101話 寒冷地の性能テスト結果報告とPOP作成
お泊り会の翌朝、スープ屋のロヴネルがわたしの顔を見て、さすがに今日は一人かと言って笑顔を見せたから内心で少し驚いた。
付き合いが浅い内は笑顔を交えて異性と会話するとお誘いになってしまうので、ここ城下町ではおかしくて笑う時以外にわたしに笑顔を向ける魔族男性はいなかったのに。
いや、そういえばエルサと友達になったあたりからノイマンが笑顔を見せるようになっていたかもしれない。
城下町へ引っ越してきて約20日。毎日のように食べに来ていればそろそろ常連客として親し気に振る舞ってもいい頃合いなのか、ロヴネルだけでなくマッツの態度も何だか親密度が一段階上がっているような印象を受けた。
友達のファンヌを連れてきて紹介したのも影響あるのかな。よくわからない。
ただ、店主だけでなく客の魔族たちにも常連の一人として受け入れられたという感じは何となくしている。
常連と言えば、店に入る時に昨日ファンヌをナンパした男とすれ違った。
軽く手を上げて挨拶を寄越したので会釈を返したが、声を掛けることなく去っていったところを見ると、引き続きわたしのお誘い不要アピールを尊重してくれているようだ。
名前も部族も知らないけれど、悪い人ではないと思う。
厚切りベーコンとレタスの挟みパンにかぶりついていたらミルドが店に入ってきて、わたしに向かって手を振ったからこちらも振り返した。
朝食を手にミルドが向かい側の席に座り、四日ぶりの挨拶を交わす。
「おはよ。今日もうまそーに食ってるなぁ」
「おはよう、ミルドさん。昨日帰ってきたんですか?」
「うん。オレがいない間に何かあった?」
「昨日シェスティンさんからカタログが1部完成したって連絡があって、ミルドさんが帰ってきたら取りに行くことになってます。看板と名刺とドア札も完成してるから運んでもらえって」
「オッケー。先に借りたアイテム返したいんで、性能テストの結果報告してからでもいいか?」
「はい、お願いします」
自宅へ戻り、お茶を飲みながらミルドの報告を聞く。
寒冷地では毛織物の装備品はなかなか威力を発揮したようで、いつもと違い魔術で体を覆う空気の層の温度調節をしなくて済んだから楽だったと喜んでいた。
「さすがに雪の深いところでは魔術なしってわけにいかねーけど、たいていの場所は毛織物の装備品で何とかなった。まあ、オレら獣人族は体温が高いから他の部族にはちょい寒いかもしれねーな」
「へえ~、雪が降るところがあるんですね。いつか行ってみたいなぁ」
「あんた、城下町から出る許可もらってんの? 王都に成人魔族しか入れないのは王都独自のルールを知らないといろいろと不味いからなんだけど、あんた、城下町の中の常識すら怪しいのに外なんて大丈夫なのか?」
「うぐぅ……」
ミルドの指摘が痛い。
それに、もしわたしが城下町の外に出るとしたら、まず間違いなく保護者同伴だろう。
忙しい彼らを物見遊山に付き合わせるのは申し訳ないから実現は難しそうだが、機会がないとも限らないから一応里帰りの時にでも希望を伝えておこう。
「でも、今回の目玉は性能テストの対象じゃなかった『テント』と『寝袋』だ。寒冷地で使って初めてわかったんだけど、これどっちも温度調節機能が付いてるぞ。テント内は常温だったし、寝袋は温かくてめちゃくちゃ快適だった」
「えっ、道具じゃなくて魔術具だったってことですか?」
「いや、ほとんど魔力吸われなかったから道具扱いでいいだろ」
ミルドの言葉を聞いて、カタログには道具類で分類してしまった、どうしようと焦ったが、おそらく簡単な魔術陣が仕込んであるだけだからこの程度なら道具扱いでいいと聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。
うう、魔術具扱いになる境目がわからないよ……。
魔族の常識を身に着けるにはもっと魔術具の勉強をしなくちゃ。
「それにしても、こうなるとサバイバル系の道具類は本当に冒険者に人気が出そうですね。……この前話した『野外生活用具一式』を含めたサバイバル系の道具類を有料で貸し出すってサービス、真面目に検討しようかなぁ」
「いいんじゃねーの。でも、その前に暑いところも試してくる。寒暖両方に対応ってことを確認してからにしよーぜ」
「わかりました。お願いしますね!」
レンタルサービスが本決まりになったら、ポスターでも作って店内に貼るといいだろうか。
ネトゲのゲーム容量による制限からグラフィック関係は制限が多いが、幸いなことにテキストはその縛りから外れているようで、冒険者ギルドへ行く度にチェックしている依頼の掲示物は毎回内容が異なっていた。
絵入りのポスターは無理でも文字だけの掲示物なら作れるだろう。
うちは高額商品が多いけれど、それに見合うだけの価値があるのだから積極的にアピールしていきたい。
カタログには長所や特徴までは記載してないので、店頭でアピールする方法を考えないと……そうだ、POPを作ろう!
それをディスプレイした商品の傍に掲示したらいいんじゃないかな。
うわ~ッ、いよいよ本格的にお店っぽくなってきたぞ!
あとでシェスティンの工房へ行った時に、壁に飾られている作品の値段が書かれたカードはどこで手に入るのか聞いてみよう!
