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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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107話 慌ただしい開店前日

 離宮から日帰りで帰宅するとわたしはミルドへメモを飛ばし、開店日が明後日に決まったことを知らせた。

 すぐに返ってきたメモには『明日戻る 夕方顔を出す』とあり、こちらもすぐに『了解 待ってる』と返す。

 ミルドだけでなくソルヴェイやハルネスもそうだが、冒険者たちのメモはいつでも迅速で簡潔で無駄がない。


 ミルドへの連絡が済んだら、夕食には少し早いがノイマンの食堂へ向かう。

 友人のエルサと店主のノイマン、そして厨房にも顔を出して料理人のリーリャに明後日雑貨屋を開店することに決まったと報告した。



「わあ、おめでとう! 良かったわね、スミレ」


「おう、ついに開店か。そいつはめでたいな! よし、今日は俺のおごりで……はちょっと不味いか」


「当たり前じゃない、店長ったら調子乗りすぎ! リーリャがそこにいるのに他の女に奢ろうとするなんて信じらんない。サイテー!」


「馬鹿、そういうんじゃなくてだな。あの危なっかしかったスミレがついに店主になるのかと思ったら感慨深いものがあるだろう? この子はいつもおいしそうにうちの料理を食べてるから、祝いに何か好きなものを食わせてやろうと思っただけで他意はない! 俺はリーリャ一筋だッ!!」


「どさくさに紛れて何ノロケてんのよ! ホラ、リーリャが笑いながらこっち見てるじゃない。まったくもう、大声出して恥ずかしいったら」



 おおう。何と、ノイマンとリーリャはカップルだったのか。

 こんな身近なところに魔族のカップルがいるなんて知らなかったよ!

 リーリャはいつも厨房に籠っているし忙しそうだからあまり話したことはないけれど、調理のことで尋ねれば何でも答えてくれる親切な人だ。

 白い髪に赤い目のいかにもウサギさん!という感じのリーリャは少し小柄な兎系獣人族で、同じ兎系獣人族でもオレンジがかった茶色の髪で元気系なエルサとは違うタイプの可愛らしさがある。

 こんな女性が彼女だなんて、ノイマンさんってばやるなぁ。

 見聞を深めるために機会があれば魔族の恋愛事情にも触れていこうと考えていたので、そのうちに馴れそめなどを聞いてみたいものだ。



「まあ、そんなわけで飯を奢るわけにはいかないから、代わりにスミレが注文した肉団子の煮込みにチーズ乗っけてやるよ。いつだったか、チーズ乗せたら最強とか何とか言ってただろう?」


「やったー! 嬉しいなぁ。リーリャさん、ありがとう~」


「おい、言い出したのは俺なんだが」


「作るのはリーリャだもんねー?」

「ねー?」


「お前ら~~」



 出てきた料理はもちろんいつもの肉団子の煮込みのグラフィックのままだったけれど、ひと口頬張ってみればチーズのとろ~りとした食感がしっかりあって、思わずムフーと鼻息が漏れてしまった。

 これこそ子供の頃からの大好物、チーズ乗せ煮込みハンバーグだよ! 万歳!



「ハァ、おいしい。ホントおいしい。控えめに言って最高。リーリャさんマジリスペクト。そしてノイマンさんありがとう」


「おう。……何かテンションおかしくなってるが大丈夫か?」



 後日聞いた話によると、わたしがおいしそうに食べているのを見た客の数人から同じものを食べたいとリクエストが入ったらしい。

 そのおかげで、肉団子の煮込みのメニューにチーズのトッピングが追加された。

 わたしが大喜びしたのは言うまでもない。





 翌朝、混雑する時間帯を外し、店が落ち着いた頃を見計らってマッツのパン屋とロヴネルのスープ屋を訪れた。



「ほお、明日開店かい! おめでとう。ついにスミレちゃんも店主じゃな」


「えへへ、ありがとうございます。あ、マッツさん。これ名刺です」


「おー、立派な名刺を作ったもんじゃなあ」



 マッツに名刺を褒められ、嬉しくてついにやけてしまう。

 名刺は売り込みたい人に渡すもので、知人友人に配る必要はないらしい。

 だけど、わたしは普段お世話になっている人たちにも渡したかったので、飲食店関係はノイマン、エルサ、リーリャ、マッツ、ロヴネルの5人、そして道具屋のラウノと隣人のドローテアに名刺を渡すことにした。

