145話 ノイマンとリーリャの馴れ初めを聞く
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星の日の定休日。わたしは朝からノイマンの食堂の厨房にいる。
馴れ初めを聞かせてもらう約束をしてからひと月も経ってしまったけれど、ようやく店も落ち着いてきたので朝食帰りに立ち寄ったのだ。
仕込みの手伝いをしながら話を聞かせてもらうつもりだが、たいしてやれることもないので大人しくジャガイモの皮をむいている。
隣に座ってピーラーでニンジンの皮をむいていたノイマンがわたしの手元を覗き込んだ。
「思ったより手慣れてるんだな」
「ジャガイモの皮むきくらいで何言ってるんですか。それにしても、すごい量ですね。毎日こんなにたくさんの下処理をするなんて、料理人って大変だなぁ」
「慣れちゃえば平気だって。調理が好きだからやってるんだし、アタシは苦にしたことないな~」
「わたしも。メニュー考えたりする方が大変よねー」
リーリャがメニューと言ったのを聞いて、城下町巡りで市場へ行った時のことを思い出した。そういえば、魚介類の料理や食材が少ない理由についてリーリャに聞こうと思ってたんだよね。
さっそく尋ねてみると、魚介類の食材はすべて海のもので、海辺の里に住む数種類の獣人族以外には馴染みがないらしい。
それでも、その一部の獣人族にも対応するために王都の城や魔族軍の食堂では魚介類の料理も作られているそうだ。
特に、切り身状になっている『魚(赤身)』や『魚(白身)』は扱いやすい食材なので城下町の食堂でもそれなりに使われていて、サーモンのグリルや魚の揚げ物は他部族にも食べられているという。
ただ、『貝』や『エビ』は扱いの難易度が高いことと、見た目などを苦手とする者が作る方と食べる方のどちらにもいるため敬遠されているとのことだった。
リーリャもこの2つは苦手なのだが、獣人族の部族の里では公的施設の食堂で働く料理人には魚介類の料理を作ることが求められるため、一応作り方は身に付けているそうだ。
ちなみに、エルサは個人の店の料理人志望で、公的施設の食堂は兎族の里でしか働くつもりはないため、魚介類の料理の作り方を覚える気はないらしい。
「うちの店でもサーモンのグリルや魚の揚げ物は時々出すけど、やっぱり知名度が低いからそれほど数が出ないし、売り上げを考えると積極的に作る気にはならないわね。保存庫の魔力も馬鹿にならないから何を保存するかは厳選しなくちゃだし、そうなると優先順位は低くなるのよ」
「そうですか。やっぱり需要と供給の問題なんですね」
「そうねぇ。海辺の里に住む種族がもっと王都に出てくれば変わるだろうけど、彼らは海から離れたがらないから」
ああ、それは何となくわかる。
城や城下町は圧倒的に水辺が少ないし、潮の香りもしない。それに、自由に獣化して好きなだけ海の中を泳ぎ回れる里で暮らす方がいいよね。
いいなぁ、この異世界の海も見てみたいよ。
それに、その海辺の里というのもすごく気になる。そこなら魚介類の料理が全種類食べられるはずだ。うう、行ってみたい、食べてみたい!
