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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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143話 ドローテアをお茶会に招待する

 お泊り会2日目はドローテアを招いてのお茶会だ。

 招待される側ではなく自分が主催するお茶会は初めてなのでものすごく緊張してはいるものの、ファンヌが傍にいてサポートしてくれるので非常に心強い。

 ドローテアにもあんこ菓子を披露するつもりで、他のお茶菓子も含めた準備を午前中にファンヌと二人でして午後のお茶会を迎えた。



「あら、ダイニングはお店とまったく違う雰囲気なのね。お店の落ち着いた感じはスミレらしいと思っていたけれど、ダイニングの明るくていきいきとした感じもスミレに良く似合うわ」


「ふふっ、スミレはこう見えて結構行動的ですものね」


「えへへ、ありがとうございます。この少しくすんだ渋めのオレンジとイエローのコーディネート、気に入ってるんですよ」



 お茶会は我が家で一番大きなテーブルがあるダイニングで開くことにした。

 わたしの希望でシンプルな内装にしてもらったため、さまざまに飾られたドローテアの家の応接間と比べると殺風景な気もするが、今日はファンヌが飾ってくれた花がある分華やかになっている。

 裏庭のレンガ塀は歩行者の視線を遮る程の高さがあるので、1階の窓からはオーグレーン屋敷の庭は見えず、借景を楽しむことはできない。

 我が家の裏庭がドローテアのところのように緑と花で彩られていたら、ダイニングの窓からの眺めも素敵なものになるだろうが、今のところガーデニングに手を出す予定はないので1本生えている樹木の緑を楽しむのみだ。

 ただ、ドローテアが言うにはこの木は黒の季節に花を咲かせるそうで、あとひと月もしたら花が見れると知り嬉しくなる。

 そういえば、離宮にも黒の季節に花が咲く木があるから、花が咲いたらお花見をしようという話があったなぁ。そちらも楽しみだ。



 本日のお茶会は略式の紅茶でもてなす。

 いつも本式の紅茶でもてなしてくれるドローテアに対して略式では申し訳ない気がするのだけれど、実力が伴わないのに背伸びをしても良いもてなしにはならないというファンヌの助言に従った。

 初めて自分で主催するお茶会なのだし、お茶好きな二人の胸を借りるつもりで身の丈に合ったもてなしを頑張ろう。

 それに、何といっても魔族国にないあんこ菓子を供するのだ。お菓子だけは胸を張っていいはず!



「まあ! これが“魔族国にないお菓子”なのね? わたし、スミレから話を聞いて本当に楽しみにしていたのよ。嬉しいわ」



 テーブルに並べたあんこ菓子に、ドローテアは案の定とても喜んだ。食べた後の反応も上々でホッとする。

 何しろここにはホコホコ系の食材がジャガイモくらいしかないので、魔族にあんこの食感が受け入れてもらえるかどうか、毎回心配で仕方がないのだ。

 これであんこ菓子を振る舞ったのは獣人族、魔人族、竜人族の3部族になった。

 今のところ好評なのでだいぶ気が楽になったが、精霊族がまだなのでレイグラーフかシェスティンに試食してもらう機会があればと考えている。

 早くコンプリートして安心したい。全部族OKとわかれば、心置きなく全力でエルサのレシピ開発を応援できるからね!


 紅茶の茶葉はあんこ菓子に合わせて少し渋味のあるものを選んだ。

 あんこ菓子には緑茶が一番だとは思うけれど、緑茶をメイン飲み物に据えてお茶会を構成するのは今のわたしにはハードルが高い。

 それに、前回ファンヌと二人でお茶会に参加した時、ドローテアはわたしの好みに合わせて次のお茶会は緑茶にしてみようかと考えていると言っていた。

 それを知っていて先を越すのは失礼だろうと思ったのもある。


 ドローテアもやはりあんこ菓子を作ってみたい、レシピを教えて欲しいと言ってくれたけれど、抱えている調理上の問題点について詳しく説明したら目に見えてテンションが下がった。

