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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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117話 パイ専門店と串焼きレクチャー

 馬車は南通りの東端でUターンすると、今度は五番街のある西へ向かって進みだした。

 五番街は区画内に学校があるため、当然だが住人は学生が多い。

 学校内に食堂や売店があり住居も賄い付きのところが多いからか、飲食店はほぼこの南通り沿いにしかないそうだ。

 本屋や文具店は他の区画より多いらしいが全体的に見て店は少なめだそうで、ストイック寄りなエリアなのかもしれない。

 本屋と聞いて、カフェで読む本を調達しようと考えていたことを思い出した。

 一番街周辺にないか、今度商業ギルドで調べてみよう。


 やがて馬車は南通りから右折して西通りへ入っていった。

 少し行くと見知った一番街と三番街の景色になってきて、ホームに帰ってきたとひしひしと感じる。

 う~ん、わたしはもうすっかりこの辺りに馴染んでいるんだなぁ。

 そんな感慨に浸っているうちに馬車は西通りを通り過ぎ、再び北通りへと入っていく。

 このまま中央通りとの交差点まで行けば本当に城下町を一周したことになるけれど、オーグレーン荘から最寄りの地点でわたしは馬車を降りた。



「いいんですか、ここで」


「うん。ここから先はいつも通っているところだし。気分的には十分城下町一周っていう冒険を満喫できたよ。今日は誘ってくれてありがとう、クランツ」



 クランツにお礼を伝え、手をブンブン振って馬車が去るのを見送る。

 ぐるりと巡ってきた城下町は、当たり前だけれどマップで見ているのとは違ってすごくリアルで、道を歩く人々の姿に魔族たちの生活がそこに実在するんだと感じさせられた。

 次は自分で歩いてひと区画ずつじっくりと見ていきたいな。

 一番気になるのは市場と離発着場を併設している六番街。

 でも、まずは二番街かな。冒険者ギルドがあるし、メイン客層と想定している冒険者が多く住む区画の雰囲気をもう少し知っておきたい。

 今後の城下町巡りについては明日ミルドと会った時に相談しよう。




 翌日はシェスティンのリクエストに応えて三番街のパイ専門店へ出掛けた。

 もちろんエルサとミルドも一緒で、待ち合わせ場所をノイマンの食堂の前にしたのはギリギリまでエルサが店で仕込みをしていたからだ。

 飲食店は(よう)の日定休日が多いので、同じく陽の日が休みのエルサやシェスティンとの食べ歩きを実現するのはなかなか難しい。

 今回は(つき)の日にシェスティンが午前中工房を臨時休業にして、エルサは仕込みを途中で抜けて開店時間までに食堂に戻るという形での参加となる。

 昼食には早い時間だし、ちょっと気忙しいが仕方ない。



「良かったね、ノイマンさんの許可がもらえて」


「その代わり、お土産ガッツリ要求されたけどね。リーリャはスミレお勧めのパイが気になるらしくて、彼女がどうしても食べたいって言ったら店長は当然すぐOKしちゃうじゃない?」



 ノイマンの熱愛っぷりは相変わらずのようだ。

 とりあえず、お菓子系ではオレンジのパイとチェリーパイを、惣菜系ではひき肉とマッシュポテトのパイをお勧めしておいた。

 お菓子系2つについてはシェスティンも激しく推していて、自分用に買って帰ると言っている。



「土産より今から食う分をさっさと選ぼうぜ。スミレ、何にすんの? オレ、お前と同じのにするから。あ、チェリーパイは食ってないからそっちも食っとこ」


「アタシも昼ご飯用はスミレと同じのにする」


「ちょっ、何でよ。好きなの選んだらいいのに」


「だってアンタがおいしそうに食べてるのを見たら、絶対同じのを食べたくなるに決まってるもん」


「私もそうするわ」


「シェスティンさんまで!? 何でですか」


「エルサが言う理由もあるんだけど、スミレっておいしいものを絶対外さないじゃない。私、そのあたりのあなたの嗅覚、結構信用してるのよね」



 何で魔族はわたしが食べるのと同じものを食べたがるんだ?と常々疑問に思っているが、シェスティンみたいに感性の鋭い人に信用していると言われると、それが食い気全開な嗅覚のことでも誇っていいような気がしてくるから不思議だ。

