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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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108話 雑貨屋開店!(前編)

雑貨屋開店を祝して本日は3話投稿します!

12時に中編、17時に後編を投稿しますので、ぜひチェックしてください!

 目覚ましが鳴る前に目が覚めた。

 バーチャルなウィンドウを開いてステータス画面を確認する。何も変化はなく、職業欄も聖女のままだ。

 ベッドの上でもぞもぞとストレッチを始める。

 今日開店するとはいえ魔術的に何か変化したわけではないのだし、むしろデモンリンガに雑貨屋と書き加えられた商業ギルド登録時に変化しなかったものが今更変わるわけもないのだから当然だが、少しだけ落胆した。

 でも、それはほんの一瞬で、ストレッチの仕上げにうーんと伸びをしてベッドから飛び降りる。


 ステータスがどうであろうと、今日からわたしは雑貨屋の主だ。

 ビバ開店日! おめでとうわたし!!


 気合いを入れて朝の自主練をし、ひと通り終えてから窓を開け放つと、今朝も外の空気と共に精霊たちが流れ込んできた。



「おはよう、皆。今日もいい天気だね」



 彼らも今日が開店日だとわかっているのか、着替えている間ずっとわたしの傍でくるくる回ったりジャンプしたりとはしゃいでいる。

 顔を洗い、メイクが終わった頃に魔王からメモが届いた。



『開店おめでとう。お前の新しい門出に精霊の加護があるように』



 精霊の加護を祈る魔族の祝いの言葉をもらうのは国民証付与の儀式以来だ。

 嬉しくて、思わずメモを手にしたまま廊下でくるくる回ってしまい、自分で自分がおかしくて声を立てて笑った。

 精霊たちのムーブがうつったかな。まあ、ずっと一緒にいるもんね。


 時間に余裕があるうちにと脚立を外に担ぎ出し、看板を壁に掛け一人見上げる。

 何度見てもいい看板だと思う。やっぱりシェスティンはすごいな!

 それから朝食の準備を始めたが、準備中や食べている間、片付けている時にも、ヴィオラ会議のメンバーからポツポツとお祝いのメモや伝言が届く。

 皆が気に掛けてくれているのが本当に嬉しくてありがたい。

 幸せ者だなぁ、わたし。雑貨屋、目一杯頑張らなきゃ。


 朝食終え、家中の一斉クリーンを行ってから家全体を管理する魔術具に魔力を補充し、それも終わったのでまだ開店時間には早いけれどそろそろ店を開けようかなと店の窓の鎧戸に手を掛けたら、何やら外が騒がしい。

 そっと鎧戸を開けると、店の前でレイグラーフと冒険者ギルド長のソルヴェイが言い争っている。

 何だ、何が起こってるんだ!?

 とりあえず店を開けなくてはと思い、2つの窓の鎧戸を開けている間に聞こえて来た会話でおおよそのことはわかった。



 レイグラーフとギルド長、どちらがうちの店の最初の客になるかで言い争ってるよ……。



「ですから、先程から何度も申し上げているように、スミレは私の大切な教え子ですから、何としても彼女の新たな門出を師である私の手で送り出してやりたいのです。どうか聞き分けてください」


「お断りだね。あの子は冒険者ギルドの納入業者に加わったばかりなんだ。ギルド長のあたしがきっちりと庇護してやらないと。第一、研究院長のあんたの教え子なんてそこら中にいるんじゃないのかい? ひいきは良くないと思うがねぇ」


「それはあなたの方だって同じでしょう? 納入業者は他にもいるでしょうに、スミレの店ばかりをひいきするのはいかがなものかという話になるのではありませんか?」


「はん! 高級ピックは重要アイテムだから冒険者ギルドはこの店を慎重に見守ってるんだ。口を出される覚えはないね。それに冒険者ギルドは研究院の無茶な依頼に何度も応えてやってるだろう? ここは大人しく引いてもらおうか」


「そんなことを言ったら、研究院だっていつも冒険者ギルドに協力しているではないですか。古文書の解読や高度な魔術具の鑑定だけでなく、危険な場所の調査にも同行しているでしょう? こちらだって絶対に譲れません!」