「カタログが1部完成すればプレオープンできるんだろ? いつやんの?」
「明日の星の日で考えているんですけど、ミルドさんの都合はどうですか? 知り合いの冒険者を連れてきてくれるって以前言ってましたよね」
「ああ、今週中はフィールドには出ないって聞いてるから問題ねーけど、いきなり明日開催なんてあんたの知り合いは大丈夫なのか?」
招待する予定の人にはプレオープンの話をする時に星の日あたりに開催予定だと伝えてあるので、たぶん問題ないと思う。
それに、都合が悪くて参加できなかったとしても、オープン後に来てもらえたらそれはそれで嬉しいし。
結果報告と打ち合わせが済んだら、さっそくシェスティンの工房へ向かった。
今日は三番街へ行くので朝からバルボラとヴィヴィを着ているのだが、外出中はスカーフを付けてお誘い不要アピールを強化する。
魔族国へ来てもうじき5か月。
そのほとんどをシネーラを着て過ごしていたからまだ少し慣れないが、雑貨屋が開業すればこの仕事着スタイルが常態となり、シネーラを着るのは里帰りとプライベートのお出掛け時だけになると思うと何だか感慨深い。
“働く魔族になる”という実感が湧いてくるのを感じながら、シェスティンの工房に到着した。
「ごめんね~! 本当は私の方から納品に行くべきなんだけど、残りのカタログを少しでも早く仕上げるよう作業に専念した方がいいと思ったの」
「いえいえ、わたしもその方がありがたいですから。1部だけ先に仕上げてもらえて助かりました。おかげで明日プレオープンを開催できます」
「あら、本当に急いでるのね。それじゃ、明日これを配るといいわ。はい、あなたの名刺よ」
「わあ~っ!」
手のひらの上にポンと載せられた小さな木箱の中に、白っぽい木の板に濃い紫色の絵の具で“スミレの雑貨屋”と書かれた名刺が入っていた。
スティーグから初めてこの店名を聞いた時はあんなに落胆したのに、この店名を見て嬉しく感じる日が来るとは思わなかったなぁ……。
木箱から名刺を取り出し、さっそく二人に渡そうとしたらシェスティンに止められてしまった。
「ちょっとちょっと! あなたの店の初めての名刺なのよ? 一番に渡したい人がいるんじゃないの?」
シェスティンにそう言われて真っ先に頭に浮かんだのは魔王の顔だった。
……そうだね。確かに最初の名刺は一番の庇護者である魔王に渡したい。
提案を素直に受け入れ、二人には別の機会に渡すことにする。
看板等を梱包してもらっている間に作品の値段が書かれたカードの入手先をシェスティンに尋ねたら、余っているからと言ってカードをひと束分けてくれた。
まずはこれで試してイメージを固めてから店に合うカードやインクを選ぶといいと言われ、なるほどごもっともだとありがたくカードを頂戴する。
教えてもらった品揃えが良いという中央通りの文具店はドローテアに聞いた手芸店のすぐ傍だったから、後日菜箸代わりの編み棒とまとめて買いに行こう。
残りのカタログの分もまとめて支払いを済ませ、シェスティンに諸々の御礼を伝えて工房を後にした。
帰宅するとすぐにミルドに頼んで看板を掛けてもらい、二人で眺める。
「やっぱ、あいつセンスいいなー」
「ええ、彼に頼んで本当に良かったです」
ついにわたしの店に看板が……と感慨に浸りつつも、確認が済んだら看板は一旦外してもらい、店のドア脇の棚に立て掛けておいた。
間違ってお客さんが入ってきたら困るから開店当日までは表に出すわけにはいかないけれど、明日のプレオープンに来てくれた人にはお披露目したい。
魔王の来店が他の招待客とかち合わないように時間を調整することになっているので、スティーグにプレオープンは明日に決まったとメモを送ったら、開店時刻の9時から1時間程度滞在するとすぐに返事が来た。
それなら、他の招待客には10時から夕方5時までと通達することにしよう。
「んじゃ、オレと知り合いは午後にするわ。エルサが来るのも午前だろ? あんま混んでると気忙しーからな」
「それじゃ、冒険者の皆さんは午後ということにしましょう。ギルド長とハルネスさんにも午後でお知らせしておきますね」
今日はこのあと招待客への連絡とPOP作りをするだけなので、明日の予定を確認し合ったところでミルドは帰っていった。
明日連れてきてくれる知り合いの冒険者ってどんな人なんだろう。楽しみだな。
プレオープンに誰を招待するかについてはかなり迷ったが、最終的にはヴィオラ会議のメンバーとメイン顧客層の冒険者だけに絞り、近所の人たちの招待はエルサを除いて見送ることにした。
店主たちは営業日で忙しいだろうし、親しいからといってオーグレーン荘関係者でドローテアにだけ声を掛けるのもちょっと気が引ける。
エルサにはあとで夕食を食べに行った時にこっそりと伝えよう。
ミルドの知り合いの冒険者にはミルドが連絡してくれるので、わたしは冒険者ギルド長のソルヴェイとベテランギルド職員のハルネスにプレオープン開催のお知らせのメモを送った。
すぐに返事が飛んできて、ギルド長は来られないそうだがハルネスは来てくれるらしい。
ギルド長のメモには『高級ピック300本、忘れてないだろうね? 明日ハルネスに購入させるから頼んだよ』と書かれていた。
300本って、あの注文本気だったのか……。
あとは、巡回班の班員にもどんな店か知ってもらっておいた方が良いかと思い、代表して班長のオルジフに連絡した。
明日の午後とお知らせしたところ、都合がつく班員は顔を出してくれるらしい。
プレオープンの連絡が終わったらPOPを書く作業に移る。
POPなんて書いたことがないから勝手がよくわからないけれど、商品アピールのためだ。頑張って文言を捻り出すしかない。
幸いなことにディスプレイしている商品は多くないので、夕方までにはPOPが完成した。
ひと通り掲示し終え、明日に間に合ったことに安堵する。
いよいよ明日はプレオープン。
一日の流れを把握するためにも、本当の営業のつもりで臨もうと思う。
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