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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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116話 馬車で巡る城下町観光ツアー

 品質保証用のノートが完成した翌日は(よう)の日で、雑貨屋は今日明日と二度目の定休日だ。

 今日の里帰りでは午前中にクランツと訓練をし、昼食後に城への納品をする予定で離宮へやって来たのだが、昼食時の雑談でこの2日間は来客ゼロだったと報告したら同席した保護者たちの顔色が悪くなってしまった。



「そんな、2日間一人も客が来なかったのですか……?」


「レイ先生、そんな顔しないでくださいよ。凹むじゃないですか」


「最初の2日間に来た客だって、知り合いだけだったんだろ? お前、この先大丈夫なのかよ」


「そうおっしゃいますけど、ブルーノさんだって普段は知ってる店にしか行かないんでしょ? 開店してからまだ4日しか営業してませんし、しばらくは様子を見るしかないですよ」



 心配をかけて申し訳ないと思うし焦る気持ちがないと言ったら嘘になるけれど、知り合いや近所の人たちにしか開店のことを知らせてないのだから、最初のうちはこんなものじゃないかと思っている。

 雑貨屋の看板を掲げてはいるものの、住宅街の中だからあまり人目に付かなそうだし、魔族は案外行動範囲が狭いようだから特に宣伝もしていない現状では新規の客が来るきっかけは少ないだろう。

 それでも、うちの雑貨屋は冒険者ギルドと代理販売で提携しているから、掲示物を見て『高級ピック』などの商品を使ってみた冒険者がそのうち来店するだろうと予想している。

 性能の高さを知ってもらえれば、冒険者は職業柄好奇心の強い人が多そうだからきっと他の商品のことも気になるに違いない。

 元より目立つことは避けるのが大前提なんだから、むしろこれくらいひっそりとしたスタートでもいいと思う。


 わたしがそう言ったら皆ホッとしたようだったが、昼食が終わった後にクランツが声を掛けてきた。



「スミレ、今日は帰宅後に何か予定はありますか?」


「いえ、特にないですよ」


「それなら帰りの馬車で城下町をひと巡りしませんか。馬車から眺めるだけとはいえ主な施設の場所や雰囲気を把握しておけば、後日城下町巡りの予定を立てる際に役立つかと思います」


「それいいですね! クランツが付き合ってくれるなら助かります。お願いしてもいいですか?」


「もちろん。では、そのつもりでいてください」


「わあ、ありがとう! 楽しみだな~」



 クランツの思わぬ申し出に一気にテンションが上がった。

 離宮との往復で馬車が通るコースはいつも同じだし、オーグレーン荘は城に近い最北のエリアにあるため城下町の南側は通らないのだ。

 一応主な施設の位置はマップで把握しているけれど、機会があるならぜひとも自分の目で見ておきたい。

 クランツはきっとわたしが凹んでいるんじゃないかと気遣って提案してくれたんだろう。

 皮肉屋だけど本当にいい友人だな、と感謝の気持ちを込めてニッと笑ったら顔をしかめられた。

 嫌そうな顔をしても、照れ隠しだってことくらいもうわかってるからね!




 城下町は城からの道に繋がる中央通りを中心に東西対称になっているので、比較的その位置関係は把握しやすい。

 最初に中央通りの両脇に一番街と二番街が造られ、2つの区画の北側に北通りが整備されたそうだ。

 そして街が拡張される際に一番街と三番街の間に西通りが、二番街と四番街の間に東通りが整備され、この4つの区画の南側に南通りが整備された。

 最後に造られた五番街と六番街は南通りの南側に拡張されている。

 帰りの馬車が中央通りと北通りの交差点に差し掛かると、いつもは一番街方面へ右折するところを左に折れて、北通りを二番街沿いに進んでいった。


 北通りは城下町の北辺に位置し、通りを挟んだ一番街の向かい側には第三兵団の分屯地があるが、二番街の向かい側は空き地になっている。

 遥か昔、まだ城下町が一番街と二番街しかなかった頃、分屯地とこの空き地の場所には魔族軍の前身である王都警邏隊があったそうだ。

 魔族軍の創設と城下町の拡張に伴い、魔族国内の治安維持を担当する第三兵団の駐屯地が現在の六番街の南側に建設された際に、第三兵団内の城下町担当部署が王都警邏隊のあった場所に分屯地として残ったらしい。

 クランツはさすが近衛兵なだけあって魔族軍の歴史には詳しいようで、空き地の脇に馬車を止めさせると窓の外を指差しながら説明してくれた。



「がら~んとしてますけど、今は単なる空き地なんですか?」


「いえ、今は主にイベント会場として用いられています。精霊祭の時には部族や種族ごとに集まったりしますし、魔王が就任する時もここでお披露目をします」


「へえ~っ。精霊祭の時にここへ来たらいろんな部族や種族の風習が見れそうですね! 楽しみだな~。露店とか屋台も出たりします?」


「君が楽しみにしているのはどうせ飲食関係でしょうが、種族によって飲食物を配ることはあっても同族以外に配られることはありませんよ」


「ええーっ!?」



 お祭りと言えば日本人的にはやはりずらりと並んだ屋台が醍醐味なので、どんなのがあるのかと期待したのに、わたしの希望はクランツのつれないひと言に一瞬で打ち砕かれてしまった。