 ……どうしよう、これ。

 昨日のメモでギルド長が来店するのは知っていたし、ヴィオラ会議のメンバーでレイグラーフだけお祝いのメッセージを送ってきていなかったから、もしかすると来店するつもりなのかもと思ってはいた。

 だけど、まさかこんな展開になるとは……。


 よく見れば少し離れたところにミルドが立っていて、素知らぬふりをしつつ様子を伺っている。

 触らぬ神に祟りなしか、さすがに有能な冒険者はリスク回避能力が高いなと現実逃避気味に感心していたら、隣家のドアが開いてドローテアが表に出て来た。

 そして、口論する二人には目もくれずにうちのドアへ向かってくると、窓際に立つわたしに気付いてにこやかに挨拶する。



「あらスミレ、おはよう。開店日が素敵な天気で良かったわね」


「え、ええ。おはようございます、ドローテアさん」


「あなたのお店が開くのをずっと楽しみにしていたのよ。さあ、商品を見せてちょうだい。お薬と素材をいただくのは決めているのだけど、他にはどんな品物があるのかしら」


「あっ、はい、いらっしゃいませ。……あの、そちらのお二人もそろそろお入りになりませんか」



 ドローテアはわたしに向かって朗らかな笑顔で話し掛けながらドアを開け、スタスタと店内に入って来る。

 そんなドローテアの後姿をレイグラーフとギルド長がぽかーんと口を開けたまま見送っていたので、わたしはそっと声を掛けた。

 レイグラーフはがっくりと肩を落とし、ギルド長は苦々しい顔をして店に入って来たが、ソファーに座りわたしから受け取ったカタログを見ているドローテアには二人とも何も言わなかった。

 うん。御年900歳の白竜のおばあ様、お強い。



「いらっしゃいませ、レイ先生、ギルド長。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」



 ギルド長に名刺とカタログを渡したところへ、先程遠巻きに様子を見ていたミルドが店に入って来た。

 良い機会だと思い、レイグラーフにミルドを紹介したらものすごい勢いで食いついた。



「ああ、あなたが! スミレからよく話を聞いていますよ。私はレイグラーフ。スミレの保護者の一人です。研究院に勤め、スミレの講義を担当しています。商品の性能テストをしたそうですが、詳細を聞かせてもらえませんか?」


