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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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104話 依頼更新と四人目の友達

 プレオープンの翌朝、いつもどおりマッツのパン屋とロヴネルのスープ屋に行ったらミルドも来ていたので、一緒のテーブルでお喋りしながら朝食を食べた。

 話題はもちろん昨日のプレオープンのことで、招待客から何か問題点を指摘されたかとミルドが尋ねる。


 保護者たちにはメッセージの魔術で個別にプレオープンの感想を聞いてみたが、幸いなことに彼らは口を揃えて良い店だったと言い、わたしが楽しそうに立ち働いていたことを喜んでくれていた。

 しいて言えば、ブルーノとレイグラーフが押しの強い客からのナンパにわたしがきっちり対応できるかを心配していたことぐらいだろうか。

 こればかりは実際に起こってみないとわからないので、頑張りますとしか言いようがない。



「心配するのはやっぱそこだよなぁ」


「そういえば、そういう時の対処法で練習したいことがあるので、後で付き合ってもらってもいいですか?」


「ん、わかった。あと、明日は月末だけど依頼どうする? 継続か終了か」


「もちろん継続でお願いしたいですよ。ただ、来週中にも開店できそうな感じですから、それを踏まえて依頼内容の見直しや確認をしたいです」


「了解。話がまとまったら今日の内に更新しちまわないか? そしたらオレ、明日から暑い地域へ行ってテントと寝袋の温度調節機能を確認してくる。レンタルサービスの件、ホントにやるなら開店時から宣伝したいだろ?」


「わあ、助かります!」



 今日中にミルドと依頼の契約更新をすることになり、雑貨屋に場所を移して詳細を詰めることになった。

 お茶を淹れて出すがミルドはいつもある程度冷めるまで手を付けないので、かまわず一人で先に飲み始める。

 明後日里帰りした時に、ぬるめに淹れてもおいしいお茶があるかファンヌに聞いてみようかな。



「ところで、依頼内容に関わるかもしれねーから先に聞くけど、付き合って欲しい練習って何だ?」


「あ、接客中のナンパ対策というか、カウンター越しに手首や腕を掴まれた時の対処法を保護者から教わったんです。でも、自分一人で練習するのはちょっと難しくて。こき使えってミルドさんも言ってくれたし、お願いできないかな、と」


「具体的にどーやるんだよ」


「説明するので、ちょっと腕掴んでもいいですか?」


「……いいけど」


「じゃ、失礼しまーす」



 わたしはそう断ると、応接セットのテーブル越しにミルドの手首を掴んでぐいと引き寄せた。

 ミルドが反射的に自分の体の方へ手を引き戻そうとしたが、ブルーノが言うにはその動きで相手の腕を外すのは余程力が上回ってないと難しいらしい。

 掴まれた手をパーに広げて親指を上に向けた状態でわたしに向かって腕を突き出させ、肘を曲げながら高く上げさせたらわたしの手は簡単に外れた。

 驚くミルドに、これは正面から腕を掴まれた場合の外し方で、てこの原理により少ない力でも外せるらしいと説明する。

 まあ、わたしもあまりよくわかってないのだけれど。


 とりあえず、実際に試してみようということになり、カウンターを挟んでミルドと向かい合う。

 わたしが腕を差し出してお願いしますと言うと、ミルドがわたしの腕を掴んでぐいっと引き寄せた。

 手をパーにして手順どおりに動かし、ミルドの手から逃れることに成功する。

 よし、この動きを身につければ少しはブルーノやレイグラーフにも安心してもらえるだろう。



「反復練習をしたいんですが、このまま少し続けてもらってもいいですか?」


「……いいけどさー、あんたホントに抵抗ねぇの?」


「抵抗、と言いますと?」


「オレに腕掴まれて平気なのかよ」


「ああ~、恋愛関係にない異性に体を触れさせるのは魔族的にはNGですもんね。でも、ミルドさんのことは信用してますから大丈夫です。不快じゃないです」


「そんならいいけど、ホントにわかってんのかねぇ……」



 ミルドはそう言いながら後頭部をガシガシ搔いていたが、わたしが続けてくれるよう催促したら、覚悟を決めたかのような顔をして了解と言った。

 そんな大袈裟な。



「んじゃ、きっちり練習してもらおーか。……いくぜ」


「はい! ……って、うぎゃッ!?」



 先程と同じようにミルドが腕を掴んで引き寄せたと思ったら、何故か顔をぐいっと近付けてきた!?

