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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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112話 開店2日目

 無事に開店初日を終えられて緊張も解れたのか、開店2日目の朝は普通にネトゲ仕様のアラームで目覚めた。

 いつもどおりの朝の準備をこなし、保存庫にキープした挟みパンとスープで朝食を終えても開店までかなり時間に余裕がある。

 これなら今までどおりマッツのパン屋とロヴネルのスープ屋で朝食をとっても開店には十分間に合いそうだ。

 明日は星の日なのでさっそく定休日だが、明後日からは朝夕を外食に、昼を自炊する方向で過ごしてみよう。


 店を開け、しばらくしたらミルドが顔を出した。



「おはよ」


「おはようミルド。今日も来てくれたの? ありがとう!」


「“雑貨屋経営のための調査や助言”って依頼を請けてるんだから当然だろ。まあ、1日いるのは今日までのつもりだけど」



 何と、今日も1日付き合ってくれるらしい。見た目軽そうなのにミルドは本当に律儀だなぁ。

 まだ客も来ていないことだし、ミルドにカウンター越しの乱暴行為へ対処する練習に付き合ってもらうことにした。

 もちろんドッキリは抜きだ。あれは本当に心臓に悪い。

 何度か繰り返しているうちにだいぶ思うように体が動くようになってきた。

 ミルドとの契約がある今月いっぱいまでの間練習を続け、できれば反射的に体が動くくらいにまでなっておきたい。



 昨日閉店後にノイマンの食堂へ夕食を食べに行った時に、明日の10時頃に来店すると言っていたノイマンが予告どおりの時間にやって来た。

 彼女である料理人のリーリャと一緒に、しかも手を繋いで。

 うは。これ、リア充爆発しろ!って言われるやつだな。

 魔族のカップルが手を繋いだり腕を組んだりして歩いているのは見慣れているけれど、この異世界で知り合いがカップルとして振る舞っているのを目にするのは初めてだからか、何だか気恥ずかしい。


 いやいや、恋愛や子作りに積極的な魔族社会ではこれが普通であって、わたしの周囲が特殊なんだよね。

 女性が苦手なレイグラーフは元より、魔王は規則で在任中の子作りを禁じられているし、規則はないものの側近の二人と近衛兵のクランツも現在の職に就いている間は魔王に準じて子作りしない方針だと聞いたことがある。

 子作りと恋愛は別だから恋人はいるのかもしれないが、私服の露出度からなかなかにお盛んと推測されるブルーノを除けば、ヴィオラ会議のメンバーは魔族社会の基準からすると禁欲的な人ばかりなのだ。

 そういう意味でも、魔族国へ来たばかりの頃に離宮でひっそりと過ごさせてもらえて良かったと今になってしみじみと思っている。

 この異世界のことも魔族社会のことも碌に知らない頃に魔族の標準的な恋愛環境に放り込まれていたら、恋愛意欲の低いわたしはきっと気力を失い、今のように魔族社会の中で生きて行こうなんてとても考えられなかっただろう。


 仲良く一緒にカタログを見ている二人を眺めながらそんなことをぼんやりと考えていたら、リーリャから『作業用手袋』と『武器手入れセット』が見たいとリクエストが入った。

 どちらも冒険者向けのアイテムだと思い込んでいたのだが、作業用手袋は毒や熱を通さないから調理にも使えるかもしれないし、武器の手入れセットで包丁などを手入れするのもアリなのかもしれない。