「依頼主の許可が出てるならかまわねーけど、どうなんだ?」


「レイ先生はボツになった商品のことも知ってるから何話しても大丈夫だよ。むしろ、詳しく説明しておいてもらえるとすごく助かる」



 レイグラーフが自分で確認していないアイテムは結構あるから、彼の知的好奇心を満たしてあげて欲しい。

 そう思ったのだが、横からギルド長が待ったをかけた。



「その前にミルド、こっちにもちょっと付き合え。安全性確保のためにこの『裁縫箱』と『脱出鏡』を持つよう冒険者に推奨したいんだが、実際に使ってみたお前はどう思う?」


「いいんじゃねーの。俺もそのうち買うつもり」


「そのうち? 何ですぐじゃないんだよ」


「スミレの依頼を請けてるから腰を据えて冒険するのはしばらく先だし、急ぐことねーだろ。それに、そこの展示台にあるサバイバル系の道具類も欲しいから、まとめて買――」


「ちょっと、話の邪魔をしないでください。冒険者同士ならいつでも話せるでしょう? こちらは今ここで聞き取りをするしかないのですから」


「ったく、細々とうるさい男だねえ。はいはい、ミルドは譲ってやるからこっちはスミレちゃんと話してるよ」


「レイ先生、以前検証したがってた地図のことを聞いてみたらどうですか?」



 ギルド長の言葉にムッとしたレイグラーフが反論しようとしたので、わたしは慌ててレイグラーフの気を逸らそうと小声で耳打ちした。

 “本・地図”にカテゴリされていた『謎の地図』が実は魔法具だったと判明した際に、レイグラーフは自分でも検証したがったが開錠スキルがないので諦めたという経緯がある。

 レイグラーフはすぐに目を輝かせてミルドに向き直ったので、非売品の話だから音漏れ防止の結界を張って話すようにと小声で念を押す。

 ちょうどドローテアが席を立って移動したので、空いたソファーで存分に語り合うよう勧めた。

 そのドローテアは毛織物(ウール)のマントや装備品に関心があるようで、トルソーの前でしげしげと眺めている。



「これは人族の毛織物かしら。随分と丈夫そうね」


「魔族国では毛織物は寒い地域でしか流通しないと聞きましたが、ドローテアさんはご存じなんですか?」


「その寒い地域というのは竜人族の住む領域にあるの。わたしはほとんど行ったことがないけれど、その地域の人たちが着る防寒着のことは一応知っているわ」



 何でも、その寒い地域は一年中雪と氷に包まれているのだそうだ。

 この異世界では一年を通じて気温や天候の変化はないというから、寒いところがそうならきっと暑いところも一年中暑いんだろうなぁ。

 良かったらトルソーから外して羽織ってみてくださいとドローテアに勧め、今度はお試しレンタルサービスのPOPを見ているギルド長のところへ行く。



「貸出期間は3日、1点500D、3点全部なら千Dか。販売価格の10分の1で借りれるなら中堅冒険者でも手を出すかもな」


「サバイバル系の道具類は買うと高いですからねぇ……。でも性能は良いそうなので、試して実感して欲しいなと思いまして」



 ふんふんと頷きつつ、ギルド長は先程ミルドに尋ねた裁縫箱と脱出鏡について、この2つも冒険者ギルドで代理販売しないかとわたしに打診してきた。

 これは高級ピックと違ってたくさん売れるわけではないし、冒険者の安全性向上のために保険として持たせたいという冒険者ギルド側の都合なので、手数料なしでいいとギルド長は言った。

 1つ納品するのも2つ納品するのも手間は変わらないし、うちの店にとっては得しかないから断る理由なんてない。

 ありがたく申し出を受け、近日中に手続きのためにギルドへ行く約束をする。


 話がまとまると、カウンターに並んでいる酒類に目を止めたギルド長が『ウイスキー』、『ブランデー』、『蜂蜜酒(ミード)』すべてを買うと言い出した。

 どうやらギルド長もヨエルと同じく酒好きらしい。

 せっかくだから、ドローテアにも声を掛けて『ドライフルーツ』の洋酒漬けのデモンストレーションを見せたら二人とも非常に喜んだ。

 これはお茶請けになるしお菓子作りにも活かせるから、ドローテアに教えようと思っていたのだ。

 こちらの賑やかな様子にレイグラーフとミルドが視線を向けてきたが、二人ともプレオープンの時に見ているから特にリアクションはない。



 今度はドローテアがカウンター前に立ち、回復薬と特殊回復薬の“小”を数本ずつと素材を3種類すべて買うと言った。

 素材は薬の材料だが、単体でも十分に薬効を得られる上に回復薬より安価なので需要があるらしい。

 取り扱う素材は熱さましの『ハフティの花』、腹痛・下痢止めの『モーゴンの実』、二日酔いに効く『ボクスメラ草』の3種類のみだ。

 できれば痛み止めも置きたかったが、薬学の知識なしには扱えない素材らしくて見送りとなった。



「痛み止めはないのね。それがあれば完璧だったのだけど」


「薬学の知識なしで扱えるのがこれだけで、他は許可が下りませんでした。勉強しなきゃいけないことが多いので今はそちらを優先していますが、いずれ薬学も学ぶつもりです。そしたら痛み止めも扱えるようになりますよ」


「まあ、頼もしいこと。期待して待ってますからね」



 ドローテアは茶目っ気たっぷりの表情でそう言った。

 本当に人の気を逸らさない人だなぁ。

 わたしもこんな風に素敵に年を重ねた大人になりたい。

続きは昼12時と夕方17時に投稿します。楽しんでいただけたら幸いです。


※素材の名前と薬効を一部変更しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 長かったなぁひたすら長かったなぁ雑貨屋やりたいから雑貨屋開店までが...
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