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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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113話 カフェ発見! 久々のコーヒー

 今朝は2日ぶりにマッツのパン屋とロヴネルのスープ屋で朝食をとった。

 前の席ではわざわざわたしと同じメニューをお代わり用に注文してきたミルドがニヤニヤしながら食べている。

 昨日マッツとロヴネルから聞いたネタでからかわれ、ムカついたわたしは最初のうち眉間にしわを寄せて食べていたが、そのうちどうでも良くなってしかめっ面を解除した。

 だっておいしいものはおいしく食べないと。

 ハァ、今日のクリームシチュー、チーズが効いていておいしい。とろ~りと濃厚でたまらないよ。

 チリビーンズ風の豆とひき肉の炒め物を具にした挟みパンも噛み応えがあって、食欲マシマシ。朝から元気が出そうだ。



 朝食後には一旦自宅へ戻ってミルドにカウンター越しの乱暴行為へ対処する練習に付き合ってもらい、その後は冒険者ギルドへ同行してもらって代理販売追加の手続きを済ませる。

 ギルドホールにはちょうどベテランギルド員のハルネスがいて、開店祝いの言葉と共に手続きの対応を引き受けてくれた。

 ギルドでは既に高級ピックの販売を始めているようで、掲示板に貼られた商品案内を見て試しに少量ずつ購入していく上位ランク冒険者がぽつぽつと現れているらしい。

 手続き完了後に『裁縫箱』と『脱出鏡』を100個ずつ納品し、ギルド長によろしく伝えてくれるようハルネスにお願いして冒険者ギルドを出ると、ミルドとはそこで解散した。

 わたしは3時から講義なので昼過ぎには離宮に出掛けるし、この後は近所で買い物をして帰るだけだから一人でも問題ない。

 ミルドには開店以来丸2日間付き合ってもらったから、女の子たちとの付き合いも滞っているだろう。

 明日以降は都合のいい時間に来てもらって品質保証用のノート作りの打ち合わせをする予定になっているし、用事が済んだら解放してあげないとね。


 ミルドと別れてから向かった先はドローテアに教えてもらった手芸店と、そのすぐ近くにあるシェスティンお勧めの文具店だ。

 まずは手芸店で菜箸代わりにする編み棒を買う。いろんな太さの編み棒があったので、とりあえず5種類ほど買ってみた。

 文具店ではPOP用のカードとポスターに使えそうなサイズの紙と筆、それから小ぶりな黒板を買った。定休日と営業時間の掲示用と、臨時休業や商品のお知らせ用に使うつもりでいる。

 菜箸用の編み棒はともかく黒板やポスター用の紙はかさばるので、空間を歪める魔術具のバッグに入れる振りをしてどこでもストレージに放り込んだ。

 さて、身軽になったことだし、そこらをブラブラしながら帰ろうかな。


 手芸店と文具店は中央通りに面した商業ギルドの裏手の細い路地沿いにあった。

 オーグレーン荘と同じ一番街とはいえ、これまであまりこういう細い路地に入ったことがなかったので、目に入る景色も新鮮だ。

 バーチャルなウィンドウを広げてマップを見ていたら、この路地の先に小さな広場か公園のようなスペースがあるみたいなので、ちょっと足を向けてみる。

 商業ギルドや中央通りの店に勤めている人たちの憩いの場かもしれない。

 何か面白い発見があるといいな。


 そう思って向かったスペースには中央に日除け付きのテーブルとイス、ベンチが置かれていて、その向こうに屋台が3つ並んでいた。

 1つはスイーツの屋台で、あとの2つはドリンクスタンドのようだ。

 スペースの入口から見て正面がスイーツの屋台で、その両脇にドリンクスタンドがハの字型に配置されている。


 うわぁ~っ、ちょっとしたフードコートみたいだ!

 わたしは嬉しくなって思わず駆け寄ってしまったのだが、ふいに鼻先をよぎった芳香に足がピタッと止まった。



 コーヒーだ。

 これ、コーヒーの匂いじゃない!?



