120話 本を買ってカフェで読書
謹賀新年 本年もよろしくお願いします!
誤字報告ありがとうございます。
今日は星の日。雑貨屋は定休日だ。
朝食後まっすぐに冒険者ギルドへ向かい、昨日話をまとめたヨエルへの依頼手続きと高級ピックの納品をすることになっている。
昨日ヨエルが帰った後すぐにミルドへメモを飛ばして依頼のことを報告し、店に来てもらって契約内容のチェックをお願いしたのだ。
「契約内容は特に問題ねーな。このままで大丈夫だぜ」
「よかった~、安心したよ」
「自分で交渉して依頼をまとめたんだし、手続きも一人でやってみるか? ギルドホールにはいてやるから、わかんねーことがあったら呼べばいいだろ」
「えっ、いいの? じゃあ、やってみる!」
そんなわけで、今朝は冒険者ギルドでミルドと落ち合い、少し離れたところから見守ってもらいつつ一人カウンターへ向かった。
何だか授業参観みたいで気恥しいが、新参者のわたしにはまだまだ冒険者ギルドはアウェー感があるので、ミルドがそこにいてくれるだけで非常に心強い。
そういえば、ここしばらくはベテランギルド員のハルネスに対応してもらうことが多かったから、普通のギルド員に依頼を受け付けてもらうのは久しぶりだ。
緊張しつつも、何事もなく手続きが完了したのでホッとする。
ヨエルに依頼手続き完了とメモを送ったら、今日中に請けておくとすぐに返事が戻ってきた。
よし、ミルド以外の冒険者への依頼ミッション、無事クリア!
自分一人でやれることが着実に増えていくのがとても嬉しい。
高級ピックの納品も済ませ、依頼手続きに付き合ってもらったお礼をミルドに伝えると、わたしはミルドと別れて冒険者ギルドを後にした。
ミルドと城下町巡りの予定を調整した結果、一週間後から定休日を3日充てることになったのだが、その3日間は完全に1日ミルドを拘束してしまうことになる。
そのため、しばらくは何か発生した時だけ店に来てもらって、それ以外は自由に活動してもらうことにした。
わたしはこのあと商業ギルドで一番街にある本屋の場所を調べ、本を買いに行ってからカフェで読書を楽しむつもりでいる。
たまには一人でのんびりと休日モードに浸るのもいいだろう。
本屋は商業ギルドから割と近いところにあったのでさっそく向かう。
バーチャルなマップを広げてみたところ、中央通りに面したオーグレーン商会の大きな店舗の裏手にあるようだ。
ラッキーなことに、本屋の前の細い路地を南下すればカフェのある小さな広場に出るので、散歩と読書とカフェを楽しむにはちょうどいい立地と言える。
本屋のドアを開けると、入ってすぐのところのカウンターに店員がいたので、まず最初に“書店利用者登録”なるものをしてもらった。
魔族は余程お気に入りだとか手元に置く必要性の高い本以外は基本的に読んだら手放すそうで、書店では本を売るだけでなく元の世界の古本屋のように買い取りもしているという。
売却の際にその本の正当な所有者であるという証明が必要となるため、デモンリンガに利用者登録をするのだと以前レイグラーフの講義で聞いたことがある。
登録しておけば魔族国のどこの本屋でも売却できるそうで、部族の里から城下町へ引っ越しても困ることはないらしい。
店員はわたしのデモンリンガを見て驚いていたが、特に何も尋ねずに登録手続きをして本屋の利用方法についてひと通り説明してくれた。
どうやら魔族国の本屋は元の世界の図書館のような役割も担っていて、本や資料を探すレファレンスサービスのようなこともしてくれるらしい。
たくさんある本の中から自分が求めるものを手早く見つけるにはそこで働く人に尋ねるのが一番だろう。
ぎっしりと並んだ本の中から気になる一冊を見つける楽しみは次回に持ち越すことにして、わたしは遠慮せずさっそく店員に尋ねた。
「魔族なら誰もが読んだことがある、というような本があれば教えてください。娯楽用でも、子供向けでも何でもいいので」
店員が真っ先に紹介してくれたのは“魔族国物語”で、レイグラーフの講義を受けるようになったばかりの頃に読んだことがある。陽月星記を簡略化したものだ。
それは既に読んだと伝えると、次に紹介されたのは寓話集と冒険小説と恋愛小説だった。
おお……、どれもすごく良さそうだ。
寓話集は魔族社会の教訓がわかるだろうし、冒険小説は冒険者との共通の話題になりそうだし、恋愛小説は魔族の恋愛観を反映してそうだ。
単なる娯楽としてだけでなく、どの本も何かしら役に立ってくれると思う。
良い本を勧めてくれた店員にお礼を伝え、3冊とも買って本屋を出た。
さあ、カフェへ行ってさっそく読むぞ~!
