110話 雑貨屋開店!(後編)
誤字報告ありがとうございます。
昼休みが終わり午後の営業を再開してしばらくすると、近所の店の人たちがポツポツと訪れ始めた。
どうやら開店日の午前中は混むだろうと回避してくれたようだ。
気遣いに感謝しつつカタログを見せ、聞かれたら商品の説明をする。
アウトドアに縁がない一般的な魔族である彼らが関心を寄せたのは、やはり薬と素材、そして酒類だった。
彼らが試し買いと称して回復薬と状態異常を解消する特殊回復薬を購入していくのは、人族の薬がどの程度信用できるのかわからないからだろう。
ちょうど性能テストをしたミルドがいたので彼の口から直接評価を伝えてもらったところ、可もなく不可もなくごく標準的な効能だという回答に相手は肩透かしを食らったような顔をしていて、ミルドには悪いけれど思わず笑ってしまった。
「ここんちの商品はすげー丈夫。それ以外の要素はごくフツー。特筆するようなことはなくて標準的」
ミルドの評価は端的でわかりやすい。
こういった性能テストの結果や商品ごとの所感などをまとめてもらって、詳しく知りたい人がいつでも読めるようにしたいなぁ。
今月いっぱいはわたしの依頼を優先してくれるみたいだから、ノートに書いてくれるよう頼んでみたら、まとめるのは苦手だ、字が下手だと嫌がられた。
わたしがミルドの話をまとめることも考えたが、ミルド本人の言葉の方がリアリティがあって説得力は段違いだと思う。
そう言って一生懸命説得し、最終的には“品質保証は依頼の内。他者に提示できるようノートに記述して提出してください”と言って押し切った。
ふはは。依頼主は強いのだ。
そんな風に近所の店の人たちがやって来る合間を縫って、ミルドからドローテアのお茶会での詳細を聞かせてもらった。
だって気になるじゃない、口論ばかりしていたレイグラーフと冒険者ギルド長の仲がいきなり良好になるなんて。
一体何がどうしてああなったの?
「そー思うよなあ。本式の紅茶に釣られて着いてったけど、正直面倒なことに巻き込まれたな、失敗したって思ってた。でも、最初にあのばーさんがギルド長の冒険遍歴について話題を振って、それが結構面白かったんだよ。何せ元Sランクだから中身が濃いっつーかいろいろとガチですげーのな。んで、それにお前のせんせーがものすごい勢いで食いついて」
ああ……、わかる。
好奇心旺盛なレイグラーフが目をキラキラさせながら前のめりになっている様子が目に浮かぶよ。
「ギルド長はトレジャーハントがメインだから当然財宝に詳しくて、せんせーも研究院長やってるくらいだから博学でそっち方面もよく知ってんだよな。そんで、いろいろ話してるうちに、古代にあったってゆー伝説の空中庭園の財宝?かなんかの話ですっげー盛り上がり出してさ」
古代の伝説の空中庭園か。ファンタジーの世界では時々見かけるやつだ。ビジュアル的にもロマンがあるよなぁ。
遺跡や古い文献などに伝承が残っていて、そこには素晴らしい知識や技術や財宝が残されているのではないかと研究者や冒険者が探し求めているらしい。
もちろんギルド長もその一人で、伝説の空中庭園を求めてこの世界の空をくまなく飛び回ったが、残念ながら空中庭園らしきものは見つけられなかったという。
ギルド長、空を探し尽くしたのか……すごいな。
だけど、ここがネトゲ世界だと考えると、情報はあるのに実物が見つけられないというのは、もしかすると伝説の空中庭園は拡張パックやダウンロードコンテンツなどの追加要素なんじゃないだろうか。
わたしがネトゲをやっていた頃に大型拡張パックがリリースされたことがあったが、その時新たに追加されたものは複数のエリアや大量のクエスト群にアイテム、新規のNPCや敵モンスターなど、実に多岐に渡った。
