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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第二章 城下町へ

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100話 ファンヌとお泊り会

 城下町でエルサという友達ができたとファンヌに話した時に、機会があれば紹介して欲しいと言われていたので、夕食はノイマンの食堂へ行くことにしていた。

 あらかじめエルサにも離宮で世話になっている友達を連れて行くと伝えておいたからか、食堂の奥まったところにあるテーブルに案内される。

 おそらくホールの仕事の邪魔にならずに会話に参加できる一番都合のいい場所なんだろう。



「いらっしゃい。前にも他の人たちと一緒に来てたわよね? 最高級シネーラを着たスミレも強烈だったけど、美人だったからアンタのこともよく覚えてるわ」


「まあ、ありがとう。わたしもあなたのヤルシュカがすごく可愛くて印象に残っていたの。今日の着こなしも素敵ね、よく似合っているわ」



 ドローテアとファンヌの初対面の挨拶がさらりとしたものだったのに比べると、エルサとファンヌの挨拶は双方ともにかなり熱が籠っている気がする。

 歳が近いせいもあるかもしれないけれど、どちらもわたしの友達だから友達同士仲良くなろうという意欲が感じられるというか、人懐っこいエルサはともかくクールなファンヌにしてはちょっと意外だ。

 でも、友達が仲良くしてくれるのはわたしも嬉しい。



「アハッ、ありがと。スミレのワードローブの監修をしてる人に着こなしを褒められるなんて嬉しいわ。この間見せてもらったけどすごくセンス良くて、服を選んでもらえるスミレがうらやましいって思ったもん。ねえ、今度一緒に買い物に行ってアタシの服も選んでくれない?」


「あああ、それはねエルサ、ちょっと違うんだよ……」


「スミレの説明不足が誤解の元でしょうけど、こればかりは仕方がないわね……」



 ファンヌがエルサを手招きして、耳元でこそこそと伝えている。

 大きな声では言えないが、わたしのワードローブを監修しているのはスティーグという魔人族の男性で、服だけでなくメイクやスカーフの巻き方も彼の指導によるものなのだと。

 もちろんわたしとスティーグの間に恋愛感情はまったくないのだけれど、保護者枠の一人だし何よりセンスが抜群に良いのでお任せしてしまっていると、わたしもこっそり付け加えた。



「なっ! ……恋仲でもない男を自分のオシャレに関わらせるなんて非常識だって説教したいところだけど、それがベストだったなら仕方ないわね……」


「ええ、わたしの力不足のせいなの。わたしが全部面倒見て上げられたら良かったのだけれど……。スミレには悪いと思っているわ」


「人族の亡命者だもん。対処が難しいのはわかるし、アンタが自分を責めることないわよ」


「そうそう。わたし自身は抵抗感ないからまったく問題ないよ。天才スティーグに全身コーデしてもらえて喜んでるんだから気にしないで」


「アンタはちょっと気にしなさいよ! まあ、外聞の悪さを理解してアタシに伏せてただけマシだけどさ。……ファンヌも大変ね、正直気が気でないでしょ」


「ああエルサ、わかってもらえて嬉しいわ。あなたと友達になったって聞いてとても心強かったの。スミレのこと、本当によろしくね」


「任せておきなさいって! ビシバシ鍛えておくから!」


「フフッ、頼もしいわ~」


「ちょっとー、わたしをネタにして盛り上がるのやめてよねー」



 エルサの誤解を解くだけのつもりだったけれど、意外とそこから話が盛り上がって、ファンヌとエルサはかなり意気投合したようだった。

 里帰りの日程の組み方が変わって(よう)の日を空けられる可能性も出てきたから、その時は三人で女子会をしようという話もできて大満足だ。




 楽しい気分で帰宅してお風呂を済ませたら、それぞれ飲み物を手にしてリビングのソファーで寛ぐ。

 パジャマパーティーというか二人ともネグリジェだけど、いよいよお泊り会のメインイベントのサシ飲み開始ですよ!