カフェに来るのは一週間ぶりだが、広場に近づく前に“鱗持ち”に関してカシュパルに脅かされたことを思い出し、気を引き締める。
そう、鱗はNG。物理的にはもちろん話題としても触れてはいけない。ジロジロ見ないように気を付けなきゃ。
平静な態度をキープしつつスタンドへと歩み寄る途中で、先にスイーツを買っておこうと思い立ちスイーツの屋台の前で足を止めた。
前回はセムラを食べたから今回は別のお菓子を食べたい。本を読みながら食べるならよそ見せず摘まめるクッキーがいいかな?
今日はザクザクした食感のクッキーとジャムがのったクッキーの2種類がある。
「お、元人族のお嬢さんじゃないか。今日は何にするんだい?」
「クッキーにするつもりなんですが、どちらにしようかと迷ってまして……。あ、ここってテイクアウトできますか?」
「入れ物があるならかまわないけど」
「保存庫持ってます!」
本にジャムをこぼしたら大惨事になるので、ここではザクザク系クッキーを食べジャムのせクッキーをテイクアウトすることにした。
ついでにドーナツとスコーンも入れてもらって、店番しながらお茶する時のおやつにしよう。
持ち歩いてて良かった保存庫! 出先でおいしそうなものを見つけたら保存庫に入れて持ち帰る、これ街歩きの鉄則だよね!
会計を済ませると、クッキーの皿を手にカフェのスタンドへ移る。
スイーツの屋台は前回と同じ店員だったが、カフェの方は前回と違った。
前回は黄緑と黄色のグラデーションの髪で派手な見た目のお兄さんだったが、今日は薄茶色の髪に黒い目のお兄さんだ。
……見えるところに鱗はないようで、少しだけホッとする。
「コーヒーください」
「……あんたか、コーヒー飲みたがる変わり者の元人族の女ってのは」
「え? あ~、変わり者かどうかはわかりませんけど、元人族の女というのは当てはまりますね」
「鱗持ちじゃないやつが、何でコーヒーを飲みたがるんだよ」
コーヒーを注文したら、すごく不機嫌そうな顔をした店員に何故か絡まれた。
前回の店員も元人族と聞いて驚いてはいたが、それでも何も言わずにコーヒーを淹れてくれたのに、今日の店員は注文をすんなり受けてくれないんだろうか。
「何でと言われましても、飲みたいから、としか答えられませんけど……」
「チッ、飲みたいからだあ? 人族がわかったような口利きやがって。コーヒーの味なんかわかりもしねえくせに」
うわあ~、態度悪~い。
人族を蔑視するタイプの魔族か、初めて出会ったなぁ。
細工師のドワーフのようにいきなり怒鳴らないだけマシだけど、こういうタイプって相手すること自体が面倒くさいんだよね……。
脳内とはいえ、もうお兄さんなどと親しみを込めた呼び方はしたくないので、この男のことは今後店員2号と呼称しよう。はい、決定。
それはともかく、コーヒーが飲めるのはたぶん城下町ではここだけだから、注文を受けてくれないのは非常に困る。
こういう接客をする人が管理者だとは思えないので、これ以上店員2号がごねるならカフェの管理者に苦情を申し入れることも視野に入れるべきか。
そんなことを考えつつ、相手にするのも面倒になってきたので彼の言葉はスルーしてさっさと要求を突きつけよう。
「再度言いますが、コーヒーをください。鱗持ち以外が飲んではいけないということはないと聞いています。注文に応じられない理由があるなら明示してください」
