105話 冒険者のキャンプ飯とチェリーパイ
早く書きあがったので投稿しました。木曜日もいつもどおり投稿する予定なのでチェックお願いします!
冒険者っぽいメニューが食べたいというわたしのリクエストに応え、ミルドが連れてきてくれた店は串焼きの専門店だった。
串焼きというのは軽く塩を振って直火で炙っただけのシンプルな料理で、冒険者が野営の焚火で作るものらしい。
要するに冒険者のキャンプ飯だな、楽しみだ。
メニューを見ると“〇〇の炙り焼き”がズラリと並んでいて、それ以外には生食用として野菜と果物の名前が並んでいる。
とりあえずわたしは無難に鶏肉の炙り焼きとキャベツを頼んだ。
直火の串焼きといえば焼き鳥だし、焼き鳥につける生野菜はキャベツだろう。
運ばれてきた皿には金属の串に刺さったままの鶏肉がデン!と載っていた。
こんがりと焼けた鶏肉がジュウジュウと音を立てていて堪らなく食欲をそそる。
両手で串を持ってかぶりつくと、肉汁がじゅわっと口の中に広がった。
鶏の皮がパリッとしていて香ばしく、肉も弾力があってもちろんおいしいが、塩がまた独特の旨味があっておいしい。
洗ってちぎっただけのキャベツも瑞々しくてシャキシャキだ。
「前から思ってたけど、お前本当にうまそーに食うよな」
「だって、これ本当においしい! ああ~、猛烈にビール飲みたくなった……」
「飲みゃいいじゃねーか」
「いや、さすがに真昼間から飲むわけにいかないでしょ。でも、夜食べに来るにはちょっと遠いかなぁ……。串焼き屋はここしかないの?」
「城下町ではここ一軒だな。食堂もテイクアウトもあるのに、わざわざ野営食食わねーだろ、フツー」
魔族国の食卓ではオーブンで作る煮込み料理や、ハーブやソースを使ったグリルやローストがメインだから、塩を振って直火で焼いただけの料理の評価が低いのは仕方ないかもしれない。
だけど、串焼きはオーブンの魔術具では作れないらしいから、単に食べたことがなくてこのおいしさを知らない人が多いだけなのでは?とも思う。
「ううぅ、こんなにおいしいのに野営でしか食べられないなんて。何てもったいないことをしているんだ、魔族社会はっ」
「そんなに食いたいなら、自分んちの裏庭で焼いたらどうだ? 『野外生活用具一式』に入ってる焚火台を使えば作れるだろ」
「ホントに!? 焚火台の使い方教えてくれる?」
「いーけど、雑貨屋開店してからだぞ。どーせ、それまで落ちつかねーだろーし」
「うん、わかった。あ、レモン追加してもいい? これ、レモンの絞り汁かけたのも絶対おいしいよ」
「お前、初めて食べたくせによくそーゆーこと思いつくなぁ」
呆れまじりの顔で感心したようにミルドが言うが、友達になった途端に二人称が“あんた”から“お前”になっていて地味に嬉しい。
それにしても、異世界でバーベキューか……。
元の世界ではアウトドアにまったく縁がなかったのに。
「焚火で調理するなんて、想像したことなかったなぁ……」
「まあ、シネーラが普段着のお嬢さんならそーだろーな。最近はバルボラがデフォになりつつあるからこの店も連れてきたけど、シネーラのままだったら連れて来てねーもん」
「ええっ、何でよ!?」
「場違いすぎて周りがビックリするだろ。けど、まさかカトラリーなしの食事を平気で受け入れるとは思わなかったぜ。スミレって妙なとこで冒険者っぽい感覚持ってるよなー。ホント意外」
シネーラのことは単に恋愛お断りを示す地味服だと認識していたけれど、わたしが思っていた以上に上等で格式が高い服なんだなぁ……。
串焼きにかぶりついたり、キャベツを指でつまんで食べたくらいで驚かれるなんて、どれだけお嬢さんに見られていたのか。シネーラ効果、恐るべし。
