125話 【閑話】第四回ヴィオラ会議
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精霊族部族長のグニラが帰った後、魔王の執務室にヴィオラ会議が招集された。
と言っても、その場にいなかったカシュパルとクランツの2人が追加で呼び出されただけだが。
少々遠方へ出向いていたカシュパルが到着した頃には、他の面々は夕食を終えて食後のお茶を飲み始めており、一人遅れて食事を始めたカシュパルにスティーグがグニラ来訪時のことを話して聞かせる。
「スミレが精霊と契約してたって!? 全エレメントなんてすごくない?」
「すごいなんてものじゃないようですよ。ルード、あの場にいなかった2人にも例の数について教えていいですか?」
「かまわん。状況を正確に把握するには必要だろう。ただし、他言無用だ」
「というわけでお伝えしますが、グニラ刀自が契約している精霊は2種類、ルードは1種類だそうです。スミレさんがいかにすごいかがわかるでしょう?」
「ちょっと、どさくさに紛れて何暴露してんの!? ルードはともかく、ばば様の重要機密を強制的に聞かせるとかやめてよ! うわあ、知りたくなかった~ッ!」
「おやおや、諜報担当の腹黒側近の言葉とは思えませんねぇ」
魔王を除けば部族長会議最年長のグニラは魔族国の重鎮筆頭だ、危険な個人情報は扱いに困ると、頭を抱える同僚をスティーグが冷やかしている。
クランツもブルーノと同様に精霊との契約についてはよく知らなかったため、ブルーノが詳細を補足していた。
「ハァ~ッ。知ってしまった以上は遠慮せずに聞くけどさ、精霊との信頼構築ってどのくらい年月がかかるものなの?」
「個人差があるだろうから一概には言えぬが、百年から数百年というところか」
「最短でも百年はかかるんだね。レイはまだ契約してないみたいだけど、現在構築中ってわけ?」
「まあ、そう思ってもらってかまいません」
「ふぅ~~ん」
もぐもぐと咀嚼しながら情報をも呑み込んでいくカシュパルに、空いたカップをウォッシュしながらブルーノが問い掛ける。
「お前は風の精霊を自在に操るが、契約していないのか?」
「僕は数を必要とするから、個の精霊と関係を深めると却ってやりづらいんだよ。それに情報収集を手伝ってもらうだけで魔術を使うわけじゃないから、契約を結んだ時のメリットは特に求めてないんだ」
「なるほどなぁ」
「それにしても、本当にスミレは想定外のことをしてくるね。精霊との契約の存在を知らずに偶然契約してしまうなんて信じられないよ」
「精霊と共に食事をしていると聞いた時も驚きましたが、引っ越し初日にもう契約していたとは……」
「クランツと僕が帰った直後ってことだもんね。ハァ、参ったなぁ」
思わぬところで思わぬことをやらかすのがスミレの常とはいえ、引っ越し時の挨拶回りに同行し、直前まで一緒にいたカシュパルとクランツには殊更衝撃が強かったらしい。
禁忌の魔術アナイアレーションの使用、見よう見真似での無詠唱による魔術の発動に続き、スミレの驚愕行動リストに精霊の契約が追加されたとスティーグは笑うが、心配の種が尽きないとレイグラーフが零す。
一方で、魔族のNG関連でも様々なやらかしがあることを知っているブルーノとクランツは内心で笑い事ではないと苦虫をかみつぶしていた。
目の届くところにいようがいまいが、スミレは魔族の常識ではあり得ないようなことを何の気なしにやるのだから、もうお手上げである。
「ばば様はスミレのやらかしに免疫ないから、さぞかしびっくりしただろうね」
「おう、度肝を抜かれたと言ってたぞ。あのばあさんをそこまで驚かすなんて、すげえよな」
「それにしても、精霊との契約を見抜いたのが部族長会議メンバーでスミレを聖女だと知っているグニラ刀自だったのは幸いでした」
