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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
三・五章 滅亡ノ鐘
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暗殺者の気概

構内の鉄骨。その梁に、白装束を纏う男が居た。

地上から約四十間。

下半身がきゅうと締め付けられる感覚に、冷や汗がこぼれる。


──命綱はない。


震える足を叱咤し、彼は飛び降──。

 城の中は一部を除けば、非常に暗い。明かり取りが無い場所は見通しが聞かず、枯れ井戸の底を思わせる静寂(せいじゃく)(たた)えている。

 兵士らが手にする光源が揺れ、無作為に周囲を照らす。物陰や調度品のみならず、窓の外にまで乱反射していた。

 ここは、城の下層域である。石壁の隙間と地下から流れる空気のせいか、この周辺も気持ちばかり空気が湿っているようだ。そんな闇の中、じっとりとした(てのひら)鬱陶(うっとう)しい、と赤雷は思っていた。巡回中の敵も多く、その上ミシェルが捕まったからか、流石に参っているらしい。張り詰めた空気に当てられたのかも知れなかった。


 (そう言えば最下層は拷問(ごうもん)部屋が在るんだったか。いい趣味だな、まったく……)


 彼の父は筋金入りの剣客であったが、同時に一流の暗殺者でもあった。剣に長じていたが為に、人の隙というものを心得ていたわけだ。

 無意識か、彼の父である蘭月はそうした殺しの術の手解きをしていた。赤雷が大陸に移り住んで荒事で困らなかったのは、恐らくそれが要因だろう。


 だが、周辺の警戒は特に厳重である。先程通り掛かった連中の胸元には笛が提げられていた。発見されてしまえば、即座に応援が駆け付ける。更に言えば、そういった状況を想定している場合、彼らの味方が近くにいる事が予想された。

 死角に隠れたつもりでも、他方からは露見する可能性も否定できない。行動に支障を(きた)さない為にも、ある程度の兵を消しておく必要があると思われた。いずれにしても、苦肉の策だ。確かに騒がれなければ問題はない。

 とはいえ、早々に片を付けなければ、不審に思った人間に気取られてしまう。時間との勝負である。


 ──物音……一人か。


 曲がり角から、金属が擦れ、石畳に打突する音。そして、兵士らが手にしているであろう光が近付く。赤雷は物陰で屈み込み、息を殺して期を(うかが)う。すると、そいつはすぐにやって来た。

 利き手に短槍、もう片方にはランタンを持っている。十字路に身を潜める格好ではあるが、発見を危惧した彼は距離を置いている。黒装束を過信する訳にもいかない。曲がってくる気配があるのを察すると同時、赤雷が動く。

 身を寄せている方とは反対側の壁を、刀の柄で突く。瞬間、兵士の視線がそちらへと向いた。


 頭上に近い位置から発する音だが、そこには最早誰も居ない。赤雷の姿は敵の膝元である。駆け出す直前、鞘を利用して気を引いたのだ。単純ではあるが、成果は充分のようだった。

 なにぶん下方からの奇襲だ。聴覚はやや過敏であろうが、夜目に慣れているものにとっては致命的となる。目線の高さを警戒してしまうが為に、初動が遅れてしまうからだ。

 標的の眼球が、彼を捉えかけたその時。


 ──敵の膝へと脇差の刃を突き込んだ。

 柔らかな手応えを経て伝わる、痛打の感触。つまりそれは、鎧の板金が覆いきれない部位へ攻撃が通ったことの証だ。続け様に切っ先を引き抜き、最小限の動きで首を刺した。

 標的の身体が大きく跳ね、急速に痙攣(けいれん)が収まっていく。

 首へ手をやり、絶命を確認すると赤雷は移動しつつ邪魔な配置の敵を探りに掛かる。足音を殺しつつ、懐紙で脇差に付着した血(のり)(ぬぐ)う。死体を目立たない場所に隠し、再び歩を進めた、


 「ミシェル……無事だと良いが」


 言って、暗殺に支障のない敵兵の数を考える。とはいえ、それだけではない。逃走時に使えそうな経路から、いざと言う時の立ち回りに至るまでの状況を、彼は同時並行的に試算していた。地図などの情報と、経験とを擦り合わせる作業だ。


 「こんな時、アルシュが居てくれればな」


 赤雷が嘆息する。一人では行動しやすい反面、見落としや思い込みが足を引っ張りかねないのだ。かといって、策の穴ばかりを気にして立ち止まっても居られない。

 更に言えばアルシュの情報に、拷問部屋の警戒状況などは含まれていなかった。よもやこのような状況に陥るとは思わなかったのである。事を急いだのは失態なのかも知れなかった。間に合わなければ、ミシェルが取り返しの付かないことになってしまう。

 表面上は平静を装うが、やはり気が急いていた。


 (あと一五人近くは減らしておくか。何より、増援が来ると面倒だ)


 赤雷は長剣を死体から奪い、気配のする方へ向かう。察するに、人数は二人だろうか。同時に始末するとなれば面倒だが、背に腹は代えられない。


 ──片腕だけでも剣は振るえる。暗殺には充分過ぎるだろうな。


 装身具の光沢に留意しながらも、彼は闇の中を進んだ。暗殺に誇りも何もない。目的を達し、生き永らえることが難しく、肝要なのだから。仕事である以上、危ない橋を渡ることもままある。その中で最適解を模索し、過たず仕留めることこそが至高なのだ。彼やアルシュにとって、綺麗事とは世の啓蒙(けいもう)思想を謳う連中だけで充分なのである。


 目を閉じ、遠く祖国で散った父の言葉を思いながら、柄に込める力はいや増した。

……という夢を見たんだ。

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