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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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109話 雑貨屋開店!(中編)

開店を祝して本日は3話投稿します。既に1話投稿していますので、未読の方は前編からお読みください。

後編は17時投稿です。チェックよろしくお願いします!

 買い物が終わるとドローテアは、お試しレンタルをしようか迷っているギルド長と、ソファーで聞き取り中のレイグラーフとミルドに声を掛けた。



「皆さん、この後お時間があるなら隣のわたしの家にお茶を飲みにいらっしゃらない? スミレの提案で軽食に力を入れた本式の紅茶のメニューを考えているのだけれど、この歳になると一人でいくつも食べるのは骨が折れるのよ。試食を手伝ってくださると嬉しいわ」



 にこやかなドローテアの言葉に、三人は一瞬きょとんとした顔を見合わせる。

 が、すぐに三人とも同じところに反応した。



「本式の紅茶?」


「ええ、そうなの。わたし、お茶会が大好きで。ねえ、スミレも何回か来てくれたわよね?」


「はい! ドローテアさんのお茶会はすごいんですよ。毎回本式の紅茶で、お茶もお菓子もおいしいし、軽食ってこの間のサンドイッチのことですよね?」


「ええ、そうよ」


「お茶会にサンドイッチ、ですか」


「へえ、変わってるね」


「あー、でもオレは菓子ばっかよりはそっちのが嬉しーかも」


「ええ、ええ。そういう若い殿方の感想もぜひ聞かせてちょうだい。ささ、皆さんこちらですよ。じゃあ、またねスミレ。今度またファンヌも一緒にお茶しましょうね」



 そう言って手を振りながら、ドローテアは戸惑う三人を引き連れて自宅へと帰っていった。


 ファンヌを誘った時も二つ返事だったけど、“本式の紅茶”の魔族を惹きつける力がすごい。

 いや、すごいのはドローテアか。

 御年900歳の白竜のおばあ様、本当にお強いわ……。

 というか、あの面子でお茶会なんて大丈夫なんだろうか。

 レイグラーフとギルド長がまた言い争いを始めなきゃいいけど……。



 三人が去ったら、店内がいきなり静かになった。

 トルソーにかけた毛織物(ウール)のマントのディスプレイを直したり、カタログを片付けたりしながらわたしはふうと息を吐く。

 初めて来店する人が複数いると、それぞれに商品説明をしなくてはいけなくなるから大忙しになるなぁ。

 さっきは親しい人たちばかりだったので、わたしもつい積極的に動いていたから余計にそうなったのかもしれないけれど。


 カウンターの中に置いてあるスツールに腰掛けて少し休憩していると、店の前に馬車が止まった。

 降り立ったのはファンヌだ。ファンヌが来てくれた!