 芳香の元はと左手のドリンクスタンドを見れば、“カフェ”とだけ書かれた看板の文字が目に飛び込んできた。


 カフェですってよ!?

 探し求めていたコーヒーが飲めるの? 本当に?


 心臓がドキドキと音と振動を伝えてくる。

 メニューには、確かに“コーヒー”があった。

 あとはミルク入りと砂糖入り、そしてミルクと砂糖入りがあるらしい。

 元の世界でわたしはブラック派だった。異世界のコーヒーがどんな味かわからないけれど、まずは何も入ってないただのコーヒーを注文してみよう。

 カフェの店員を見ると首に鱗があった。髪が黄緑と黄色のグラデーションだから竜人族ではないな。蜥蜴系か蛇系の獣人族かもしれない。



「コーヒーください」


「は!? コーヒーくれって、あんた何族だよ」


「魔族国に亡命してきた元人族で、国民証には魔王族と登録されています」


「人族!? 人族がコーヒー飲むのか?」


「はい、1杯お願いします」


「お、おう……。先に精算な、20D」



 飲み物にしてはかなり高めの価格設定だ。余程希少なんだろうか。

 はい、と差し出したわたしの紫色のデモンリンガを見て、店員のお兄さんは一瞬ギョッとしたような顔をしたが、精算を終えると何も言わずにコーヒーを淹れ始めた。

 ポットから何かに湯を注いでいるのは見えるけれど、スタンドの窓口からは店員の手元は見えず、何をどんな風に淹れているのかはまったくわからない。

 気にはなったが、それよりも漂ってくる強い芳香に意識が持って行かれる。

 ハァ、良い匂いだ。堪らない。


 はいよ、と窓口の台に置かれたマグカップを受け取ると、わたしは中央の日除け付きのテーブルのイスに腰掛けた。

 マグカップを両手で持ち、ゆっくりとその芳香を胸一杯に吸い込む。

 ふああ……。コーヒーだ、コーヒーの香りだ。

 何故だか一瞬、職場の机や休憩室の窓から見えたビル、自宅の居間といった光景がフラッシュバックのように頭の中をよぎった。

 懐かしいという思いと共に、ひとくち口に含んで苦味とほのかな酸味を味わい、ごくりと嚥下する。


 おいしいなぁ。

 普通のブレンドコーヒーっぽい味だ。懐かしい。

 5か月ぶりのコーヒーだよ。ああ、おいしい。


 元の世界で毎日飲むほどコーヒー党だったわけではないが、たまにあの香りや苦味を思い出してはこの異世界でもコーヒーを飲めたらいいなとは考えていた。

 そんな飲み物は聞いたことがないとファンヌに言われ、博識なレイグラーフも食に関心が薄いからか知らないと言い、城下町の食料品店などを探してみても見当たらず、仮想空間でのアイテム購入機能の食料品欄にもないことから、この異世界にはコーヒーはないのかもと諦めかけていたのに。

 まさか商業ギルドの裏手の細い路地にこんな小さな広場があって、そこのドリンクスタンドで見付けられるとは夢にも思わなかったよ……!!



――なんか、頑張ってて良かったなぁ。



 突然異世界に召喚されたうえに無理矢理定着させられて、一時は完全に虚無状態だったし投げやりな気分になることもあったけれど。

 いろんなことを諦めてしまわなくて本当に良かった。

 周りの人たちに支えられて、一歩踏み出して頑張っているところに探していたものがポンと現れて、何だか急に世界が美しく見えてきたような気さえする。

 たかがコーヒー1杯で大袈裟だけど、こんな簡単にすべてに対して肯定的な気持ちになってしまうこともあるんだな……。


 やっぱり、おいしいは正義だよ。

 おいしいものを飲み食いしていれば皆笑顔になる。それが世の中の理で、この異世界だってきっと同じに違いない。

 そうか、おいしそうに食べているらしいわたしと同じものを魔族が食べたくなるのもそのせいか。じゃあ仕方ないな、受け入れよう。


 何だかテンションが上がってフハハハハと高笑いしたい気分になったが、3つの屋台の店員たちがいるのでもちろん自重した。

 あ~、このハイテンションはカフェインのせいなのかも。

 異世界のコーヒーにカフェインが含まれてるかどうかは知らないけどね!