ミルドは以前から時々わたしの冒険者感覚を指摘するが、ネトゲで冒険者プレイをしていたことを言い当てられたのかと思って、一瞬ドキッとしてしまう。
でも、わたしが口を滑らせなければ異世界召喚のことはバレないはずだし、冒険者向けの雑貨屋をやる分には冒険者っぽい思考が表に出ても問題ないと最近は思うようになってきた。
串焼きを堪能して店へ戻ると、ミルドに高級ピック50本を売り、性能テスト用にサバイバル系の道具類を預ける。
それから、プレオープンでミードを試飲した時にミルドはフツーにうまいと評していたので、差し入れだと言って1本手渡した。
友達になったから奢ったり差し入れたりが気軽にできるなぁ。
ミルドは喜んでミードを受け取ると、暑い地域へ出掛ける準備のため早々に帰っていった。
暑い地域って、砂漠タイプか熱帯雨林タイプのどちらだろう。
明後日里帰りした時にレイグラーフがいたら聞いてみようかな。
翌日は一人で冒険者ギルドへ高級ピックの納品に出向いた。
代理販売をしてもらう業者としての顔をギルド員や冒険者たちに見せる初の機会でもあるので、バルボラにヴィヴィの仕事着姿できっちりビジネスモードの顔をしておく。
外出時なので、もちろんスカーフを巻くのも忘れない。
納品にはベテランギルド員のハルネスが対応してくれた。
先日のプレオープンの時は信用しているからと言ってピックを数えずに済ませた彼も、さすがに冒険者ギルドのカウンターで行う場合は冒険者の手前もあるからと小声でわたしに断り、きちんと数えている。
今後はハルネス以外のギルド員が対応することもあるだろうし、しっかり数えてもらった方がわたしも安心だ。
冒険者ギルドへの納品を済ませたら、今度はラウノの道具屋を訪れる。
高級ピックや『魔物避け香』など、大量購入品の数を数えて確認してもらう作業の時に使うトレーや籠などを見繕うつもりだ。
作業の効率化を図るためでもあるが、金属製の高級ピックの作業をカウンターや応接セットのテーブルの上でやると傷がつきそうなので、できれば避けたい。
家具のグラフィックは変化しないとわかっていてもヒヤヒヤしてしまう。
品物を見ながら吟味した結果、長方形のお盆と持ち手のついた籠やバスケット、金属製のボウルを購入する。
大量購入の場合は数を数えるにもそれなりに時間がかかるし、作業の途中で場所を移動することもあると考え、持ち手があるものを選んだ。
ふう。これでスマートに作業してもらえるだろうし、魔王に整えてもらった店の備品を傷つけずに済む。
「着々と準備が整っていってるようだね。もう開店日は決まったのかい?」
「まだ確定ではないんですけど、来週早々に開店できたらいいなって考えてます。決まったら知らせに来ますね」
「おう、待ってるよ」
ラウノに見送られながら店を出る。
自宅へ帰ったらさっそく買ってきた品を取り出し、カウンター下の収納や倉庫にしまっている最中にふと気付いた。
そういえば、ラウノの道具屋は食器と調理器具専門なのに串焼き用の串を見掛けなかったなぁ。
野外生活用具一式の中にはあった気がするので、もしかしたらああいう串は野営道具扱いで調理器具の枠組みに入ってないのかもしれない。
元の世界でもそうだったのかな、などと考えながら作業を続ける。
アウトドアとまったく縁がなかったわたしがアウトドアのスペシャリストである冒険者と関わっていることを不思議に思った。
わたしが知っていたのはネトゲ内の冒険に過ぎない。
でも、本物の冒険者と関わる以上は彼らのリアルにもなるべく触れて行こう。
焚火台で串焼きをするのはきっといい機会になる、そんな気がした。
お盆などの片づけが終わり、お茶でも飲んで休憩しようかと考えているところへシェスティンからカタログ製作の進捗状況を知らせる伝言が届いた。
どうやら残り4部の製作も順調のようで、週明けの月の日に納品予定らしい。
