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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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133話 城下町巡り(五番街)と夜間の緊急講義

 (つき)の日の今日は城下町巡りの最終日。

 わたしとミルドはマッツとロヴネルの店で朝食を済ませると、徒歩で五番街へ向かった。



「ふう、今朝はメシ抜きにならずに済んで助かったぜ」


「ごめんって。市場が特別だっただけで、他ではそんな無理言わないってば」



 追加でわたしと同じメニューを食べて、お腹を満たしたミルドは満足そうだ。

 五番街には魔族国の学校があり、学生が多く住むエリアだからか賄付きの住居が多いそうで、学内を除けば飲食店はほぼ南通り沿いにしかないらしい。

 なので、昨日のように朝食を抜いていくようなことはしなかった。

 空腹時のミルドがあんなに機嫌が悪くなると思わなかったので、昨日は悪いことをしたなと反省している。


 五番街は南通りを挟んで一番街と三番街の南に位置する東西に長い地区だ。

 昨日ニアミスしたドワーフの細工師ボフミールの工房は南通りからごく近い三番街の南部にあり、食事時に南通り沿いの飲食店に現れる可能性があるので、就業時間中と思われる午前のうちに危険地帯を見てしまうつもりでいる。

 朝食を終えてから歩いていけば、朝食帰りのボフミールとニアミスすることもないだろう。


 何事もなく南通り沿いのエリアを通過したわたしたちは、五番街の奥へと歩を進めた。

 他の地区と比べると確かに店が少なく、閑静な住宅街といった印象だ。

 四番街も住宅街だったし食堂はほとんどなかったが、テイクアウトの店や食料品店などは潤沢だったからか活気があった。

 住民がカップルと学生ではエリアの雰囲気も違って当然だとは思うけれど、五番街は何だかストイックな雰囲気が漂っている。

 本屋や文具屋はそこそこ見掛けるものの、業種的なものなのか物静かだ。

 学校が近くなるにつれて歩く人が少し増えてきた。でも、多くはない。



「今講義中なのかな」


「あー、もう2時間目始まってるな。あれが校門」


「おお~、立派だね」



 冒険者になる時に必要なのは部族長の許可だけだが、Bランクに上がるには初等課程修了の資格が必要なのでミルドもこの学校に通った経験があるそうだ。

 学校内は部外者でも入れるそうで、案内しながらミルドがいろいろと話を聞かせてくれた。



「講義は1時間半で、間に30分の休憩を挟む。朝8時から1時間目スタートで、6時間目が終わるのが夜の7時半」


「城下町の店は夜8時で閉まるから、それまでに講義が終わるように配慮されてるんだね……って、あれ? 2時間のルーチンで8時スタートなら、3時間目は12時から午後1時半? 昼休みは?」


「ねーよ。昼飯は3時間目の前後どっちかの休憩時間に食う」



 モロに昼時に当たっていても、魔族は文句言わずに講義を受けるのか……。

 時間割は好きなように組めるそうで、1時間目から6時間目までぎっちり講義を受ける必要もなく自分のペースで単位を取得すればいいそうなのだが、それにしても昼休み抜きの時間設定はちょっと厳しい気がする。

 わたしがそう言ったらミルドは「希望の職業に就きたくて部族に学校行かせてもらってるんだから努力して当然。早く働きてーから皆真面目に勉強して単位取る」と答えた。

 こういう考え方が魔族のスタンダードなんだよなぁ。

 魔族社会の相互扶助と手厚い社会保障は、魔族たちの勤労と奉仕の精神に支えられているんだなと改めて感じた。

 わたしも仕事と勉強を頑張って、魔族社会に貢献できるようになりたい。


 以前レイグラーフの講義で、王都で公的機関の職に就くには学校で初等課程を修めていなくてはならず、専門職や上級職を目指す場合は更に中等課程や高等課程を修める必要があると聞いた。