「わざわざそんなとこ行かなくたって、アンタが里帰りする時にリクエストすればいいじゃない。城なら海辺の里の獣人族にも対応してるから食材あるでしょ」
「離宮には料理人がいないからなぁ。今の話だと下働きの人が作れるとは思えないし、わたしのためだけにわざわざ城の料理人を手配させたくないもん。スープなら市場で食べられるし、機会があれば他のも食べてみたいなってだけだよ」
「気持ちはわからんでもないが、グルメが多いと言われている魔人族でもマイナーな種族の料理にまで関心を示すヤツはあまりいないぞ」
「ふふっ、スミレは料理人でもないのに本当に食事に関しては貪欲よね」
「人のことを食い気ばっかりみたいに言わないでくださいよぅ。でもまぁ、精霊族や獣人族はいろんな種族がいるらしいから、変わったメニューもあるだろうなって思うと、気になるのは確かですね」
わたしがそう言うと、リーリャは鍋をかき混ぜながら少し考えた後、火の精霊族の里にはすごく辛いスープがあるらしいと話してくれた。
火の精霊族のスープ!? きっと真っ赤でめちゃくちゃ辛いんだろうな……。
辛いもの好きというわけではないのですっごく食べたい!という程ではないけれど、メニューがあまり多くない異世界の食生活の中では刺激になりそうだ。
基本的においしければ何でもウェルカムなので、機会があれば火の精霊族のスープも食べてみたいと思う。
今度レイグラーフに会った時に食べたことがあるか訊いてみようかな。
その後、料理の話からあんこ菓子の話になったので、エルサにあんこ菓子が精霊族にも好評だったことを伝える。
お酒にも合うから、レシピが完成したら酒屋にも食べさせて合う酒を考えさせるといいというヨエルのアドバイスも伝えたら、エルサは驚きつつも喜んでいた。
女子会の後、エルサはさっそくリーリャにあんこ菓子のレシピについて相談したそうで、茹でこぼし以外で乾燥豆のあくを抜く調理法を模索しているらしい。
茹でこぼしたのと蒸したのを両方作って味を確認した上で、味が良くてもやはり茹でこぼしでないレシピを開発した方がいいとリーリャも考えたそうだ。
レシピ開発のための試行錯誤は、エルサが住んでいる従業員用の居住エリアにある小さなキッチンで行われているという。
食堂や居間など、店主と従業員が共に過ごす共用エリアには大きなキッチンもあるのだが、日々の賄いを作る邪魔になるのでそこでは行わないのだとか。
「煮るのがメインだから小さいキッチンで十分だし、今はアタシが独占させてもらってるからね。レシピ開発にはいい環境よ」
「俺とリーリャがくっついたからだぞ。感謝しろよー」
どうやらリーリャは従業員用ではなく店主用の居住エリアでノイマンと暮らしているらしい。やっぱり同棲しているのか。
どこの物件でも店主用のエリアはカップルで住めるように作られているものらしく、共用や従業員用のエリアとは階も分けられており、店主のプライベートは優先的に守られる間取りになっているそうだ。
音などは音漏れ防止の結界を張れば対処できるが、気配や人の出入りなど、従業員の目を気にしなくて済むように配慮されているのだとか。
……まあ、うん。配慮は必要だよね、配慮は。
知り合いカップルの生活を想像してしまいそうな微妙な話題に、どう反応したらいいかわからず黙々とジャガイモの皮をむきかけて、いや、それではダメだと思い直す。
今日はリアルな魔族の恋愛事情を聞きに来たのに、照れていてどうする。噂好きなオバチャンのようなメンタルで聞き込みをするんだ、頑張れわたし!
そんなわけで、まずは予定どおり二人の馴れ初めについて尋ねる。
と言っても、職場が同じなので出会いは当然この食堂だ。
ノイマンが前任者から店長と建物の管理者の職を引き継いだ時、既にリーリャはここで働いていた。
兎系獣人族は繊細な味覚を持つため腕の良い料理人が多いそうで、何代か前からこの食堂では兎系獣人族の料理人を雇い続けているらしい。
「確かに、リーリャさんの料理はおいしいですよね」
