってしまった……。
3つしかない屋台のうち1つだけ寄り付かないなんて、される側はさぞかし嫌な気持ちになっただろう。
それに、店員2号もそうだったが、ここの屋台の店員たちは腕が良いだけに自負も強そうだ。その矜持に傷を付けたならわたしが悪い……。
貴重な憩いの場なのに、つくづく失敗した。
ただ、言い訳になるけれど、前2回来た時もわたし以外に客が来なかったカフェと違って喫茶の方は客が来ていたから、まさかそこまでわたしの動向を気にするとは思っていなかったのだ。
「おい、いくら腹が立ったからって、客を怒鳴りつけるとか何考えてるんだ。驚かせてすまないね、お嬢さん。こいつはね、あんたがいつも美味そうに飲み食いするから、自分のお茶を飲んでも同じ顔をするかどうか気になってるだけなんだ」
「おっ、お前! 余計なこと言ってんじゃねえよッ!!」
「いえ、わたしの配慮が足りなかったのは事実なので。本当に申し訳ないです。あの、注文したいのですが、お願いできますか?」
「……無理して飲まれても嬉しくねえんだけど。毎日飲んでる上に、お茶好きのオトモダチに散々美味いの飲まされてるんだろ?」
「と、とりあえず、メニューを見せていただきますね!」
スイーツ屋台の店員が間に入って取りなそうとしてくれたが、喫茶の店員が怒りの次は拗ねモードに入りそうな雰囲気になったので、気を逸らそうとわたしは慌てて喫茶スタンドの前へ移動した。
メニューにはいろんな茶葉名が並んでいて、さすが専門店なだけあるなと思いつつ見ていたら、添え物が全種類あるのに気付いて驚いた。
「うわ、本式の紅茶の添え物が6種類全部揃ってる! すごいなぁ」
「へえ。そこに目が行くとは、お茶好きが周りにいるってのは本当なんだな」
「はい、何度か本式の紅茶を飲ませていただく機会がありまして。なるほど、毎日通うお客さんがいるというのも納得です。お茶にこだわりがある人にはありがたいお店でしょうね」
「まあな。んで、何飲むんだ? 必要なら茶葉の説明もしてやるぞ」
「えっと……、じゃあ、アッペルトフトをお願いします」
先日のお茶会で、あんこ菓子とレモンの組み合わせに合うだろうとドローテアが上げていた茶葉がメニューにあった。
店員の説明によると、適度な渋味があり爽やかな香りがする茶葉で、癖が少なく軽めの味わいなのだとか。
「しかし、地味っていうか随分と渋いチョイスだな。何でこれを選んだ?」
「友達がお茶菓子のレシピ開発をしてるんですけど、それに合う茶葉についてお茶好きな友人たちが話し合っていた時に名前が上がっていたので、どんなお茶か気になりまして」
「へえ……。随分と本式なお茶好きたちなんだな」
フフフ。魔王直属の侍女であるファンヌはバリバリの現役だし、オーグレーン商会の屋敷で長年勤めてきたドローテアももてなしの元プロだ。当然ですよ。
友人を褒められて嬉しくなり、つい顔が緩みそうになるのを堪える。初対面時は親しみ厳禁だ。心証を回復したくとも一線を超えちゃいけない。
店員が淹れてくれたアッペルトフトの紅茶をストレートでいただく。
ああ、ドローテアがこれを選んだのもわかる。さらっとしていて渋味もあって、どこか緑茶に似た味わいだ。
これならきっとあんこの甘さを引き立ててくれるだろう。
う~~ん、おいしい。かなりわたし好みの紅茶だ。アッペルトフト、お気に入りに登録完了っと!
ウォッシュしたマグカップを返しにいき、ご馳走様でしたと言ったら、喫茶の店員は満足そうな顔で受け取ったので、どうやら機嫌は直ったらしい。
良かったと胸を撫でおろしたものの、ダメ押しにともう一杯、今度はお任せで頼んでみた。
すると、意外なことに店員が選んだのは定番の茶葉で、それをミルクで煮出して砂糖と何か香辛料を加えたものを出してくれた。
さっきはすっきりめの紅茶をストレートでいただいたから、方向性の違うお茶を提供してくれたんだろう。
さっそく飲んでみたらチャイみたいな感じで、香辛料が香るこくのあるおいしいミルクティーだった。
お任せで頼んで定番の茶葉を出すとは余程腕に自信があるんだなと思ったが、さすがの味わいだったと思う。
香辛料は何が入っているのか店員に訊ねても教えてもらえなかったけれど、すごく機嫌良さそうに内緒だと答えていたので、心証回復に成功したなら何よりだ。
その後、テイクアウトを頼んだスイーツ屋台に戻り保存庫を受け取っていたら、カフェの店員がつまらなそうな顔をしているのが目に入り、コーヒーをもう一杯注文した。
結局、合計4杯も飲んでしまったよ……。お腹がタプタプだ。
帰り際、スイーツ屋台のお兄さんがすまないねぇと苦笑していた。
いえいえ、いいんです。
憩いの場を死守できて良かった。それに尽きる。
今後は腕自慢たちの機嫌を損ねないよう気を付けようね……。
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