140話 契約更新とサポート終了
二章最終話です。
夜間の独り歩きテストの翌日の営業日は、午前中に新規の客が3名来店した。
見知らぬ冒険者が一度に複数来店したのは初めてだったので緊張したが、とても朗らかな人たちで、彼らが和気あいあいとカタログを見ているのを眺めていたら、いつの間にかこちらの気持ちも和んでいた。
レンタルサービスを希望され、手続きの際にデモンリンガを見て彼らが犬系獣人族とわかり、何となく納得する。
「このテント、何人寝られるのかな」
「大柄な魔族男性がぎりぎり2人寝られるサイズだそうです」
「じゃ、小柄で細身の僕らなら3人いけるかもね」
「どうせ一人は見張りするから2人寝られれば十分じゃん」
「あ、ミードがある! これ人族のミード? ねえ、買っていこうよ」
Aランク1名、Bランク2名の彼らはパーティーを組んでいるそうで、代表してAランクの人がレンタルの手続きをしていった。
サバイバル道具類はお高いけれど、3人でお金を出し合って共有するなら手を出せるという層もいるだろう。
元気で朗らかな彼らが使用感を口コミで広めてくれたらいいなと期待しつつ、店から出ていく後ろ姿を見送った。
犬族3人組以外に来客はなかったのでのんびりと陽月星記を読み進め、昼食には昨夜テイクアウトしたジャガイモの炙り焼きを食べた。
ホコホコでとてもおいしく、オーブン料理のベイクドポテトと比べてもまったく遜色ない。
アルミホイルがない異世界のバーベキューでどうやったらジャガイモをこんな風に焼けるのか、真剣に謎だ。
串焼き屋の料理人の腕がすごいのか、それとも精霊たちの力が万能なのか。どちらにしろすごい。
午後も順調に陽月星記を読み進めた。
先日里帰りした際レイグラーフに12巻から16巻まで貸してもらい、全24巻の長編小説もいよいよ折り返し地点を過ぎたのだが、部族内の争いだけでなく他部族との衝突の記述も増えてきた。
カオスと言っていいこの状況から今の落ち着いた魔族国に至ったというのが信じられないくらいで、この先の展開がとても気になる。
さすがに今後は来客も増えていくだろうから、今のペースで読み進めるのは難しくなるだろうが、遅くとも次の黒の季節の間には読み終えられるだろう。
そうしたら今度は薬学開始だ。楽しみで仕方ない。
店番をしながら読書をしていると、ミルドがやって来た。
お茶を淹れるわたしに昨夜の独り歩きテストについてさっそく尋ねてくる。無事に合格をもらえたと話したら良かったなと喜んでくれた。
ホッとしているようにも見えたので、これでミルドにも安心して冒険に専念してもらえるかなとわたしも嬉しくなる。
「シネーラ着てったら周りドン引きだっただろ」
「串焼きに夢中だったから正直よく見てないんだけど、保護者たちが言うには相当話し掛けにくい雰囲気だったみたい。何かもう、調理や作業する時以外はシネーラでいいかって気になってきたよ」
どうせ元人族というだけで目立つのだし、ナンパや変な絡まれ方をするよりは目立つだけの方がマシだという気もする。
お高くとまっているように見られる可能性はあるが、親しみやすい、気安く話しかけやすいと思われることはわたしにとって必ずしも良いことではないのだ。
随分と前だが、マッツにシネーラしか着ないものと思っていたと言われたこともある。いっそのことシネーラをトレードマークにしてもいいかもしれない。
「そっか、ナンパしてくるヤツはいなかったのか」
「うん。でも、店を出た後、尾けて来た人がいたみたい。店の人と客だったらしいんだけど、わたしが中央通りを超えて一番街へ入っていくのを見たら戻ったそうだから、保護者が言うには単にどこの住人か気になっただけじゃないかって」
「確かに、一番街ならシネーラが普段着のヤツいそーだもんな」
「だから逆に、中央通りを超えても尾けてくるヤツがいたら気を付けろって保護者に言われたよ」
「あー、なるほどな~」
今日の本題は依頼の契約更新についてだが、わたしはしばらくお茶を飲みながら雑談を続け、少し冷めたお茶をミルドが飲むのを見てから話を切り出した。
「それで、契約更新のことなんだけど。考えてくれた?」
「ああ。相談役は引き受けてもいい。ただし、2千Dは高すぎるから千Dで。冒険に出掛けて街にいない期間が長くなるから役目を果たせねーことも多いだろーし、本当は千Dでも高いと思うけど、相場を考えるとそれ以下はちょっと難しいんだ」
「いやいや、上位ランク冒険者に千D以下で依頼するなんてあり得ないから。いくら友達でもそんなの頼めないって。ああでも、引き受けてもらえて良かった! ありがとうミルド!」
ミルドはうちの商品のことをよく知っているから、本当に心強い。
わたしとしては2千Dのままで良かったのだが、ミルドが固辞したのでそこは即座に引いて、その代わり、Aランクに昇格したら2千Dに依頼料を変更してくれるよう頼んだ。
相談役を頼むだけでなく、性能テストや品質保証をAランク冒険者ミルドの名前で客に提示するのだから、依頼料アップは当然だと思う。
そこはミルドも納得してくれたのですんなり了承してもらえたが、自動継続への変更については少々意見が分かれた。
「これなぁ、手続きがちょい面倒でたぶん時間がかかる」
「あ~、そっか。単純な内容の変更じゃなくて、契約の自動延長とか料金の自動引き落としへの切り替えになるもんね」
