136話 契約更新に関する相談
GW中は木曜以外にも更新する予定です。チェックお願いします!
会議終了後、護身術のチェックをすると言ってブルーノとクランツが部屋に残ったが、それは単なる口実で、レイグラーフがいないところで夜間の独り歩きテストの話をしたかったらしい。
確かに、今日のレイグラーフの様子を見るに、わたしが夜に一人で飲み食いして家まで歩いて帰るテストをするなんて言ったら、また激しく心配しそうだ。
「クランツから話は聞いてるが、ナンパの面倒くささを知った今でもテストしたいか? 一人で飲んでたらまた別のヤツにナンパされるかもしれんぞ」
「んー、迷うけどやっぱりやりたいです。来月には精霊祭があるので、それまでに一人での飲みや夜の独り歩きに慣れておきたいんです」
「わかった。それじゃ早いとこ済ませちまおう。明日の夜でもいいか?」
「大丈夫です。お願いします」
「クランツが護衛で、俺は不審者役だ。お前の後をつけ接触を試みるから、お前は俺を撒いてみろ。バレない範囲でなら魔法を使ってもいい。策を考えておけ」
「はい、頑張ります!」
『転移』の実験をした時のようなミッションを想像していたが、もっと本格的なものになりそうだ。
帰宅ルートや使用する魔術や魔法について、しっかり考えて臨もうと思う。
その後、オルジフとソルヴェイにメッセージを送ってアポを取り、ファンヌとお泊り会の話し合いを済ませてから離宮を出た。
ファンヌと約束していた魔族国にないお菓子の試作が成功したので、予定どおりエルサとお菓子作り兼女子会、ドローテアとお茶会をすることに決まった。
女子力の高い友人と隣人のおかげでわたしの休日の充実っぷりがすごい。
第三兵団分屯地で馬車を降りてオルジフを訪ね、トラブル発生時の立会いをお願いする。
ブルーノが先に話を通してくれていたようで、トラブル相手と同族の班員が立ち会うということで既に巡回班全員に周知されているそうだ。ありがたい。
そして、次に向かった冒険者ギルドではギルド長のソルヴェイに日頃世話になっている事への礼を言い、次いで先日のナンパの件を話した。
普通は部族が調停するそうだがわたしは同族が魔王しかいないので、しつこく続くようなら営業妨害として商業ギルドを介して問題を処理するつもりだと伝える。
冒険者ギルドに苦情を持ち込むことになるのであらかじめ詫びたら、ギルド長に爆笑された。何でだ。
「何だ、てっきり今すぐあたしからユーリーンに注意してくれって話かと思ったのに、間に商業ギルドを挟むのかい。あんたって子はおもしろいねえ。まあ、それがあんたの流儀ならいいさ。付き合ってやるよ」
よそに迷惑かけるな!と冒険者を叱ることはそこそこあるようで、必要になったらいつでも怒鳴ってやるからとギルド長は言ってくれた。
猛禽類のような凄味のある彼女に怒鳴られたらさぞかし恐ろしいだろうな……。
「それにしても恋愛お断りだとはね。いつも地味服と地味メイクだからもしかしてとは思ってたが、マジだとは思ってなかったよ。……ガードの固いレイがあんたに気を許してるのはそういう理由もあるのかねえ」
どうだろう。恋愛お断りが大きいのはもちろんだが、好奇心の対象かつ教え子という要素も案外大きい気がする。
それにしても、思っていた以上にギルド長はレイグラーフへの理解を深めているようだ。
財宝や伝説の空中庭園の話を通じて相当仲良くなったんだろうなぁ。ミルドが絶賛していた二人のトークをわたしも一度聞いてみたいよ。
定休日の翌日は何事もなく平和に陽月星記を読み進め、午後にはミルドがふらりとやって来た。
城下町巡りで拘束してしまったので3日間ほど休んでもらったのだが、明日は月末なので契約をどうするかを相談しに来たらしい。