「ああん? 何だと?」
店員2号は文句を言おうとしたが、スイーツの屋台のお兄さんがつかつかとわたしの横にやって来て、カフェスタンドの前に立つと店員2号に向かって言った。
「おいおい、無茶振りでもない真っ当な注文に応えないってどういうつもりだ? お前に客を選ぶ権限なんてないだろ。オーナーに報告されたくないなら、さっさとコーヒーを淹れるんだな。言っとくが、店の評価を落とすような恥ずかしいものを客に出すんじゃないぞ」
このフードコートの3店舗がどういう関係なのかはわからないが、立場的にはどうやらスイーツの屋台のお兄さんの方が強いらしい。
チッと舌打ちしつつも店員2号がコーヒーを淹れ始めたのを見て、お兄さんはわたしに向かって肩を竦めると自分の売り場に戻っていった。
下手に礼を言うとまた店員2号がごね出すかもしれないので、お兄さんにぺこりとお辞儀してありがとうございましたと声に出さずに口だけ動かしたら、お兄さんはううんと首を横に振った。気にするなってことかな?
「20D」
ぶっきらぼうな声と共に、マグカップがカフェスタンドの窓口の台に置かれた。
デモンリンガを差し出して会計を済ませ、マグカップとクッキーの皿を手にテーブルへ向かう。
ああ、いい香りだ。
ムカつく人物が淹れたとしてもコーヒーに罪はない。
わたしはおいしくいただきますよ~だ。
コーヒーをひと口飲む。うん、おいしい。どうやらお兄さんの牽制が効いたらしく、店員2号は手を抜かずにコーヒーを淹れてくれたようだ。
味もわからないくせにと言っていたから、不味いコーヒーを出すなんてプライドが許さないんだろうな。
確かにわたしは鋭敏な舌なんて持っていないけれど、おいしいかどうかくらいはわかるんだから好きなように飲ませて欲しいよ。
クッキーを1つ口に放り込む。うん、このザクザクした食感が好きなんだよね。
もう1つ放り込んでから本を開く。くさくさした気分を変えたいし、まずは冒険小説から読むとしよう。
“ゲッダの大冒険”というタイトルのこの作品は、冒険者となったゲッダがさまざまな冒険を通して成長していく物語のようだ。
少し読み進めたら、物語の序盤にいきなりセーデルブロムの塔が登場したので、思わずここ知ってる!とテンションが上がってしまった。
ミルドが『魔物避け香』の効果を示す目安として選んだのがこのダンジョン1階の大広間だ。
駆け出し冒険者も入れる難易度の低いダンジョンだと聞いていたけれど、本当にそうなんだなぁと何とも言えない感動がじんわりと胸に広がる。
すごい。この冒険小説、すごくリアルっぽいよ。
何だかすごくドキドキしてきて、ページをめくる指が止められない。
このままもっと読み進めたかったけれど、コーヒーも飲み上げたしクッキーも食べ切ってしまった。
さすがに今日はコーヒーをおかわりする気にはなれないから、1杯で諦めよう。
わたしは皿とマグカップをウォッシュすると、それぞれの店に返しに行った。
時間はお昼を過ぎた頃か。
休日はまだ半分残っている。
さてと、このあとはどこへ行こうかな。
ブックマークや★の評価、ありがとうございます!
今年も投稿を頑張りますので、お付き合いいただけると嬉しいです。




