142話 あんこ菓子作りと魔族の反応
ピザを食べ終わったところで恋バナも一旦終了し、今日の女子会のメインイベントである“魔族社会にないお菓子”の披露に移った。
ファンヌに緑茶を淹れてもらう間に、わたしは保存庫から出した見た目パンケーキなどら焼きをテーブルに並べる。
どら焼きという名称については、この異世界に銅鑼が存在するかどうかわからないので、単にあんこのお菓子として紹介することにした。
あんこも、うぐいす餡とは呼ばず単にあんこと呼称する。
鳥系獣人族がいる以上、うぐいすの存在の有無に関わらず鳥の羽の色に由来する名称は避けた方が無難だ。
「えっと、これはあんこ菓子といって、あんこっていう甘く煮た豆ペーストをパンケーキで挟んだものだよ。うちで作ってただけで、人族のお菓子というわけではないんだけどね」
「豆!? しかも甘く煮るの? へえ~、おもしろいわね。どんな味なのかしら。楽しみ~ッ!」
女子会で披露する菓子についてファンヌには軽く話してあったが、エルサには具体的に話してなかったからかものすごい勢いで食いついてきた。
ファンヌも食い入るようにあんこ菓子を見つめている。
まずはひと口食べてみてと勧めてから、わたしはミルドの前でしたようにあんこ菓子を手に取り半分に割ってぱくりと食べて見せた。
エルサとファンヌもわたしと同じようにあんこ菓子を頬張ると、二人ともふっと笑顔になったのでホッとする。
ああ良かった、気に入ってもらえたみたいだ。
「わあ、変わった食感ね! ホコホコしてて、少しザラッとした舌触りだけどなめらかで……。うん、おいしい」
「割とあっさりとした甘味なのね。確かにこのお菓子には緑茶が合うわ。お茶菓子のバラエティーが広がるわね!」
「うん。パンに詰めたらあんパンになるし、ドーナツに入れたらあんドーナツになるよ」
「生クリームやフィルを添えても良さそうね。バターと相性良さそうだからパイ生地で包んで焼くのもいいと思うわ」
料理人志望のエルサがさっそくアレンジ案を挙げてきた。
フィルはプレーンヨーグルトに似た発酵乳製品だ。……ヨーグルトとあんこなんて本当に合うの??
わたしはかなり懐疑的だったけれど、ちょうど保存庫に入れたフィルがあったのでさっそく試してみたら、意外なことにこれが合う。
あんこの甘味とフィルの酸味という、何この絶妙なハーモニー……!!
「おいしい! あ~、これハマりそう。さすがエルサ」
「フフッ、まあね。ねえスミレ、わたしもあんこ菓子作ってみたいわ。レシピ教えてくれない?」
「わたしも! お茶菓子にぴったりだもの、作りたいわ」
「……それなんだけどね、調理の工程にちょっと微妙なところがあるんだ」
そう言って、わたしはあんこ作りの問題点について二人に相談を持ち掛けた。
煮立たせた茹で汁を全部捨てるという工程が2回もあり、茹でるという行為を水の無駄遣いと捉えている魔族には受け入れにくいんじゃないかと伝える。
「汁を全部捨ててしまうの!? 確かに、その調理法は魔族には受け入れにくいかもしれないわね。わたしも抵抗があるわ」
「ブイヨン作る時みたいにあくを取るだけじゃダメなの? 茹でるんじゃなくて、普通に蒸してみるとか」
「2回も茹で汁捨てるくらいだから、たぶんあくを取るのが追いつかないんだと思う。蒸すのも一度やってみたんだけど出来が良くなかったんだよ」
一度目の試作の後、暇を見て豆を蒸す方法でもあんこを作ってみたのだが、予想以上に雑味が残ってあまりおいしくなかったのだ。
そちらも保存庫に入れておいたので、皿に取って二人にも試食してもらう。
「ホントだ、だいぶ味が落ちちゃってるわね」
「どうしてこうなるのかしら」
「わかんない。たいていの野菜は蒸したら味が濃くなるけど、この乾燥豆はわたしが知ってる豆よりあくが強いのかもしれないね」
それに、口には出さないが、もしかしたら魔力やエレメンタルが作用している可能性もある。
何しろここは異世界なんだから、わたしの知る物理法則や化学反応以外の何かが働いていたっておかしくない。
