141話 異世界の女子会で恋バナする
三章スタートです。
9月最初の2連休はファンヌのお泊まり会で、初日の陽の日はエルサも参加の女子会、2日めの月の日はドローテアを招いてのお茶会と盛りだくさんだ。
昨夜は楽しみのあまり興奮してなかなか寝付けなかったので、自分に『鎮静』と『朦朧』をかけて無理矢理眠ったのだけれど、この流れ、前回のお泊まり会でもしたような気がする……。
でもでも! 元の世界と比べると魔族社会は圧倒的に女子が少なくて、本っ当に同性同士の交流に飢えているんだよ!!
魔族社会は何かと異性間のNGが多いから、お誘いの心配をしなくて済む同性との他愛のないおしゃべりは貴重な楽しみだ。
思う存分キャッキャウフフするぞ~っ!
そんなわけで、朝からずっとそわそわとファンヌが来るのを待っていたわたしを知ってか知らずか、9時という早い時間にファンヌはやって来た。
しかも、手土産に綺麗なお花を持ってきて、それをダイニングテーブルに飾ってくれたのだ。さすが辣腕侍女。気配りだけでなく、フラワーアレンジメントの腕前まで完璧とは。
「うわ~、素敵だね! ありがとうファンヌ。テーブルを飾るとか、まったく考えてなかったから助かったよ」
「気に入ってくれて良かったわ。さて、買い出しに出掛けましょうか。お昼はピザでいいのよね?」
「うん。簡単だし、エルサがそうしようって。生地は買ってきてあるよ」
おしゃべりをしながら近所の店で買い物をして、食材やお酒などをゲットする。
発酵屋で飲むタイプのフィルを買い、店頭のベンチに二人並んで座って飲んだ後自宅へ戻った。
ファンヌと一緒にブラブラと歩きながら買い物したり飲食したりするのはとても楽しい。しかも、単に楽しいだけでなく実益も兼ねている。
魔族女性と連れ立って歩く機会が少ないわたしにとって、周囲の魔族たちにこういう姿を見せて歩くことの重要性は以前エルサに指摘された。
それを知っているファンヌはこうして快くわたしに付き合ってくれる。
明日はマッツとロヴネルの店で朝食をとるし、昼はノイマンの食堂へ行くことになっているのも同様の目的を兼ねているそうだ。
ファンヌはお泊り会の2日間で日頃のわたしの不足を補うつもりでいてくれるんだよね……。
親友の心遣いがありがたくて、目が潤みかけた。やばい。
本当にわたしはファンヌが大好きだ。彼女のためにできることがあれば何だってしたいよ。
エルサがやって来たので、3人でパパッと手早くピザの準備をする。
ハァ。このキッチンでこんな風に女の子たちとキャッキャしながら料理する日が来るなんて……。楽しい! 嬉しい! やばい、興奮しすぎて鼻血出そうだ!
内心で一人テンション爆上げ状態な中、昼食には少し早いけれどピザをつまみながら女子会が始まった。
最初からこんなにテンション高くて大丈夫かわたし、と思っていたらすぐにそれどころじゃなくなった。
女子会なので恋バナが始まるのは想定の範囲内ではある。
しかし、自分たちは今彼氏なしだがエルサはどうかというファンヌの問いに対して、エルサが想定外の爆弾発言を投下したのだ。
「アタシも今はフリーよ。子を儲けた彼とパートナー解消してまだ10年経ってないし、今は料理人になる修業の方が大事だからしばらくフリーでいるつもり」
「えええッ!!? エルサ子供いるの!? うっそぉ……」
「エルサってまだ200歳くらいだったわよね。兎系獣人族は早熟だと聞いてはいたけれど本当なのね、すごいわ~」
「うちの種族は成人する前から同世代でだいたいカップルができてて、成人と同時に一緒に暮らし始めて子作りスタート!って感じなのよ」
ツインテールがかわいいこのエルサが、まだ全然若いのに既に子を一人儲けていて、そのパートナーとの関係を解消して第二の人生を歩んでいるとは……。
元の世界の感覚だと何も別れなくても……と思ってしまうけれど、種族の里の中で愛を育み子を儲け、100年一緒に過ごして互いに十分満足したし、料理人になる夢を叶えたいのでフリーに戻ったと聞いたら、何となく納得してしまった。
部族や種族が丸抱えで子育てをする魔族社会では、出産が終われば子作り目的のパートナー関係を解消するのはよくあることで、里を出て新たな仕事に就いたり次の恋愛へ向かったりするのはごく普通のことらしい。
100年を共に暮らし、子供の成人を見届けてからパートナーを解消したエルサは、魔族の感覚からするとかなり情が篤い女性ということになるようだ。
魔族の考え方や価値観に驚かされることはよくあるけれど、今回もビックリさせられたなぁ……。
兎系獣人族の場合、約7割が成人と同時にそのまま里で子作りに入るそうで、そのため城下町に住んでいる者の多くが子作り済みだという。
子作りが里で同族の者と行うものである以上、部族や種族が異なる者との恋愛においてネックになるのが子作り関連で、どちらかが子作りを望めば関係を解消して里に帰るパートナーを見送るしかない。
その点、兎系獣人族は既に一度子作りを終えている者が多いため、ある程度まとまった期間恋愛関係を続けられる相手として城下町では人気があるのだとか。
