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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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126話 魔王への報告

 精霊族の老婆グニラが帰ったその日の晩、わたしは魔王にメモを送り、翌日からの里帰り中に時間を取って欲しいとお願いをした。

 できれば二人でお酒を飲みたいと希望したら、すぐに承諾の返事が戻って来たのでホッとする。

 雑貨屋の開店日が決まったランチ会以来魔王とはゆっくり話していないし、精霊と契約したことも報告したい。



 次の定休日である星の日と、その次の定休日の陽と月の日の3日間はミルドと一緒に城下巡りをする予定になっている。

 そのためしばらく離宮へ行けなくなるので、今回の2連休は泊りで里帰りすることにした。

 いつものように迎えに来てくれたクランツに馬車の中で聞いてみたのだが、魔族にはプレゼントをラッピングする習慣はないそうだ。

 きれいに飾り立てて贈り物をすることは“あなたに気があります”のサインと見なされるらしく、同性とはいえ昨日グニラに余計なことを言わなくて良かったと内心で胸を撫で下ろす。



「……その様子だと、また何かやらかしたんですか?」


「またって酷くない!? 元の世界では贈り物をきれいに包装することが多かったんですけど、お客さんが買った品を贈り物にすると言ったから、魔族も包装したりするのかなと疑問に思っただけですってば」


「そうですか」



 クランツがジトっとした目でわたしを見たのでそう説明したら、一応納得したらしい。

 ついでに、店でたくさん買ってくれた客や、情報提供などで世話になった相手に差し入れと称して蜂蜜酒(ミード)などを渡すのは問題があるかと尋ねたら、その内容なら理由を明確にして渡せば問題ないと回答を得た。

 お礼や報酬であり、恋愛絡みの贈り物ではないと明示することが重要らしい。

 ただし、それなりに交流がある人物に限るとのことなので、雑貨屋の客で言うとヨエルはOK、新規客のヤノルスはまだ対象外というところか。


 たとえ同性でも初対面でいきなり贈り物をするのは不適切だそうで、新規客のグニラにいきなりお茶を振る舞ったのも許容範囲ギリギリの行為だったようだ。

 相手が訪問客だから許容範囲に収まるだけで、基本的に初対面の段階で親し気に振る舞うのは同性が相手でも避けた方がいいらしい。

 互いに陽月星記が好きということでテンションが上がってお茶に誘ってしまったけれど、かなり踏み込んだ内容になるにも関わらず精霊の契約に関して教えてくれたし、今後も交流を持ちたいと感じる相手だったので今回は仕方がないと思う。


 グニラが帰る間際になって馬車で帰ると知り、杖をついているのに馬車乗り場まで歩いていくのは大変だとわたしがひとっ走りして馬車を呼んで来た。

 もちろんその間はグニラに店の外へ出てもらって鍵をかけ、運び出しておいたスツールに腰掛けて待ってもらったのだが、それもやり過ぎだったろうかとクランツに尋ねたら、そういう親切は見ず知らずの相手に行っても問題ないらしい。

 とりあえずグニラ関連はひと通りセーフだったようでホッとする。

 ただ、お茶を振る舞うのも馬車を呼びに行くのも、どちらも厚意からの行動なのに、どこからがNGになるのかその線引きがよくわからない……。

 クランツにそう言ったら相互扶助の範疇かどうかで判断すればいいと言われ、なるほど、それは確かに魔族らしい考え方だなとようやく腑に落ちた。



「そんなつもりなかったけど、こういうのも親切に該当するんですね。良かった」


「スミレも魔族らしくなってきましたね。以前の君なら却って相手に気を遣わせてしまう可能性を考えて、即座に行動に移せなかったのでは?」


「あ~、確かにそうかもしれません。そっか、魔族らしくなってますか、わたし。嬉しいなぁ」


「以前のように遠慮しなくなりましたし、希望を明確にするようになりました。良い傾向です」



 皮肉屋なクランツが珍しく褒めてくれたのが嬉しくて顔がニヤけてしまったけれど、口にしたらヘソをまげてしまいそうな気がするので大人しく黙っておこう。




 今回の里帰りは一日目に講義、二日目に納品という予定になっていて、空いている時間にクランツとの訓練をガンガン入れてもらうことにしている。

 魔王との飲み会は夕食後で、魔王は夕食には参加できないが後から来ると、昼食に参加したスティーグが知らせてくれた。

 講義の際に、樹性精霊族のレイグラーフに同族のグニラという老婆を知っているかと尋ねてみようか迷ったけれど、精霊との契約について魔王に報告してからの方がいいだろうと思い、今回は見送った。

