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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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132話 城下町巡り(市場・離発着場・六番街)

 陽の日の今日から雑貨屋は2連休だ。

 城下町巡りは今日明日の2日間で終わらせなければならないので、朝からわたしは気合いが入りまくっている。

 最寄の馬車乗り場から馬車に乗り、まず向かった先は六番街に併設されている市場だ。

 もちろんナビゲート役のミルドも同行しているわけだが、市場で朝食を食べようというわたしの案に付き合わせてしまったために絶賛空腹中で、馬車に乗ってからずっとブツブツ文句を言っている。



「ハァ~、ホント信じらんねー。マッツとロヴネルんとこが休みでもテキトーに何か食ってきゃいいだろ? 初めて行く所のメシが楽しみだからって、フツー朝メシまで抜いてくか?」


「いや、市場は特別なんだよ。街の中で一番朝早くから働き出してる場所だから、絶対朝からおいしいもの食べさせてくれるって。働く大人の食欲を信じようよ!」


「意味わかんねえっつーの。着いて10分以内にメシにありつけなかったら、さすがに温厚なオレもキレるからな」



 誰が温厚だよと突っ込みたいところをグッと堪えてスルーしたわたし偉い。

 そして、馬車を降り、市場に足を踏み入れてすぐに魚介類専門のスープ屋の屋台を見つけたわたしグッジョブ!

 魚介類専門の飲食店なんて初めて見たよ!!



「あ~、エビの濃厚なだしにトマトと香味野菜が溶け合ってて最高……」


「マジでうめーなコレ。オレもう一杯食うわ」


「同じのより貝のミルク仕立てのヤツにしたら? あっちも絶対おいしいよ」



 魔族国内で海のある地域は限られるらしいから、魔族は魚介類になじみがないのか、これまで魚介類を使った料理は白身魚の揚げ物とサーモンのグリルしか見たことがなかった。

 しかし、さすがは市場。食材が一番集まる場所ならいろんな料理もあるよね!

 スプーンだけで食べられるスープにパンを浸して食べるスタイルは、屋台ならではのカジュアルさだ。

 注文したらすぐ出てきて、パパッと食べられてサッと仕事に戻れる、これぞ市場メシよ。

 朝早くから働く人がいる場所には必ずと言っていいほどこういう食事を提供する人がいるもので、それはきっとどこの世界でも同じに違いない。



「オレ、メシのことだけはお前の言うこと信じるわ」



 貝のスープも口に合ったらしいミルドが満足そうに笑いながらそう言った。

 褒められたのか貶されたのかよくわからないが、とりあえず誉め言葉と捉えておこう。



 朝食の後はテントが並ぶ市場の中をぶらぶらと見て歩く。

 衣類に道具類、薬や家具などありとあらゆる物が売られていたが、わたしが特に念入りにチェックしたのは食材関連だ。


 仮想空間のアイテム購入機能の食料品欄にある魚介類の食材は、切り身状の『魚(赤身)』、『魚(白身)』と、『貝』、『エビ』の4種類だ。

 しかし、近所の食料品店では赤身と白身の魚しか売っておらず、売っていても少量な上にいつもあるわけでもない。

 赤身の魚はサケで、白身はたぶんタラだと思う。

 白身魚の揚げ物とサーモンのグリルしか食べていないから、それらからの推測でしかないが、その2メニューすらたまにしかお目に掛からない。

 魚介類を使ったメニューは他にないのかと疑問に思い、仮想空間のアイテム購入機能で買った『料理読本』を見てみたところ、魚介類を使うレシピは4種類の食材それぞれの揚げ物とグリル、そしてスープもある。

