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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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111話 【閑話】第三回ヴィオラ会議

 スミレの雑貨屋が開店したその日の夜、魔王の執務室の奥にある会議テーブルにヴィオラ会議のメンバーが集まっていた。

 夕食と食後のお茶が終わり、そろそろ酒の出番となる頃合いだ。

 食事中にレイグラーフから報告された情報を踏まえて質問内容を決め、スミレが食堂から帰宅する時間を見計らって次々に伝言を飛ばす。

 そして、キャビネットから取り出したグラスを配り、ブルーノが持参したネトゲアイテムの『ウイスキー』を注ぎつつ、戻って来た風の精霊たちからスミレの伝言を皆で聞いた。



「あいつ、この伝言を俺たちが揃って聞いているとは思わないだろうなぁ」


「あはっ、そうだね。まあ、プライベートな話でなければ全員集まって一度に聞くのもいいんじゃない? 質問の重複もないし報告の手間が省ける」


「情報の共有にはうってつけですねぇ。それにしても、スミレさんの声が元気そうで良かった」


「無事にスタートを切ったようだ。まずはめでたい。皆もこれまでご苦労だった」



 誰からともなくグラスを掲げる。

 一区切りついた、ひとまず安心したというのがメンバー全員の思いだろう。

 スミレがこの異世界へ召喚され魔族国へ逃げてきてから約5か月。その間に起きた様々な出来事に想いを馳せつつ、それぞれのグラスを傾ける。

 中でも、教え子の開店に立ち会えたレイグラーフがかなり満足げなのは、今日は予想外に多くの収穫が得られたからだ。



「強引に予定を空けて出掛けてきましたが、スミレの城下町の知人と交流を持てたのは幸いでした。特にミルドとソルヴェイの二人は雑貨屋の経営上今後も関係が続きそうですから」


「レイの報告を聞く限り、冒険者ギルドは高級ピックを相当重要視しているようですねぇ。ギルド長自ら庇護を表明してくれるのはありがたいですよ」


「結構きつい女だぞ? 能力の高さは認めるが俺は苦手だな」



 ソルヴェイと面識があるブルーノは若干げんなりした顔でそう言った。

 ブルーノもソルヴェイも部族内の役職には就いていないが、魔族軍将軍に冒険者ギルド長という魔族国の組織のトップに就いているため、獣人族の重要な会議には出席していて、たいてい隣同士の席になるのだ。

 魔族軍という集団を率いるブルーノと冒険者という個を束ねるソルヴェイでは価値観や考え方がだいぶ違うため、たいていの場合意見を異にするらしい。

 どちらも獲物を見るような鋭い目つきをするし凄味のあるところはよく似ているのにそりが合わないのかとレイグラーフは意外に思ったが、ブルーノが嫌がりそうなので口には出さずにおいた。



「確かに私も最初は苦手なタイプだと思いましたが、女性性を前面に押し出さないからか、途中からはかなり気楽に話せるようになりました」


「レイの場合は学術面で話が合ったのが大きいのでは? 食事中の報告は半分以上その話だったじゃないですか」



 クランツに突っ込まれてレイグラーフは一瞬押し黙ったが、実際ソルヴェイとの学術的な話は本当に楽しかったので否定はできない。



「それはそうですが、恋愛関係の諸々が苦手な私にとってはスミレやソルヴェイのように恋愛を意識せずに付き合える異性というのはとても貴重なのです。そういう点でミルドと意見が合ったのは喜ばしい発見でした。沈黙の魔術を使って話した時に彼がスミレと友人になった理由についてそう語っていたのです」


「女性関係が派手だと聞いていたので心配していましたが、女性に対して警戒心が強いというのは意外でした。レイの報告だけなら冒険談議が盛り上がったせいで評価が甘くなったのでは?と疑うところですが、ファンヌもそう評しているなら問題ないのでしょう」