「それはそうですが、そもそも精霊と話せるのは長くらいなものですから、他の誰かが見抜くことはないと思います。精霊との契約を他者に漏らすな、人前で精霊の名を呼ぶなと長がスミレに教えたそうですし、もうこの件が外に漏れることはないでしょう」
それに例え漏れたところで、元人族が精霊と契約したことを驚かれはするだろうが、そのこと自体が聖女という存在に結び付くことはない。
とりあえず、スミレの精霊との契約は対外的には特に問題ないだろう。
カシュパルが食事を終える頃には、今回の件についてひと通りの伝達を終えた。
気怠そうに頬杖をついた魔王が口を開く。
「刀自の話を聞いてようやく腑に落ちた。家全体を管理する魔術具の魔力消費量が少なかった原因はこれだ。契約している精霊に直接魔力を供給している上に、精霊たちが成長して能力を上げている。魔力効率の良さは最大級と言っていい」
「ああぁ、もったいない! 家全体を管理する魔術具を更新した時に毎日の魔力消費量を自動で記録する仕様にしていれば、契約前と契約後、精霊の成長後のデータ比較ができたのに……。実に、実に惜しいことをしました……」
貴重なデータを収集し損ねたと嘆くレイグラーフに、珍しくブルーノが同調してデータが取れなかったことを惜しんだ。
スミレの魔力効率がどれだけ良くなったかわかれば、それを基に以前実験施設で計測したスミレの攻撃魔術の威力がどれだけ上がるかをある程度は予想できる。
精霊族部族長が危険視しないと断言していても、常に最悪な状況を想定して動くブルーノとしてはそう簡単に安心できないのだ。
魔王がキャビネットを開いてグラスと酒瓶を取り出すと、ブルーノに手渡しながら水を向ける。
「実験施設での再計測を考えているのか?」
「いや、それはない。精霊が成長すればまた数値は変わる。キリがねぇ」
「えー、やらないの? 威力アップしたスミレの『荒天』を味わえるかと思ったのに。残念」
「護身術も魔術の訓練も合格したんだ、実験施設に引っ張り出す理由がねぇよ。それに、せっかく雑貨屋を開業して商売と城下町の暮らしに目がいってるのに、また攻撃魔術に触れさせることもないだろ」
「グニラ刀自は精霊との契約が魔力効率や魔術の効果に好影響を与えることは伝えなかったそうですが、攻撃魔術の威力が上がっているのを見たら精霊との契約が影響していることにスミレさんは気付いてしまうでしょうしねぇ」
「自分の攻撃力に委縮したり、精霊との関係に水を差したりするようなことはしたくありません。計測できないのは非常に残念ですが、仕方がないと思います」
レイグラーフだけでなく、皆一様に計測結果への興味はあるようだったが、実行しようと言う者はいなかった。
ブルーノの言うとおり変動するとわかっている数値のために、現状安定しているスミレの精神をいたずらに揺るがしたくはない。
それに、スミレは自分の魔力の高さを聖女となったが故に得られた資質だと忌んでいる節があるので、下手に動いて、聖女という存在への忌諱感をこれ以上増やしたくないというのが共通の考えのようだ。
回って来た酒瓶からグラスに酒を注ぎ、水の魔術で薄めの水割りにしながらレイグラーフがため息を吐く。
「その高い魔力を戦闘に関係ない分野で振るえれば、スミレも自分の能力を肯定的に捉えられるようになるのではないかと思うのですが、生活魔術くらいしか使わない今の暮らしでは発揮しようがないのですよね……」
レイグラーフから酒瓶を受け取ったブルーノはグラスに注いだ酒をひと息に呷ると、空いたグラスに再び酒を注いだ。
言っても仕方のないことだと思いつつも、ため息と共に言葉がこぼれる。
「傷心が癒えるのを見守ってやりたいのは山々なんだが……、やっぱり聖女として回復魔術で力を振るうのが一番自然なんだろうなぁ」