 王都の公的機関は理論上すべての部族・種族を相手に仕事をしなければならないので、対応できるようさまざまなことを学ぶ必要があるんだろう。

 冒険者も上位ランクともなると王都でいろんな部族や種族の依頼を請けるし、難易度の高い冒険では王都に姿を現さないレアな種族の里へ行って情報を集めたり、そこを拠点に何週間もかけてダンジョン攻略をしたりすることもあるため、公的機関の職員並みの対応力が求められるようだ。

 部族の里でも部署によっては初等課程を出る必要があるのだとか。

 精霊族や獣人族は種族が多いらしいから、種族名とその特徴を覚えるだけでも大変だろうなぁ。

 そんなことを考えながら学校の食堂、通称“学食”へ向かう。


 時間は少々早いが、2時間目が終わって学食が混む前に昼食を食べる。

 城下町巡りでは学校へも行くと言ったら、ヴィオラ会議のメンバーとファンヌはこぞって学食でパンケーキを食べるようにとわたしに勧めた。

 離宮関係者が口を揃えて絶賛するそのパンケーキは、もちろんネトゲ仕様の常で見た目は普通のパンケーキだったが、ひと口食べたら理性が吹っ飛びそうなくらいのおいしさで。

 元の世界で食べた、スフレタイプのふわっふわのパンケーキ。

 あれにたっぷりの生クリームとメープルシロップがかかったような、口の中で溶けていくこの軽い食感は。



「最高! まさに絶品!!」


「落ち着けよ」


「ふわあぁ、わたしこれテイクアウトして帰る」


「“お一人様1食限り”ってそこに書いてあるだろ?」


「ぐあっ、わたしの必殺!保存庫の術が封じられるとは……無念ッ」


「まあ、こんだけうまけりゃ多少おかしくなっても仕方ねーよな」



 学食は街の食堂より安いが、その分味はやや落ちるらしい。

 でもパンケーキだけは絶品なのだと、学校へ通ったことのある魔族が力説する気持ちがわたしにもよくわかった。

 あまりのおいしさに、わたしも学校に通いたいと一瞬考えてしまったよ。

 おそるべし、学食の絶品パンケーキ……!

 これがお好み焼きやどら焼きと同じグラフィックになるとか、ホントマジでやめて欲しい。



 学校を出た後は主に本屋をチェックして歩いた。

 五番街の本屋にはたまに専門ジャンルの本だけを扱うこぢんまりとした構えの店がある。

 歴史、文学などはまあわかるが、冒険の専門本屋があったのには驚いた。



「学校通ってた時はよく来たな~。たぶん人生で一番本読んでた」


「へえ~。冒険の専門書って、ダンジョン攻略とかそういう感じ?」


「ダンジョンもあるけど、地理、生物、魔物、美術、財宝、武器、防具、罠、薬と素材……あと何だっけ。歴史とか魔術具とかもあったな」



 指を折りながら数えるミルドに驚きを隠せない。

 すごい。そんなに広範囲の知識が必要なのか。ソロや少人数のパーティーが前提だと個々の知識や技量が重要になるもんなぁ……。

 冒険者が尊敬や憧れの対象になるのも当然か。



 やがて五番街の東の端にある中央通りに出たので、少し南下して第三兵団内にある転移ゲートの建物を見に行った。

 使用許可を取ってないので外から眺めただけだが、いつか中を見たりどこかへ転移したりする機会があればいいなと思う。

 そんなことを考えつつ、すぐ近くに六番街や離発着場があるのを見て、ふと、何で物流には転移陣を使わないんだろうと疑問に思った。

 ワイバーンによる空輸には保険が掛けられると商業ギルド長が言っていたから、リスクを回避するなら転移陣の方が良さそうなのに。魔力が大量に必要でコスパが悪かったりするんだろうか。

