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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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134話 Sランクとナンパ系冒険者来店

 昨夜は急遽レイグラーフの講義を受けた結果、魔族社会のことがいろいろと気になって陽月星記を読み始めてしまい、久しぶりに夜更かしをしてしまった。

 そのせいか、ネトゲのアラーム機能で叩き起こされたわたしはかなり寝不足気味で頭がぼんやりしている。

 いつもどおりステータス画面を確認したら睡眠不足の状態異常が付いていた。

 回復魔術で解除しようとしたところで、そういえば聖女の回復魔法を試そうと考えていたことをふと思い出し、ぼーっとしたまま『状態異常回復』を唱えてみたら一瞬で頭の中の霧が晴れた。

 何となく使ってしまったが、初めての聖女の回復魔法はただ単に体の不調が消えただけで特別なことは何も起こらず、今まで頑なに使用せずにいたのは何だったのかと拍子抜けしてしまい、思わず苦笑いが浮かぶ。

 ただ、精霊たちは魔法が気に入ったのか機嫌が良さそうだったので、わたしも嬉しくなった。

 こうやって少しずつ聖女に対する屈託を減らしていけたらいいなと思う。



 城下町巡りを終え、ToDoリストの項目がまた一つ消えた。

 後は夜間の独り歩きテストを終えてしまえば、残りは折を見て地道に取り組んでいけばいいことばかりとなる。

 いよいよ本腰を据えて雑貨屋の仕事に精を出せるようになったと言えるが、まだ来客数は少ないので気合いを入れ過ぎても空回りするだけだろう。

 焦らずに出来ることから頑張ろうと今日も店番をしながら陽月星記を読んでいたら、ドアベルが鳴って新規の客が入って来た。

 おっ。白い肌に赤い目、そして黒い髪。今日のお客は竜人族の黒竜か。風貌からして冒険者だろう。竜人族の冒険者は初めてだ。

 いらっしゃいませと迎え入れ、店内を見回す客に商品カタログを渡してソファーを勧める。

 礼を言ってカタログを受け取る手はがっしりしていて、熟練の冒険者なんだろうなと感じさせるものの、冒険者には珍しく物腰が柔らかくて眼差しも穏やかだ。

 年は結構上だろうか、実に渋い。そして低い声もまた渋い。イケボですな。


 客の様子を見ながら、品質保証用ノートを提示する。この流れも自然とスムーズにできるようになったと思う。

 カタログとノートを見た後、客はソファーから立ち上がって陳列台の上の『野外生活用具一式』を見に行き、手に取って眺めながらわたしに話し掛けて来た。



「冒険者ギルドで売り始めた『高級ピック』、使わせてもらったよ。とても良い品だったので、他の品も見てみたくなってね」


「そうでしたか。わざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます」


「う~ん、この道具類は確かに試してみたいなあ。そのポスターのレンタルサービスってやつを頼めるだろうか」


「はい、大丈夫ですよ。今すぐでも貸し出し可能ですが、どうなさいますか?」


「じゃあ、今日借りて行くよ。待たずに済むなんてラッキーだな」



 そう言う客に、まずは身分証明のためにデモンリンガを提示してもらう。

 お名前はメシュヴィツさん。竜人族の黒竜でSランク、と。――って、え、Sランク!?

 驚きのあまり、思わず二度見してしまった。

 ついに、うちの店にSランク冒険者が! ひええ、ご来店ありがとうございますうぅ!!



