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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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130話 あんこ菓子の試作

 帰宅の途につく頃にはすっかり夜になっていた。

 南通りの東端にある馬車乗り場から馬車に乗ると、ミルドが一番街に住んでいる理由について話し始めた。

 そういえば、昼食時に続きは帰りの馬車の中で話すと言っていたっけ。ミルドは本当に律儀だなぁ。


 ミルドの話によると、最初は普通の冒険者と同じように二番街に住んでいたのだが、女性に部屋まで押し掛けられたりといろいろと面倒事があったらしい。

 困っていたら知人が部外者は入れないお堅い物件を斡旋してくれて、それが一番街の今の住まいなんだそうだ。

 ちなみに、ご近所さんと呼べる程うちから近くはないらしい。なんだ、そうか。



「パーティー組んだりする関係もあって、冒険者用の物件ってのは住人以外でも建物に出入りしやすいよーな造りになってるんだよなぁ。便利なんだけど、オレには不都合の方が多かった」


「そっか、大変だったね。でも、中に入れなくても建物の前で出待ちされたりしない?」


「今はねーよ。その部屋気に入ったからもう引っ越したくねーと思って、それからは女の部屋に誘われた時だけ付き合うよーにした。それ以外は徹底して断ってたらその内に部屋に誘われるのがデフォになって、オレんちに来よーとする女はいなくなったな。まあ、今も気は抜いてねーけど」



 話を聞いていて、思わずため息が漏れそうになった。思っていた以上にモテる男は気苦労が多くて大変そうだ。

 でも、幸いなことにミルドにとって不本意なお付き合いばかりではないらしく、彼のことをよく理解してくれている女性もいるし、長いお付き合いの女性もいると聞いて少しホッとした。

 女性に対して用心深いミルドも恋愛お断りなわけではなくて、気を許せる相手となら恋愛を楽しむこともあるんだね。

 そういえば、女性や恋愛方面の話題を苦手としているレイグラーフも恋愛お断りだとは聞いたことがない。

 自分が恋愛意欲が低いせいでつい面倒に感じてしまうけれど、今日訪れた四番街の住人たちのように恋愛に対して積極的なのが魔族社会では普通なんだ。

 恋愛が衣食住にも大きく影響を及ぼす社会なんだから、魔族の恋愛事情についてもっと知っていかないといけないと改めて思った。

 来月になれば予定も空くから、ノイマンとリーリャの馴れ初めを聞きに行こう。

 カフェで恋愛小説も読みたいしね。




 翌日は、昼の休憩時間中に食料品店までひとっ走りして豆と砂糖を買って来た。

 手空きの時間にあんこ作りを試してみようと思いついたのだ。

 この異世界の豆はグリーンピースを乾燥させた感じで、元の世界で青エンドウ豆と呼ばれていたものに似ている。

 うぐいす餡はその青エンドウ豆で作るあんこで、小学生の頃、母方の祖父母の家に遊びに行った時に祖母と一緒に作ったことがあった。

 その記憶を基に、うぐいす餡作りに挑戦してみようと思う。

 まずは一晩たっぷりの水に浸けるんだったかな。

 大きい鍋に豆を入れて水の精霊のみーちゃんに水を注いでもらい、ふやけるまで様子を見てくれるようお願いした。

 お願いと命令は別物だから、このくらいならたぶん問題ないと思う。



 近所の人が薬と素材を買いに来た以外は来客がなかったので、いつもどおり陽月星記を読み進める。

 夕方近くになって、冒険者ギルドのハルネスから伝言が飛んで来た。



『急な話で悪いんだが、明日高級ピックを700本納品してもらえないか』



 冒険者がメモじゃなく伝言を飛ばしてくるなんて珍しいな~と思いながら聞いていたら、注文数に度肝を抜かれて思わず立ち上がってしまった。


 な、700って言った?

 今まで最高でも400だったのに!?