 明日の昼食にはレイグラーフは参加できないそうで、城下町巡りでしばらく里帰りできないこともあり、尋ねるのは当分先になりそうだ。

 それでも、いずれ薬学を学びたいと考えていることは伝えられたので良かったと思う。



「痛み止めの需要が結構あるみたいで、それも扱えるようになりたいんです」


「なるほど、わかりました。時期や方法について考えてみましょう」


「ありがとうございます! レイ先生」



 本格的に勉強をするとなると大変だろうけど、どうせ娯楽もないのだし、仕事に役立つスキルアップなんだから頑張りたい。




 夕食が終わり、ワインやつまみの用意を整えたファンヌが退室するのと入れ替わりに魔王がやって来た。

 ソファーではなく直に絨毯の上に座ってくつろぐスペースで飲むことになり、ワインの栓を抜き、サーヴしてくれる魔王の手元を眺める。

 相変わらず上手だなぁ。


 新規の客やレンタルサービスの利用者が出たことなど、雑貨屋の近況を伝えてから、いよいよ本題に入る。



「実は、とある方から指摘を受けて発覚したんですけど、わたし、精霊と契約しているそうなんです。人に漏らすべきではないと聞きましたが、ルード様には報告しておきたくて」


「ほう? お前がかまわないなら、詳しく聞かせてくれ」


「はい。先日、樹性精霊族のおばあさんが来店されまして――」



 わたしはグニラに指摘を受けるに至った経緯を詳しく話した後、ふと思い付いたので、精霊に名前を付けた時の様子を動画で観てみないかと魔王に提案した。



「なるほど、それが一番確実か。では見せてくれ。ただし、精霊に名を与える手前までだ。私に精霊の名を聞かせてはならぬ」


「わかりました!」



 あの晩はその日会った人の顔と名前を覚えようと動画を観たので、再生履歴から簡単に探し出せる。

 わたしは動画を即座に引っ張り出すと、該当場面をスクリーン表示にして魔王と一緒に観始めた。



《こんにちは。わたし、スミレ。今日からこの家の主になりました。よろしくね》



 動画の中で、四人の精霊に向かって初めましての挨拶をする自分の声を聞く。

 ああ~、懐かしいなぁ。

 精霊たち、何だか今の方が肌つやがいいような気がするけど、ひいき目かしら。



「これは何をしているのだ?」


「魔力をクリーム状にホイップしてるんですよ。それまではレイ先生の真似をして球状にしてたんですけど、我が家の精霊たちにあげるんだから特別なものにしたいと思って。あと、この時はしてませんが、これ以降は毎回“おいしくな~れ”と念じながらホイップしてるんです。へへへ」


