106話 開店日の決定と籐(トウ)族の話
火曜日にも投稿しています。串焼きの話を未読の方は1つ前からお読みください。
一週間(曜日)の設定:陽、月、火、風、星、水、土
※スミレの雑貨屋の定休日は陽、月、星
陽の日になり、わたしはいつものようにクランツと共に迎えの馬車に乗って里帰りした。
前回打ち合わせたとおり今日は日帰りでの里帰りで、午前中はクランツと訓練、昼はヴィオラ会議のメンバー全員とのランチ会、その後に城への納品という予定になっている。
レイグラーフの講義は星の日にやるそうだ。
ランチ会では最初に先日のプレオープンに来てくれたことへの感謝の気持ちを伝え、併せてカタログの納品が明日月の日となったことを報告した。
「ほう、それじゃその気になれば納品の翌日にも開店できるんだな」
「はい。ただ、雑貨屋は陽月星の日が定休日だから、火・風と2日営業したら星で休み、水・土と2日営業したら陽・月と休みになるので、できれば2日連続で営業できる火か水の日に開店したいと考えてます」
「何だかしょっちゅう休みになっちゃうね」
「私たちの都合に合わせてもらったせいで、まともに営業できないのではないかと心配になってきました……」
「わたしも最初は少し心配してたんですけど、じゃあ慣れない魔族社会で開店していきなり5日、6日と連続で営業して週末だけ休みっていうスタイルでやっていけるかといったら、自信を持ってやれるとは言い切れないんですよね……。だから、精霊日だけの営業で始めることになって結果的には良かったと思ってますよ」
いずれわたしが魔族社会や城下町に慣れて、営業日を増やしても対応できるようになったらその時にまた考えればいい。
そもそもうちの雑貨屋は、開店当初はともかく、来客はそんなに多くならないと思うんだよね。
主な客層として想定している上位ランク冒険者は50名しかいないというし、あとは近所の人が薬や酒類を買いに来るくらいだろう。
それだってかなり楽観的な予測で、元人族のわたしの店にまともに客が来るという保証なんてないのだから、かなり低空飛行での経営になることも一応は覚悟している。
「でも、幸いなことに冒険者ギルドで高級ピックを代理販売してもらえるので、最悪の場合、城と冒険者ギルドへの納品だけでも何とか食べていけるんじゃないかと思ってます。実は、冒険者ギルドは既に高級ピックを700本買ってくれていて、その売り上げの利益だけで初期投資の約6割を回収できているんです」
「6割!?」
「それはすごいですねぇ」
「もちろんわたしが支払った初期投資の分だけで、ルード様が負担してくださった分にはほど遠いですし、仕入れの分は除外してますからまだまだ稼がなきゃいけませんけどね。とりあえず、ざっと計算した月々のランニングコストを賄える程度には稼げるんじゃないかという見通しは一応立ってます」
わたしがそう報告したら、一部から驚きの声が上がる。
採算が取れるとわかれば、週4日営業でもやっていけそうだと彼らにも安心してもらえるだろう。
もう少し具体的な説明をしておこうかな。