 おいしそうに食べるのは良いことだと思いつつもあまり素直に喜べずにいたけれど、友人やヴィオラ会議のメンバーが言ってくれてるんだから、素直に受け取ればいいのかもしれない。

 ごちゃごちゃ考えてないで、今は目の前のパイに集中しよう。

 フフフ、今日もおいしそうなのがあるなぁ。


 わたしがトマトと煮込み肉のパイを選ぶと他の3人も同じものを注文し、ミルドだけはチェリーパイも頼んだ。

 出てきたパイをさっそくいただく。

 おお~、トマトとブイヨンで煮込んだ牛肉がほろほろと口の中で崩れていく。

 ニンニクとハーブが効いていてコクもあるし、トマトの酸味はまろやか、尚且つ旨味たっぷりで実においしい。



「これは当たりだわ~。んふふ、スミレ、グッジョブよ、グッジョブ!」


「へへっ、もっと褒めていいんですよ?」


「ミルドはしょっちゅうこの子と一緒にご飯食べてるけど、別なの注文しちゃって後悔する羽目になったことってないの?」


「追加で食うだけだから別に困らねーよ」


「大食いってそういう時は便利ねぇ。一体どこへ入ってくのかしら」


「太るの気にせずに食べれるのってうらやましいなぁ」


「アンタそんなこと気にしてんの? 意外!」


「その割には結構食べてねーか?」


「うわあああ、言わないでーっ」



 この4人でおしゃべりするのはシェスティンにワードローブを見せた日の夕食以来だから、かれこれ3週間ぶりになる。

 あの時も思ったが、この顔ぶれでの会話は保護者たちとは少し違い、気安い友人の集まりという感じで、良い意味で容赦がなく刺激的で楽しい。

 時々でいいから、これからもこうしておしゃべりしたいなぁ。

 でも、この4人で集まるならノイマンの食堂に夕食を食べに集まるのが一番簡単だけど、エルサは一緒に食事できないんだよなぁ。

 う~ん、何か良い方法はないものか……。




 昼食を終えると、エルサとシェスティンは大急ぎでそれぞれの店と工房へ帰っていった。

 しっかりテイクアウト分を抱えていったから、また後でパイを楽しむだろう。

 わたしとミルドは発酵屋に立ち寄って飲むタイプのフィルを買い、それを飲みつつのんびりと食料品店や酒屋を回って買い物してからオーグレーン荘へ戻った。

 買い込んだのは食材とビール。

 そう、今日の午後はミルドに焚火台の使い方と串焼きの作り方をレクチャーしてもらうのだ!

 よーし、今日こそはビールで焼き鳥を堪能するぞ~ッ!!



「腕まくりして気合い入れてんのはいいけど、実際に冒険者が野外でやるのと同じようにするのか? それともお前がここで調理しやすいようにする?」


「何かやり方が違うの?」


「キッチンで下拵えするかどうかだよ。串刺して塩振るだけだけど、外でやるよりカッティングボードの上でやる方がやりやすいだろ?」



 自分でやるなら当然後者になるだろうと思いつつも、わたしは冒険者のやり方を見せて欲しいとリクエストした。

 だって、本職の冒険者が野外で食事の支度をする光景なんて、そんなレアなものを見る機会がまたあるとは限らないのだ。この機会を逃したくない。

 物好きだなと呆れながらもミルドはわたしに先に塩をおろせと指示を出した。

 魔族国の塩は岩塩で、都度必要な分だけおろし金ですりおろして使う。

 元の世界のソルトミルに入っていたような小さな結晶ではなく、消しゴムくらいの大きさの岩塩の塊を調理のたびにゴリゴリとおろすのは少々手間だが、化学的に精製した塩とは違う味わいがあって結構気に入っている。