時期が来たらリリースする予定で、舞台となる世界にあらかじめほんの少しだけ情報が散りばめられているとか……なんて、さすがに考えすぎかな。
「学術用語は飛び交うし、専門的な話すぎてにオレは半分くらい着いてけなかったんだけど、お前のせんせーは広い分野の知識で語ってギルド長は豊富な現場の経験で語るって感じで、聞いてるだけでもすげー面白かった」
ミルドが本当に楽しそうに話すので、何だかすごくうらやましくなってきた。
講義があるのでレイグラーフの話はそれなりに聞く機会はあるけれど、ギルド長の冒険談なんてぜひとも聞いてみたいし、研究院長と元Sランク冒険者の対談なんて超レアなんじゃないだろうか。
いいなぁ、わたしも聞きたかったよ……。
冒険者のミルドが楽しめるのはわかるがドローテアはどうだったんだろうと思ったら、にこやかに相槌を打ちながら聞いていたらしい。
ドローテアは聞き上手だし、人の気を逸らさずにうまく話を引き出すからなぁ。
レイグラーフとギルド長の熱量が合わさったらものすごく大変なことになりそうなのに、如才なく捌いたなんて本当にすごい。
「いやー、ばーさんち着いてって良かったわ。勉強んなったし、やっぱ冒険者にも学識とか知見が必要だなーと思った。単にダンジョン攻略してお宝ゲットするだけじゃなくて、背景とか知ってっと楽しいしさ。あー、オレも中等課程行くかなー。迷うな~」
頭の後ろで両手を組んでソファーにもたれたミルドがうっとりした表情で呟いている。
中等課程というのは魔族の学校にある課程の一つだ。
城や研究院、魔族軍といった公職に就くには最低限初等課程を修了することが必要で、より専門性の高い職に就くなら中等課程を、研究院に入りたい者は高等課程を修めなければならないそうだ。
以前レイグラーフの講義で魔族の学校について教わった時に、魔王とレイグラーフは高等課程を、ブルーノとクランツは中等課程の軍人コースを、カシュパルとスティーグは中等課程の文官コースを出ていると聞いた覚えがある。
ギルド長は中等課程の軍人・文官の両コースの中からいくつかの科目を修めたそうで、コースの修了を目指さなくとも大学の科目等履修生のような修得の仕方もあるようだ。
ネトゲの冒険スキルにありそうな考古学や美術、財宝鑑定などを学んだのかな。
軍事スキルなら行軍や応急処置とかもありそうだ。
それにしても、これだけ饒舌なミルドも珍しい。
本当に冒険が好きなんだね。
4時を過ぎた頃になってエルサが来店した。
ノイマンの食堂はまだ忙しい時間帯ではないとは言え営業中だろうに、わざわざ来てくれたのか。ありがたい。
「ねえ、スミレ。今夜もうちの食堂に食べに来る?」
「もちろんそのつもりだけど、どうかしたの?」
「んふふ~。店長に人族の『蜂蜜酒』の話をしたらね、スミレが来るなら開店を祝してそのミードで乾杯しようって言い出したの! 明日ここに来るつもりだったのにそれまで待てないみたい」
「あの店、持ち込み禁止でしょ? いいの?」
「新商品を試すってことにしとけばいいじゃない。店長がいいって言ってるんだからかまわないわよ。人数分買って帰るけどミルドはどうする? あんたも来る?」
「今日は予定ないから付き合う。ミードはオレらが持ってってやるから、さっさと店へ戻れよ。持ったままじゃ走りづらいだろ?」
「う~ん、助かるけどあんた一人で荷物持ったらダメよ? スミレが誤解されちゃうから」
実はこの荷物持ちの件、プレオープン前にシェスティン工房からカタログ1セットと看板、名刺、ドア札を受け取って帰る時に初めて知ったのだが、男女で歩いている時に男の方だけが荷物を持っていると“女の荷物を持ってやっている”と認識され、カップルと見なされてしまうことがあるらしいのだ。
それを逆手に取り、自分だけが荷物を持つことで周囲を誤解させて外堀を埋めようとする男もいるそうで、それを防止するためにも魔族女性は外出時にバッグを持ち歩くことが推奨されているという。
