初動 弐
標的は薬物中毒者。阿片窟近く。
「ふふふ、いい気分だあ」
町中を一人の男が歩く。その足取りは覚束無く、安定していない。武装していることも手伝って、道行く者は遠巻きに眺めるだけだ。
彼のように阿片窟で一服つける人間は、そう珍しいものではない。破滅から目を背け、一時の陶酔に身を委ねる。或いは、家族に先立たれた事を受け入れられない者が──。
張りのない肌は、浅黒く、声は嗄れている。年かさのある風だった。目つきは蕩けて、胡乱げだ。
とは言え、意識は割かしはっきりしているようである。若干浮わついた思考ではあるが、彼は状況を観察していた。
(ここ数日、ずっと付け回されたが……今日は尾行されていないようだな)
男はそれとなく振り返ったが、陰に隠れる者は居ない。見られているような感覚も無かった。最悪の可能性として、尾行する者が変わり、こちらが察知出来ていないことが考えられる。腕利き
だが、それもすぐに否定された。
狭い路地を幾度も通った上、よほど土地勘がなければ分からないような裏道も使っている。彼には、居場所が特定されないだろうという自信があったのだ。特に荒事の専門ともなれば、どこで恨みを買っても不思議ではない。そう言った気配には殊更敏感なのだ。
もっとも、余程の腕利きであるという考えが浮かばないでもなかった。そうなればお手上げである。そこで、ひとつ手を打とうと思い立つ。
再度、裏通りを通る事にしたのだ。
(逃げるが勝ち、ってなぁ)
やがて表通りに出ると、喧騒が戻ってきた。翠に赤など、色鮮やかな旗が風に翻る。また、酸えた香りとは違い、屋台からは芳醇な匂いが漂っていた。
手狭な裏道から出てきた彼を訝しげに観察する者も居るが、目元を見ると我関せずと言わんばかりに立ち去っていく。無理もない。薬物中毒者となると、何を始めるか分かったものではないからだ。
「──うん?」
その時彼の視界──その端に、黒い外套を纏う人物が映った気がした。賑わう中で異彩を放つが故、気掛かりになったのだ。だが、彼が見遣るとそんな姿をした者は居なかった。ただ人混みが雑然と広がるだけでしかない。道行く人に目をやれば、互いにぶつかり、舌打ちをするもの。或いは、頭を下げるものがいるだけだ。
気のせいか。
不意にこぼれた彼の言葉は、雑音に呑まれ誰に届くこともなかった。
それは近くで彼を観察していたものも例外ではない。
「……さて、どうやって仕留めたものか」
警らの男が後方を気にしなくなった頃だ。濡れ羽色の髪を覗かせた男が、泰然とした口調で呟く。
言い終えるが否や、彼は小路の入り口から移動を開始する。滑らかに、かつ素早く動いたその姿は影のようでさえあった。
次回、赤雷らの視点から状況を転がします(*`・ω・)ゞ