 スミレが城下町での相談相手として重用しているミルドへの警戒が解けたことはヴィオラ会議にとってとても大きい。

 あとは細工師のシェスティンの為人が確認できればより安心できるのだが、ヴィオラ会議のメンバーが三番街に住む職人の彼と面識を持つ機会はそうそう訪れないだろう。

 カシュパルの調査でもスミレの言うとおり女性的な口調や振る舞いをする人物だと判明してはいるものの、スミレが異性として意識していないところが逆に危ういのではとヴィオラ会議では案じている。



「ところで、そのファンヌから帰りの馬車の中で聞いたのですが……。誰か、あの家でスミレが精霊と接しているところを見たことがある人はいますか?」


「メッセージの魔術を使う時の風の精霊なら見たことあるけど、それ以外でってこと? なら、あの家へ一番出掛けてるクランツはどう?」


「見ていませんね。護身術の訓練に精霊は関係ないし、簡単な生活魔術程度で精霊を呼び出す必要はないとレイから学んでいる。レイの魔術の訓練が終了してからはメッセージの魔術以外で精霊を呼び出す機会はないのでは?」


「そう思いますよね。ですがファンヌの話によると、スミレは自宅では精霊たちと一緒に食事をしているのだそうです。何でも、精霊たちと一緒に食事するのは行儀が悪いことかどうかと尋ねられたそうで」


「精霊と食事?」


「何でまたそんなことを?」



 レイグラーフ以外の面々が首を傾げるなか、ブルーノはふと思い出した。

 スミレに食事を奢ろうと自宅を訪ねた時、家の中を見て回っていたらダイニングテーブルの上に皿が置いてあった。

 これは何だと尋ねたら精霊に与える魔力クリームだと答えが返ってきて、何故わざわざクリーム状にしているのかと尋ねたらその方がおいしそうでしょう?と言われて呆れ返った覚えがある。

 あれは一緒に食事するために置いてあったのか……。


 レイグラーフの話によると、スミレの質問に対してファンヌは不潔でも見苦しくもない魔力クリームを盛った皿をテーブルの上に置いていること自体に問題はないと答えたらしい。