「それから、うちの売り上げは初動が大きいと予測しています。従来のピックから高級ピックに乗り替える時は購入本数が多くなりますし、『野外生活用具一式』のようなサバイバル系の道具類や毛織物の装備品などは単価が高い。最初に大きく稼いで投資分を回収できることを期待しています。ただし、前者も乗り換え後は補充分だけなので量はぐっと減りますし、後者は一人1点しか買いませんので、あとは細々とした稼ぎになるかもしれませんね」
他にも、薬や素材の類は消耗品だし、近所の人たちにちょこちょこ売れそうだから期待している。
酒類の売り上げはあまり当てにしたくないが、『ブランデー』と『ウイスキー』は利益が100Dと大きいので売り上げに貢献してくれるだろう。
魔術具として扱う魔法具の売れ行きが一番想像がつかない分、楽しみでもある。
そんな風に雑貨屋の開店後の展望をつらつらと語ったら、魔王以外の面々が口を開けてぽかーんとしていた。
そんなにわたしの話した内容は意外だったろうか。
「スミレさんって、思っていた以上に商売人なんですねぇ……」
「君にここまでの思案と手腕があるとは思っていませんでした」
「なあ、お前やっぱり魔族軍に来ないか? 兵站や軍略をやらせてみたい」
「そんな! 私と一緒に研究院で魔法の研究をしましょうよ」
「魔王の直属で広範囲にいろいろやってもらうのが一番いいと思うけど」
「楽しんでいるようで何よりだ」
この異世界ではたいていのことが魔術で解決できるし、魔族国も建国以来平穏に悠久の時を経ているからか社会構造はいたってシンプルだ。
その魔族社会と比べたら日本の現代社会は遥かに複雑怪奇だから、そこで社会人として揉まれてきたわたしは確かに一般的な魔族より経済面で多くの経験を積んでいるのかもしれない。
でも、さっきの話なんて会社の営業や企画の人たちに聞かれたら突っ込まれまくる気がするけどなぁ……。
彼らの反応が少々買い被りすぎで気が引けたが、わたしもいろいろと考えているんだよということは十分伝わったようなので良しとしよう。
わたしが楽しんでいることを喜ぶ魔王の言葉ににっこり笑って頷き返すと、魔王が少し身を乗り出してわたしに告げた。
「ならば、明後日の火の日に開店すると決めてはどうだ。万が一残りのカタログの納品が遅れたとしても、既に1部は手元にあるのだから何とかなるであろう」
「……本当にいいのかなって、いざ決断するとなるとドキドキしますね」
「商業ギルドに登録した時点で、いつでも開店して良いと許可を得ているのだ。迷う必要はない。やりたいようにやってみなさい」
「はい、ありがとうございます。頑張ります!」
こうして、魔王の一声で開店日が正式に決まった。
よ~し、明日中に関係各所やご近所に開店を知らせまくるぞー!
一番重要な案件が決まり、あとはまったりとプレオープンの話になった。
どんな人が来たのかというクランツの問いに、彼ら以外の招待客のことを話したら、意外なことにミルドが連れて来たAランク冒険者ヨエルの名をレイグラーフとカシュパルが知っていた。
レイグラーフは同じ樹性精霊族だからかと思ったらそうではなく、研究院が冒険者ギルドに常設している希少素材の採集依頼をヨエルがよく受けてくれるから名前を覚えていたのだそうだ。
カシュパルも似たようなもので、特殊な素材の採集を冒険者ギルドに依頼するとたいてい採集者はヨエルとなるらしい。
研究院長に魔王の側近がその名を知っているだなんて、ヨエルは採集専門の冒険者としては相当すごい……いや、魔族国一なのでは?