 なのに料理も食材もごく一部しか見掛けないのは何故なんだろうと、以前から不思議に思っていたのだ。


 さすがに市場では赤身の魚と白身の魚の切り身以外に貝もエビも売っていた。

 貝はホタテ、エビは車エビっぽい感じで、仮想空間のアイテム購入機能と同じものだ。

 それでも売り物はやはりその4種類だけで、店頭に並ぶさまざまな魚は食料扱いではないのか売り物に入っていない。

 アイテムに『釣り具セット』があるのだからネトゲのプレイ要素にも釣りはあるはずで、それなら釣果の魚も数種類はいると思うのだけれど……。


 そのあたりの設定はよくわからなかったが、城下町巡りの最中なのでネトゲ知識を基にした考察は一旦切り上げた。

 考察は大事だけれど、ゲーム感覚で魔族社会を見ないようにと自分を戒める。

 とりあえず、魚介類の食材を売る店が市場にあるとわかっただけでも良しとしよう。

 ただ、業務用の買い手しか想定していないらしく、商品の単位が木箱ひと箱とか大きなざるや籠に一杯と大量なので、個人には売れないと言われて購入は諦めた。

 どうしても魚介料理を作りたいというわけでもないし、食べたくなったら馬車に乗って市場へ食べに来ればいいや。

 魚介類の食材や料理が少ない謎については、今度ノイマンとの馴れ初めを聞きに行く時にリーリャに聞いてみることにしよう。

 料理人なら何か知っているかもしれない。



 市場のテントをぐるりと見て回った後は離発着場を見に行った。

 関係者以外立ち入り禁止なので敷地の外から眺めるだけだが、馬車で城下町巡りをした時は南通りから市場越しにワイバーンが飛ぶ姿を見ただけだったから、それと比べたら全然近い。

 ワイバーンは滑走路を必要とせず、ヘリコプターのように垂直に上昇下降して離発着するようだ。

 離発着の際には翼の羽ばたきで強い風が巻き起こりそうなのに、見たところそのような様子はなかった。

 離発着地点には魔術陣が設置されているので、ワイバーンの周囲に魔術の盾のような障壁を作り出して風を防いでいるのかもしれない。


 それにしても、近くで見るワイバーンは大きくて迫力がある。

 以前実験施設で見た竜化したカシュパルよりは小さいけれど、ワイバーンが重そうな荷物を運んでいく様は力強くかっこよかった。

 わたしのプレイしていたネトゲでは敵であり討伐対象でしかなかったから、こうして働いている姿を見ると何だか嬉しくなってくる。

 魔族社会の物流を支えてくれているんだね。ありがとう、ワイバーン!



 昼食は離発着場の脇にある市場の屋台で挟みパンを食べた。

 ワイバーンの離発着を眺めながら食事をするなんて、ファンタジーもここに極まれりという感じがする。

 そして食後は六番街の南側から見て歩いた。

 離発着場に面している部分は届いた荷物をすぐに運び入れられるからか、規模の大きい商会の店舗が並んでいる。

 一番手前にあるのは材木を扱う商会で、店の前には大きくて長い材木がたくさん置いてあり、それを奥の作業所で切り分けているようだった。

 その隣は鉱物商だろうか、大きな木箱からインゴットのような塊を取り出して会話を交わす人たちがいる。

 元の世界でいうところの問屋街のような場所なのかもしれない。

 とにかく扱う物が大きい上に大量で、それに合わせるように建物も大きく、出入り口の扉なども驚く程大きい。



「おい、口開けたまま見上げてるとアホっぽいぞ」



 ミルドに指摘されて慌てて口を閉じたが、ワイバーンといい問屋街といい、六番街周辺は大きさや物量で圧倒する物に溢れているなぁと感心していると、シュンッという音と共にわたしの視界に突然文字が現れた。

