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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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118話 レンタルサービス開始とオムレツの練習

 充実した休日を過ごし、2日ぶりの営業日の朝を迎えた。

 窓を開け、精霊たちと戯れながら新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。

 実質5日目の営業日だが今週は客が来るだろうか。来るといいなぁ。

 少しだけ胸の内に不安を抱えつつ、朝の準備をする。


 そんなわたしの不安を吹き飛ばすかのように、開店早々ドアベルが鳴り響いた。

 勢いよくドアを開けて入って来たのは冒険者ギルド長のソルヴェイだ。



「ギルド長! おはようございます、いらっしゃいませ」


「おはよう、スミレちゃん。調子はどうだい?」


「へへ……、ぼちぼちってとこでしょうか。まだ冒険者の来店はないですけど」


「そうか。だが、ギルドでは既に10人の上位ランクが『高級ピック』を買ったそうだ。一度使ったヤツは確実に従来のピックから乗り換える。ギルドに買い足しに来るのもいればこの店に来るのもいるだろうよ」



 今のところ、お試し用に10本ずつ買っていく者がほとんどらしい。

 冒険者は従来のピックをだいたい100本程度持ち歩いているそうなので、耐久が10倍の高級ピックならおそらく10本から20本程度持つことになるだろうとギルド長は言った。



「自宅にキープする分も考慮すると、買い足し分は30から50ってとこか。話が広がれば試すヤツも増えるだろうから、在庫が空になっちまう前にまた400本納品しといてくれ」


「はい!? あ、ありがとうございます」



 400本というと、手数料を引いた利益は4万Dだ。

 ひえぇ……。冒険者ギルドが上得意すぎる。足を向けて寝られないよ!

 高級ピックは乗り換え時の初動が大きい商品だと見ているから、しばらくしたらギルドへの納品ペースもがくんと落ちるだろうが、最初にこれだけ大きく稼げたらあとは細々とでも商売を続けていければ何とかやっていける。

 フッと肩の力が抜けるのがわかった。

 予想していたとおりの展開ではあるけれど、本当にそうなるなんて保証もないから自分で思っている以上に不安を抱えていたみたいだ。



「わざわざ注文のために来てくださったんですか? ありがとうございます」


「いや、それはついでだ。あたし今日から3日間休みでね、軽く探索に出掛けるからついでにお試しレンタルしてみようと思ってさ」


「わあ、レンタルサービスを利用してもらうの初めてですよ! 嬉しいな~」



 ギルド長が3点全部借りると言うので、わたしは倉庫の中から『野外生活用具一式』、『テント』、『寝袋』を両手に抱えて運び出した。

 重量軽減の魔術のおかげでこれらを一度に運べるのだからすごい。

 野外生活用具一式には焚火の魔術具が付属していないことと、テントと寝袋には温度調節機能が付いていることをギルド長に説明する。



「はは~ん。温度調節機能を確認するなら寒いとこか暑いとこに行くことになるから、それで貸出期間が3日なんだな? それだけあれば確かに十分行って帰ってこれる」


「はい、ミルドに相談して決めました」


「延長料金を取って、もっと期間を長くする気はないのかい?」


「今のところ考えていません。3日間ならそう遠出もできませんが、期間に余裕があると難易度の高いエリアに持ち出される可能性が出て来るので、壊れたり著しく耐久が下がったりする危険性も上がる気がしまして……。長期の貸し出しにするなら、たぶん保証金を預かることになると思います。それだったら借りるより買った方が良いと利用者は考えるんじゃないかと」


「あー、なるほどな」



 ギルド長と返却日について確認する中で、貸出期間の3日間に貸出日と返却日を含むか含まないか、人によって認識が分かれそうなことが判明した。

 しかも、うちの店は営業日が週に4日しかないから、きちんと調整しておかないと返却日が定休日に当たっていたというミスが起こりそうだ。



「う~ん、これは予約制にした方が良さそうですね……」


「そうだな。今日は運よく空いてたが、借りに来たら既に貸出中だったということもあり得る。冒険者が冒険に出る時はそれなりにスケジュールを組むから、それが初っ端から崩れたら腹を立てるヤツが出かねん」