それなら翌日の火の日に開店できるかもしれないな。
シェスティンがカタログを1部先に仕上げてくれたおかげで無事にプレオープンを実施できたと礼を言い、保護者たちが見やすくてきれいなカタログだと褒めていたと伝えたら彼はとても喜んだが、何だか声が疲れているような気がする。
「お疲れのようですけど、大丈夫ですか?」
《ん~~、まあ根詰めて作業してるからねぇ……》
「あの、魔族的にはNGに当たるってわかってますけど、こちらの都合で急がせてしまっているわけですし、甘い物を差し入れしたら迷惑でしょうか」
《そうねぇ……。あなたとの付き合いではNGなんて今更だし、お願いしちゃおうかしら。疲れてるのもあるけど、ずっと閉じこもって作業してておしゃべりに飢えてるのよ~。一緒におやつ食べながらおしゃべりに付き合ってくれる?》
「喜んで! 今から行きますね!」
わたしはいつものパイ専門店で手土産を調達すると、大急ぎでシェスティンの工房へ向かった。
だって、あの美しいお姉さま的存在であるシェスティンが、疲れてるとはいえわたしに甘えるようなことを言ってくれちゃったんだもの。
わたしはこの魔族国でいつも厚意や親切を受けてばかりだったから、誰かの役に立てる機会があるならもう張り切らずにはいられないよ!
工房のドアを開け、声を掛けながら中へ入っていったらシェスティンが奥の作業台の前に座ったまま返事をした。
お茶が入ったら休憩すると言うので、キッチンを借りて買ってきたチェリーパイとお茶の準備をする。
前回、前々回と差し入れたオレンジのパイをシェスティンはとても気に入っていたが、3回続くのはさすがにどうかと思うので今日はチェリーパイにした。
結構甘そうだけど、疲れているシェスティンにはちょうどいいかもしれない。
濃いめのお茶に合うと店の人が言っていたので、そのように淹れてみた。
「ああ~、おいしい~っ! 生き返るわぁ……」
「お店の人が濃いめのお茶と合わせたら甘さが気にならないと言ってたので、濃く淹れてみましたがどうですか?」
「あ、そういうことだったのね。確かにこのくらい濃い方が合うかもしれないわ。オレンジのパイもおいしかったけどチェリーパイもいいわね。色もツヤもきれいで最高! このお店のパイ、ホント好きだわ~」
「甘いのもいいですけど、お惣菜パイもおいしいんですよ。お勧めです」
「へえ~、行ってみたいわね。一番街?」
「いえ、三番街です」
「うっそ!? 知らないわ、おいしいパイの店なんて」
わたしの行きつけの店のひとつになりつつあるパイの専門店は西通りを渡ってすぐのところにある。
ラウノの道具屋の近くでわたしのテリトリー内だ。
同じ三番街と言っても北の端にあるこの工房より、うちの店の方が近いだろう。
「やだ、聞いたことないわ。ねえ、そのお店、今度連れてってくれない? エルサやミルドにも付き合わせましょ」
「いいですね。二人にはわたしから話しておきますよ」
「んふふ、よろしく~。……さてと、楽しみもできたことだし作業に戻るわ。ごちそうさま、引き続き頑張るわね」
「よろしくお願いします! 出来上がりを楽しみにしてますね」
任せなさいと言って、シェスティンはわたしを見送りながらパチンとウインクして寄越した。
疲れているはずなのに、いつもどおりの美人っぷりにすごいなぁと心底感心してしまう。
シェスティンに付き合うつもりが、わたし自身もチェリーパイと女子トークを満喫した気分で家路についた。
ファンヌとエルサとの女子会に、シェスティンなら交ざっていても違和感なさそうな気がする。
いつか誘ってみようかな……?
焼き鳥食べたい!(笑)
ブクマ&☆の評価ありがとうございます。
木曜日もいつもどおり投稿する予定です(朝か昼かは未定)