 今日で城下町巡りも終わりだし、帰ったらレイグラーフに報告するついでに聞いてみようかな。




 転移ゲートの後は昨日回り切れなかった六番街の一部を見て回り、城下町巡りは見事ミッションコンプリートとなった。

 達成感と充実感を胸に馬車で帰宅し、丸3日間付き合ってくれたミルドに多大な感謝を伝えて別れる。

 手早く入浴を済ませると、わたしはレイグラーフへ伝言を飛ばした。

 詳しいことは里帰りした時や講義の時に話すつもりだけれど、より広い範囲の魔族社会に触れたことで、これまで学んできた知識が机上のものではなくしっかりと自分の中に根付いた感じがしている今の気持ちを伝えたい。



《それは良かった。良い経験になりましたね》


「はい! 五感を通したリアルな情報が増えたせいか、わたしの魔族度がグッと上がった気がしてます」


《魔族度? スミレはおもしろいことを言いますね》



 レイグラーフにはボフミールとニアミスしたことも報告した。

 もちろんレイグラーフは驚いたけれど、ネトゲの機能のおかげで何事もなくやり過ごせたと伝えたからそこまで心配はしていないと思う。

 問題はその後で、わたしが「何故魔族国の物流は転移陣を使用せずワイバーンの空輸に頼っているのか」と尋ねたら、ものすごく動揺した声の伝言が返ってきた。



《ス、スミレ! それを誰かの前で言いましたか!?》


「言ってませんけど……あの、何か不味かったですか?」


《良かった! ああ、安心しました。……スミレにとってはごく自然に浮かんだ疑問なのでしょうが、魔族国においては極めて政治的な話なのです。少し長くなりますが、この際ですから説明してしまいますね》



 安堵のため息と共に告げられた“極めて政治的な話”という言葉にわたしも激しく動揺したが、レイグラーフの説明を聞けばすぐに理解できた。

 まず、転移にかかる魔力が多く輸送費が高くなり過ぎるので、転移陣による物流の構築は現実的ではない。

 もし実現可能になったとしても、物流を転移陣に移行するとなれば、建国以来魔族国の物流を担ってきた竜人族の影響力は激減する。

 竜人族は人口が四部族の中で最も少ないので、自分たちの影響力の保持には神経を尖らせる傾向があるそうだ。

 危ない。わたしの周囲に竜人族は結構いるのに、彼らの地雷を踏みかねない発想をしていたのか。

 少し考えれば竜人族の既得権益を侵す話だとわかりそうなものなのに、うっかりしていたよ……。



「こういう内容も学校で習うんですか?」


《いやいや、こんな直截には伝えられませんよ。この部族の弱点はここだと指摘するようなものじゃないですか。里での教育を含め、初等課程で学ぶさまざまな事柄から類推できるようになるのです》



 里と違って他部族も一緒に講義を受けているのに、デリケートな話題を扱えるわけもないか。

 その辺りの機微がわたしにはまだよくわかっていないんだな……。

 魔族度が上がったつもりで喜んでいたけれど、まだまだ勉強が必要だ。


 わたしの教育の不足点が明らかになり、レイグラーフは自分のミスだと酷く恐縮していたが、これまで地雷を踏まずに来れたのだってきっとレイグラーフの講義のおかげなんだから、あまり気にしないで欲しい。

 それよりも、明日からはまた雑貨屋を開くのだから、取り急ぎ知っておいた方がいい部族の政治的な面での注意点があれば教えて欲しいとお願いした結果、そのまま伝言で講義開催となった。



【主な内容】

・竜人族はお金の扱いに長け、物流だけでなく商業・金融といった経済活動での影響力も強い。

・精霊族は精霊と共に自然環境と魔素の供給に働きかけており、魔族社会に大きな影響力を持つ。人口は魔族国内で最多だが、王都に来ない種族が多いため影響力には寄与しない。

・獣人族は王都内での人口が最多、どの分野でも最大勢力。その影響力には身体的な力が強いという背景も加味される。

・魔人族は部族長が魔王を継承するため必然的に影響力は大きくなるが、他部族が不満を持たないよう自らの調整力を発揮している。

・陽月星記には建国までの道のりでこういった政治的な話が色濃く描かれているので、よく読んで学ぶように。



 レイ先生、夜遅くまでありがとう。

 でも、明日は寝不足になりそうです。

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