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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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115話 鱗持ちの話と品質保証用ノート作成

 講義が終わり、レイグラーフとカシュパルはそのまま少し早い夕食に付き合ってくれた。

 クランツも加わってファンヌの給仕でいただく離宮での食事は、何というか、わたしにとっては一家団欒のようなものだなぁとしみじみ感じる。

 異世界からの召喚者であることや聖女のことを知っている人たちばかりだから安心して気を緩められるのか、ホッとして肩の力が抜けるのだ。

 城下町へ引っ越して今日で丸ひと月。城下町の人たちとも親しくなって心を許せる人も増えたけれど、それでもやはり秘密を抱えているのでどこか緊張しているんだろう。

 その代わり、城下町はいつも何かしら新しい発見があって刺激に溢れている。

 夕食中の雑談で、わたしはその日発見したばかりのコーヒーの件をレイグラーフに報告した。



「聞いてくださいレイ先生! 以前お話ししたコーヒーという飲み物を今日城下町で見つけたんです。早速飲んだんですけど、大満足の味でした!」


「ええっ、コーヒー!? スミレってばコーヒーを飲んだの? 何でまた?」



 意外なことに、レイグラーフより先にカシュパルがわたしの話に食いついた。

 ファンヌもレイグラーフもコーヒーを知らなかったのに、どうやらカシュパルは知っているらしい。



「元の世界で飲んでいたので、魔族国にもあったらいいなぁと思って城下町に引っ越してからあちこち見て探してたんです。カシュパルさんはコーヒーを知ってるんですね」


「知ってるっていうか、あれは“(うろこ)持ち”の飲み物だから竜人族にも好んで飲むのはいるんだよ。僕は紅茶党だから滅多に飲まないけどね」


「鱗持ちの飲み物? ……ああ~、思い出しました。確かそんな風に呼ばれる飲み物があると聞いたことがあります。ですが、とても苦いので鱗持ちでも好んで飲む者は限られると聞いたような……」


「そうだよ、だから驚いたのさ。かなり特殊な飲み物だから、鱗持ち以外の魔族はまず存在を知らないと思う。飲んだことない鱗持ちだって普通にいるからね」


「そうでしたか、その飲み物がコーヒーだったのですね。すみませんスミレ。肝心なところを失念していて、あなたの役に立てませんでした」


「いえ、とんでもないです。でも、その鱗持ちっていうのは何ですか? 店員さんは確かに首に鱗がありましたし、髪の色が黄緑と黄色のグラデーションだったので竜人族じゃないのはわかったんですけど」



 カシュパルの説明によると、鱗持ちというのは竜人族と蜥蜴系・蛇系の獣人族を指す言葉らしい。

 そうか、カシュパル自身が鱗持ちだからコーヒーの存在を知っていたのか……。

 お茶に詳しいファンヌと博識なレイグラーフが知らないならわたしの周囲で他に知る人はいないだろうと思って諦めていたのだけれど、こんなことならヴィオラ会議のメンバー全員に聞いておけば良かったなぁ。

 同じ魔族とはいえ、部族や種族が違えば知らないことは相当ありそうだ。

 まあ、わたしだって元の世界では他国の風俗や習慣なんてたいして知らなかったし、関心がなければそんなものかもしれない。


 コーヒーを飲ませる店が商業ギルドの裏手にあると聞いて、カシュパルはとても驚いていた。



「あんな少数しか飲まないような飲み物をわざわざ売る店が城下町にあるなんて思わなかったよ。しかも、そんな裏手の奥に引っ込んだところで商売になるのかな」


「嗜好品だから、どうしても飲みたいって人はいるんじゃないですか? 現にわたしも週に一度くらいは行こうと思ってますよ」



 カフェの営業時間は8時から午後4時までとのことなので、マッツとロヴネルの店で朝食を食べてからコーヒーを飲みに行っても雑貨屋の開店時間までに十分帰宅できそうだ。

 それに、休みの日にゆっくり行くのもいいかもしれない。

 レイグラーフに借りた陽月星記(ようげつせいき)を外に持ち出すわけにはいかないから手軽に外で読める本でも買って、コーヒーを飲みながら読書したりしてみたいなぁ。

 何にしろ、気軽に徒歩で行ける圏内でカフェを見つけられたのは僥倖だった。

 わたしがあまりに嬉しそうな顔をしていたからか、ファンヌが一度飲んでみたいと言い出した。

 お茶好きなファンヌとしてはコーヒーが気になるというのはわかる。

 やめた方がいいと思うけどと紅茶党のカシュパルは言ったけれど、他の部族は飲んではいけないという魔族的NGがないなら一度飲んでみるのもいいと思う。




 夕食が終わり、食後のお茶を堪能してから帰る準備をしていたら、カシュパルに声を掛けられた。



「スミレ、内緒話があるからちょっと来て」



 手招きされて部屋の隅へ行くとカシュパルは音漏れ防止の結界を展開し、クランツたちに背を向けて本格的な内緒話モードに入った。

 何だか、やけにガードが厳重だな。



「さっきの鱗持ちの話ね、レイやクランツが過剰に心配すると面倒だからあの場では言わなかったけど、気を付けて欲しいことがあるんだ」


「はい、何でしょう」


「鱗持ち以外の魔族にはあまり知られてない話なんだけど、鱗って結構デリケートな部分でさ。スミレはNG要素だと認識しておいた方がいいと思う」


「ハッ! もしかして、“逆鱗”とかあるんですか!?」


「ん? 逆鱗は知らないけど、スミレのいたところでも鱗持ちがいたの?」



 鱗持ちがいたわけではないと否定しつつも、わたしは逆鱗についてカシュパルに説明した。

 元の世界では想像上の生き物として竜の話があり、竜は喉元にある1枚の逆さに生えた鱗に触れられるのが大嫌いで、そこに触れられたら激昂して即座に相手を殺すという逸話があった。

