135話 トラブル対策会議
ナンパ系冒険者の来店があった翌日は定休日で、日帰りで里帰りをした。
ここのところ休みを城下町巡りに充てていたので離宮へ行くのは十日ぶりだ。
いつもどおりクランツが馬車で迎えに来てくれて、ビッグホーン系のいかつい角を見ながら、彼のこの姿もすっかり見慣れたなぁと月日の経過に思いを馳せる。
ネトゲのスケジュール帳を見たら城下町に引っ越してちょうど50日で、もうそんなに経つのか、あっという間だったなと感慨に浸っていると、クランツに本日の予定変更を告げられた。
「今日は城への納品はなく講義だけの予定でしたが、講義を中止して会議をすることになりました。何でも来店した冒険者のナンパに困らされたそうですね」
「昨日のことなのにもう知ってるんですか。まあ、巡回班からブルーノさんに報告がいったんでしょうけど……って、それが予定変更の理由!?」
「私はそう聞いてます」
「困りはしたけど何もありませんでしたよ?」
「それは君の顔を見ればわかりますが、レイが大騒ぎしているんです。講義どころではなさそうなので君が静めてください。師の機嫌を取るのは教え子の役割でしょう?」
「ええぇ~っ」
また大袈裟なことを……と思っていたけれど、離宮の車寄せにはいつも出迎えてくれるファンヌの他にレイグラーフとスティーグがいて、わたしが馬車から降りるなりレイグラーフはわたしの両頬を手で包んで顔をまじまじと覗き込むと、盛大にため息を吐いた。
「ハァ、良かった……。スミレが泣いたり不安で寝不足になったりしていないかと気が気でなかったのですよ。どうやら杞憂だったようですね」
「ほら、言ったとおりでしょう? スミレさんはそんなにやわじゃありませんよ」
「本当にレイったら心配性なんだから」
たかがナンパくらいで大袈裟だとか過保護だとか、さっきまではそんな風に考えていたけれど、レイグラーフの顔を見たら彼が本当に心配していたことがわかって何だか胸が痛くなってしまった。
心配かけてごめんね、レイ先生。もっと安心してもらえるように、わたし頑張るから。
「心配してくれてありがとう、レイ先生。おかげ様でこのとおり元気ですよ!」
わたしがニッと笑ってそう言うと、ようやくレイグラーフもいつもの穏やかな顔になった。
チラリとクランツを見たら、よしとばかりに頷いている。教え子の役割は果たせたようだ。
離宮の自室へ移動してファンヌのお茶を飲んでいたら、魔王、ブルーノ、カシュパルもやって来て、入れ替わるようにしてファンヌが退室していった。
講義を取りやめて会議になるとは聞いていたが、ヴィオラ会議のメンバーが勢揃いするとは。
まさか魔王まで来るとは思わなかったので驚いた。
わたしが冒険者にナンパされた事はそれ程の一大事だったんだろうか。
「そうじゃないが、今後トラブルが起こった際の対応について話し合っておいた方がいいだろうと思ってな。こっちで手を回して処理するのは簡単だが、お前はそれじゃ嫌だろう?」
ブルーノにそう言われてこくりと頷く。独り立ちした以上はなるべく自分で対応したい。
ただ、わたしが考える最善と彼らにとっての最善が同じとは限らないから、認識の擦り合わせや確認は必要だ。
巡回班の報告にはナンパが継続しそうだともあったそうで、該当冒険者への対応をサンプルとして、今後トラブルが起こった際の対応策を一度きちんと話し合おうというのが今回の会議の目的らしい。
なるほど。確かに指針のようなものを明確にしてもらえるとわたしも助かる。
そう思ったのだが、諜報と謀略担当のカシュパルが爽やかな笑顔でさらりと不穏な発言をした。
「その冒険者が魔人族なのはラッキーだったね。都合が良すぎて笑っちゃったよ。どっちもルードが部族長だから調停なしでもいけるし、どうとでも処理できるからスミレは安心してそいつに対応したらいいよ」
「ど、どうとでもって。厳しい処罰とかは嫌ですよ? 後味悪いじゃないですか」
「その辺りの最終的な線引きについても話し合いましょう。スミレさんの負担になるようなことは避けたいですからねぇ」
以前聞いた話では、聖地の地下施設で延々と魔力を吸い上げ続けるという恐ろしい罰が科せられることもあると聞いた。
魔王が依怙贔屓はしないから心配するなと言ってくれて少しホッとしたけれど、本人だけでなく部族に恨まれるようなことになるのも嫌だし、当たり障りのない対応で済ませたい。
「まあ、城下町でナンパが原因で揉める時の典型的なパターンだから、サンプルにするにはもってこいなのは事実だな。またそいつが来て同じことを繰り返したら、お前はどう対処する?」
あれが典型的なパターンなのか……。面倒だ。嫌すぎる。
ブルーノの言葉に思わずうんざりした顔をしてしまったが、あの冒険者への対応については一応考えてあったので、ひと通り皆に話してみた。
まずは今回と同じく迷惑だからやめるように言い、何度言ってもやめないなら店への出入り禁止を申し渡す。
それにも従わない場合は営業妨害として商業ギルドへ相談し、商業ギルド経由で冒険者ギルドへ苦情を申し立て、あの冒険者へ注意勧告をしてもらおうというのがわたしの案だ。
そのためにも、あらかじめ冒険者ギルド長のソルヴェイに相談というか、今回の件を耳に入れて根回しするつもりでいる。
ギルド長には散々お世話になっているのにいきなり苦情申し立てをするなんて失礼なことはできないし、冒険者ギルドは上得意様なのだ。関係悪化は避けたい。
あとは、あの冒険者がまた店内でナンパを始めたらすぐに巡回班のオルジフへ伝言を送って店に来てもらおうと考えている。