 カランカランとドアベルを鳴らしながら店に入ってきたファンヌを、わたしは両手を挙げ満面の笑みで迎え入れる。



「いらっしゃい、ファンヌ! 来てくれて嬉しいよぉ~ッ!」


「うふふ。開店おめでとう、スミレ。どう? お客さんは来てる?」


「んー、今のところ知り合いばっかりだけど、四人来てくれたよ。レイ先生もいたんだけど……全員、今お隣でお茶してる」


「ドローテアさんのところで? 初対面なのに大胆ねぇ」



 ファンヌは驚いた顔をしていたが、うん、わたしも驚いたよ。

 今日も本式の紅茶らしいからファンヌも参加してくる?と聞いたら、またの機会にすると言ってわたしの頬を指でツンと突いた。

 今日の本命は雑貨屋の開店祝いだからというファンヌの言葉に、嬉しくて、ついにやけてしまう。

 もし忙しくて昼食をとる時間もないようだったら店番を変わるつもりで来てくれたそうで、その心配がないなら一緒に食べようと昼食も持参しているという。

 うう、相変わらずファンヌの気配りと手配りがすごい。

 出来る女はかっこいいなぁ……。


 まだ昼の休憩には時間があったので、ファンヌに店内を好きなように見てもらっている。

 ファンヌの様子を観察することで、初見のお客さんが店内のどこをどんな風に見ていくのかという一例を俯瞰することができた。

 地味だが貴重な情報を得られたので非常にありがたい。


 ファンヌはエルサほどオシャレに強い関心があるわけではないけれど、それでもやはり毛織物の装備品には関心を示した。

 ヴィオラ会議のメンバーが初めてプライベート購入をした時もスティーグがマントを買っていたし、そんなに気になるアイテムなんだろうか。

 領地内に寒冷地がある竜人族のドローテアですらそこにはほとんど行ったことがないようだった。

 冒険者でもなければ他の部族が足を運ぶことなんてなさそうなのに、防寒具の使い道はあるんだろうか。謎だ。




 そうこうしている間に12時になった。さあ、昼休みだ!

 わたしはいそいそと“準備中”の札をドアの外に掛けると、ファンヌが昼食の準備をしているキッチンに足を向けた瞬間、ハタと気付いた。

 うわ! 精霊たちのお皿がダイニングテーブルに出しっぱなしだ!!

 だらしないってファンヌに叱られる!と一瞬焦ったが、毎回来客の度に精霊たちの皿のことで焦るのも嫌だなと思った。

 まずは、精霊たちと一緒に食事するのは行儀が悪いことかどうか聞いてみよう。



「は? 精霊と食事? ……精霊に魔力をあげることは良いことだし、魔力のあげ方は人それぞれだから一緒の皿で食べるのでないなら別にかまわないと思うわ」


「じゃあ、精霊たちが好きな時に魔力クリームを食べれるようにいつもテーブルの上にお皿を出しっぱなしにしてるんだけど、それも問題ない?」


「この魔力クリームはキラキラしていてきれいだし、不潔じゃなく見苦しくもないならテーブルの上に置いてあっても特に問題はないと思うけれど……。そもそも、スミレは何故精霊と一緒に食事をしているの?」


「えっと、皆で食事すると楽しいよね?」


「………………」



 ファンヌの表情を見るに、ひどく驚かれたというか、若干引かれたっぽい。

 何でも、魔族が精霊と戯れるのはまだ魔力のことが何もわかっていない幼児の頃までで、魔術について学び始めたら精霊とは一線を画すようになるらしい。


 精霊たちと一緒に楽しく食事しているというだけでこの反応ということは、朝起きて窓を開けた時に精霊たちが外気に乗って漂う遊びや、一緒に調理して火加減を任せたりお風呂で泡の飛ばしっこをしたり、裏庭で一緒に日向ぼっこしたりというわたしの行動は、魔族にはかなりのレベルで幼稚に見られるんだろうな……。

 さすがにファンヌにもドン引きされそうだ。

 事実、人前では精霊と一緒に食事しないし誰かに話すのもやめておくと言ったらファンヌはホッとしたようだった。


 仕方がない。いちいち驚かれたり説明したりするのは面倒だから、今後この家で誰かと食事する時は精霊たちには姿を消してもらおう。

 だが、それ以外は今までどおり彼らと楽しく食事する。

 一人の時にTシャツとショートパンツ姿で寛ぐのと同じように、魔族の価値観がどうだろうとこの家の中ではわたしの好きなように過ごせばいい。

 これまでどおりに精霊たちと仲良く暮らしていく。

 彼らとの付き合い方を変える気はない。

 不本意だけど、皿に魔力クリームを盛って精霊に与えているだけという顔をしている分には問題ないそうだから、人に皿を見られても大丈夫だとわかっただけでも良しとしよう。



 魔族社会に合わせるための判断は少しほろ苦かったが、わたしの中ではすんなりと折り合いがついたのでさっさと気持ちを切り替える。

 せっかくファンヌが来てくれたんだから、おいしく昼ご飯を食べないとね!