 奥の倉庫から持ち出した風を装ってアイテムを長方形のお盆に載せて運び、応接セットのテーブルの上に置く。

 うん、品出しがスムーズでスマートになったよ。ラウノの道具屋でお盆を買ってきて正解だったな。



「う~ん、武器の手入れセットは調理器具の手入れにはちょっとごつ過ぎるわね。こっちはやめておくけど、作業用手袋は丈夫そうだから買っていくわ」


「ありがとう。作業用手袋って採集や薬の調合に使うって聞いてたから、料理人のリーリャさんが使うとは予想外でした」


「トゲや毒のある食材を扱っても平気な上に、手にはめたままでも細かい作業ができるし、熱を通さないからオーブンをよく使う魔族料理にはちょうど良いのよ」


「へえ~っ、良いことを聞いたなぁ。わたしも今度使ってみよう!」


「うふふ、意外と便利だからお勧めよ」



 それから、ノイマンは腹痛や下痢止めに効く『モーゴンの実』という素材を多めに買って行った。

 部族や種族によって体質的に合わない食材があり、それが入っていると知らずに注文した客が食あたりを起こすことがたまにあるそうで、飲食店では解毒剤や特殊回復薬、またはこのモーゴンの実を常備するよう商業ギルドから義務付けられているのだそうだ。



「へええ~っ、知りませんでした! じゃあ、何にあたるか知らない素人が手料理を誰かに振る舞うのって気軽にやっちゃダメなんでしょうか」


「いや、別にかまわんぞ?」


「食あたりしたら薬を飲めばいいだけだろ?」



 料理の腕を磨いていけば、いずれ誰かを招いて食事を振る舞うこともあるかと考えていたので、わたしには無理かもと一瞬がっかりしたが、すぐにノイマンとミルドに否定された。

 そういえば、病気や怪我は回復魔術や薬で治すだけだから魔族にとっては大したことないんだっけ。

 なので、客が食あたりを起こしたら薬や素材を与えるだけで良いらしく、商業ギルドから特に咎められることもないそうだ。


 この3人にも何か合わない食材があるのかと思って尋ねてみたら、魔人族には合わない食材はないとノイマンは答えた。

 強く影響を受けるエレメンタルを持たないという魔人族の特性が影響しているんだろうか。

 兎系獣人族のリーリャも肉類が多少苦手なくらいで、特に合わない食材はないらしい。合わない食材があったら料理人は大変だろうから良かったね。

 一方、リーリャと同じ獣人族でも豹系のミルドはタマネギを食べると具合が悪くなるらしい。

 タマネギは猫科の動物だけでなく兎も駄目だったような気がするけど……。獣人族と動物は別の生き物だし、地球の基準で考えても意味はないか。


 帰りがけに今度二人の馴れ初めを聞かせてくださいねと言ったら、恋愛する気になったのかとノイマンに聞かれたので、そこはキッパリと否定しておいた。



「魔族をより深く理解するためにも、魔族の恋愛事情についてもっと知った方が良いと思ったんです。自分が関わる気はないんですけど、魔族の恋愛から部族や種族を超えた相互理解の一端が見えるんじゃないかなって」


「なるほどなぁ。ただ、俺らの話はあまり参考にならんかもしれんぞ。何せ、俺がリーリャに一目惚れして一方的に押しまくっただけだからな」



 ノイマンはそう言って後頭部をガシガシ掻きながら高らかに笑っているが、リーリャは肩をすくめて苦笑していた。

 うう~ん、これはかなりの猛プッシュを受けたんだろうなぁ……。

 それはともかく、魔族社会を知るリアル教材として恋バナを聞かせてもらえることになった。

 貴重な休日を潰すのは申し訳ないので、食堂の仕込み時間を利用してリーリャが調理する傍らで話を聞かせてもらえるようお願いする。

 プロの料理人が調理しているところをじっくり見れるし、一挙両得だ。


 食堂の開店前に早めの昼食を済ませる彼らは足早に帰っていった。

 今日の食堂のメニューはあらかじめ仕込みを済ませておけば良いものにしたらしく、尚且つ昨夜のうちに仕込みを済ませておいたので、今日は簡単な処理だけで良いのだとか。

 しかも、その処理も今頃エルサが一人で頑張っているらしい。

 わざわざそうやって時間を作って来てくれたんだなぁ。本当にありがたいよ。



 午前中にはオーグレーン屋敷の黒竜の執事も来てくれた。

 オーグレーン商会は魔族国の物流を担う総合商社らしいので、雑貨屋の商品にはあまり関心がないかと思っていたが、竜人族だからか毛織物(ウール)の装備品をじっくりと見ている。

