114話 城下町の不動産と雇用について学ぶ
午後からは講義のために離宮へ向かった。
雑貨屋が開店し、わたしが一般魔族に向けて商業活動を開始したことから、今日は城下町について商業的な側面から講義するそうで、サポート要員としてカシュパルが参加している。
「漠然と話すより、身近な具体例を挙げた方がより理解が深まるだろうと思ったので、カシュパルに頼んでおいたのです」
「スミレの周辺の人物や店舗を調査したのは僕だからね。講義の教材にするついでに、彼らの店の背景なんかも知っておくといいと思うよ」
わたしがお茶を淹れている間にそんな説明がなされた。
なるほど、確かに諜報担当のカシュパルなら詳細な情報を持っているだろう。
わざわざ時間を割いて付き合ってくれるカシュパルにお礼を伝える。お茶を配り終えたら講義開始だ。
これまでの講義で魔族国や魔族社会についていろいろな話を聞いてきたが、基本的には概論が多く、わたしの状況や関心に合わせて都度個別に詳細を教わるスタイルで来ている。
城下町についても同様で、商業ギルトや冒険者ギルドといった公的な施設の他にも、五番街には魔族の学校があり、六番街の脇には市場と有翼種の離発着場、第三兵団の駐屯地があることも知識としては一応知っているものの、まだまだ知らないことは多い。
城下町の主な施設はひと通り見ておきたいので、店の営業に慣れたらミルドに案内を頼むつもりだ。
講義でまず最初に取り上げたのは城下町の不動産に関することだった。
王都は魔王の管轄下にあると聞いていたので、こういった公共施設はもちろん、城下町の土地や建物はすべて魔王が所有しているのかと思っていたのだが、どうやらわたしの認識は少し間違っていたらしい。
確かに王都の土地や建物はすべて魔王というか魔族国が所有している。これは部族の領域でも同じで、土地や建物はすべて部族のものであり、魔族国では個人が不動産を所有することはない。
ただ、魔族国が4つの部族からなる連合国であることから、王都の土地や建物に関する権利は各部族にも分配されるべきだと建国時の部族長会議で話し合われた結果、城下町を建設する際に公共施設を除いたすべての建物の永年貸借権が各部族に均等に振り分けられたそうだ。
そのため、城下町にある店や工房、住宅といった建物の管理はその建物の永年貸借権を持つ各部族に事実上委ねられていて、魔王個人が自由に差配できる物件は残念ながら存在しない。
「なるほど。それでわたしの住居は竜人族が大家をしているオーグレーン荘になったんですね」
「うん。とは言ってもルードは魔人族の長でもあるから、強引な手を使うなら魔人族が権利を所有する建物を用意することもできたんだけどさ。現在の住民を強引に追い出してスミレを住まわせても反感を買うだけで、周囲とうまく行くわけがないでしょ? だから見送ったってわけ」
「うえっ、それは見送ってもらって助かりました……。いくら同じ長をいただくと言ってもわたしは魔王族ですから、魔人族が割りを食うようなことは申し訳ないから避けたいです」
「スミレの希望がこぢんまりとした雑貨屋で助かったよ。住宅用の物件を流用できたからね。里には常に城下町への移住希望者がいるから、住宅はまだ融通が利くけど空いてる店舗用物件なんてまずないんだ。オーグレーン荘は入居条件がちょっと厳しいせいかしばらく空いてたらしくて、運が良かったよ」
そう言って笑うカシュパルに、物件探しで大変な苦労を掛けてしまったのではと非常に申し訳なく思いつつも、それは伏せて感謝の気持ちだけを伝えた。
ドローテア以外の住人とは今のところ挨拶以外の交流はないけれど、オーグレーン荘はとても住み心地が良くて心底気に入っているのだ。
借景の池が決め手で即決したとはいえ、今となっては他の住まいは考えられないくらいに馴染んでしまっていると思う。
わたしがそう言ったらカシュパルもレイグラーフもすごく喜んでくれて、わたしも嬉しくなった。
話は逸れたが、そんな具合に城下町の店や工房、住宅は永年貸借権を持つ部族に所属していて、部族の者が管理者として里から派遣されているという。
例えば、とカシュパルが例に挙げたのはノイマンの食堂で、あの建物は魔人族の所属でノイマンは食堂だけでなく建物の管理も任されているそうだ。
管理者はその建物に居住するので、ノイマンも食堂の上階に住んでいる。
ただし、オーグレーン商会のような大商会は例外らしい。
オーグレーン商会は屋敷以外にも中央通りに大きな店舗があるが、他にも六番街にいくつか倉庫を持っていて、そのすべての管理者が会長のヒュランデルだ。
このように一人の管理者が複数の建物を管轄する場合は、事業を統括する部署と応接や居住用の機能をひとまとめにした施設を別に用意するそうで、あの素敵な池のある屋敷がそれに当たる。
本社兼社長宅兼社員寮といった位置付けなんだろうか。よくわからない。
「オーグレーン商会は部族直轄の事業体で、竜人族の王都での拠点としての役割も担っているから、あの屋敷は更に特殊だけどね。普通の店や工房の従業員は職場と同じ建物に居住するから、リーリャとエルサもノイマンと同じく食堂の上階にある従業員用の部屋に住んでるよ」
何と、ノイマンとリーリャのカップルは同じ屋根の下に暮らしているのか。けしからんですな。いや、普通に同棲しているのかも?