昨日のコスティを見ていて、やはり公平な立場の第三者がいた方がいいと思ったし、それにはあの冒険者と同じ魔人族のオルジフが適任だろう。
彼も同族の言葉には素直に耳を傾けるかもしれない。
「――と、こんな感じで考えていたんですが、どうでしょうか」
「両ギルドを間に挟むのはいいね。仕事の評価に関わるから無茶できなくなる」
「立会人の位置に魔人族の巡回班を置くというのも良いと思いますよ。他の部族だとスミレが味方を呼んだという印象になりかねませんから」
とりあえず、カシュパルとレイグラーフが賛成してくれたのでホッとする。
ブルーノは魔王とスティーグにも意見を訊いた。
「魔人族の立場としてはどうだ? こういうトラブルで部族の前に職場関係や警邏担当が介入するのはあまり例を見ないが」
「特に問題ない」
「スミレさんの場合、同族がルードだけですからねぇ。調停にいきなり部族長が出て来る事態を回避してくれたんですから、十分な配慮ですよ」
スティーグの言葉に、そういえば魔王族のわたしがトラブルに巻き込まれた際に調停に出るのは部族長の魔王になると、デモンリンガの説明を受けた時に聞いたことを思い出した。
そんなつもりはなかったけれど、初手でラスボスを召喚しなかったことは配慮と見なされるんだな。
魔族の場合、ナンパ関連のトラブルには早い段階で部族が介入してさっさと調停を進めるそうだ。
城下町は女性が少ないから男性側の競争率が高いため、どうしても粘ろうとする男性が出てしまうらしい。
心情としてはわからないでもないが、実際のところ多少粘ったくらいで絆される魔族女性は城下町にはほぼいないらしく、不毛な努力はしない方が良いと同族に説得されればたいてい事は収まるという。
魔族は子供が授かりにくいからか子作りや恋愛に関してはシビアでドライな面があり、相手にその気がないならさっさと次にいくし、拒む側も周囲もいつまでも関わらせないというスタンスが一般的なのだとか。
それを聞いて少し安心した。きちんと断り続ければ何とかなりそうだ。
以前クランツが言っていた、「しない、行かない、必要ない、と誘いを断り続ければいいだけのこと」というのは事実らしい。
迷惑行為がエスカレートした場合の措置についても話題に上がり、最終ラインとしては王都からの退去とメッセージを含む接触の禁止を希望した。関わりがなくなればそれで十分だ。
もちろんそれは調停で対応できる範囲の話であって、度を越した行為や犯罪の域に至った場合はもはやわたしが口を出すことじゃないので、速やかに魔族国の法に従って処理してもらえればと思う。
わたしのトラブルに対する考え方は魔族から見ても特に問題がなかったようで、案に沿って対応すれば良いと魔王の了承を得られた。
部族長からOKが出たのは心強い。よし、あとは塩対応を頑張るだけだな!
事後承諾になったが、オルジフに立ち会いをお願いしてもいいかとブルーノに尋ねて、こちらも了承を得る。
同様のトラブルが発生した際にも相手と同族の巡回班員に立ち会ってもらえと言われたので、離宮からの帰りに分屯地へ寄ってお願いしてこよう。
冒険者ギルドにも行ってギルド長に根回しをしないとね。
そんな風にわたしが頭の中で会議終了後のことを考えていたら、レイグラーフが深々とため息をついた。
「ハァ……。早くスミレに平穏な日々が戻って欲しいです」
チラリとクランツを見たら目が合って、何とかしろというように頷いた。
むう、また教え子の出番か。
「大丈夫ですよ、レイ先生。しばらくはシネーラを着ることにしましたから。それに、ナンパを適切に捌いてこそ一人前の魔族女性ってもんでしょう?」
「お? いっぱしの口を利くじゃねぇか」
「もう50日も城下町で暮らしてるんですよ。やって見せますって」
「ですが、くれぐれも無理はしないでくださいね」
「もちろんです。城下町もひと通り見ましたし、今後はより魔族社会に馴染んで、一魔族として貢献できるようになりたいって考えてたところだったんです」
もう十分貢献してくれてるよとカシュパルが言ってくれたけれど、城への納品はヴィオラ会議のメンバーしか知らないことだ。
ネトゲ仕様や聖女の力は切り離せないわたしの一部だから否定する気はない。
でも、機密事項で表には出せない事柄ではなく、一般の魔族に関わる形でも貢献できるようになりたいのだ。
いつまでも亡命者という他所から来たお客さん扱いの立場じゃ嫌だから。
わたしがそう言ったら、今度はレイグラーフが冒険者ギルドにも貢献している、ソルヴェイがそう言っていたと声を上げた。どうやら開店日以降もギルド長との交流が続いているらしい。
「それだってネトゲのアイテムありきの話だし、表向きの設定では亡命時に持ち込んだ人族のアイテムでしょう? 自分の力で得たもので一魔族として関わりたいんです。それで、薬学を学んで痛み止めを扱えるようになったら近所の人に喜んでもらえるから、ほんのちっぽけな一歩だけどまずはそれを目指そうと思って」
「ふふ、それが動機だったんですね。それでは、スミレが陽月星記を読み終えたら薬学を始めましょうか」
「やった! 頑張ります!」
薬学では座学だけでなく実技もあるそうで、採集と調合をやるらしい。
ヨエルのようにフィールドのどこかで採集するんだろうか。その時は転移ゲートを通って採集場へ行けたらいいなぁ……。
薬学を始めるのが今から楽しみだ。
そのためにも、陽月星記を頑張って読み進めないと。
店番しながらの読書は必須だから、営業中のナンパは絶対にお断りしないとね!
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