ミルドもすごい人を紹介してくれたもんだなぁ……。
「“ヨエルのおっさんは酔えるのが好き”とか言ってたあのヨエルさんが、そこまで高名な冒険者だとは知りませんでした」
「何だ、そのダジャレ」
「彼はそういうことを言う人なのですか。おもしろいですね」
「酒好きっていう情報は得ていたけど、ダジャレ好きは知らなかったなぁ」
種族が籐の木のヨエルは蔓を自在に操れるから、蔓をロープ代わりにして断崖絶壁だろうがどこでも登ったり降りたりできるとミルドは言っていた。
そういえば、巡回班のコスティもヨエルと同族だと聞いたっけ。
「籐族は捕縛術を買われて魔族軍に入る人も多いと聞きました。ブルーノさんが巡回班にコスティさんを選んだのはそういう理由もあるんですか?」
「ああ、籐族の連中は蔓の扱いが樹性精霊族の中でずば抜けてるからな。犯罪者の捕縛や魔獣の捕獲といった相手を生きたまま捕えたい時には連中の技が役に立つ」
そういえば、蔓を使った捕縛というと以前実験施設で『霊体化』の魔法を試した時に、レイグラーフに蔓で拘束されたことがある。
「レイ先生が使う蔓と籐族の蔓は同じなんですか?」
「樹性精霊族なら訓練次第で蔓を使役できますが、籐族のような蔓性の種族が使う蔓とは別物ですね。彼らにとっては変化の一種で、自分の体の一部を使うのと同じです。使役より遥かに高い精度で操作できるのですよ」
「例えば、レイグラーフが蔓で拘束する場合は単なるグルグル巻きしかできんが、コスティなら両手と両足をそれぞれ縛るとか首に縄をかけるとか用途に応じて複雑な捕縛ができる。それに、あいつは棘付きの蔓も使える。メイン武器は棘付き蔓の鞭だぞ」
「ひえっ、すごいけど痛そうですね……」
「僕、籐族が蔓でちょうちょ結びをするところを見たことあるよ。あと、野営では蔓でハンモックを編んで枝からぶら下がって寝るんだってさ」
「ヘッ!?」
何だか想像以上に籐族の蔓扱いはすごそうだ。
いつかまたヨエルが来店したら話を聞いてみたいなぁ。
野営と聞いて、ふと串焼きのことを思い出したので、野外演習などの経験がありそうなブルーノとクランツの軍人二人に尋ねてみた。
「魔族軍の野外演習では火を起こして野営食を作ったりするんでしょうか」
「ほぼないですね」
「長期の野外遠征で稀にあるかもしれんが、ゼロに近いレベルだ」
「え、それじゃどんなものを食べるんですか?」
「スプーンやフォーク1本で食べられる料理とパンというパターンが多いのでは」
「凝ったものは避けているが、保存庫に詰めるだけだから何でもありだぞ? 飯は大事だからな。士気に直結する」
予想に反して野営飯は皆無のようだ。
そりゃ確かに保存庫の食事と比べたら野営食は道具がいるし、調理したり片付けたりする手間もかかる。
保存庫は万能だからなぁ。運びやすいし、温かいし、洗うのも簡単だし。
野営食がどうかしたのかと聞かれ、先日串焼き専門店で食べたらおいしかったのでと答えたら、珍しいものを食べていると驚かれた。
サバイバルに縁のない魔族だと、何かの職業体験で野営食を作って食べたことがあるだけというレベルで稀らしい。
「城下町に串焼き専門店なんてあるのか。お前、妙な店を知ってるんだな」
「冒険者ギルドへ行った時に二番街で食べました」
「三番街の職人街においしいパイ専門店があるとか言ってましたよねぇ」
「五番街で食べたホットサンドがおいしかったと聞きました」
「食い物ばっかりかよ……」
「え、だって、皆さんは食べ歩きとかしないんですか? あんなに食堂やテイクアウトがいろいろあるのに」
皆、顔を見合わせて首を捻っている。
行かないのか……。そういえば以前、三番街の職人街が話題になった時に行ったことがないと言うメンバーがほとんどだった。
魔族は案外行動範囲が狭いのかな。
シェスティンも同じ三番街のパイ専門店の存在を知らなかったし。
それとも……魔族たちをネトゲのNPCと考えるのは嫌だけれど、キャラクターごとに行動パターンや行動範囲が設定されていて、そこから外れた行動はしないようにプログラムされているのかもしれない。
いずれにせよ、わたしには関係のない話だ。
まだ行ってない区域もいずれ足を運んで、おいしい食べ物や店を発掘したい。
「スミレさんのお勧めの店、一度行ってみたいですねぇ」
「俺もちょっと興味ある。里から出て来たヤツや部下に飯を食わすことがそこそこあるんだ。参考にするから地図か何かに書き留めておいてくれよ」
スティーグとブルーノの言葉にピンと閃く。
魔族国王都の城下町グルメマップか。おもしろそうだなぁ。
皆も関心があるようだし、開店して落ち着いたら考えてみよう!
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