 半透明の黄色を背景に、赤色のネトゲ仕様の文字が浮かび上がっている。



《同じエリアに“ボフミール”がいます。ご注意ください。》



 ボフミールって誰?と一瞬思ったが、すぐにネトゲの『イエローリスト』の注意喚起ログだと思い至る。

 イエローリストに登録したのは、わたしに怒鳴った細工師のドワーフのみ。

 つまり、あのドワーフがこの周辺にいるということだ。

 わたしは不自然な動きにならないよう注意しつつ、ネトゲのバーチャルなマップを開いて要注意人物の位置を探した。

 黄色の感嘆符マークのついた人物が材木屋の出入り口付近にいる。建物の中から出てきたから今メッセージが流れたんだろうか。

 細工師なのだから、材木屋に材料の仕入れにでも来たのかもしれない。

 こちらの方に向かって歩いて来るのを見て、わたしは繊維商会の生地の山の陰に隠れてやり過ごした。

 ミルドがどうかしたのかと小声で尋ねてくる。



「今、この店の前を通っていくドワーフがいるでしょ? 前に話した三番街で細工師工房を見て回った時に怒鳴ってきたのがあの人。姿が見えたから隠れたの。関わりたくないし」


「へえ~。……ちょっと嗅いでくる」


「え? ちょっと! 変なちょっかいかけないでよ!?」



 スッとボフミールに近寄っていったミルドの背中に向かって小声で文句を投げ掛けたが、ミルドはボフミールの近くを通り過ぎるとすぐに戻って来た。



「何してきたの?」


「だから嗅いでくるって言っただろ? あいつの匂い覚えたから、次からはオレも気付く。鉢合わせないよーに気を付けとくよ」


「……うん。ありがとう」



 ボフミールの工房は三番街でも南の方で、わたしの三番街での活動エリアとは被らないからもう会うこともないだろうとすっかりその存在を忘れていたけれど、まさか三番街からこんなに離れた場所でニアミスするとは思わなかった。

 別に暴力を振るわれたわけではないし、顔を合わせたところでまた怒鳴られる程度だろうとは思うけれど、わざわざ不愉快な思いはしたくないから鉢合わせないに越したことはない。

 登録しておいて良かったなぁ、イエローリスト。

 ミルドの気遣いもありがたいよ。


 一瞬ひやっとしたものの、ボフミールは西の方角へ去って行った。

 おそらく中央通りに出て南通りに向かい、三番街へ帰っていくのだろう。

 魔族は意外と行動範囲が狭いようなので、彼の工房に近寄らなければ会うこともないと油断していた。

 城下町もあちこち出歩いて結構慣れてきたし、ミルドも一緒だからと気が緩んでいたと思う。

 引っ越しの日だったろうか。君は時々ぼんやりしている時があるから、くれぐれもぼーっとしたまま歩かないようにと、クランツに言われたことを思い出した。

 あれからひと月半が経ち、ちょうど気が緩む頃合いだったかもしれない。

 おかげで気が引き締まったんだから、むしろニアミスして良かったと思おう。

 反省しろわたし。



 再び歩き出し、六番街の南側を見て歩く。

 離発着場に近いエリアは問屋のような大きな商会や商店と、それらの店の倉庫群が占めていた。

 そして北側はさまざまなジャンルの販売店が並んでいる。

 これだけ店があると何でも揃うんだろうが、店が多すぎて目当ての物に辿り着くまでが大変そうだ。

 うちの改装を任せた内装屋のように、どこに何を売っている店があるのかを把握しているその業種のプロに頼んで取り寄せるのが一番な気がする。

 そして、気に掛けて見て歩いたのに、結局六番街の食料品店でも赤身と白身の魚の切り身を少し売っているだけで、貝とエビは扱っていなかった。

 ……貝とエビは仮想空間のアイテム購入機能で買うしかないということ?

 単純に城下町では魚介類全般の需要がないということなんだろうか。

 おいしいのに、魚介類。何か納得がいかない。


 納得がいかなかったので、夕食にもう一度魚介類のスープを食べようと思って市場に戻ったら、ほとんどが店じまいしていて閑散としていた。

 ……市場は朝が早いから、その分閉まるのも早いに決まってるじゃない!

 何やってるのよスミレ!!



 明日は五番街と魔族の学校。

 城下町巡りも最終日なので、いろいろとミスらないように気を付けたい……。

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※最終日の行先を修正しました。

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