魔力やエレメンタルが原因ならお手上げだ。
とりあえず、そういう問題点を抱えているレシピだと認識してもらった上で、それでも作ってみたいとエルサが言うので三人であんこを作ってみた。
あらかじめ昨日から水に浸けてふやかしておいた豆を茹でる。別の鍋にザバーッと茹で汁をこぼす作業だけはわたしがやったが、ファンヌにはだいぶ衝撃的だったようだ。
あくを取ったり、ざるで濾したり、砂糖を加えて煮詰めたりという作業は二人にやってもらい、出来上がったあんこはやはり蒸したものより断然おいしかった。
「――というわけで、こういうレシピなんだけど、茹でこぼすっていう作業が嫌でなかったら作ってみてね」
ファンヌはやはり抵抗感が強いようで、あんこ菓子はとても気に入ったけれど、自分で作るには少し躊躇すると言われてしまった。
新しいお菓子だと期待させてしまって、却って悪かったかなぁ……。
一方で、エルサはさすがに料理人を目指しているだけあってか新しいレシピに対して意欲的で、自分でも作りたいと言ってくれた。
「アタシはあんこ菓子が気に入ったから、正直いろいろ試してみたいわ。蒸し方を工夫すれば茹でこぼすのと同じくらいおいしく仕上げられるようになるかもしれないし、レシピをもっと練り上げてみたいんだけど……かまわない?」
「全然かまわないよ。エルサが魔族も受け入れやすいレシピにしてくれたらファンヌやドローテアさんとか、他の人も作れるようになるよね? むしろ、こっちからお願いしたいくらいだって!」
「……アンタ、レシピの権利関係のことわかってないで言ってるでしょ」
「ヘッ、権利? レシピに権利なんてあるの?」
ファンヌを見たら、彼女も知らないらしく首を横に振った。
エルサの話によると、何と、新しいメニューを普及させる場合は公平を期すために商業ギルドにレシピを登録して、情報を広く公開する必要があるらしい。
単に具や味を変えるという程度なら必要ないが、あんこ菓子はまったく新しいメニューになるので、自分以外の者も作る場合や商品として売る場合、登録は必須だという。
「アタシが改変したレシピを普及させるならアタシが登録することになるから、あんこ菓子の創作者はアタシってことになっちゃうのよ。だから、スミレがあんこ菓子の普及を考えてるならアタシは手を引くわ」
「えっ、何で!? エルサ名義で登録してくれてかまわないよ。今のレシピだってわたしのオリジナルじゃないんだし」
「何言ってんのよ! ちょっとファンヌ。この子、レシピの価値全然わかってないじゃない!」
「待ってちょうだい。わたしだって飲食業界のことはよく知らないもの、わからないわよ」
レシピの権利や価値と言われて、もしかして著作権料のようなものでも入るのかと一瞬ときめいたが、登録によってお金が入るということはないそうだ。
この新たな創作物の登録は、飲食業界に限らず製造業全般から魔術具や建築などあらゆる分野が対象となっていて、創作者になることは魔族社会においてすごく名誉なことらしい。
ああ、もしかすると魔術具の権威として高名だという魔王は、魔術具の分野で何か新たな創作物を生み出しているのかもしれないなぁ。
「へ~、確かに名誉になりそうだね。でも、わたし、目立つのは避けたいし、雑貨屋だから飲食業界の名誉をもらってもなぁ……。料理人志望のエルサの方が有効に使えるんじゃないの?」
「そりゃそうだけど……って、そういう問題じゃないわよ! アンタ、軽く捉えすぎだって。魔族らしくなりたいなら、もうちょっと欲を出しなさいよ」
「だって、わたし自身はあんこ菓子にそこまで思い入れないし……。それに、もし将来エルサがお店開いた時にそこであんこ菓子を売ってもらえたら~、とか考えるとそっちの方が断然嬉しいもん」
そう言いつつ、わたしは店頭であんこ菓子を売るエルサの姿を思い浮かべた。
エルサがオレンジがかった茶色のツインテールを揺らしながら、はいどうぞと手渡してくれたら……うっは、かわいい! あんこ菓子のおいしさも相まって、千客万来間違いなしだね!!