「だからギルドは契約更新じゃなくて、一旦依頼を終了して新規で依頼し直すことを勧めてくると思う。その方がてっとり早いんでオレもそっちがいいと思うけど、どうする?」
「う~~ん……。時間かかるってどれくらい?」
「1時間くらいかかるんじゃねーかな」
何だ、たったのそれだけか。2、3日待たされるのかと思ったら予想より全然短かった。
複数日かかるならさすがに考えるけれど、そうでないならわたしは新規ではなく更新でいきたい。
「それくらい待つよ。その間に外で夕飯食べてればいいし……って、ミルドは何か予定あった? 遅くなると都合悪い?」
「いや、予定はねーけど。何でそんなに更新にこだわるんだよ」
「だって、この依頼はわたしとミルドが信頼と友情を育んでいった軌跡でもあるわけじゃない。あっさり終了なんてやだよ。それに、依頼内容の変遷を見れば何でミルドがうちの店の相談役なのかもすぐわかるから、更新で継続しておきたい」
わたしがそう言ったら、ミルドは驚いたような顔をしてそっぽを向いた。何やらブツブツ文句を言っている。
「そこまで言うなら更新でいーけど。……お前、前と比べてこっ恥ずかしいこと平気で言うよーになったよな~」
「確かにそうかも……。でも事実だし」
「いい意味で図々しくなったってゆーか、魔族らしくなったぜ。前は人の手を借りるの気が進まなさそーだったけど、今はそーでもないだろ? オレや巡回班、商業ギルトや冒険者ギルドにも気軽に頼み事するもんな」
城下町へ引っ越してからのわたしの変化を一番傍で見ていたのはミルドだから、彼にそう評されてすごく嬉しくなった。
図々しくなったと言われて喜ぶなんて、日本人らしさが少し抜けてきて価値観が魔族寄りになってきたんじゃないだろうか。
遠慮がちな態度をいろんな人にたしなめられていたから、魔族が嫌がる要素が改善されたのはいいことだと思う。
「へへへ。昨日ね、保護者に“もう一人前の魔族だな”って言ってもらえたんだ。ミルドから見てもそう思う?」
「そーだなぁ。城下町の全区域歩き回ってるし、学校出た魔族でも読まねー歴史本読んで喜んでるし、下手するとそこらの魔族より知識持ってるんじゃね? まあ、そうは言ってもNG関係はまだまだ何かやらかしそうだけどな」
「……気を付けマス」
依頼についての相談がまとまったので、閉店時間までカウンター越しの乱暴行為への対処法の練習に付き合ってもらった。
これはもうほぼ大丈夫だと思う。
そして、練習中に冒険者ギルドのハルネスから伝言が飛んできた。
閉店も近いこの時間帯にメモじゃなく伝言とは……、きっとまた『高級ピック』の注文に違いないぞ。
《月末だからミルドとの契約の更新に来るだろう? それならついでに高級ピックを千本納品してくれないか》
「わかりました。今回、契約を自動継続に切り替えるつもりです。手続きに時間が掛かるそうですが、新規じゃなく更新でお願いします。待ち時間に納品しますね」
《了解。そのつもりで手配しておく。では後ほど》
千本という数にミルドが驚きの声を上げたが、上位ランク冒険者50人のうち半分が高級ピックに切り替えるだけで千本くらい軽く超えるんだと言ったら、更に驚いていた。
ミルドが最初の性能テストでこのピックを高評価したことが雑貨屋の方向性を決めたのに、その本人が驚いているのは何だか不思議な気がする。
そう言ったら、どれだけ売れるかなんて考えてなかったと言われた。そういうものか。
練習を切り上げて、高級ピックの準備をする。
店を閉め、冒険者ギルドへ向かってミルドと並んで歩き出した。
ミルドの手厚いサポート期間もついに終了か……。
少しだけ寂しさはあるけれど、ミルドには大好きな冒険を満喫して欲しいし、街に帰って来た時に冒険の話を聞かせてもらうのもきっと楽しいだろう。
自分が不在でも大丈夫と思えるくらいにわたしがしっかりしてきたということだと思えば、サポート終了は喜ばしいことだ。
「今までサポートしてくれてありがとう。おかげでいろんなことを学べたし、たくさん自信もついたよ。これからもよろしくお願いします」
「いきなり改まって何だよ。こっ恥ずかしいからやめろっつーの」
「照れるなよー」
「うっせー。とりあえず来週一週間かけて準備して、食事会済ませたら冒険に出るわ。あの四番街のタルト、すげーうまそうだったから楽しみだぜ」
「エルサとシェスティンも楽しみって言ってたよ。半月も待たせちゃってすまないねぇ。ホント保存庫助かる~」
「来週の食事会より明日の女子会のこと考えろよ。例の魔族国にない菓子披露するんだろ?」
「うん!」
これからも一人前の魔族としていろんなことにチャレンジして、できることを増やしていこう。
いつだったか、冒険者ギルド長のソルヴェイが言っていた言葉を思い出す。
『遠慮なく力を借りてさっさと力つけて、今度はあんたが手伝いを欲してるヤツに力を貸してやりゃいいんだよ』
誰かの役に立てるようになれたらいいな。
自分がしてもらったように自然と親切にできるようになって、魔族社会の一員として、胸を張ってこの街で暮らしていきたい。
次回から三章に突入です。楽しんでいただけますように。
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