 ファンヌと仲良くなってからずっとこうして過ごしてみたいと考えていたことがようやく叶って感無量だ。

 窓の向こうに見えるオーグレーン商会の屋敷の庭を指差して、池に映る月をファンヌに見せながらも頬が緩んで仕方ない。


 女子のお泊り会といえば恋バナが酒のつまみになるのが定番だけれど、ファンヌはわたしに過去の恋愛話を訊いてこなかった。

 たぶん、戻れなくなった元の世界のことをわたしに思い出させたくなかったんだろうと思う。

 それでもやはり恋バナ路線から外れることはなく、おしゃべりのテーマは男性の好みに落ち着いた。

 ファンヌはマッチョ男性が好きらしく、オーグレーン荘にもいるよと話したら、どんな人かと食いついてきた。



「顔を見たら互いに挨拶はするけど、特に話したことないから人柄はよく知らないなぁ。……あ、ドローテアさんがあの二人は恋愛お断りだって言ってたっけ」


「ふ~ん。顔はどうでもいいけれど、体は一度見てみたいわね」


「うわ、ファンヌって意外と肉食系!?」


「部族の里の外で暮らしてる魔族なんて皆、多かれ少なかれ肉食系よ。精神的にも能力的にも強くないと里の外では暮らせないわ」



 少し酔ってきたのか、とろんとした目をやや伏せてフッと笑ったファンヌは壮絶に色っぽくて、思わずうひょ~ッ!と変な声を出してしまった。

 こんなファンヌに言い寄られて断る男なんているのかな。オーグレーン荘の恋愛お断り男子でもイッパツで陥落しそうな気がするけど。

 よく考えたらわたしは注意事項として魔族の恋愛に関する話を聞くだけで、間近で魔族カップルを見たことがないし、恋バナも碌に聞いていない気がする。

 陽月星記(ようげつせいき)も巻が進んで魔人族が登場したあたりから恋愛話が出てきたけれど、感情移入できるようなものじゃなかったし。



「だから気を付けなきゃダメよ? ぼんやりしていたらあっという間に取って食われかねないんだから」


「怖っ! 魔族社会怖いよ!」



 皆がわたしに用心しろというのは、わたしがのほほんとしているように見えるからなんだろうなぁ……。

 だけど、実際に魔族の恋愛がどんな感じなのか知らないので、どう気を付けたらいいのか今イチよくわからない。

 うーむ。心構えを持つためには、一応魔族の恋愛事情にもアンテナを立てておいた方がいいような気がして来たぞ。



 いい感じに酔いが回ったところでサシ飲みを切り上げ、寝る準備をする。

 二人一緒にベッドに並んだけれど、まだ余裕があるくらいにこの世界のベッドは大きい。

 物件の下見で訪れた時に家具に関する希望をカシュパルから尋ねられ、贅沢だと思いつつも離宮と同じくらいの大きいベッドが欲しいとお願いしたら、魔族社会では二人寝られるのが標準サイズだと返されて赤面してしまった。

 そうか、恋愛OKな人たちが多数派なら当然そうなるよね……。

 ちなみに、一人用のサイズは子供や成人前の魔族しか使わないそうだ。

 魔族の子供は里にある全寮制の学校のような施設で育つので、誰かのベッドに潜り込んで一緒に寝ることはよくあったらしく、こんな風に同性と同衾するのは久しぶりだとファンヌが懐かしがっている。

 同性以外となら久しくないんだろうかと生々しい想像をしてしまいそうだったので、わたしはあたふたとおやすみを言い、こっそりと自分に『鎮静』と『朦朧』をかけて早々に眠った。