 水のエレメンタルと相性のいい白竜のドローテアにとって、茹でこぼしは魔人族のファンヌ以上に受け入れづらいのだろう。

 ただ、エルサがレシピの改良を引き受けてくれたので、魔族にも受け入れやすいレシピになるかもしれないということは伝えておいた。



「そうなの、エルサの頑張りを楽しみに待つことにするわね。せっかく新しいお菓子に出会えたのに自分のお茶会に出せないのは切ないもの」


「ですよね。わたしもあんこ菓子をいろんなお茶や添え物と組み合わせてみたいのだけれど、当分お預けだわ」



 結果的にがっかりさせてしまって申し訳ないと思ったので、良ければ残っているあんこを持ち帰らないかと二人に提案した。

 精霊族の試食用にあんこ菓子を2個ばかり保存庫に入れて残しておけば大丈夫だろう。

 わたしの申し出にファンヌとドローテアは手を叩いて喜んでくれた。



「まあ、嬉しいわ! ドローテアさんはまず何と合わせます?」


「アッペルトフトの茶葉はどうかしら。あんことレモンの組み合わせに合うと思うのよ」


「ああ、確かに良さそうですね。わたしはミルクティーとの相性を掘り下げてみようかしら」



 どんな茶葉や添え物を合わせるかで盛り上がり出した二人の話を聞きながら、わたしは薄切りのレモンを添えたあんこ菓子を頬張った。

 あんことフルーツの組み合わせでまず思い浮かぶのはイチゴ大福だが、残念なことにこの異世界にはイチゴがないんだよね……。

 フルーツはリンゴ、オレンジ、レモン、ブドウ、ベリーの5種類で、ベリーはラズベリーやブラックベリーなどの木イチゴ系だ。

 それら5種類のフルーツとあんこの相性を試したところ、意外なことにレモンとの組み合わせがとても良かったので、ファンヌのゴーサインもあり紅茶の添え物を兼ねて出してみたらドローテアにも好評だった。

 エルサ考案のヨーグルトや今回のレモンといい、日本にいた時には試したことのなかった食材とあんこのマリアージュを楽しんでいる自分に少し驚いている。

 あんこ菓子には緑茶! イチゴ大福が至高! と思っていたけれど、世界が変われば味の楽しみ方も違って当然なんだろう。

 限られた食材しかないネトゲ世界だけれど、食に関しては思っていた以上に未知なる領域があるみたいだ。

 それに、何といっても、まだ『実績未解除』の食事アイテムがある。

 飲食関係はまだまだ楽しめそうだ。



「そういえば、ドローテアさんはコーヒーという飲み物をご存じかしら」


「鱗持ちの飲み物のこと? もちろん知っているけれど、それがどうかしたの?」



 わたしが考え事をしているうちに話題が変わったらしく、ファンヌがコーヒーについてドローテアに尋ねていた。

 スミレが気に入っていると聞いて自分も飲みたいと思った。カシュパルにやめた方がいいと止められたが、それでもやはり気になるので竜人族でお茶好きのドローテアの意見を聞いてみたいのだとファンヌは言う。

 それに対し、ドローテアは少し思案してから答えた。



「未知の飲み物を飲んでみたいという気持ちは同じお茶好きとして理解できるわ。ただ、香りは良いけれど、苦いと感じる魔族が多い飲み物なの。おいしくないと感じてしまった時のことを考えると、お店で飲むのはわたしもお勧めできないわね」