「貸出用のセットが複数あればそういうのも防げるとは思うんですけど、購買層として想定している上位ランク冒険者に商品が行き渡れば利用者も減っていくでしょうから、貸出用はあまり数を増やしたくなくて」



 中古品を安く売るという手もあるが、すぐに壊れて使い物にならなくなったりしたら話がややこしくなるからできれば避けたい。



「いいんじゃないか? レンタルはあくまでお試し用だ。サービスの一環に過ぎんのだから店の都合重視でやりゃあいいのさ」


「そうですね。それじゃ、レンタルサービスは事前予約必須で、前日貸出、3日目の営業時間内に返却、ということにしようと思います」



 このルールだとレンタルは実質4日にわたることになるけれど、うちの定休日に2連休がある以上3日間での運用は不可能だ。

 火・風・土の日が前日貸出可能な日、水の日はメンテ日とでもしておくか。

 今回のギルド長へのレンタルは今日を前日貸出日として、明々後日の水の日返却ということで話はまとまった。

 ギルド長は一旦家へ帰って荷造りしてから出立するらしい。

 レンタル料金を支払い、サバイバル道具類をロープでまとめて肩に担いで帰ろうとするギルド長に、差し入れだと言って『蜂蜜酒(ミード)』を手渡す。

 ギルド長はちょっと驚いたような顔をしたが、喜んで受け取ってくれた。

 いろいろとアドバイスしてもらったからお礼にと思ったのだけれど、同性だし、だいぶ親しくなったと思うから問題ないよね……?


 ギルド長と相談して決めたルールをポスター用の紙に書くと、レンタルサービスのポスターの脇に貼った。

 両手を腰に当てて眺め、一人でうんうんと頷き満足感に浸る。

 初のレンタルサービス利用者が出たのが嬉しくて思わず誰かに知らせたくなったが、知らせたい対象が多すぎて結局断念した。

 一人ずつにしか送れないメッセージの魔術は、一度に複数の相手へ送りたい場合は手間が掛かるので少々億劫に感じてしまう。

 メッセージの魔術にグループチャットのような機能があればいいのになぁ。

 でも、決めきれないほどに知らせたい相手が増えたことを素直に喜んだ。




 昼になったので、ドアの外に“準備中”の札を出して昼食の用意を始める。

 昼食は今日もオムレツだ。

 先週菜箸代わりの編み棒を買って以来、自炊の度にオムレツにチャレンジしていて、自分で言うのも何だが結構上達してきていると思う。

 数種類買ってきた編み棒の中から一番太いものを選んで菜箸として使用し始めたが、やはり菜箸は使い勝手が良く調理がかなり楽になった。

 フォークで卵を溶くのも木べらで溶き卵をまとめてオムレツにするのも、さして料理上手じゃないわたしにとっては本当に手強い作業なんだよね……。


 菜箸に加えてオムレツの上達に効果があったのが、リーリャに教えてもらった熱を通さない『作業用手袋』の存在だ。

 それまで使用していた鍋つかみは鍋敷きにも使える四角いもので、ただ掴むだけなら問題ないがどうしても動きに制限がある。

 その点、5本指の作業用手袋は素手に近い感覚で作業できるから、ダッチオーブンを掴んで調理するのが格段に楽になった。

 更に、存在をコロッと忘れていた重量軽減の魔術を導入したのだ。

 おかげでダッチオーブンを片手で軽々と持ち上げられるようになり、簡単に扱えるようになったのはとてつもなく大きい。


 重さで苦労していたのに、何故重量軽減の魔術が思い浮かばなかったのか……。

 考えた結果、フライパンを探してラウノの道具屋へ行った際にオムレツを上手に作るための手段としてダッチオーブンを片手で扱えるよう筋トレを勧められ、それしか解決方法がないと思い込んでしまったからじゃないかと思い至った。