「どうかした?」


「いえっ、Sランクの方のご来店は初めてなので、びっくりしまして」


「長く続けてるってだけのただの冒険者さ、そう気負わないでくれ。ソルヴェイに良い品があるから行ってこいと言われてね。確かにおもしろそうなものがいろいろある」



 何と、ギルド長の紹介だったらしい。うう、ありがたい……。ギルド長には本当に感謝してもし足りないよ。

 レンタルサービスの手続きの一環として、商業ギルドの書類を見せながら賠償責任保険の説明をする。

 保険制度を導入して最初の利用者がSランクになるとは予想もしなかった。

 ギルド長がレンタルした時に保険はなかったから聞いた話と違ったんだろう、最近導入したのかとメシュヴィツに尋ねられ、そうだと答えたら用心深いのは良いことだと褒められた。

 Sランクにそう言ってもらえると非常に心強い。


 『魔物避け香』と『脱出鏡』、そして『蜂蜜酒(ミード)』を買うとメシュヴィツはレンタルセットを担いで帰って行った。

 レンタルサービスの利用はこれで4人目だ。じわっと口コミで広がっている様子に手応えを感じる。

 うん。出来ることを積み重ねて、一歩ずつ着実に進んでいこう。

 カウンター付近を片付けると、わたしは再び陽月星記を読み始めた。




 そんな風に、前向きな気持ちになれる来客のあった翌日には、残念なことに真逆なタイプの客が来た。



「ねえ、ここって高級ピックの店?」


「はい、そうですが」


「俺ユーリーンっていうんだ。魔人族のAランク冒険者。よろしくー」


「スミレです。こちらこそよろしくお願いします」


「ねえ君、元人族ってホント?」


「はい、本当です。亡命してきました」


「へえ~。俺さ、さすがに人族とは付き合ったことないんだよー。ねえ、今日食事行かない?」


「!? 行きません」


「えっ、何で?」



 初対面の異性を食事に誘う……、どう見てもナンパです。

 ついに、魔族のナンパに遭遇してしまったか……。

 初遭遇がよりによって自分の店になるとはわたしも運が悪い。相手が客となると対応の難易度が跳ねあがる。予想していた以上に面倒くさい。

 というか、店に入ってまっすぐカウンターに来て、言うことがそれですか。

 「えっ、何で?」って、何で断られないと思ったのか、そっちの方が不思議でならない。普段のナンパもそんな誘い方で成功するんだろうか。



「あなたと食事する理由がありませんし、そもそも初対面の男性と食事をするつもりもありません」


「固いなあ。そんなことじゃ魔族国でやっていけないよー? 俺がいろいろ教えてやるから、な? 一緒に食事行こうって」



 何しに来たんだろうね、この人……。商品見ないなら帰って欲しい。

 こっちは仕事中なんだよ、邪魔するな!と思っても、客に対してあまり失礼な態度を取るわけにもいかないし、かと言ってきっぱり断らないともっと面倒なことになりそうで困る。

 それにしても、“笑ってごまかす”ができないのが痛い。

 初対面の魔族に笑顔で対応したら「あなたに気があります」のサインになってしまうから、日本で身に付けてきた無難な対応のほとんどが使えないという……。

 ナンパ相手を振る魔族女性の対応はファンヌとエルサのしか見たことがない。

 店の客の誘いを断っていたエルサの方が参考になりそうではあるものの、エルサも大概塩対応なんだよなぁ。

 加減がわからないのに塩対応をするのは勇気がいる。ビジネスライクな対応で何とかやり過ごせればいいのだけれど……。



「とにかくお断りします。他に用がないならお引き取りください」


「えーっ、そんなのアリ? せっかく仲良くしようと思って誘ってるのにさー」


「そういうお気遣いは無用に願います。当方はお誘い不要、恋愛お断りですので」


「はあ!? そんな見え透いた嘘つくことないだろ。いい加減にしてくれよ」


「嘘じゃありません!」



 いい加減にして欲しいのはこっちだよ!!と言い返したくなるのをグッと堪えたところへ、ドアベルの音がした。

 おお、巡回班のコスティだ。助かった……!