その話の前に、一昨日来店した冒険者にしつこくナンパされて困ったことを報告した。
保護者達の許可を得た対策内容と、既に巡回班と冒険者ギルド長に根回ししてきたことも伝え、現状認識を共有する。
「ふーん。そんで今日はシネーラ着てたのか。にしても、部族じゃなくて商業ギルドを間に入れるなんて変わってんな」
「だって、魔王族は部族長とわたししかいないんだもん。調停でいきなり魔王が出てきたらどう思う? まあ、今回は相手が魔人族だからどっちも部族長は魔王なんだけどね」
「あ~、そっか。お前ってつくづく特殊な立場だよなぁ。んで、その冒険者、何てヤツ?」
「ユーリーンって言ったかな。Aランクだってさ」
「へえ、あいつか」
Aランクは20人弱しかいないからミルドもすぐに思い当たったようだ。
そして残念なことに彼は、モテるために冒険者になった、Aランクというステータスを得たからもう十分、あとは適当に稼げればいいと公言して憚らない人物らしい。
うわあ……。いや、価値観は人それぞれだから他人がとやかく言うことじゃないけれど、お付き合いをご遠慮願いたいタイプですな。
ミルドの情報のおかげで心置きなく塩対応できそうだ。
わたしは覚悟が決まってすっきりしたのだが、ミルドは浮かない顔をしている。
「けど、面倒なヤツに目ぇ付けられたなぁ。無事開店して今んとこ店も順調っぽいし、今月で契約終了かと思ってたけどどーする?」
わたしの依頼で既に2か月近くミルドを拘束してしまっていて、彼が腰を据えて冒険できないでいることを非常に申し訳なく思っていた。
友達だからと言って快くわたしの面倒を見てくれていたが、さすがにこれ以上は迷惑をかけられない。
申し訳ないとか迷惑という言葉は嫌がられるから口にはしないけれど。
「十分サポートしてもらったから今までみたいに手厚いのは終了でいいんだけど、相談役は続けてもらいたいなぁ。依頼内容を“雑貨屋経営のための情報提供や助言”に変えて更新してもらえたらすごく助かる」
「月の半分は出掛けてっから、名目だけの相談役になっちまうぞ?」
「しばらくは冒険者の新規客が来るだろうし、面倒な人もいるってわかったから、さっきみたいな情報をもらえるだけでも助かるし、正直、相談役がいるって言えるだけでも十分ありがたいんだよ」
「あ~、一応牽制にはなるのか。でも、自分の方がランク上だから自分が相談役になってやるとか言われるんじゃねーの?」
「うちの相談役もすぐAランクになるから不要ですって言う」
「プハッ、何だそれ」
わたしは特に冗談を言ったつもりはなかったが、ミルドが笑うからわたしもおかしくなって、二人で笑っていたらドアベルが鳴った。
店に入ってきたのはSランク冒険者のメシュヴィツだ。ああ、レンタルセットの返却日だったね。
「いらっしゃいませ、メシュヴィツさん」
「やあ。楽しそうだね、二人とも」
「長老!? おい、すげーな。この店もうSランクが来てんのかよ!」
「長老ってメシュヴィツさんのこと? そんなお歳には見えないけど」
「現役冒険者の中で最年長で、冒険者歴も最長なんだ。言っとくけど、どの分野も満遍なくこなすオールラウンダーのあんたのこと、皆本気でリスペクトしてそう呼んでるんだからな!?」
「そうか、ありがとう。ハハッ、ずっと年寄り扱いされてるんだと思ってたよ」
いやいや、普通はそう思うでしょ。というか、この渋くてイケボな男性に長老と名付けるとか一体どんなセンスよ。わたし以下じゃないか。
そんな呼び名を受け止めてしまうメシュヴィツの懐の深さときたら。リスペクトされて照れ笑いしているところといい、Sランクなのにまったく奢っていないのがすごい。
どこかのAランクは爪の垢でも煎じて飲ませてもらえばいいのに。