 後日ラウノに、筋トレじゃなく重量軽減の魔術を勧めて欲しかったと言ったら、人族のわたしが重量軽減の魔術を使えるとは思ってなかったらしく、ものすごく驚かれてしまった。

 確かに、重量軽減の魔術を苦手とする魔族は少なくないとレイグラーフが言っていたし、魔族にとっても難易度高めな魔術なのかもしれない。

 魔術を使えるが故にこの国へ亡命して来たといっても所詮は人族。たいしたことなどできるわけがないと、魔族がわたしの魔術の腕前を低く見積もるのはごく自然なことなんだろう。

 見くびられるのはちょっと癪な気もするけれど、聖女であることを隠しているのだから、むしろ過小評価されるくらいでちょうどいいと思い直した。


 まあ、そんなことがありつつもオムレツ作りにチャレンジし続けた結果、ついに今日“オムレツ”が完成した。

 このネトゲ世界の料理はその状態に一番近いグラフィックに自動的に置き換わる仕様になっていて、わたしが離宮と城下町で見てきた範囲では卵メニューには“オムレツ”と“目玉焼き”、スパニッシュオムレツ風の見た目の“卵料理”という3種類のグラフィックがある。

 これまでわたしが作ったオムレツはすべて“卵料理”のグラフィックに置き換わっていたのだが、それが今日初めて“オムレツ”のグラフィックになったのだ!

 見たか、ネトゲの開発担当者め。わたしの努力はついにネトゲのシステムを凌駕したぞ!

 嬉しさのあまりわたしが手を叩いたり大声で笑いながら飛び上がって喜んだせいか、火加減を手伝ってくれていた精霊たちもくるくる回って大喜びしている。


 ああ、このオムレツを写真に撮って誰かに送りたい!

 メッセージの魔術にそういう機能があったらいいのに……。いや、それ以前に写真の魔術具すらないんだけどね……。

 レイグラーフにはぜひとも頑張って映写の魔術具を完成させてもらいたい。

 いつぞやの講義の後で少しだけ進捗を聞いた時には、呪文の文字から魔法を起動できないか研究していると言っていたけれど、その後進んでいるんだろうか。

 あまり急かしては申し訳ないので、また機会があったら聞いてみよう。


 いそいそとテーブルを整えると、精霊たちといただきますをしてからオムレツを食べた。

 少し固めだけどおいしく作れたと思う。

 爆上げだったテンションも食後のお茶を飲む頃には落ち着いてきたので、ファンヌに伝言を送ってみた。



「ついにオムレツ成功したよ~。ひゃっほう」


《すごいじゃないスミレ! 今度食べさせて欲しいわ》


「いいよー。じゃ、お泊り会の時にね!」



 ファンヌが食べたいと言ってくれたのが何だかすごく嬉しかった。

 この世界に来て誰かに手料理を振る舞うのは初めてだから、緊張もするけれど楽しみでもある。



 今日の来客はギルド長一人だけ。

 またしても暇な営業日となってしまった。

 でも、大量の注文が入ったし、初めてレンタルサービスを利用してもらえたし、初めてオムレツが作れたんだから上出来な一日だったと言っていいと思う。

 特に調理に関しては一気にモチベーションが上がった。


 慣れたらハム入りとかトマト入りのオムレツもできるかも。

 それに、調理の経験値が貯まれば“実績未解除”の食事アイテムもきっと解放されるはず。

 よーし、明日からも頑張って練習するぞ~!

ブックマーク&☆クリックの評価ありがとうございます!

第1話投稿(2020/12/18)から丸1年が経ちました。読んでくださる方がいることがすごく励みになっています。物語はまだ当分続きますので、今後もお付き合いいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ギルド長と返却日について確認する中で、貸出期間の3日間に貸出日と返却日を含むか含まないか、人によって認識が分かれそうなことが判明した。  しかも、うちの店は営業日が週に4日しかないから…
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