「おい、何か揉めてんのか?」


「いいところへ来てくれました。助けてください、コスティさん。さっきからずっと断ってるのに、この人食事に行こうってしつこくて困ってるんです」


「普通に誘ってるだけじゃないか。助けてとか大袈裟だなー」


「ふーん。あんた、名前と所属は?」


「ああ? 何であんたにそんなこと聞かれなきゃならないんだよ」


「これは失礼。魔族軍第三兵団分屯地所属のコスティです。貴殿の名前と部族または種族、職業を教えていただきたい」


「…………ユーリーン、魔人族。Aランク冒険者だ」



 くだけた態度だったコスティはナンパ系冒険者の態度を見ると、スッと背筋を伸ばしてガラリと対応を変えた。顔つきまで変わっている。

 第三兵団分屯地所属といえば城下町の警邏担当だから、その彼に丁重な姿勢で尋ねられたら答えないわけにはいかないんだろう。

 聞きたい事を聞くとコスティは再び元のくだけた態度に戻り、カウンターに寄りかかっていた冒険者のすぐ脇に立つと冒険者を見下ろした。



「あのなぁ、この人恋愛お断りだから誘うだけ無駄だぞ」


「は? あんた、この子の言うこと真に受けてんの?」


「真に受けるも何も事実なんだって。外出時は頭にスカーフ巻いてるし、雑貨屋開店して仕事着が増えたからあんまり見掛けなくなったけど普段着はシネーラだし、マジで筋金入りの恋愛お断り女だから」


「……嘘だろ?」


「本当です。ヤルシュカは一度も着たことありません」



 実際には仮縫いの時に一度だけ試着したことはあるけれど、二人掛かりで着せられたしつけ糸だらけのはノーカウントでいいと思う。

 コスティは人のことを“筋金入りの恋愛お断り女”とまで言ったくせに、わたしの「ヤルシュカ着たことない」発言にドン引きしていた。酷い。



「それになぁ、この人の保護者、あんたのとこの部族長だから。揉めて困るのあんただぞ。デモンリンガ見せてやれよ」



 コスティに促され、左腕を冒険者に向けて突き出す。

 袖口から紫色のデモンリンガを見せれば、魔人族の彼には魔王の色だとわかったようだ。

 視線がデモンリンガとわたしの顔を何度か往復した後、今日は帰ると言って冒険者は店を出て行った。



「ああ~、コスティさん、ありがとうございます。本当に助かりました」


「役に立ったなら良かったけど、あの様子だとまた来そうだな」


「うへぇ、面倒くさい……」



 げんなりした顔でそう言ったら、コスティが膝を叩いて笑い出した。

 お誘い不要強制疑惑の時にわたしが恋愛について面倒くさいと言ったのが半信半疑だったらしく、再び目の前で言われてようやく本気で言っていたんだと納得したらしい。


 それにしても困ったな。

 新規で店を訪れる冒険者に早くわたしが恋愛お断りだと周知しないと。ナンパ目的で来店されてはかなわない。

 来客が少ないから店は暇だが、それならそれで陽月星記を読み進めて勉強するからわたし自身は暇ではないのだ。

 冒険者のナンパを抑止するのに何かいい手はないものかと、夕食時にノイマンの食堂でエルサに相談してみた。



「スミレ最近バルボラとヴィヴィばっか着てるし、しばらく店と冒険者ギルド行く時はシネーラ着てみたら? 近所の連中にはアンタのシネーラ姿も浸透したけど、ミルド以外の冒険者はほとんど見たことないでしょ」


「確かにかれこれひと月くらい里帰り以外はバルボラとヴィヴィだったかも。でもさ、シネーラって目立つみたいだから、街なか歩くのはあまり気が進まないんだよね……」


「アンタ目立つの嫌いだもんねぇ。でも、目立った方が話が広まるのは早いわよ。それに、開店したてでしばらく初対面の冒険者の来店が続くなら、最初にきっちり恋愛お断りの主張ができるシネーラで印象付けた方が後々楽なんじゃない?」



 エルサの言うとおりかも知れないな……。

 “世間知らずのお嬢さん”ではなく働く大人として見られたいという思いが強かったけど、今はそうも言ってられないや。



「それにしても、ムカつくわねその男! コレクション増やしたいみたいな言い方しといてOKもらうつもりとか、バッカじゃないの!?」



 ナンパ男の言動に怒ってくれるエルサの姿を見て溜飲を下げつつ、わたしはまたしばらく街着のシネーラにお世話になろうと決めたのだった。

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