『すみません。確認ですが、本当に700ですか? 400ではなく?』


『700で合っている。前回の納品以降の販売状況は試し買いが15人、買い替えが5人。来週中には在庫がなくなりそうだ』



 ハルネスの説明を聞いて、次の買い替えが10人以上になるのは確定的のように思えた。

 ミルドは買い替え時に50本買っている……次の買い替えの波は少なく見積もっても500本。

 しかも、試し買いをしていない上位ランクはまだ20人以上いる。ひええ。



『わかりました。明日朝イチでお届けします』


『すまない。よろしく頼む』



 伝言のやり取りを終えると、わたしはへなへなとスツールに座り込んだ。

 高級ピックの売れ行きについては予想通りの展開だから、驚くことではないはずなんだけれど……700本て。利益7万Dだよ。心臓に悪い。


 しばらく心臓がドキドキしていたが、冷静に考えればこれがピークではない。

 上位ランク50人が全員高級ピックに乗り換えるとは思わないけれど、SランクとAランクの計25人が乗り換えればそれだけで千本に届いてしまう。

 改めて考えるとすごい数だ。冒険者ギルドで代理販売してもらうことにしておいて本当に良かったよ……。

 ギルド長、ありがとうございます。

 わたしは冒険者ギルドの方角へ向かって手を合わせた。



 翌朝は朝食後すぐに冒険者ギルドへ向かい、高級ピックを納品して来た。

 待ち構えていたハルネスに次はおそらく千本注文することになるだろうと予告され、ごくりと唾を飲む。

 代理販売を提案してくれたことに改めて感謝を伝えて欲しいとギルド長への伝言を頼んだら、ハルネスは手数料でギルドも儲かるからありがたいと言ってニヤリと笑った。

 ベテランギルド員のハルネスはわたしの知る冒険者ギルド関係者の中で一番紳士的なイメージだったのだけれど、こんな風に悪そうな顔もするんだなぁ。意外だ。

 わたしも思わずノリで、今後ともご贔屓にと笑みを深めてしまったが、こういう気安いやり取りを交わせる相手が増えた喜びを噛みしめつつギルドを後にした。

 さて、ダッシュで帰ろう。開店時間に間に合わないぞ!