 そして、わたしの目を覗き込むようにしてフッと目を細める。



「今夜、付き合えよ」


「はっ!? 何言って、うわっ、ちょ! 近い近い近い!」


「うんって言えって」


「ひゃあああッ!! は、離し、ふぎゃ―ッ!!」


「……おい、全然ダメじゃねーかよ」



 呆れかえった顔のミルドが腕を離すと、わたしはへなへなとカウンターの上にうつ伏せになった。

 単に反復練習をするだけのつもりだったのに、まさかミルドがこんな風にアレンジを加えてくるとは思わなかった。

 ナンパ対策の練習に付き合ってくれと頼んだのはわたしだけれど、いきなりスパルタ過ぎじゃないですかね……。

 ブルーノ並みの鬼教官っぷりだよ。



「あ~、びっくりした。心底びっくりしましたよ、鬼教官」


「プッ。あんたがだらしなさ過ぎるんだろー? しっかりしてくれよ、店長」


「うう、面目ない……。でも、恋愛意欲の低いわたしには刺激が強すぎますよぉ」



 強引な魔族男性のナンパというものを疑似体験して、まったく対処できずに凹むわたしを眺めながらミルドがゲラゲラ笑っている。酷い。

 だけど、笑っていたミルドが不意に真面目な顔で息を吐くと、前髪を掻きあげながらつぶやいた。



「――でも、あんたがオレを信用してるってのが嘘じゃないのはわかった。魔王が敷設したってゆー高性能な防御の魔術陣、作動しなかったもんな」


「あっ、本当ですね。びっくりはしましたけど、嫌悪や恐怖がなかったからでしょうか」


「そーなんじゃねーの。あと、あんたが本当にオレに恋愛感情ないってのもよーくわかった。ハハッ、あんたの反応、色気もへったくれもなかったなー」


「だから、最初からそう言ってたでしょう? そうは言っててもいつかは惚れられるかもって思ってたんですか? あははっ、ないわ~」


「気楽に言ってくれるぜ。オレが女の依頼主相手にどんだけ苦労してきたと思ってるんだよ」


「そんなの、遊んでるって思われてるからそうなるんでしょう?」


「適当に相手しとかねーと、もっと面倒なことになんの!」



 そう言うと、ミルドは不貞腐れた顔でプイッと横を向いてしまった。

 ……何と。派手な女性関係はミルドにとってある種の自衛手段だったのか。

 モテる男にはモテる男の苦労があるんだなぁ……、気の毒に。


 知らなかったとはいえ軽い気持ちで批判してしまったことを反省しつつ、同情心から大変でしたねと労うと、ミルドはその話はいいから更新する依頼内容について話し合おうと言い出した。

 確かにそろそろ本題に入らないといけない。

 わたしたちは再び向かい合ってソファーに腰掛けた。



 現在ミルドに依頼している内容は“雑貨屋開業のための調査”と、後から追加した“魔族社会に慣れるための助言や補助”の2つだ。

 それを、後者はそのままで、前者を“雑貨屋経営のための調査や助言”に変更してもらいたいと考えている。

 性能テストはだいたい済んだので調査依頼は減るだろうが、助言の方は開店して冒険者と本格的に接し始めたら今まで以上に世話になる気がする。

 ナンパ対策の練習相手も含めたら、あとひと月くらいはこの3週間と同量の仕事をお願いすることになるんじゃないだろうか。



「変わるのは名目だけで内容はほぼ一緒か。それをひと月延長したいってことなら引き受けてもいーぜ」


「助かります! 引き続きよろしくお願いしますね! それで、依頼料なんですけど、前回は5千Dでしたが今回も同じでいいでしょうか」


「いや。2千Dでいい」


「ヘッ!? 安すぎるじゃないですか。何でそんなに下がるんです?」


「“雑貨屋開業のための調査”に関しては、調査が減って助言がメインになるなら実動は減るから安くなる。“魔族社会に慣れるための助言や補助”は……もういいじゃねーか。金取らなくたってするだろ、そのくらい」