 巡回班と冒険者ギルド員のハルネスにはプレオープンの時に渡したし、商業ギルドと冒険者ギルドへ挨拶にいった時にギルド長がいたら名刺を渡すつもりでいる。

 あとは、カタログを納品に来たらシェスティンにも渡すとして、内装から家具や道具類の調達でいろいろと世話になった内装屋の2人には、後日また何か注文した時に渡すことにしよう。


 それにしても、こうして名刺を渡す対象を思い浮かべてみると、このひと月で随分と親しい魔族が増えたなぁと自分のことながら驚いてしまう。

 魔族の方からグイグイ来るというのも大きいが、たいして人付き合いが得意でもないわたしにとってはすごい快挙だ。

 そんなことをしみじみと考えながらロヴネルにスープを注文する。



「ああ? 今食べる分とは別にスープ4食分買って帰る? 珍しいな」


「開店当日はきっと余裕がないと思うんですよ。だからあらかじめ家で食べられるようにしておこうかな、と。お昼も買出しに出られるかどうかわかりませんし」


「まあ、初日は客がどれくらい来るかわからんか」


「お客さんはそう多くないと思ってるので混雑の心配はしてないんですけど、わたしが精神的に余裕なくなりそうで……」


「そっちかい。意外と心配性なんだな」



 ロヴネルにからかわれながらも、明日明後日の二日間の朝食と昼食、計4食分の挟みパンとスープを買い込んだ。

 ふう。食事の確保はできたし、これで安心して店に専念できる。

 保存庫があれば何でもフレッシュなままキープできるから本当に助かるなぁ。




 オーグレーン荘へ戻ったらちょうどドローテアが窓を開けていたので、タタッと駆け寄って挨拶を交わすと、明日開店と伝え名刺を渡す。

 更に、買い込んだ食事を置きにいったん家へ戻ったところへ、シェスティンから伝言が届いた。

 予定どおり今日カタログを納品しに来てくれるらしい。

 午後4時頃になるそうだから、それまでに挨拶回りを済ませて自宅へ戻っておかないと。

 もしかしたらミルドが顔を出すのも同じ頃になるかもしれないな。


 慌ただしさを感じつつも、西通りを渡って三番街にあるラウノの道具屋へ行き、一番街へ戻って食料品店や発酵屋などの近所の店を回り、明日雑貨屋開店と知らせて歩く。

 道中で巡回班のケネトを見掛けたのですかさず呼び止め、プレオープンに来てくれたことへの礼と明日開店となったことを伝え、班長のオルジフと他の班員にも伝えてくれるよう頼む。

