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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
三・五章 滅亡ノ鐘
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初動 参

 男の荒い息づかいが、響く。つまりそれは、空気が音を伝えやすくなっていることの証だ。朝が近い──誰に言われるでもなく、彼は感覚でそれを知っていた。


 無骨な手が、壁面の(くぼ)みを(つか)む。身体を(よじ)らせ、時には振り子のように動かした。登る事が出来る場所を手早く見付け、移動を行う。効率的でなくとも、目的を達する事には代えられない。そもそも、夜道にあっても黒装束の隠密性能は過信出来ない可能性があった。


 ──気付かれたのは年の功か、それとも勘なのか。俺も殺気を抑えきれていないのやも知れんな。


 先程、標的の男が浮かべた表情を思い起こす。

 驚愕(きょうがく)の色に混じる、僅かな恐れ。それは自身を付け狙う、何者かの気配を察知したものに違いなかった。つまるところ、外套姿は(かえ)って不審な印象を与えたということでもある。良かれと思った選択が裏目に出ていることに、赤雷は嘆息した。

 相手が単なる薬物中毒者であれば、多少強引にでも片を付けるつもりだったのだ。それが、なまじ頭が回る為に、慎重な方向性で事に当たるしか無くなった。警戒されれば、外回りをすることも減る。だが、彼の懸念材料は、何もそれだけに限ったことではない。

 町人らの反感を買えば、領主と町人の双方から追われる羽目になる。後ろ楯がない以上、迅速に決着を付けるより他に無いのだ。(しゃく)ではあるが、一旦腰を据えることも肝要だと思い直す。仕損じては、もとも子もない。(はや)る気持ちを殺すしか無かった。


 赤雷は、民家の屋根に登ると、そこから町を睥睨(へいげい)する。まず、白みがかった夜空に、(ぼう)と浮かぶ明かり取りが目についた。何処か退廃的であるという感想を呑み込むと、八〇(けん)程先に男の姿を確認する。小さく映るが、辺りを気にして進む様子は他の夜警と違う点である。

 何よりも疎らな人の波が、彼の姿をさらけ出していたのだ。短時間にしてはよく移動した方ではあるが、よもや上から見られている等とは思いもしていないのだろう。足取りはさほど早く無かった。


 「こいつは重畳(ちょうじょう)。探す手間が省けた」


 相手の位置を確認しつつ、赤雷は屋根の上を疾駆(しっく)する。()び移らねばならぬ場所を見定め、不安定な足場でありながらも軽快に振る舞った。

 苦もなく追跡上問題のない距離を取ることは叶ったが、未だに人混みから離れない男に、赤雷は焦れる。

 頭上からの急襲に対応出来る人間がいるとは思えない。寧ろ、無事な方がどうかしているだろう。では何故一思いに畳み掛けないのかと言えば、人目を(はばか)っての事だ。確かに、今実行に移すことは容易だが、間違いなく今後の動きに響いてくる。姿を隠し、幽霊のようにやり過ごすことで相手の隙を突く。隠密とはそう言うものだ。


 ──くそ、やり辛いな……。


 町長らの話の端々から、自警団はいきり立っている事が予想される。町を自ら守れないという事実は、苦痛でしかないだろう。数日前には、領主の私兵と()めたこともあるらしい。

 そんな彼らに目を付けられれば、最悪身動きが取れない事態も考えられた。赤雷は状況を纏め、男の動きを観察するに当たり、ひとつの変化に気付く。

 もし今、自分が考えていることが的中しているならば。そう思うと血の気が引いた。仮にそうであるなら、手探りで行ってきたこと全てが水泡に帰すのだ。


 「おい、まさか──くそっ、あいつは本当に言うことを聞きやしねえッ!?」


 町娘然とした風体で通りを歩く少女が、彼の目に映った。ゆっくりと、標的の前へと進んでいく。

 煌めく赤髪を風に遊ばせる彼女こそ、作戦の要──ミシェルその人だ。最早気を()んでなどいられない。近付けば、その顔は敵意に染まっていることが分かったからだ。

 人が居ない場所へ跳躍(ちょうやく)。着地するが早いか、赤雷は地理に明るくないことも厭わず、裏道へと身を滑らせた。


 ──頼む、間に合え!

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