思わずにんまりと笑いが浮かんでしまったわたしの顔を見て、エルサが目を見開いている。
しまった、気持ち悪かったかな……。さすがに引かれてしまっただろうか。
「アタシの店で、あんこ菓子を売る……?」
「あ、あのさ、そこまで真剣に考えてくれなくてもいいんだけど、わたしはエルサがレシピを開発してくれたら嬉しいよ。とりあえず普及とか登録とかは横に置いといてさ、エルサの思うようにいろいろ試して欲しいなって思う」
慌ててわたしがそう言ったら、エルサは困ったような顔をしてファンヌを見たけれど、ファンヌは苦笑を浮かべつつもわたしに同調してくれた。
うんうん、ファンヌだって抵抗感のないレシピが開発されて、あんこ菓子が作れるようになったら嬉しいよね!
ただ、エルサが考え込むような素振りを見せたので、軽い気持ちで言ったわたしの言葉で悩ませてしまうのは悪いと思い、あんこ菓子作りを切り上げた。
言った内容はすべて本気だけれど、エルサの負担になるのは不本意だ。楽しめる範囲であんこ菓子に取り組んで欲しい。
キッチンを片付けた後は、寝室へ移動してわたしのワードローブで遊んだ。
以前エルサがわたしの服を見たいと言って遊びに来た時、食堂の仕事前であまり時間がなく慌ただしかったから、今日は試着とメイクをがっつり楽しんでもらうつもりでいる。
もちろんファンヌも試着する気満々だ。最高級シネーラとスカーフ、そしてメイクと、全身スティーグのコーディネートで統一するのを一度やってみたかったらしい。
「うわ~、ストロベリーブロンドのファンヌが着ると全然違う雰囲気になるね! あ、アイシャドウはこれで、リップはこっちね」
「ああん、スカーフ巻くのにツインテほどくの面倒くさーい」
「スティーグさんならツインテールに合わせてコーデできるんだろうけどなぁ」
「確かに。スティーグはその人の個性を活かす方向で考えてくれそうね」
「いいなぁ、アタシもコーデしてもらいたーい! その人今度女子会に誘ってよ」
「ダメよ、エルサ。今フリーだからって、自分の装いに男を関わらせるなんて」
「あ、シェスティンさんならどうだろ。エルサの友達だしセンス抜群だし、ああいう人だから女子会にいても全然違和感ない気がする」
「アンタだってもう友達でしょ! ファンヌが気にしないなら誘ってみてもいいんじゃない? あの子、色彩にうるさいからメイクは関心あるし、おしゃべりするのも結構好きだから」
「スミレが初対面で女性と間違えた人でしょう? 会ってみたいわね」
三人でキャッキャしながらたっぷりとワードローブとメイクを堪能したからか、女子会が終わる頃にはエルサもいつもの様子に戻っていたのでホッとする。
「あんこ菓子のレシピ、リーリャにも相談しながらいろいろやってみるわ。けど、茹でこぼしの克服は難しいかもしれないから、あんまり期待しないでよ?」
からりと笑いながらそう言うと、エルサは手を振りつつ帰って行った。
良かったな。初めての女子会は大成功と思っても良さそうだ。
ただ、この日の出来事がエルサの今後を大きく変えていくのだが、わたしがそれに気付くのはまだしばらく先のこととなる。
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