「……ほう」


 器に魔力クリームを移し、どうぞと差し出したら四人とも大喜びで手ですくって食べ始めた。

 うふふ、うちの精霊たちは本当に可愛いなぁ。癒される。



《――そうだ。君たちに名前を付けてもいい? ただの精霊じゃなくて、わたしにとってオンリーワンの精霊になってくれると嬉しいんだけど、どう?》



 わたしの問いかけに、一瞬間があったあと精霊たちが賑やかに喜色を表すのを見てから、わたしは動画を止めた。



「この後、一人ずつ名前を付けました。――どうですか? 何か参考になりましたか?」


「ああ。観せてもらって良かった。状況が正確に把握できた」



 そう言って、魔王は空いていた自分とわたしのグラスにワインを注ぐと、片膝に頬杖をつきながらひと口飲んだ。

 そして、わたしの目を見て話し始めたが、その内容に度肝を抜かれた。



「精霊と契約するための信頼関係構築には、通常百年から数百年かかる」


「ひゃ、百年!?」


「お前のように瞬時に契約が成るなど、普通はあり得ぬ」



 確かにグニラも長い年月をかけると言っていたけれど、まさか百年単位の話だとは思ってもみなかった。

 でも、それじゃ何でわたしはあんなにあっさり契約できたんだろう。


――と、そこまで考えて、唐突に思い当たった。



「わたしが、聖女だから……ですか?」


「もしくは、お前の魔力を余程気に入ったか。どちらかだろう」



 それだって、聖女の魔力だからじゃないか。

 結局、“聖女だから気に入られた”ということに変わりはない。



 ……なーんだ、わたし自身が受け入れられたわけじゃなかったのか。

 そりゃまあ、わたしなんてこれと言って取柄があるわけでもないし、百年を一瞬に縮めるようなミラクルは聖女でなきゃ無理デスヨネー。ははっ。


 ……そっか。



 厭わしく思っている聖女という“役職”のおかげで精霊と契約が成ったと知り、激しく凹んだ。

 思わずがっくりと肩を落としてうな垂れたが、すぐに魔王に顎を摘ままれてぐいと顔を上げさせられる。



「名を呼ばずに精霊を呼び出してみろ」


「……へ? あ、はい。火、風、水、土、四元素の精霊たちよ……」



 四人の精霊が目の前にフッと現れた――と思ったら、何やら彼らの様子がいつもと違う。

 ひーちゃんはメラメラと火のエフェクトを帯びているし、みーちゃんは何故か全身ずぶ濡れで、ふぅちゃんは小さな竜巻の中で激しく振動してる上に、ツッチーはドスドスと足を踏み鳴らしている。

 え、何か皆……機嫌悪そう?



「精霊に隠し事はできぬ。どうやらお前の考えていることに不満があるようだな」


「うっ」


「精霊たちにとって聖女が好ましい存在なのは事実だ。瞬時に契約が成ったのはお前が聖女だから、それに間違いはないだろう。だが、お前自身のことも気に入っている。そういうことではないのか」



 魔王がそう言った途端、精霊たちが一斉に大きく飛び上がったかと思うと、魔王の前でくるくる回ったりピョンピョン飛んだりし始めた。

 ……これは、どう見ても。



「私が言ったとおりのようだな」


「……はい。皆、ごめん。ひねくれたこと考えてごめんね」



 久しぶりに魔王の前でめそめそと泣いてしまった。

 雑貨屋を開業して独り立ちできたと胸を張るつもりだったのになぁ……。

 でも少し泣いただけですぐに立て直せたから、それなりに成長していると思いたい。


 わたしが落ち着くと、精霊を呼び出すと通常はその場にいる精霊が現れるが、契約を結んだ後はどこで呼び出しても契約を結んだ精霊が現れるようになるのだと魔王が教えてくれた。

 気付いていなかったけれど、いつでもどこでもこの子たちと一緒なのか。

 本当に、オンリーワンの間柄になれたんだな……。



 信頼関係の構築に百年もかかるんじゃ、人族の身では精霊と契約なんて絶対に結べない。

 百年をブッ飛ばす聖女のチートがなければ、この子たちとこういう間柄にはなれなかったのなら――。

 現金な話だけれど、聖女も悪いことばかりじゃない、そう思った。


 イスフェルトの勝手で召喚され元の世界に帰れなくなり、聖女として力を振るうことを暴力でもって強要されたことは絶対に許せない。

 だけど、そのことと聖女という存在については別の話だ。

 そこを一緒くたにして嫌悪していたことに今更ながら気付く。



 精霊にとって聖女は好ましい存在で。

 それは当然魔族にとっても同じことで。

 大好きな彼らにとって善いものなら、それを否定したくはないと思った。


 聖女という存在を、わたしは嫌わなくてもいいんじゃないかな。


 自分に無理矢理負わされた“役職”とも折り合える。

 初めて、そう思えた。

読んで下さりありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 求愛行動が複雑多義で人種女からみたら(元日本人から)ひたすらめんどくせーとしか思わないけど これって何か重大ごとのトラブルに発展する伏線になるのかな
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