「そりゃ、そういう存在なんだから本来はそうなんだろうけどさ」
「グニラ刀自が聖女としての自分を受け入れられるよう導くことの必要性を説いておられましたが、どうしたものでしょうねぇ」
レイグラーフ、ブルーノに続いて側近二人もため息をこぼす。
その脇で、クランツは冷静な様子で魔王に尋ねた。
「精霊がスミレの魔力をとびきり甘くておいしいと言っていたそうですが、やはり聖女の魔力は特別なんでしょうか」
「わからぬ。だが、その可能性は高い」
「それでは、スミレが初対面で精霊と契約できたのは彼女が聖女だったからという可能性も?」
「それは間違いないだろう。魔王や部族長クラスですら精霊との契約には最低でも百年はかかる。今回の件はスミレが聖女でなければあり得なかったはずだ」
「ならば、精霊にとって聖女は好ましい存在なのだと、スミレに教えるのはどうでしょう。聖女への忌諱感を減らす取っ掛かりになるかもしれません」
寿命の短い人族が精霊と契約を結ぶことは普通なら不可能だが、それを可能にしたのはスミレが聖女だから、もしくは聖女の特別な魔力を持っていたからだ。
そうやって、一緒に食事をするほど親しんでいる精霊とのかかわりから聖女の肯定的な面をアプローチしてはどうかと、クランツは言う。
しかし、スティーグはその意見に懸念を示した。
「逆効果になりませんかねぇ。自分が聖女でなかったら仲良くしてもらえなかったのかと落ち込みそうな気がしますよ」
――と、そこへ風の精霊が魔王にメモを運んで来た。
魔王がサッと目を通し、ほうと呟く。
「スミレからだ。明日明後日の里帰り中に時間を取って欲しいと言っている。できれば二人だけで酒を共にしたいようだ」
「おっ。あいつ報告する気だぞ、きっと」
「おやおや。精霊との契約は他者に明かすことではないと、グニラ刀自は保護者に報告するかどうかもよく考えるようスミレさんに言ったそうなのに。すんなり連絡してくるとは、ルードは相当信頼されているんですねぇ」
スティーグの言葉に魔王はフッと微笑を浮かべたが、承諾の返事を風の精霊に預けると、組んだ両手の上に顎を乗せて一同を見渡した。
「クランツの案を採用する。スミレが精霊と契約したと話してきたら、その流れで聖女故に成った契約だと知らせる。スティーグの言う懸念は確かにあるが、あれも城下町へ出てから随分と逞しくなったし自信もつけていよう。揺らいだら私が支える。あれはもう魔王族なのだから」
「そうだね。いつまでも真綿に包むようにして庇ってはいられなくなると思うよ。――ルードに報告。イスフェルトが属国2つの抑え込みに成功した。その結果、ようやくスミレの逃亡先が魔族国だと把握したみたい」
カシュパルは魔王にそう告げると目を細めた。
彼がヴィオラ会議に来るのが遅くなったのは、その確認のために現地へ行っていたかららしい。
「なら、次はこっちに来るな。聖女召喚の魔法陣が破壊されてなくなったんだ、もう二度と召喚できないとなりゃ取り戻すしかないだろう」
「そうだね。たぶん属国平定のために集めた兵を更に増やすと思う」
「出征はいつ頃になりそうですか?」
「兵站の関係で麦の収穫後になるかな。どんなに早くても年が明けてからだよ」
「5か月から半年ってとこか。当分先だな」
ブルーノとクランツがカシュパルに質問攻めにする横で、心配そうな顔をしたレイグラーフが魔王に尋ねた。
「ルード、スミレにも知らせるのですか?」
「いや、まだだ。時期が明確になってからで良い」
聖女という存在とイスフェルトはスミレの中で密接に結び付いている。
そのイスフェルトの来襲を知るまでに、少しでも聖女に対するスミレの忌諱感を薄れさせたい。
レイグラーフは胸の内で切実にそう願った。
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