すごいモテ理由だ。ポジティブと言っていいのか、ちょっとわからないけれど。
「あっ、もしかしてリーリャさんも子供いるの?」
「うん」
「……ノイマンさんも知ってるんだよね」
「もちろんよ。リーリャが子作り済みだから店長すっごく喜んでるもん。店長が子作りしたくなるかリーリャが2度目の子作りする気になるか、その時が来るまではずっと一緒にいられるからね」
「気にするどころか喜んじゃうのか……。わたしの感覚だと、いろいろと衝撃的でビックリだよ」
「まあ、人族とは寿命の長さが違うからスミレが驚くのも仕方がないわね。魔族は長い人生でパートナーが一人だけということの方が珍しいから、過去のパートナーのことは気にしないのよ」
「子作り中でなきゃ複数の異性と同時に恋愛関係になることだってアリだもんね。特に城下町はいろんな部族や種族がたくさんいるから、恋愛に関しては里より相当自由だと思うわ。城も同じでしょ?」
「そうね。王都に住んでいるのは現時点で子作りする気がない者ばかりなんだから当然よ。でも、里は里でパートナー争奪戦が激しいから、却って過激になることもあるじゃない。そこまでする?みたいな」
「キャハハッ、わかる~」
おおぅ、魔族のガールズトークは結構刺激強めっぽいですぞ……。
実は、次の定休日にノイマンとリーリャの馴れ初めを聞きに行こうと思っていたので、その前に兎系獣人族の子作り事情やそれに対する魔族の反応について知ることができて良かったと、今心底ホッとしている。
この事前情報があるのとないのとでは、彼らの馴れ初めを聞く時のわたしの心持ちが大きく違ってしまうところだった。
「ふ~ん、3人とも彼氏なしか~。ねえ、ファンヌはどんな人が好み?」
「わたしは逞しい人がいいわね。マッチョ体型に目がないの」
「えっ、意外! 賢くてクールな男が好きそうと思ってたのに。アタシは何か熱中するものを持ってる人がいいかな~。あと、束縛しない人。これ重要」
「ああ、何となくわかるわ。料理人を目指してるエルサらしいわね」
ファンヌとエルサが男性の好みについて話し出したのを聞きながら、魔族女性にとって恋愛で重視するものは何だろう、元の世界と違いはあるのか、などと疑問が浮かんでくる。
魔族は性別に関係なく皆が労働に勤しむ上に滅多に結婚しないからか、恋愛相手に求める要素に収入や職業などは今のところ上がってきていない。
男性側はどうなんだろう。魔族社会は外食の人が多いから、料理の上手さを女性に求めたりしなさそうだし……。
というか、これまでそんなことを考えたこともなかったと、今気付いた。
「スミレってば、完全に他人事みたいな顔してるわね」
「アンタも言いなさいよ。恋愛する気ないにしても男の好みくらいあるでしょ?」
「うえっ、わたし!? う~~ん、正直今はよくわからないんだよね……」
ヴィオラ会議のメンバーをはじめとして、わたしの周囲にいる魔族男性にはいい人が多い。それぞれが魅力的で素敵な人たちだと思う。
だが、だからと言って恋愛対象として見るかというとそんな意識は皆無だ。
何せわたしは元々恋愛意欲が低いので、そもそもそういう方向に関心が向かないというのもある。
「お腹空いてない時に、何食べようかなんて考えないでしょ? 好き嫌いないから何でもおいしくいただく方だけど、今はこれと言って食べたいものが浮かばない感じかなぁ」
「アンタ、その例えはどうなのよ。いくら何でも色気なさすぎでしょ。……それとも、食う食わないって下ネタなの?」
「ちょっ、何言ってんの!?」
「ある意味、本当に恋愛に対して意欲がないというのがわかったわね……」
そう言われても彼氏と何をしたいか、どう過ごしたいかという具体的なビジョンがないのだから、どんな相手がいいかなんて思い浮かぶわけがないよ。
面識のない魔族を相手に一目惚れするというのも、ちょっと想像がつかないし。
そう思う一方で、子作りや恋愛に対するスタンスが暮らしに大きく影響する魔族社会への理解を深めたいなら、魔族の恋愛事情についてもっと知らなくては、とも思った。
関心がないから、恋愛するつもりがないからと詳しく知らないままで過ごしていたら、いつまで経っても魔族社会に適応できない気がする。
わたしがそう話したら、ファンヌとエルサは嬉しそうな顔で笑った。
「何だかんだ言って感情が一番揺さぶられやすいのは恋愛だし、それは人族もそう変わらないでしょ? 相互理解には必要な要素と思うもん、魔族の恋愛事情を知るのはスミレにとってはいいことよ」
「それに、恋愛関連の情報収集はナンパ回避にも役立つと思うわ。お店のためにも頑張りなさいね。ただし、恋愛に関心があると誤解されないように。くれぐれも気を付けて」
「キャハハッ、確かにそこは心配だわ~。でも、そういうのがきっかけで恋に落ちたりするかもしれないじゃなーい」
……いつか、この恋愛意欲が著しく低い地味なアラサー女子にも魔族男性に恋する時が訪れたりするんだろうか。
そんなイベントのフラグが立たないよう、慎重に情報収集に努めようと思った。
三章では魔族社会のディープな話が増えます。楽しんでいただけたら嬉しいです。