 あとはやはり人族の『蜂蜜酒(ミード)』に関心があるようで、30本と大量に買うと言うから、味は普通なのであまり期待しないようにと伝えておいた。

 早く普通の味のミードだと噂が広まってくれないものか。


 昼休みを挟んで、午後には商業ギルド長が顔を出してくれた。

 落ち着いた店の内装や、展示商品は少ないもののカタログで商品が一覧できるようにしてあることを褒めてもらえて地味に嬉しい。

 初日に来ていなかった近所の店の人たちも来てくれて、更に3時半頃にはマッツとロヴネルが連れ立ってやって来た。

 彼らの店は3時閉店だから、店を閉めてから来てくれたんだろう。

 この二人もミードと薬と素材を買った。冒険者以外の魔族の需要はやはりこのあたりか。

 ドローテアに言ったとおり薬や素材の取り扱いを増やすためにも、いずれは薬学も学びたいとレイグラーフに伝えておかなくちゃ。



「なあ、スミレちゃん。開店して落ち着いたらまた朝食を食べに来るんじゃろ? いつ頃になりそうなんじゃ?」


「開店までの時間に余裕があることが確認できたので、明日からまたお世話になるつもりですよ」


「おお、そうか! 良かったなマッツ」


「そうじゃなロヴネル! いやいや、これでひと安心じゃわい」



 良かったとかひと安心とか、一体何のことだろうと思ったら、実はわたしが食べているものと同じものを食べたがるお客さんが結構いて、わたしの注文が午前中の売れ筋の目安になっていたのだという。

 それで、わたしがいなかったこの2日間はどのメニューが売れるか予測がつかないわ、何にするか注文を迷う客が増えてカウンターが混むわと、結構混乱を来したらしい。

 いや、わたしにそんなこと言われたって困るんですけども。

 傍で話を聞いていたミルドが大笑いしている。



「わかるぜ、それ。オレもスミレがうまそうに食ってるのを見て、つい同じものが食いたくなって注文したことあるからなー」


「そうだろ? 最初はチラチラ見てるだけだったんだが、そのうち“あの元人族の子が食べてるのは何だ?”ってコソコソと聞いてくるやつが出てきて、今じゃもう自分でメニューを考えないやつもいるんだぜ?」


「うちもじゃよ。“スミレと同じパンで”と注文するやつがおる」


「ああ、うちも“スミレと同じスープ”で済ませるやつが出てきた。そのうちスミレスープとか略してくるかもしれん」


「かもしれんなあ」


「待ってくださいよ、何ですかそれ!? ちょっとミルド、笑いすぎ!!」



 爆笑するミルドにわたしが文句を言っているところへ、ラウノがやって来た。

 どうやら早めに道具屋を閉めて来てくれたようで、そのラウノが同じ魔人族のロヴネルからわたしと同じものを注文する客の話を聞いて面白がっている。



「へえ~、俺もそのうち行ってみるか」


「もう! ラウノさんまで人のことをからかって~」


「いや、俺は単純にスミレの選ぶメニューに興味がある。それだけ他の連中が食べたくなるような何かがあるんだろ? 料理好きとしては見過ごせないね」



 更にそこへ巡回班のディンケラが今日の見回りにやって来て、何か気配でも察知したのか4人から巧みに話を聞き出して、面白い話を聞いた、班長に報告しようと言ってすごい速さで帰っていった。やめて。




 夜、明日の講義についてレイグラーフに伝言を送った時にこの件を話して愚痴をこぼしたら、レイグラーフは違う見方を示してくれた。



《私は今の話を聞いて、スミレが城下町の人々の中に溶け込み始めたのだと嬉しく思いましたよ。あなたが朝その店にいるのが当たり前になった魔族がそれだけ増えたということなのですから》



 そうなのかなぁ。


 ……そうだといいな。

読んでいただきありがとうございます。ブックマークや評価もすごく励みになってます!

※ストーリーには影響ないのですが、今回登場した素材と108話『雑貨屋開店!(前編)』で登場した素材を差し替えました。IN:腹痛・下痢止め OUT:咳止め

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