 そこから派生して触れてはいけないものを表す逆鱗という慣用句があるのだ。



「へえ~。触れてはいけないもの、か。ある意味合ってるかもしれない。いいかいスミレ。鱗持ちの鱗には触れちゃいけないよ。君の身の安全のためにも、絶対に」


「そんなに危険なものなんですか……」



 思わずごくりと唾を飲んでしまった。

 何せ竜人族は竜化できる、リアルで竜な存在なんだよ?

 トカゲもヘビも、竜ほどではないにしろ、噛みついたり毒を持っていたりと剣呑なイメージがある。

 そんな彼らの“触れちゃいけない”部分なんて、めちゃくちゃ怖いんですけど!



「話題としても触れない方がいいし、物理的に触れるのはもちろん厳禁。竜人族は皮膚が厚いのかそこまで敏感じゃないからマシだけど、獣人族は即座に反応してしまうらしいから」


「はい、重々気を付けます……けど、もしも護身術を使った時にうっかり触れてしまったらどうしましょう。何とか攻撃をかわす方法はありませんか?」



 常に最悪の状態を想定するブルーノを見習い、あらかじめ対処法を準備できないかとわたしが必死になって尋ねたら、何故かカシュパルは片手で顔を覆って深々とため息を吐いた後、急ににっこり笑ってわたしを見た。



「鱗持ちがヒト型化した時に体に出てる鱗ってね、敏感なところに出るんだ」


「そうなんですか」


「……性感帯ってわかる?」


「せいかん……うぎゃあっ!!?」


「そんなところに触れられたらどうなると思う?」



 即ベッドに連れ込まれるコースだ!

 やばい、恋愛意欲の低いわたしには刺激が強すぎる! 想像しただけでメンタルが死んじゃうよ!

 思わずリアルで5cmくらい飛び上がってしまった。だって本当にびっくりしたんだから!

 カシュパルもカシュパルだ。そんな爽やかな少年のような笑顔で性……だなんて言わないで欲しい。

 ……って、あれ? もしかして今ヒト型化しているカシュパルの体のどこかにも鱗が出ているのかな……。



「僕の鱗はどこに出ているのかって考えてたでしょ」


「ちちちがいますっ」


「別に、スミレになら見せてもいいんだけどね~。……気になる?」



 ひええっ、爽やか笑顔から一転、色っぽい流し目が来たよ!?

 何なの? スパイは異世界でも色事系駆け引きに強いってことになってるの!?

 こんなの、アラサー女子は二度死んじゃうよ!!



「ならないならない! そういう顔しちゃダメですよカシュパルさん!!」


「あははっ。このくらい脅かしておけば忘れないでしょ。コーヒー飲みに行くのはいいけど、くれぐれも注意するんだよ? 間違っても愛想良くしないようにね」



 心のHPをがっつり削られ、精神的にヨロヨロになったわたしの様子がおかしいと帰りの馬車の中でクランツに追及されたが、わたしは口を割らなかった。

 言ったら言ったでお説教されると思う。わたし、学習した。




 翌日は、午後になって顔を出したミルドと共に品質保証用のノート作りの作業を進める。

 昨晩精神的な疲れでぐったりとしたわたしは、こういう時は仕事に没頭するに限ると風呂上りに精力的に仕事をした。

 ミルドが性能テストの結果を報告してくれた時の動画を探し出し、その内容を箇条書きにしてまとめ始めたのだ。

 今日の午前中も来客がないのをいいことに動画を観ながら引き続き作業をして、ミルドが来たらそれを基にもう一度商品の評価を口述してもらった。

 そう、もちろん『口述筆記帳』を使いながら。



「ノートにまとめろって言われた時はマジでどーしよーって思ったけど、これ楽でいいな。オレが字下手なのも関係ねーみたいだし」


「フフフ、いいアイディアでしょ? ミルドの負担を減らせるし、お客さんに口述筆記帳のアピールもできるからちょうどいいと思ったの」


「なるほどなー。うまいこと考えたもんだぜ」


「どこかに提出する物ならきちんと文章をまとめてから読み上げる方がいいんだろうけど、今回は冒険者が対象だからあんまりきっちりとしたお堅い文章じゃない方が良いかと思って」


「わかった。同業者に勧めるよーなつもりで話せばいいんだな」


「うん。あと、商品ごとにページを新しくしてね。一旦魔力を切って、新しいページの先頭に指を当ててから魔力を流せばその位置から記述が開始するから」


「はーん、なるほどな。んじゃ、始めるか」



 筆記している間はずっと魔力を流し続けなければいけないので、休憩時にはお茶だけでなく回復薬の提供も忘れない。

 そんな風に2日に渡って作業した結果、性能テストの結果をまとめた品質保証用のノートが出来上がった。

 表紙にミルドのサインを入れてもらって完成だ。


 予想以上に早く仕上げられたなぁ。

 まあ、作業に没頭できたからだけど……。



 定休日明けの2日間、客は一人も来なかった。

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