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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
三章 剣ノ勲
79/120

幕間

 気だるい午後、赤雷は一人で街中を彷徨(うろつ)いていた。露店が立ち並ぶ通りで治安は宜しくないが、彼を取り囲もうとする者はもう居ない。かつて同郷の剣士との死闘を繰り広げた後、彼らは一度街を出たのだ。

 しかし、副隊長が殺された責は隊長の監督(かんとく)不行き届きであるとされたのか。真面目で不憫(ふびん)な彼は、懲役(ちょうえき)を喰らい失脚(しっきゃく)。騎士団長直々に詰問(きつもん)され、街から姿を消したのが事件後、数日を経てからだ。

 それ以来、幸いなことに赤雷やアルシュを追う者は居なくなっている。追っ手が消えたことは喜ばしかったし、何より後ろ暗い事情を抱えた者としては居心地がよいからだ。

 勿論、赤雷が深傷を負ったという情報を耳聡(みみざと)く収集している輩はごまんといた──が、名うてである彼の剣に敵おうはずもない。何故かと言えば、デポトワールへとんぼ返りしたその日に、男──戦士であり、賞金稼ぎの類であったらしい──を一太刀で返り討ちにしている。後で聞けば、赤雷の留守をいいことに増長していたらしく、赤雷を除けば敵う者が居なかったということだ。


 恐るべきは、隻腕(せいわん)となって尚(おとろ)えぬ彼の剣腕である。いきり立って男の加勢に付く腹づもりだった連中は、揃って顔を青くした。一方的な展開に、奮い起った際の戦意は喪失されたのだ。


 結果として赤雷の名を一層(とどろ)かせるだけに終わり、表向きは至って平穏だった。誰しも我が身可愛さに彼らを放置していると言っても過言ではない。

 耳打ちするような会話が苛立ちを誘い、彼は聞こえよがしに舌打ちをこぼす。

 (ねた)みや、(そね)み。意に沿わぬ彼の首を欲しがる声もある。因みに一番否定したかったのは、“美少女を(はべ)らせている”という根も葉もない噂だ。それは言わずもがな、ミシェルの事である。


 「俺のような中年と、まだ年若い女だぞ……。どいつもこいつも、頭おかしいんじゃねえのか」


 アルシュとの話によれば、時折本人の耳にも届いているらしい。我関せずの態度が(かえ)って居心地悪く感じられた。気にするなとアルシュは言っていたが、彼は少しばかり気掛かりである。

 色恋に浮わつくのは何も問題ではないが、内容が内容だけに鬱陶(うっとう)しくて仕方がなかった。好きでもない男との間にあらぬ想像をされては堪らないだろうからだ。力では勝てぬからと言って悪評を流して楽しむ、そんな連中を叩き斬りたい衝動がちらつく。

 鯉口(こいくち)を切ろうと数瞬考え──伸ばしかけた手を下ろす。陰口を背に、早足で往来を抜けていく。


 ──やめた、阿呆らしい。下らんことで得物を鈍刀(なまくら)にするなぞ、三流の辻斬(つじぎ)りでもやるまい。


 数分歩くと、診療所の前に出た。

 掘っ建て小屋のような外観なのは仕方がないことだ。以前建物自体が吹き飛んでしまったのだから。そうは言っても、中身は事件前より質素で清潔感がある。数日前に訪ねてみると、薬瓶が五割以上処分されていた。使えないものでも残っていたのだろうか。