そういえば、引っ越しの挨拶回りの時にカシュパルがドローテアに“僕が恋人に一人暮らしさせるような男だと思う?”とか言っていて、あのニュアンスだと恋人同士なら一緒に住むのが当然みたいだったもんなぁ……。
というか、カップルと同居しているエルサが気の毒な気がするんだけど、その辺はどうなんだろう。うわあ、ちょっと気になる。
店や工房の従業員には個室が用意されていて、家賃を払う必要がない上にたいていの場合3食賄い付きで、衣食住のうち衣以外は職場が丸抱えで面倒を見てくれるという。
そのあたりは部族の里での暮らしと同じで最低限の生活は保障されていて、里から城下町へ出てもちゃんと働いてさえいれば生活に困ることはないそうだ。
……こういう話を聞いていると、魔族社会は保障が手厚いし、仕事だって自分の好きな職に就けるし、生きていくのが楽そうでいいよなぁと元の世界の世知辛さとつい比べてしまう。
まあ、置かれている世界がまったく違うから、比べる意味はないけれども。
こちらには魔術や魔法はあってもインターネットはないし、娯楽も読書しかないもんなぁ。
……魔族が恋愛に熱心なのは娯楽がないのも一因だったりして。
いやいや、さっきから余計なことばかり考えてるぞ! 講義に集中しないと。
城下町の居住や雇用については元々興味があったから、この機会にいろいろと聞いておこう。
「そういえば、マッツのパン屋とロヴネルのスープ屋は同じ建物の1階に2店並んでますけど、ああいう場合はどうなってるんですか?」
「あそこは魔人族の所属で管理者はロヴネルだよ。スープ屋店長を兼任していて、パン屋の店長としてマッツを雇っているんだ。あの2店はテイクアウトがメインでホールスタッフがいない分従業員用の部屋が余ってるから、今は最上階を住居用として貸し出しているみたいだね」
先程カシュパルが店舗と比べて住居は融通が効くと言っていたのは、こういう形で住居は余剰が生まれやすいからなんだろう。
製作に広い場所を必要としない業種の工房やテイクアウトの飲食店ではよくあることらしい。
テイクアウトの店では食事と飲み物、パンとおかず、飲み物とお菓子といった具合に、2店で互いに補い合う形が多いそうだ。
確かに、今日見つけたカフェとスイーツの屋台もそうだったなぁ。
もう1つのドリンクスタンドはお茶を扱う喫茶系で、2種類の飲み物屋が菓子屋を挟んで営業するスタイルか。
喫茶スタンドの店員はしっかり見なかったからわからないが、スイーツの屋台は魔人族っぽくてカフェは獣人族のようだった。
飲食関係は魔人族と獣人族が多いと思う。
「そうだね、特に獣人族は力が必要な料理を扱ってることが多いかな。熊系獣人族のマッツにパン屋を任せてるのはそういうわけだと思うよ。逆に、人当たりが良くて如才ない魔人族にホールを任せる獣人族の食堂なんかもある」
「なるほど。やはり部族によって向いてる業種に違いがあったりするんですね」
「ええ。例えば私たち精霊族は木や鉱物を扱うのが得意ですから工房関係が多いです。飲食業でも醸造系の酒屋や発酵屋は精霊族が多いですね」
「竜人族は眷属のワイバーンを使役した物流をオーグレーン商会が一手に引き受けてるし、お金を扱うのが得意だから商業ギルドや販売業に勤める人が多いよ」
「獣人族はどうですか?」
「商業関係では飲食業が一番多いでしょうか。野外活動や力仕事が得意ですし、身体能力が高いですから、魔族軍の兵士と冒険者の半数が獣人族なのではないかと思います」
「まあ、獣人族は王都内では人口が一番多いから、どの業種にもいるっていう印象だけどね」
このあたりから講義は具体的な話から概論になっていき、城下町の成り立ちや変遷といった内容へと移っていった。
魔族国の建国からしばらくして学校や商業ギルド、冒険者ギルドといった公共施設を建設することになり、それに伴って城下町が造られた。
最初に一番街と二番街が作られた時に区域内を4分割して割り振られた永年貸借権は、人口が増えて手狭になり三番街と四番街が作られた際に部族によって需要の有る区域が異なったため部族間で活発に交換され、部族の所属物件の分布は変化していった。
やがて魔素の循環異常へ対処するために王都の警邏隊を大規模に増強改編して魔族軍が創設され、第三兵団の駐屯地を城下町に併設するにあたり五番街、六番街が造られる。
その際にも既存物件の永年貸借権の交換がなされ、部族の所属物件の分布はまた変化し、現在の城下町の様相に至ったという。
この話もとても興味深く、三番街に工房を集め職人街が形成された結果、精霊族の所属物件がその周辺に増えたと聞いてシェスティンの顔が思い浮かんだ。
二番街の冒険者ギルド周辺には獣人族の所属物件が増えたと聞けば冒険者向けの住宅や下宿なんだろうと予想がついたし、精霊族の三番街進出と獣人族の二番街への移動が進んだ結果、一番街に魔人族と竜人族の所属物件が増えたのは当然の帰結だとわたしにもよくわかった。
馴染みの店や行ったことのある飲食店などを思い浮かべてみるとなるほどと腑に落ちることも多く、こうやって街は作られていくんだなぁと感心してしまう。
城下町へ引っ越す前の講義で聞いていてもおかしくない内容だったが、実際に城下町でひと月暮らしたからこそわかることや、自分に関わりのあることだと実感を伴うことも多く、オーグレーン荘がカシュパルの一押し物件だったことなどはとても納得がいった。
きっとレイグラーフはそれを見越してこのタイミングで講義したんだろう。
カシュパルの情報も見事にサポートしてくれて、すごく濃い時間を過ごせた。
街を歩く時に今までとは違った見方ができそうだな。
まだ行ったことのないエリアにも早く行ってみたいよ。
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