 うう、部外者お断りなのか……。がっかりだよ。



「精霊祭は親しい者同士の個人的な会食なども行いますが、部族や種族で行う催しがメインです。基本的に他部族が参加することはないと考えてください」


「傍から眺めているだけなら咎められませんか? どの部族がどんな風に精霊祭を過ごすのか興味があるので、できれば見たいんですけど」


「見られて困るようなことは里でしかやりません。空き地には同族以外にもいろんな部族や種族が集まりますから、他部族に見聞きされるのは大前提です」


「見聞きってことは、何か歌ったり演奏したりすることもあるんですか?」


「歌や踊りをする種族がいます。そういうのは音がかぶると不都合なので、時間帯をずらしてあるそうです。空き地の収容能力を超えても困るので、各部族・種族で宵祭りと本祭りの2日間のうち希望の利用日時を申請し、調整された結果今に至ると聞いています。年4回ある精霊祭の空き地のスケジュールはほぼ固定で、余程のことがない限り変動はありません」



 ちなみに、そういうスケジュールは魔王の側近二人に聞けば教えてくれるそうなので、事前に調べて歌やダンスがある種族の集まりが見れたらいいなと思う。

 次の精霊祭は来月末からの黒の精霊祭か。楽しみだな。


 北通りを挟んで空き地の反対側にある二番街は、先程左折してきた交差点付近にある冒険者ギルドのあたりまでしか来たことがない。

 パッと見たところ一番街との違いはよくわからないが、先日の講義では確か獣人族所属の建物が多いとのことだった。



「ねえ、クランツ。この辺りのお店で夜にお酒を飲みながら食事をしたとして、わたし一人で家まで帰っても問題ないと思いますか?」


「……何時頃を想定しているんです?」


「う~ん、とりあえず閉店時刻の午後8時で。……実はその、冒険者ギルドの近くに串焼き専門店があるんですけど、すごくおいしいしもう絶対ビールに合うのに、昼間から飲むのは憚られたので見送ったことがありまして。夜来て一人で飲み食いして帰るのも多少不安があるので自宅で作ろうかと思ってるんですが、可能ならばあの店で飲みながら食べたいという未練を断ち切れず」


「君は本当に飲食関係は妥協しませんね」



 褒められると照れるな~、別に褒めてませんよ、というやり取りをしつつもクランツは考えを巡らせているようだったが、すぐにわたしを見てこう言った。



「まずは、試してみましょうか」


「と言いますと?」


「君は串焼き屋で飲み食いし、一人で家まで歩いて帰る。私は離れて護衛しましょう。夜の城下町で飲酒した君が何事もなく一人で家まで帰れるかどうか、今後のためにも一度試してみるのは悪くないと思います」


「おお~~っ、ぜひぜひ! お願いします!」



 クランツがナイスな提案をしてくれたので、わたしはすかさず乗っかった。

 精霊祭の空き地での集まりは夜も行われるそうで、わたしの夜の独り歩きに問題がないとわかればクランツも安心するらしく、近いうちに実施できるよう調整してくれるそうだ。

 そうか、次はクランツの種族が重視する黒の季節だから、精霊祭の時はクランツは里帰りしていて同行を頼めないんだな。

 せっかくだからクランツと一緒に串焼き屋で食事したかったが、わたし一人で飲んでいるところを周囲に見せ、その上で一人で帰ることが重要だと言われた。

 多分、クランツは不審者が現れるかどうかも見るつもりなんだろう。

 そう考えると少し不安な気がしないでもないが、クランツが護衛してくれるなら心配する必要はない。

 『転移』の実験をした時の隠密ミッションの実践版だと考えたら、ちょっとわくわくしてきた。

 わたしの夜の独り歩きが問題なしと認められれば今後の活動の幅が広がることは間違いないんだから、しっかりやり切らなきゃ!



 馬車が再び動き始め、やがて正面に四番街が見えてきて、交差点を右折し東通りへと入っていった。

 このあたりの飲食店はテイクアウト系ばかりで食堂がほとんど見当たらない。

 不思議に思ってクランツに尋ねたら四番街は同棲者用の住居が多く、食事を家でとる人が多いんだろうと言われた。

 ほほう。そういえば魔族が自炊する理由の多くは“パートナーと二人きりで過ごしたいから”というもので、自炊していると言うとお熱いですなぁと生暖かい目で見られることもあると以前ファンヌが言っていたっけ。

 四番街はカップルの街か、わたしには住みづらそうだ。


 馬車が進み正面に六番街が見えてきた。

 南通りに突き当たったら右折して五番街方面へ向かうかと思っていたら、意外なことに馬車は左へ折れていく。

 不思議に思ったが、すぐに理由が分かった。あれは市場だ。その奥に見えるのは離発着場か。

 ぎっしりと並ぶテントの向こうの空に大きな木箱をぶら下げたワイバーンが飛んでいくのが見える。

 物流の拠点とも言うべき離発着場は市場と六番街に隣接していて、更にその南側に位置する第三兵団と施設を共用しているそうだ。

 ははあ、眷属のワイバーンを使役し魔族国内の物流を一手に担うオーグレーン商会が六番街にいくつも倉庫を持っていると聞いたけれど、それも当然だな。



「うわーすごいな~。魔族国に来てもう5か月になるけど、ワイバーンが飛んでるのなんてほとんど見たことなかったのに」


「落下物や事故の危険性があるので城や城下町の上空は飛行禁止です」


「なるほど~。あ、また飛んで来た! 結構飛んでるんですね」



 この方角だと一番街からはワイバーンの飛来が見えなくて当然だが、意外なほど身近なところにファンタジーな生物が普通に存在していて、何だかすごく不思議な気分になった。

 いや、今日も魔術を使って掃除したし精霊たちとも遊んだし、そもそもこの異世界自体がファンタジーなんだけれども。

 いつの間にかファンタジーな世界での生活が当たり前になっていたことを改めて実感した。


 へへっ。わたしもだいぶ魔族っぽくなってきたんじゃない?

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