 翌朝は二日酔いになることもなく、爽やかに目覚めた。

 わたしのいつもの朝の過ごし方と同じようにしたいとファンヌが言うので、今朝もマッツのパン屋とロヴネルのスープ屋へ行く。

 先に入ったスープ屋で、わたしたちを見たロヴネルが驚いたような顔をした。



「おっ。何だ、今朝も一緒なのか。もしかして泊まりか?」


「そうなんですよ~。えへへ、夕べは二人でお酒飲んだんです」



 つい頬が緩んでしまうわたしがにやけながら答える横で、ファンヌは涼し気な顔で頷いている。

 ……もしかするとファンヌは、わたしの家に泊まったことをさり気なく周知するために昨日今日と2回もここで食事しようとしたんだろうか。

 以前、エルサが同性とも出歩いた方がいいと助言してくれたけれど、ファンヌも同じことを考えたのかもしれない。


 酒を飲んだ翌日はトマトスープがいい、挟みパンの具は卵にしておけというロヴネルの勧めに従い、朝食を買って空いていたテーブルにつく。

 この後の予定を話し合いながら食べ始めたところへ、店の常連の魔族男性が一人近寄ってきて、ファンヌににこやかに話し掛けた。



「やあ。相席してもいいかな」



 うはっ、魔族のナンパだ! 初めて見た!!

 わたしがこの店でミルドに初めて声を掛けられた時とほぼ同じ内容なのに、その気の有無ってこんなに明確になるものなんだなぁと妙な感心をしてしまう。

 しかも、昨日は誰もファンヌに声を掛けてこなかったのに2日目ともなると果敢に挑んでくるんだから、本当に魔族は恋愛に積極的なんだなとしみじみ感じた。



「スミレ、知ってる人?」


「このお店の常連さんだよ。顔は知ってるけど、話したことはないかな」


「あらそう。顔見知り程度ならお断りしてもいいわね。わたしはこの子と二人で食べたいから、空いてるテーブルへ行ってくださいな」


「つれないなあ。こっちの子が一人の時は声掛けられなかったんだよ。せっかくの機会だからお近づきになろうと思ったんだけど」


「この子のお誘い不要アピールに配慮して声を掛けずにいてくれたことには感謝するわ。でも好みじゃないの。ごめんなさいね」


「まあ、今日は引くよ。でも、今度会った時はお茶くらい付き合ってくれよな」



 ファンヌがきっぱりと断ると、男は軽く肩をすくめて去っていった。

 確かに細身な人だからファンヌの好みじゃないよね……って、そうじゃなく。


 塩対応というか、結構バッサリといくんだなぁ。

 でも、NOと言えない日本人のわたしにはハードルが高いよ……。

 こういう感じでお断りしても本当に角は立たないのか、少し不安だ。



「すごいねファンヌ。わたしはスパッとお断りできるかどうか自信ないよ」


「単なる慣れね。それに、白の精霊祭の時にクランツを相手にお茶会に誘う練習をしたでしょ? あの時みたいにすればいいのよ。スミレはちゃんとやれるわ」



 ああ、確かもじもじしたらファンヌとクランツの双方からダメ出しされて、ビジネスモードに切り替えた後は高評価を得たんだっけ。

 “しない、行かない、必要ない、と断り続ければいい”と以前クランツも言っていたし、合コンの誘いを断る時みたいに淡々とその気がないことを伝えれば良さそうな気がしてきた。

 下手にためらって誤解されたら面倒だもの、頑張るしかない。




 店を出た後は食後の散歩がてらブラブラと歩きながら食材を買って帰り、二人でお菓子と昼ご飯を作って食べた。

 離宮でもファンヌと二人だけで過ごした時間は多かったのに、この二日間ほど濃密だったことはない。

 そのくらいたくさん話して、たくさん笑った。

 近所の馬車乗り場からファンヌが馬車に乗って帰るのを見送りながら、寂しさをしばらく噛みしめる。

 今までもファンヌのことは親友だと思っていたけれど、その想いが一層強くなった二日間だったな……。


 それに、多分今回のファンヌはいろんな場面でわたしに魔族女性としてのお手本を見せてくれていたように思う。

 その気遣いを無にしないよう、明日からも頑張らなくちゃ。



 ファンヌが使った白いマグカップを食器棚にしまいながら、わたしは次のお泊り会に思いを馳せた。

100話を迎えました!ここまで読んでいただき本当に感謝しています。

あと5、6話で雑貨屋オープン、その後徐々にスミレの行動範囲や人間関係が広がっていきます。今後のストーリーにもぜひお付き合いください!

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