 オーグレーン商会の屋敷を訪ねたら会長は留守だったが、黒竜の執事がいたので明日の開店を知らせ、会長にもよろしく伝えてくれるよう頼んだ。


 オーグレーン屋敷を出た時にはもう昼時になっていた。

 ふう、思ったより忙しい。それにお腹が空いたよ。

 中央通りにある商業ギルドの近くには飲食店が多いので、席が空いていたサンドイッチ店で休憩がてら昼食をとる。

 コンビーフとキュウリのサンドイッチはかなり当たりだった。うまし。


 食事と休憩を終えて商業ギルドに行ったら、ギルドホールにちょうどギルド長がいたので名刺を渡しつつ明日の開店を伝えた。



「おかげさまで、無事開店までこぎつけました。今後ともよろしくお願いします」


「おめでとうございます。繁盛するといいですな。今後もあなたの活躍に期待しておりますよ。……面倒事の芽は早めに摘むに限る。何かあればすぐに相談を」



 にこやかに話すギルド長は、最後にわたしにだけ聞こえるように小声でぼそっと言うとギルド長室の方へと去っていった。

 単にバックアップするよと新人店長を励ましてくれたのか、それとも既に何か面倒事が起きそうだという情報でも掴んでいるのか……。

 ううぅ、勘繰ってしまうから含みのある言い方はやめて欲しい。

 商業ギルド長はさすがに海千山千の商人という感じだから、あのにこやかな表情の裏にあるであろう腹黒さも頼もしくはあるのだけれど。


 商業ギルドを出て中央通りを渡り、二番街の冒険者ギルドへ向かえば、こちらはギルド長のソルヴェイもベテランギルド員ハルネスも留守だった。

 カウンターにいたギルド員に高級ピックの納品業者として挨拶をし、明日の開店についてハルネスへの伝言を頼む。

 ギルド長には直接伝えておこうと思いメモを飛ばしたら、すぐに《明日行く!》と返事が返ってきて、その速さと文言の勢いに思わずくすっと笑いが零れてしまった。

 ギルド長は好奇心が強そうだから、店の商品に興味を持ってもらえたらいいな。




 すべての挨拶回りを終え、3時過ぎには帰宅できた。

 歩き疲れたがやるべきことはすべて済ませたし、シェスティンとの約束の時間にも間に合ったのでホッとする。

 4時になり、シェスティンが残りのカタログを抱えてやって来た。



「お待たせ~。はい、これで納品完了よ!」


「ありがとうございます! ハァ……、何て言うか、感無量ですね」



 受け取ったカタログをカウンターの所定の位置へ置き、これで開店準備のすべてが整ったと思ったら何だか言葉に出来ない思いがこみ上げてきた。

 引っ越してからのひと月も大変だったし、遡れば雑貨屋開業の許可をもらって城下町に住むための準備を始めた頃からの訓練なども考えれば、我ながら良く頑張ったと思う。

 何より、周りの魔族たちに支えられ、たくさん助けられた。


 ……やばいな、泣いてしまいそうだ。


 わたしは慌ててシェスティンに名刺を渡し、作った本人に渡すのも何だけれどと言って二人で笑い合った。


 明日は来られないというシェスティンに店内の商品を見せていたら、暑熱地から戻ったミルドがやって来て店内が一気に賑やかになる。

 この店で初めてこの2人が顔を合わせたのはもう半月も前なのか。

 あの時も意外と気が合うようだと思ったけれど、その後彼らの間でも交流があったのか、久しぶりという言葉もないのに気安い会話が行き交っている。



「ミルドも来たならちょうどいいわ。このあとエルサに会いにノイマンの食堂へ行くんだけど、あんたたちも一緒に行かない?」


「悪い、オレ女と約束あるんで今日はパス」


「あらそう。スミレは?」


「もちろん行きまーす。あ、ミルドの報告を聞くので、その間待っててもらってもいいですか?」


「いいわよ。お茶飲みながら待ってるから」


「淹れろってか。厚かましいなー、お前」


「いいじゃない。私気に入ってるのよ、スミレのお茶」


「ホントですか!? 嬉しいなぁ」



 わたしはいそいそとお茶を淹れて配るとミルドから性能テストの結果を聞いた。

 暑い地域でも『テント』の中は常温で『寝袋』は快適な温度だったらしく、寒暖どちらにも対応可能な温度調節機能が付いているのは間違いないようだ。

 よし。予定どおり開店と同時にサバイバル系の道具類を有料で貸し出すサービスも始めてみよう。


 あらかじめミルドと相談して決めてあったレンタル期間や料金を書いたPOPを作り、『野外生活用具一式』の傍に設置する。

 これでもう本当に明日の開店を迎えるだけだ。

 どうしよう、胸がドキドキしてきた。



 家の前でミルドと別れてシェスティンと共にノイマンの食堂へ行き、エルサを交えておしゃべりしながら食事している間もずっとドキドキが止まらなかった。


 今夜はドキドキして眠れないかもしれない。


 そう思っていたのに、一日中歩き回ったせいか、わたしはベッドに入ってすぐ眠りに落ちたのだった。

いよいよ次回、雑貨屋開店!

めでたいので複数話投稿する予定です(まだ1話しか書けてないけど汗)

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― 新着の感想 ―
ありがとうございます、すみれ見ましたよ。 イメージによく合ってると思います アニメ化される事を願っています。
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