……正直、その話を聞いた時は面倒臭くてかなりうんざりしたけれど、うっかり魔族の恋愛事情に巻き込まれたらかなわないので、自衛のためにもしっかり守るつもりでいる。
「ちゃんとスミレにも持たせるから、心配すんなって」
「ありがと! じゃ、頼んだわね。また後でー!!」
そう言って、エルサは支払いだけ済ませると慌ただしく食堂に戻っていった。
エルサはいつも元気いっぱいだ。
可愛いヤルシュカを翻して走っていく後姿を店の窓から見送りながら、日が傾いてきていることに気付いた。
もうすぐ閉店時刻か。開店初日は何とか無事に乗り切れそうだ。
閉店の10分くらい前には巡回班のディンケラが店を覗きにきて、今日一日何もなかったかと確認していった。
安全確認のために来てくれたんだろう。警察官立ち寄り場所に指定されているコンビニみたいだ。
ありがたいことだと思い、巡回班の皆によろしく伝えてくれるよう頼んだ。
おそらくオルジフからブルーノに報告が上がるだろうけれど、後でわたしからも直接報告しておこう。
5時になり、“営業中”のドア札を回収して店を閉めると、安心したのかドッと疲れが押し寄せてきた。
「ハァ~、終わった……。無事に初日が終わったよぉ~」
「お疲れさん」
「ミルドも1日付き合ってくれてありがと。心強かったよ」
「昼前半分くらいいなかったけどな。さあ、飯いこーぜ」
ノイマンの食堂に行ったら奥のテーブルへ案内され、注文のあと料理が出て来るまでの間にうちのミードで乾杯をした。
料理人のリーリャも厨房から顔を覗かせて瓶を掲げている。
瓶を配る時にわたしもミルドもあまり期待するな、普通の味だと言ったけれど、ノイマンは興味津々な様子でミードの瓶を傾け、拍子抜けしたような顔で飲み終えていた。
だから言ったのに……。人族のミードに期待しすぎだよ。
夕食を終えて家に帰ったら、店の床の汚れが気になった。
開店して客の出入りが増えたら今まで以上に汚れるのは当然だな。
今まで一斉クリーンや魔力の補充は朝にすることが多かったが、汚れを翌朝まで放置するのも嫌だから閉店後にしようか。
いや、一斉クリーンは家中なんだからお風呂を済ませてからの方が効率的だ。
今後は朝に時間的余裕があるかどうかわからないし、魔力の補充もお風呂上りに一緒に済ませておく方が良い気がする。
とりあえず店内だけ軽くウォッシュしてからお風呂へ向かったら、ヴィオラ会議のメンバーから続々と伝言が届いた。
ああ、食堂から戻って来る時間帯を狙って送ってきてくれているんだな。
一度に6人を相手にしたため風の精霊たちを待たせることになり焦ったが、湯船にお湯を貯めながら一人ずつ個別にせっせと伝言を返した。
重複する問いはなかったし、スムーズに報告できたような気がする。
ヴィオラ会議のメンバーとの伝言が終わったら、今度はファンヌと伝言を交わしながらゆっくりと湯舟に浸かった。
わたしが時々手のひらに乗せた泡を吹き飛ばすと、精霊たちが一斉に泡へ向かって飛んでいき、泡に乗って漂ったり泡の中にもぐり込んだりして遊んでいる。
ふう、癒されるなぁ~。
お風呂を上り、一斉クリーンと魔力の補充を済ませると、居間でオーグレーン屋敷の庭の池を眺めながらワインを一杯飲んだ。
スミレの雑貨屋の1日の終わりを噛みしめる。
これが営業日のわたしの1日になるんだな。
充実感を胸に、わたしはもう一杯だけワインを注ぐ。
明日も仕事だ。頑張ろう。
ついに“スミレの雑貨屋”が開店しました! 今後ますます城下町や魔族の話が増えていきますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回は通常どおり木曜日の投稿で、久しぶりの【閑話】回の予定です。