「そうですか……。残念だけれど、諦めるしかなさそうね」


「うふふ。それがね、わたしも一応淹れられるの。お望みなら少量だけ振る舞うことができるわよ?」


「えええッ、ドローテアさんコーヒー淹れられるんですか!? というか、現物が自宅にあるんですね。いいなぁ~!」



 何と、食料品店にも市場にも見当たらなかったコーヒーをドローテアが所有していることが突如判明した。

 レアアイテムが隣家にあったなんて……。地球だろうが異世界だろうが、探し求める青い鳥は常に隣にいるものなのか。

 もちろんファンヌは飲みたいと希望したので、ドローテアはコーヒーを淹れるために一旦自宅へ戻っていった。

 材料や淹れ方を鱗持ち以外に知られてはいけないそうで、ポットに淹れて持ってきてくれるらしい。

 コーヒーは入手不可能なアイテム確定か……。残念だが仕方ない。


 しばらく待つと、ポットを手にドローテアがコーヒーの良い香りを漂わせながら戻って来た。

 少しばかり急ぎながらも、お茶の時と同じく美しい所作でカップにコーヒーを注いでくれる。



「久しぶりだったから準備に手間取ってしまったわ。待たせてごめんなさいね」


「とんでもない。まさか今日コーヒーが飲めるなんて思ってもみなかったから嬉しいわ! これがコーヒーの香り……焦げたような、香ばしくて深い香りね」



 香りを堪能しているファンヌの横で、わたしはブラックのままひと口飲んだ。

 おっ、エスプレッソみたいな感じだ。濃くてちょっとドロッとしている。

 久しぶりのコーヒーを楽しみつつも、少し粉っぽいというか、カフェのコーヒーと比べるとあまり洗練されていないように感じた。

 いや、いくらドローテアがお茶の達人とはいえ、久しぶりに淹れたという彼女とプロのコーヒーを比べたら悪いか。せっかく淹れてくれたのに申し訳ないや。

 そういえばカフェに行ったのは開店直後で、もうひと月も行っていない。

 開店してから何だかんだと忙しかったもんなぁ……。今度の星の日の定休日にノイマンとリーリャの馴れ初めを聞いた後にでも行ってこよう。


 ドローテアに勧められ、ファンヌはコーヒーに砂糖とミルクを入れて飲んでみたが、それでもやはり苦かったらしく1杯で飲むのを諦めた。

 でも、少量とはいえコーヒーの強烈なインパクトに好奇心が満たされたようで、満足げな顔をしている。



「それにしても、お茶好きのドローテアさんがコーヒーをお持ちだとは思いませんでした。カシュパルさんによるとかなり特殊な飲み物で、飲んだことのない鱗持ちも普通にいるという話でしたから」


「お茶会の時に、同族の者がたまに飲みたがることがあるのよ。それに、前のパートナーがコーヒー好きだったから、何となく手元に置く癖が残っているのね。彼が亡くなった後、寂しくてしばらくの間香りを漂わせていた時期もあったわ」



 おっ、昨日の女子会に続いて恋バナですかと思いきや、寂しい話だったので少ししんみりしてしまった。

 昨日は200歳のエルサが一子を儲けたパートナーと関係を解消して第二の人生を謳歌しているという話を聞き、今日は900歳のドローテアがパートナーと死別していたという話を思い出の飲み物をいただきながら聞いた。

 寿命が長く、部族や種族が多様な魔族の恋愛事情は人によってさまざまだ。

 魔族社会への理解を深めるためにも魔族の恋愛事情を知ることは大切だと考え始めていたけれど、もっと単純に、その人のことをよく知るためにも必要なことだと思った。



 陽月星記のような歴史小説に恋愛話が載っているのは、恋愛が人の営みに欠かせない重要な要素だからなんだろう。

 NG関連やナンパなどを煩わしく感じていたけれど、悠久の時の中で魔族たちが培ってきた風習に意味がないわけがないんだから、雑に扱って大切な何かを見落とすことのないように気を付けなくては。


 そんな風に思いを新たにして、2日間のお泊り会は幕を閉じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] コーヒーは挽いたあと時間を置くと味がかなり悪くなっちゃいますよね そういうのも魔法的に解決できてたりするのでしょうか
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