 おろし金の窪みに貯まった塩の量を見てミルドはよしと言うと、『野外生活用具一式』を持って裏庭に出て、てきぱきと焚火台を組み立てていく。

 完成してみせたところで一度解体すると、今度はわたしに組み立てさせた。

 特に複雑な構造ではないものの、慣れていないせいかミルドの3倍くらい時間がかかってしまった。

 うう。わたし、サバイバル適性低いかも。

 こういうことも魔族の子供は職業訓練で経験しているんだろうなぁ……。


 焚火台の設置が完了し、そういえば薪はどうするんだろうと思ったら、ミルドは自分のバッグから取り出したアイテムを焚火台の上に置き、着火の魔術でサッと火を起こした。

 そうか、魔族は人族みたいに薪なんて使わない。魔術で対応するに決まってるよなぁ……。

 置かれたアイテムは起こした火をキープする焚火の魔術具で、フィールドに出て活動する冒険者にとっては必需品らしい。

 この魔術具が付属していない野外生活用具一式は魔族からすると欠陥品に映るんじゃないかと心配になったが、魔術具があれば火の扱いが楽な上に魔力効率も良いというだけで、なくても特に問題はないとミルドに言われて少し安心した。

 でも、この点は一応売る時には客に伝えておかないといけないだろう。クランツのように冒険者以外でも欲しがる魔族はいるのだから。


 火を起こした後、ミルドは金属の串を手に取ると買ってきた肉に勢いよく刺していき、それを片手に持って指でつまんだ塩をパラパラとかけていく。

 そして焚火台の縁にある穴に串を差して立てると傾きを調整し、その作業を肉がなくなるまで繰り返した。

 黙々と串を刺し塩を振るミルドは何ともワイルドで、非常にかっこいい。かつてミルドがこれ程までにかっこよく見えたことがあっただろうか。



「片面を火であぶったらひっくり返して反対側も焼く。しばらくは放置だな」


「肉が火にあたってないけど大丈夫なの?」


「直接火にあてると中まで火が通らねーうちに外側が焦げちまうんだよ。オレは生焼けでも食えるけど、お前はしっかり火が通ってねーとたぶん腹壊すぞ」



 なるほど、意外と火加減が難しそうだ。

 わたしが一人で焼く時は、いつもどおり精霊たちに火加減を見てもらおう。


 焼き上がるのを待っている間に生食用のキャベツやトマトを用意したり、魔術でビールを冷やしたりしつつ、ミルドと城下町巡りの相談をした。

 一番気になっているのは市場と離発着場を含む六番街だが、まずは二番街から見たいとリクエストしておく。



「三番街の細工師工房巡りに半日以上かかったんなら、六番街は確実に1日じゃ終わんねーな。お、これはもう食っていいぞ」


「ありがと。はふっ、何日かかってもいいから、市場の屋台はじっくり見たいよ。んぐ、この鶏肉すごい弾力だね。でも、串焼き屋の味とは何か違うなぁ」


「あの店の親父、すんげー昔から串焼き焼いてるらしーんだぜ? そんなのと同じ味なんか出せるかってーの。お前串焼きに期待し過ぎなんだよ。野営食だぞ?」


「そうかなぁ。あ~、でもやっぱビールに合う! 外で串焼きでビール、最高! ミルドありがとうね!」



 焼き上がった串焼きとビールを堪能しながら、わたしたちは城下町巡りについて計画を練った。

 ミルドとは今月末まで契約があるので、わたしとの予定を優先してもらえる。

 一番街と三番街は対象から外すとして、残りは4エリアだ。

 月末までに定休日はあと7日。里帰りを2日くらいにまとめてもらえれば、今月中に何とか見て回れると思う。

 クランツとの夜間の独り歩きミッションもあるし、側近の二人に調整をお願いしなくちゃね。

読んでいただきありがとうございます!

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