 ミルドは頬杖をついたまま、わたしから目を逸らしてそう言った。

 何だろう、この態度。さっき拗ねたのを引きずっているんだろうか。



「でも、後者には前回更新する時に追加分として2千D増額してますし、わたしはそれだけお支払いする価値があると思ってますよ?」


「あんたがそう考えてくれてんのは知ってるけど、2千でいいってば」


「でも」


「友達ならさー、フツー面倒見るだろ?」



 友達。ミルドはそう言った。

 え、わたしのことをそう思ってくれているんだろうか。でも、いつの間に?

 だってミルドはわたしに対していつもどこか一線を引いていた。

 いつになっても“あんた”とか“お嬢さん”と呼んでいて、一度も名前で呼ばれたことがない。

 だから、依頼主と冒険者という関係を変えたくない人かと思っていたのに。



「……いいんですか? 友達、なってもらっても」


「あんたに下心はないとわかったし、このまま付き合ってくならむしろ友達になってねーと落ち着かねーよ」



 下心なんてないと笑い飛ばしたが、彼が女性の依頼主を相手にする時は常に警戒してきたんだろう。

 でも、自分がその警戒の対象外になったのかと思ったらとても嬉しかった。



「なら、オレらは友達ってことでオッケー?」


「はい! よろしくお願いします!」


「……そんじゃ、もう敬語やめよーぜ?」


「あ、うん。へへへ」



 友達になったら親し気に笑いながら話すのも解禁だ。

 それが嬉しくて頬が緩みっぱなしのまま話し合いは進み、結局依頼料は2千Dでミルドに押し切られてしまった。

 でも、友達価格だと言われてしまったら断れない。

 わたしもヴィオラメンバーのプライベート購入ではそうしてるし、ね。



 依頼内容と金額が合意に至ったので、その足で二人して冒険者ギルドへ行き依頼を更新した。

 ギルドに行くついでに、昨日ハルネスから注文を受けた高級ピックの納品もしてしまおうかと考えたけれど、結局やめた。

 代理販売のための初めての納品だし、明日改めて来ることにしよう。

 ミルドに昨日また400本も注文を受けたのだとこっそり話したら、当然だろと言われてしまった。

 何と、ミルドも開店したら50本購入するつもりだったらしい。



「何だ、言ってくれたらいつでも売ったのに。帰ったら売るね、友達価格で」


「やめろって。値引してもらうつもりなんかねーよ」


「いいじゃない。この後の昼ご飯は奢ってもらうつもりだしー」


「ん? ああ、ギルド長にランク10の開錠見せてもらった時のヤツか」


「そう、それそれ!」



 奢ったり奢られたりするのは付き合いが深まってからでないと不適切だと指摘を受け、それなら奢ってもかまわないくらいに親しくなったとミルドが判断したら食事をご馳走してくれと言ってあった。

 それ以来、いつ解禁になるかとずっと楽しみにしていたのだ。



「んじゃ、行くか。スミレは何か食いたいもんある?」


「二番街のお店はよく知らないから、ミルドのお勧めでいいよ。あ、冒険者っぽいメニューって何かある?」




 “あんた”という呼び方が“スミレ”になった。

 わたしも“さん付け”をやめた。



 この異世界でできた四人目の友達は、上位ランクの冒険者。

 ネトゲ世界も悪くない。

 きっと、もっと楽しくなる!

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