追跡 肆
追跡パート、これにて終了。
──流石、荒事専門なだけはある。中々の脚だ。
赤雷は足を動かしながら感嘆した。勿論、人目を避ける為に裏道から尾行するなどして、外套をあてにしない工夫をしている。
とはいえ、今の彼は気持ちがやや急いていた。後半刻もすれば鐘が鳴り、朝の警らと引き継ぎが行われ、交替が始まるからだ。標的の男が城に籠る可能性がある。彼が余所者の噂を流す事もそうだが、ミシェルの存在を知られるのはまずいのだ。
この町に限らず、大抵の者は余所者に対して排他的である。領主の人柄にもよるが、追い出しに掛かる場合もあるだろう。特にミシェルは行動の要である。いくら手練れの補助があろうとも所詮は二人。数には勝てないのが実情であり、情報においても大きく劣っているからだ。ただでさえ慎重を期すことを強いられていたのが、より厳しい状況に陥る可能性が高くなっている。阻止さえ出来れば問題はないが、最悪の事態も考えておくべきだろう。
「……まったく、あいつと来たら」
ミシェルの事を思うが、恨み節ではない。何せ、彼自身が通ってきた道だからだ。功名心で先走った結果の失敗など、彼にしてみれば別段珍しくもない。危うく死にそうになることもあった。彼女の失態などはまだ可愛い方である。かといって、独断専行は許されざる事には違いないのだが。
思いを巡らせる内、市場の入り口が目についた。
──仕込みは上々……か?
実は赤雷、目標が市場へ向かうよう、敢えて目の前に姿を現すなどして行き先を修正したのだ。ミシェルが姿を見せないことで安堵し、城へ向かおうとする男の前で鯉口を切って見せ、方々を逃げ回らせたのである。
目論見としては問題ない。強いて言うなら、アルシュの一手こそが気掛かりだった。彼も老頭児だ。だからといって、「取り逃がした」では済まない。懸念は膨らむ一方である。
そんな中、男は下へ跳ぶ。疲れこそ見えているが、衰えは見えない体力に驚いていた。それに倣い、赤雷も後を追う。建物の突起へ手を掛け、振り子の要領で身体を前へと飛ばした。
やがて、市場を抜ける道に差し掛かる。アルシュと思われる者の介入は未だにない。すれ違ってしまったのではないか、ということも考えられた。もしそうであれば、作戦は失敗に終わったということになる。もっとも、彼とてこの一連を見ていない訳では無いのかも知れないが、万が一ということもある。
「畜生が……!」
土地勘がない事の不利は覆しがたい。その事実を赤雷は痛感していた。現実に先回りする際には苦労したのだ。更に言えば男が向かっているのは町の北側で、小道の多い区域である。その上、三里ほど北へ向かえば城へと繋がるのだ。最悪、取り逃がす事も否定できない。とはいえ打つ手もなく、彼は苛立っていた。
──あのくそ爺……仕留めるならさっさと仕留めちまえ。
赤雷の怒りが最高潮に達した時、それは放たれた。風を裂く音に彼は思わず身を捻るが、狙いは彼ではなかったようだ。傾いた視界の先を行く音の首を貫き、矢尻が顔を覗かせる。
一体誰が。そんな疑問を発する間もなく、反射的に頭上を見上げれば見知った顔が遠目に確認出来た。
「やりゃあ出来るんじゃねえか、先生」
高低差にして約七間。距離にして、三〇間ほど先に彼はいた。手には長弓、背には矢筒を掛けている。傷んだ赤髪は曙光に差され、輝いていた。
人通りは少なく、後始末するにも易い。非の打ち所もない手際である。ぞんざいに見えて気の効く男だ。或いはこの結果を予期していたのかも知れない。
目標が倒れ、身動きしないことを見届けるや、屋根上から姿を消した。言わずもがな、掃除屋にして高い医術を持つ──アルシュ=クロワである。
次回、内偵に移る予定です。
(内容は場合により、告知とは違う形を取る場合があります)
*一間…約1.5メートル。高さにおいても同じく一間として扱われる。距離の単位として在る。
七間は大体10メートル。
三〇間は45メートルくらい。