 1杯のコーヒーを思う存分堪能したわたしはマグカップをウォッシュしてスタンドへ持って行くと、カフェの店員にテイクアウトはできるかと尋ねた。

 残念ながらこのコーヒーは保存庫に入れると味が変化してしまうらしく、テイクアウトはできないとのことだった。

 ガーン! これまで保存庫でキープできない飲食物はなかったのに……。バグだろうか。ちょっとネトゲの開発担当~、しっかりしてよ~。

 がっかりしつつも、それならもう1杯飲んで行こう、ついでに隣の屋台でスイーツを買って一緒に味わおう!と思い直す。

 カフェの店員にコーヒーのお代わりをお願いして精算を済ませると、隣の屋台に移動してスイーツを吟味する。

 何だかコンビニコーヒーの脇でスイーツを選んでいるみたいだな。

 スイーツの屋台にはいろんな焼き菓子やドーナツと、そして飲食店には珍しくセムラがあった。



「わ~、セムラがある。普段お店で見掛けないから、精霊祭だけのお菓子なのかと思ってました」


「まあ、一般的にはそうだわな。でもうまいだろ? 3か月の間にたったの2日しか食べられないなんてあんまりだから、うちでは定番商品にしてるんだ。結構売れるんだぜ」


「わかります、おいしいですもんね! 自分で作るしかないかと思ってたので定番なら助かるなぁ。セムラ1つ……いえ、2つください」


「ほい、ありがとうよ。んじゃ精算を――っと、おお、本当に魔王の色だ。さっき隣で話してるのが聞こえたんだが、亡命してきた元人族なんだってな。人族なんて初めて見たぜ」



 紫のデモンリンガを見てすぐに魔王の色と関連付けたのは初対面の時のノイマンやロヴネルと同じ反応だ。

 長の色を知るからこその反応だと考えると、このスイーツ屋台の店員もおそらく魔人族なんだろう。

 飲食関係は本当に魔人族が多いなぁ。グルメが多いとは聞いていたけれど飲食への関心が高い人が多そうだ。


 セムラの載った皿を受け取り、カフェでコーヒーのマグカップを受け取ると、わたしは再び日除け付きのテーブルに陣取って、コーヒーをひと口啜ってからセムラにかぶりついた。

 くふぅ~、おいしい! ふんわりカルダモンが香る生クリームとナッツペーストを挟んだ甘いパンと、コーヒーのほろ苦さのコンボ! 相性いいッ!

 この異世界には菓子パンのようなものは見掛けないので、セムラは貴重なお菓子系のパンなのだ。

 焼き菓子やドーナツもおいしいし、魔族国のスイーツにそこまで不満はないけれど、そういえばチョコレートを見掛けていないなぁ……。

 チョコもコーヒーみたいに探し続けたらいつか見つけられるだろうか。


 この広場のようにわざわざ入っていかないような細い路地の先にもナイスなお店があったりするんだから、未知なるメニューを発見するためには城下町を隅々まで細かく見ていかなくちゃ。

 そういえば、城下町のグルメマップを作ろうかと考えてたんだっけ。

 ブルーノがおいしい店を知りたがっていたし、グルメマップ作成のためにも休日は積極的に食べ歩きしていこう!




 離宮への里帰りや講義以外にも休日の予定が入るようになってきたなぁ。

 友人と出掛けたりお茶会をしたり、恋バナを聞いたり食べ歩きしたり……。


 魔族のこと、魔族国のこと、城下町のことを、もっともっと知りたい。

 午後からの講義が楽しみだ!

読んでいただきありがとうございます!

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