 昼食後はうぐいす餡作りに着手した。

 一晩水に浸けた豆は十分にふやけたかみーちゃんに尋ねたら、ピョンピョンと可愛くルの字ジャンプしていたのでたぶん大丈夫なんだろう。

 営業時間中だがドアベルが鳴ったらすぐ店に戻るし、少しの間なら鍋の前を離れても精霊たちが何とかしてくれると思い、鍋を火にかけた。


 ふやかした豆を一度煮立たせ、茹でこぼしてから水でサッと洗う。

 洗浄は魔術か生活用の魔術具でするので魔族のキッチンには流し台がない。仕方なく別の鍋に茹で汁をこぼすが、勝手が違うからどうにもやりづらい。

 再び豆を水に入れて煮立たせ、塩を少し加えて豆が柔らかくなるまで煮る。

 あくを取り除きながら、あんこ作りの問題点について考えを巡らせた。

 魔族は茹でるという行為を水の無駄遣いと捉えているようだから、この調理法のままだとあんこ菓子は受け入れられにくいかもしれない。

 みーちゃんを筆頭に精霊たちは特に嫌そうな顔をしていないから、茹でてもエレメンタル的には問題ないと思うけれど、それをファンヌやエルサに伝えるのは難しい気がする。

 エレメンタルについて理解の浅い元人族のわたしが言っても説得力に欠けるだろうし、かと言って精霊との契約をほのめかすわけにもいかない。

 やはり蒸すしかないか。これを完成させたら一度豆を蒸して作ってみよう。

 そちらがおいしければそれで良いのだし。


 豆が十分に柔らかくなったのを確認したらざるに取って水気を切り、粗熱が取れたらそのままざるで豆を濾す。

 豆を水に浸ける前にあらかじめ計っておいた豆と同量の砂糖を加え、かき混ぜながら煮詰めていく。

 いい感じの固さになったらバットに取って、粗熱が取れたら完成だ。


 完成したうぐいす餡を木べらですくって味見してみる。

 懐かしいあんこの味がして、嬉しくて、ちょっと涙が出そうになった。

 でもこれ、まだ料理として完成する前だから鮮やかなうぐいす色のままだけど、生地で挟んでどら焼き状にした途端に既存の料理グラフィックに置き換えられるんだよなぁ……。

 どうせパンケーキあたりのグラフィックになるんだろうなと思いつつ、オーブンで生地を焼き、うぐいす餡を挟んで皿に載せた瞬間、どら焼きはパッと光って予想どおりパンケーキのグラフィックに置き換わった。

 さすがに慣れてきたのでもう泣きはしないが、お好み焼きとどら焼きが同じパンケーキのグラフィックに置き換わるこのシステムの雑さに辟易とする。


 でもまあ、仕方がない。これがネトゲ仕様だ。

 そんなことよりどら焼きを楽しもう。

 そうだ、せっかくだから緑茶を淹れようかな!


 焼いた生地分を手早くどら焼きに仕上げてしまい、いそいそとお茶の準備を始めたところでドアベルの音が聞こえた。

 急いで店へ戻るとそこにいたのはミルドで、一瞬焦っただけに気が抜けてしまって、思わず何だミルドかと言ってしまった。



「何だとはご挨拶だな。明日明後日の城下町巡りの打ち合わせしよーと思って来たのに」


「ごめんごめん! ちょっと奥で料理してたからお客だ!って焦ったんだけど、ミルドだったから安心しちゃったんだよ。ごめん」


「料理? まあ、あんま客こねーからなぁ。何作ってんの?」


「えっと、女子会の時にファンヌとエルサに教えるお菓子を試作してて」



 そう話しながら、ミルドにも試食してもらったらどうかと思いつく。

 この異世界にはカボチャもサツマイモも栗もなく、ホコホコ系の食材はジャガイモくらいしかないから、あんこの食感が魔族に受け入れられるかどうか少し不安なのだ。



「あのさ、ちょうどこれから試食するところなんだけど、良かったら付き合ってくれない? 魔族的には手料理を振る舞うのはお誘いになるからNGってことは知ってるけど、互いにそんな気ないのはわかってるんだし、問題ないよね?」


「まーな。でも、余所でオレに手料理食わせたって言うなよ?」


「了解!」



 そんなわけで、店の応接セットで急遽あんこ菓子の試食会を開催した。

 パンケーキが盛られたお皿をテーブルの真ん中にでんと置き、緑茶を振る舞う。

 この緑茶はファンヌに教えてもらったぬるめに淹れてもおいしいお茶で、熱いのが苦手なミルドにはちょうどいいだろう。

 このどら焼きは見た目パンケーキだが、手づかみで食べてもいいだろうと思い、食べ方を示すつもりでわたしが先に手に取り、半分に割ってからパクッと行ってみた。


 おっ。良かった、大丈夫だ。

 ちゃんとどら焼きしてる! 結構おいしいよ!!


 口には出さないものの、懐かしいおいしさに浸るわたしに続いて、ミルドもどら焼きにかぶりついた。



「……ん、何だこれ。何が挟まってんだ? 変わった食感だな」


「苦手な感じ?」


「いや、そんなことはねーよ。何かどっしりしてて、食ってる!って感じがしていいな。クリームとかは口ん中で溶けちまうから、甘い物ってちょっと物足りなく感じることが多いんだけど。お、緑茶とも合うな。これ、うめーわ」



 おお、思った以上に好感触だ。

 ミルドは味にはそれ程うるさくないから、あまり彼の評価を当てにしてはいけないかもしれないけれど、拒否感がないことさえわかれば今はそれで十分だ。


 よし、とりあえず女子会とお茶会はあんこ菓子で行ってみよう。

 エルサとドローテアに予定を聞かなくちゃね!

読んでくださりありがとうございます。

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