 昼食を終えてファンヌが淹れてくれたお茶をゆっくり味わったら、ちょうど昼休みが終わる時間になった。

 ドア札を“営業中”に戻して店に引っ込もうとしたら、ミルドが隣の家から出てきてこちらへ向かって来るのが見えたので驚いた。



「この時間までお茶してたの!? がっつりお茶会したんだね。本式の紅茶はどうだった?」


「すげー良かった。オレ、本式の紅茶なんて思い出せねーくらい昔に飲んだっきりなんだよ。お茶会メニューにサンドイッチってのも悪くねーな。菓子もうまかったし、たらふく食ってきたぜ」



 そう言いながら店に入って来たミルドがソファーに腰掛けているファンヌに気付いた。

 わたしは二人の友人をそれぞれに紹介する。



「あ、こちらはファンヌ。離宮で侍女をやってるわたしの友達で、いつもお世話になってるの。ファンヌ、こちらはミルド。話したことあると思うけど、引っ越してからずっとお世話になってる冒険者。この前友達になったんだ」


「まあ、そうなの。……よろしく」


「どーも」



 紹介したものの、会話は途切れて店内がシーンとなった。


 あれ? 二人とも人見知りじゃなかったよね? 何でこんなにそっけないの?

 ……もしかして一目見て気に入らないくらいに相性が悪いとか?

 え、どうしよう。友達同士が仲悪いのって気まずいよ。紹介しない方が良かったのかな……。


 エルサを紹介した時とは明らかに違う状況に焦っていると、ミルドとファンヌが苦笑した。



「何焦ってんのかだいたいわかるけど、考えすぎだっつーの」


「フフッ。あのねスミレ、初対面の魔族はだいたいこんなものよ」


「え、そうなの? 仲悪いとかじゃなくて?」


「ちげーよ。オレ、相手が美人だとつい警戒しちまうんだ。わりーな」


「いえ、わたしも同じよ。でも却って安心したわ。スミレのこと、お願いね」


「ん。任された」



 冷戦が勃発したかと思ったら即和解していた。

 何だかよくわからないけれど、無事解決ということでいいんだろうか。

 それよりも、職場や住む場所が近いなど今後確実に付き合いがあると確定しているのでなければ、魔族の初対面の挨拶はこんな感じでいいらしい。

 これが魔族の普通なら、確かにわたしが巡回班との初対面時にした挨拶は親しさが過剰だったと今更ながらに実感する。


 わたしが一人納得したところへ、今度はレイグラーフと冒険者ギルド長の二人が店へ入ってきた。

 お茶会で少しは仲違いが緩和されたんだろうか、両者の雰囲気が柔らかい。



「スミレ、さっき話した代理販売追加の手続きだが、いつ来れる?」


「次の定休日が明後日の星の日なんですけど、離宮に行く予定があるんです」


「次回は私の講義だけですから……じゃあ午後3時にしましょう。それなら時間は十分取れるでしょう? 午前中に冒険者ギルドへ行ってらっしゃい」


「悪いな、レイ。助かるよ」


「気にしないでください、ソルヴェイ。スミレにとっても良い話ですから」


「んじゃスミレ、頼んだぜ。レイ、またな。今度あたしの自慢のお宝見せてやるから、楽しみにしてろよ」


「ええ、それまでに私の方も文献を揃えておきますよ。都合がついたらすぐ連絡してくださいね。楽しみに待ってますから」


「おう、じゃあな!」



 え、あのギルド長が、悪いなって。しかも愛称で呼んでる!?

 何でかわからないけど、こっちも冷戦が完全に終結して和解してるよ!!

 というか随分と仲が良いようで……。

 あんなに女性を苦手にしていたレイグラーフなのに、一体何があったんだ。


 驚きのあまりわたしが呆然としていると、レイグラーフがファンヌに用事が済んでいるなら一緒に馬車に乗って帰らないかと声を掛けている。



「助かるわ、レイ。便乗させてもらうわね。それじゃわたし帰るから。スミレまたね、頑張るのよ」


「それではスミレ、私も帰ります。体に気を付けて頑張るのですよ。ミルド、よろしく頼みますね」


「おう。またな、せんせー」



 手を振りながら迎えの馬車に乗り、二人は慌ただしく帰っていった。

 まるで嵐でも通り過ぎたかのような感覚で、わけがわからない。


 わたしは緩く手を振りながら、呆然としたまま馬車を見送った。

後編は夕方17時に投稿します。楽しんでいただけたら幸いです。

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