 ただし、スミレのその行為はかなり奇異に映ったので、念のため魔族が精霊と戯れるのは幼児期までで、魔術を学び始めたら精霊とは一線を画すようになることも話したという。

 それに対してスミレは理解を示し、人前では精霊と一緒に食事をしないし誰にも話さないと答えたそうだ。



「う~~ん。多少頭は痛いけど、本人が人前ではしないって言ってるなら問題ないんじゃない?」


「しかし、意味がわかんねぇな。あいつ、何のためにそんなことをしてるんだ?」


「ファンヌもそう思って尋ねたそうです。そうしたらスミレは“皆で食事すると楽しいよね?”と答えたそうで……」



 そういえば、城下町に引っ越して以来スミレはミルドと共に朝食や昼食をとる機会が増え、夕食はたいていノイマンの食堂で店の者たちと賑やかに過ごしているという。

 里帰りではなるべく皆と一緒に食事したいと言い出し、我々と昼食や夕食、お茶などを共にする機会を積極的に増やした。

 誰かと共に過ごす食事は楽しいという理由をそのまま精霊にも適用した、スミレにとっては単にそれだけのことなんだろう。

 実験施設で訓練した時に、スミレがエレメンタルを意識して魔術や魔法を扱っていたことはわかっている。それは精霊を意識することと同義だ。

 精霊に魔力を与える時の楽しそうな様子からも、彼女が精霊に対して親しみを覚えていることは十分に察せられる。


 ただ、スミレの言葉を聞いてファンヌは落ち込んでしまったらしい。

 スミレが離宮に住んでいた頃、スミレがファンヌと一緒に食事をしたいと願ったのをファンヌは給仕があるからと言って断ったそうだ。

 そのことを、離宮にいる間ずっと一人寂しく食事をさせてしまったのかと、帰りの馬車の中でファンヌは悔やんでいたとレイグラーフは言った。



「あ~、皆と食事すると楽しいという理由で精霊を呼び出して一緒に食事していると聞いたら、よっぽど一人が寂しいんだなと思っちゃうか」


「魔族の感覚なら、確かに幼い子供みたいな発想だと思っちまうよなぁ」


「それでまたファンヌはスミレへの庇護欲を掻き立てられてしまったんですか」


「そのようです。まあ、精霊族の私でも精霊と食事をしようとは思い付きもしませんから、彼女が衝撃を受けるのも無理はありませんが」



 レイグラーフはそう言って、同じ魔人族のスティーグにファンヌのフォローを頼んだ後、別件に話を移した。

 ファンヌから聞いた精霊との食事の話は、実はこちらがメインなのだ。



「話は変わりますが、ファンヌから精霊の話を聞いて一つ腑に落ちたことがありました。今まで特に問題性を感じていなかったので報告していませんでしたが、あの家の家全体を管理する魔術具は何故か魔力消費量が非常に少ないのです。不思議に思ってはいたのですが、今回の話を聞いて直接精霊に魔力を供給していたからだろうと思い至りました」


「ほう。どれくらい少ないのだ?」



 突然持ち出された魔術具の話に、魔術具の権威である魔王が即座に反応する。

 レイグラーフがこれまでの訪問で把握している範囲で魔力消費の状況について話すと、魔王は少し眉間にしわを寄せた。



「ふむ。確かにかなり少ないな。私が設置した高性能魔術陣の魔力消費量を考えると、精霊への直接供給分を差し引いても少ない」


「お前、どれだけ魔力消費の高い魔術陣を敷いたんだよ」



 呆れたような視線を寄越すブルーノに、魔王は珍しく傲慢な強者のようにニヤリと笑った。



「もちろん、魔力消費量など度外視して可能な限り防御力を高めたが?」


「マジかよ……。どうせ新しい魔術陣の実験をするのにちょうどいいとでも思ったんだろ。さすがに引くぜ」


「実験施設の訓練で見たスミレの魔術から魔力量と魔力回復速度を推測し、それを基に問題ない範囲に収めてある。現に余裕でもっているだろう? ……しかし妙だな。いくら何でもそこまで魔力消費が少ないはずはないのだが」


「ルードの計算にも合わないのなら、一度きちんと調査して原因を究明した方が良いのではないですか? 家全体を管理する魔術具を更新したのは私ですから、私も協力しますよ」



 ぐいと身を乗り出すレイグラーフに魔王は苦笑したが、カシュパルとスティーグに視線を送り、彼らに発言を促す。



「それがさ、今ルードがスミレの店を訪ねるのはちょっと具合が悪いというか」


「実は、精霊族の部族長からスミレの雑貨屋が開店したら店に行ってもかまわないかと問い合わせが来ているんですよ。レイは部族長から話を聞いていませんか?」


「ええっ、初耳です」



 精霊族の部族長が聖女の役割を拒否しているスミレに対して不満を持っているという話は以前レイグラーフから報告があった。

 自分たちがスミレに対して甘すぎる、たぶらかされていると部族長に思われていることも。



「それで、何と答えたのですか?」


「一魔族として店を訪れるのは自由だから止めはせぬ。ただし同行者はなし、一人で行くこと。また、部族長として公式に訪問する場合は私も同行するため事前申請を求める。次の部族長会議で通達する予定だ」


「ご老体に同行者なしは厳しいけど人数で圧力かけられても困るからね。で、そういう方向で調整している手前、ルードの訪問はしばらく見合わせたいんだよ」


「問い合わせがプレオープンの直後で良かったですよねぇ」



 敷設型の魔術具と魔術陣の調査は現地に行かなくてはどうにもならない。

 妙なだけで問題があるわけでもないので、当面は経過観察に留め折を見て調査することとし、その日のヴィオラ会議はお開きとなったのだった。

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