「だろ? 俺も最初に惹かれたのは料理だったんだ。賄いで食う料理なんてハンパな食材使ってたり残りものだったりするのにうまくてなぁ。素晴らしい料理人だと思っていろいろと話している内に、相手がとても可愛い女性だってことにふと気付いた。もちろん容姿だけじゃなくて中身もだぞ? で、そう気付いた瞬間恋に落ちた。いや、本当はその前から落ちてたのかもしれんが、自覚がなかったんで何とも言えん。それで、自覚してからは猛烈にプッシュした。リーリャは厨房に籠ってるからあまり客に顔を知られてないが皆無じゃない。機会があれば誘う気満々の常連客が何人かいて俺は気が気でなかったから、リーリャが俺を受け入れてくれた時は本当に嬉しかったなぁ……。もう一生里に帰れなくてもいいとすら思ったもんだ」
滔々と語るノイマンの圧が、熱量がすごい。
リーリャの方はと問えば、肩をすくめて根負けしたのよと苦笑している。まあ、この熱量ならわからないでもない。
ただ、リーリャとしても、自分の料理にかける熱意に理解があり、より働きやすい環境になるよう常に気を配ってくれるノイマンはパートナーとして申し分ないらしく、今はノイマンをとても大切に思っているそうだ。
「おいおい……初めて聞いたぞ。未だに俺の一方的な想いに付き合ってくれてるだけかと……、リーリャ」
「仕事中はスキンシップ禁止って言ってるでしょ? わたしに構ってないでちゃんとスミレの相手して」
リーリャの本心を知り感極まったのか、ノイマンはリーリャを抱擁しようと腕を広げて近づいたが、すげなく拒否されてすごすごと元のスツールに腰を下ろした。
あーあ、しゅんとしちゃって……と思ったのも束の間、ノイマンはデレデレと緩み切った顔でわたしを見た。
「あ~、マジで幸せ。ありがとよ、スミレのおかげでリーリャの気持ちを知ることができた。お礼にどんな質問にも答えてやるぞ。フハハハハ、今の俺は絶好調に機嫌がいいからな!」
「まったくもう、だらしない顔しちゃって。スミレ、聞かれたくないことならリーリャが止めるから安心して聞きなさいよ。アンタのことだから、魔族の恋愛は感覚的にわかんないこといろいろあるんでしょ?」
「……うん。じゃ、お言葉に甘えて――」
当たり障りのなさそうな質問をいくつか挟んでから、魔族の恋愛事情で一番気になっていたことを尋ねてみる。
魔族は寿命が残り5%くらいになると急激に衰え始めるため、死期を悟った魔族は部族や種族の里に戻り晩年を過ごすと、以前レイグラーフの講義で聞いた。
子作りのこともあるし、最終的に里へ戻るからいずれ別れる時が来るとわかっている他部族との恋愛は辛くないんだろうか。
辛い思いをすると最初からわかっていたら、わたしなら多分その選択肢を避けてしまうと思う。
「は? 同族同士だって寿命が尽きれば別れは来るだろ。お前が恋愛しないでいるのはいつか死が2人を別つからなのか?」
「いえ、そういうわけではないです。ただ、部族が違うことの大変さは想像するしかなくて」
「ああ、人族は一部族だけで暮らしてるからその悩みはないのか。……魔族の一生は里に支えられている。一時的に外へ出ることはあっても完全には離れられない。俺は自分の里が好きだし誇りに思ってるが、いつか来るリーリャとの別れを考えたら枷と感じてしまうことは確かにある」
ノイマンはそう言って少し目を伏せた。
魔族にとって里は単なるふるさとではなく、わたしが考える以上に強固な結び付きがあるようだけれど、ネガティブな思いがまったくないというわけでもないんだな……。
先程ノイマンが一生里に帰れなくてもいいと思ったと言ったのも、実は冗談ではなく複雑な思いがこもっていたのかもしれない。
「部族が違うから、いつか必ずリーリャと別れる時は来る。だが、それは目の前にいる愛しい女を諦める理由にはならない。一緒にいられるのが今だけなら尚更だ。一瞬だって無駄にできるかよ。魔族の人生は長いが、時間は有限なんだ」
婚姻を結ぶことが滅多になく、添い遂げるという概念のない魔族の恋愛は一見してお手軽な印象があったので、予想外に重い覚悟に裏付けられた力強い言葉が返ってきたことに鈍い衝撃を受ける。
ノイマンはよくノロケているから、もっと浮かれた感じで恋愛をエンジョイしているのかと思っていた。申し訳ないと内心でひっそりと詫びる。
さっきまでデレデレしていたのに厳しい顔で語るノイマンの姿を、リーリャが愛し気に見つめていたのが印象的だった。
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