レンタルセットの返却手続きを済ませると、メシュヴィツもやはりサバイバル道具類を3点とも購入すると言った。
これまでのところ、レンタルした客の購入率は100%だ。本当にすごい。
更にメシュヴィツは『魔物避け香』、『脱出鏡』、『口述筆記帳』も買った。
このあたりの消耗品も冒険者にはよく売れている。うちの定番商品と呼んでもいいかもしれない。
最後に『空の魔石』数個と『蜂蜜酒』を2本追加すると、メシュヴィツは軽く片手を上げ、また来るよと言って帰っていった。
去り際まで渋いな、Sランクのオールラウンダーは。
「相談役の話、長老に頼んだ方がいいんじゃねーの? あの人の名前出したらトラブル半分くらい減ると思うぞ」
「無理だよ。まだたいして親しくないし、第一、Sランクの依頼料なんて払い続けられないもん」
「あー、依頼料のことがあるか……。けど、オレ冒険再開したら毎回月末に城下町戻ってくるかわかんねーぞ?」
「それなら、次から自動更新に変更するってのはどうかな。毎月更新するのは手間だから、わたしもその方が助かるし。とりあえず、無理強いするつもりはないから一晩ゆっくり考えてみてよ。わたし今日は閉店後に予定があるから更新に行けないんだ」
「お前が夜に予定あるの、珍しーな」
「へへへ、実は一人で串焼き屋に行くんだ~」
「マジかよ!?」
精霊祭の時に一人で夜歩きする許可をもらうために今夜保護者にテストしてもらうのだと話したら、一人で大丈夫なのかとミルドに心配されてしまったが、護衛もいるから大丈夫と言ったら納得したようだ。
それに、今後自分が同行できない時が増えると考えたら、今のうちに問題ないかどうかを確認しておくのはミルドにとっても安心材料となるらしい。
初めてミルドに串焼き屋へ連れていってもらった時はバルボラとヴィヴィを着ていたが、冒険者界隈に早くわたしが恋愛お断りだと広めたいのでこのままシネーラを着ていこうと考えていると言ったら、迷ったもののミルドも賛成してくれた。
「場違いすぎて周りはビックリするだろーけど、お前が手づかみでモリモリ食うのを見たらすぐに落ち着くだろーぜ。……プッ、ちょっと見てえな、その光景」
「見に来ちゃダメだよ。不審者が現れるかどうかも見るつもりみたいだから、わたし一人で飲み食いして、一人で帰るのが重要なんだって」
「へえ、マジなんだな。まあ、頑張れ。串焼きに熱中しすぎんなよ?」
「うう……頑張る。城下町の中くらい、いつでもどこへでも一人で行けるようになりたいもん」
契約更新については明日もう一度話し合うことにして、今日と同じ時間帯に来ると約束してミルドは帰って行った。
そして、閉店直後にやって来たブルーノとクランツと共に、今夜のミッションについて最終的な打ち合わせをする。
この後、わたしは一人で串焼き屋へ行って食事をしながら酒を飲み、8時の閉店間際まで店で過ごしたあと一人で家まで歩いて帰るのだ。
クランツが護衛してくれるので安全面は問題ないし、多少酔っぱらっていても家までちゃんと歩いて帰る自信はある。
問題は、不審者役のブルーノの追跡を家に帰るまでに撒けるかどうかで、いろいろとプランは練ったものの正直自信は半分以下だ。
だって、ブルーノだよ? 狼系獣人族の魔族軍将軍の追跡から逃れるなんて、素人のアラサー女子にできると思う? 普通無理じゃない?
でも、わたしの生存戦略の教官はわたしに出来ないことなら最初から持ち掛けてこない。出来ると思っているからやれと言うんだ。
ならば、わたしはその期待に応えたい。
プランは練った。
許可されたから魔法も使うつもりだ。
さあ、行こう。
今夜わたしは初めての冒険に挑む!
二章はあと2、3話で終わります。GWは複数話投稿する予定ですので、できればGW中に三章に突入したいのですが……頑張ります!