 随分と変わったもんだ。感慨深く思索にふけり、扉に手を掛けようとしたその時、


 「赤雷か、待っておったぞ! ……あ」


 唐突に開け放たれたそれが、赤雷の鼻っ柱を強襲した。普段彼に対して当たりの強いアルシュではあるが、この時ばかりはばつが悪そうである。

 顔を押さえながら、彼は喚いた。


 「『……あ』じゃねぇんだよ、『……あ』じゃあ! あんたが気分良いとき(・・・・・・)はいつもそうだなオイ、狙ってやがんのか!?」


 至近距離で怒鳴られたアルシュが眉をしかめる。耳が遠いと不満を漏らしている彼を慮っているにしても、喧嘩を吹っ掛けるような物言いだ。


 「そうがなるな! お主も周りを確認せぬからじゃ。両成敗で手打ちとしようではないか。儂も悪かった」


 「うるせぇ、今日という今日は我慢ならん。おとといも同じ事しやがって、このボケ爺!」


 「──なんじゃと?」


 今日も今日とて喧々囂々(けんけんごうごう)。何時ものように、乱痴気騒ぎが起こる寸前まで加熱した両者の怒りはしかし、思わぬ者の声で冷や水を掛けられる。


 「二人とも──うるさい」


 ミシェルだ。

 長い赤銅色の髪を結わえてサイドテールにしてあるが、よく見れば所々乱れている。格好から察するに寝起きなのだろう。

 不機嫌なのか、低音で迫る表情が恐ろしい。鼻梁(びりょう)が整っている分、一入(ひとしお)である。

 冷たい視線を受け取り、アルシュが謝罪した。


 「すまなんだ、ミシェル君。昨日はあまり眠れておらなんだろ? ほれ、お主も頭を下げぬか」


 「なんなんだよ、そもそも先生が呼び出しただろうが。それとも何か、俺が悪いことでもしたとでも言うのか?」


 頭を押さえられた赤雷は抗議の声をあげる。


 「──用件は無いの、帰って。先生は、私と(・・)お話するんだから」


 ところが、ミシェルが拒絶の意を表す。

 出会った当初から折り合いがよく無い。捨て子だったからか、中々に気丈な子供だった。その反面よく笑い、愛想がいい──が、赤雷とだけは不仲である。

 何となく過去を振り返れば、シガールと別れた後。それ以降、風当たりが厳しくなっていると、赤雷はそう感じた。彼女の思いを考えれば当然のことである。シガールはミシェルの想い人なのだから。


 「健気なこった。あいつに見せてやりたいもんだ」


 思わず笑みを漏らす赤雷に、ミシェルは鼻白む。普段であれば診療所の奥へ消えるのだが、今日は珍しく赤雷の前に居た。もっとも、彼とは顔すら合わせないようにしていたが。

 若干晴れやかな彼に、アルシュは不思議そうな顔を見せる。


 「……お主のような朴念仁(ぼくねんじん)が、よくもまあ妻をめとったものよな。弱味でも握ったのではないか?」


 「うるせえんだよ!」


 そう怒るなと(なだ)めるアルシュに、視線で不満を訴えた。


 「気にするでない。若人がそこまで気揉みしては、早々に禿()げてしまうぞ?」


 無言で睨み付けると、彼は大仰に肩を竦めて見せる。赤雷の意図が伝わったようだ。心なしか気落ちしたように見えなくもない。茶化されていたのだろうか。赤雷は呆れの気配を(にじ)ませた。

 打って変わって、アルシュは静かに口を開く。


 「実はな、この街から出ようと思うておる」


 「ほう。そりゃまたどうしてだ?」


 「最近、治療を受けに来る者が少なくなっておる。元より儂は治すのが本分じゃ……何より、壊すのにはもう()いた」


 思わぬ言葉に目を丸くする二人。ミシェルに至っては完全に当惑していた。赤雷は言葉を吟味(ぎんみ)し、空を仰ぐ。そしてすぐに視線はアルシュへと戻る。


 「あんた、相当参ってるな。日頃の減らず口も形無しってわけか」


 何故だろうか、小憎らしい相手が静かだと言うのに素直に喜べなかった。思い返せばアルシュは治療後、返り血を小まめに除去する習慣がある。それがここ最近ではあまり見受けられない。

 何時からなのかは判然としないが、気疲れしているらしかった。


 「そうね。どこかの誰かさんも、死んだ魚みたいな目をしてる癖して軽口を叩けるものね」


 「あぁ、そうだな。お前も何処かの誰かさんと乳繰り合えれば、そりゃあご機嫌だろうさ」


 「──なっ!?」


 赤面して(うつむ)くミシェルを尻目に、赤雷はしたり顔である。意趣返し出来たことが余程嬉しいようだ。力に訴えての行動ではないとは言え、内容が内容だけに質が悪い。

 アルシュが思わず顔を覆う。今度は彼が呆れる番だった。羞恥と憤怒が入り交じる彼女に、哀れみの念を禁じ得ない。

 聞こえよがしに咳払いをし、アルシュは本題へ入ることにした。


 「まあ、話を戻すとな、儂の恩人が西方におるらしい──人伝(ひとづて)である故、不確実じゃがな。お主さえよければ、共に行かぬか?」


 「あんた、正気かよ」


 「はは、こうして話していると初めて出会った時のことを思い出すな! 覚えておるか? 開口一番、『くそったれの異邦人、こいつ()を治せ!』──じゃぞ。不思議なものじゃて、第一印象はお互い最悪だったと言うのにな」


 「……昔話するほど年食っちゃいねえだろ、あんた」


 案ずる赤雷に、アルシュは手を振って「さてな」と返す。

 いつ以来だろうか、明るい話題とは縁遠くなっていた。シガールが居た頃は泣き、笑い合ったものだ。時には喧嘩もした。

 彼は自覚する。

 シガールが居ないから、こんなにも暗いのだろうかと──。

 屋台の食べ物に頬を緩ませ、王都付近で催される曲芸に目を輝かせた。年頃にしては老成しているように見えても、中身は年相応なのだ。

 無くしてから気付く有り難さとはこう言うものかと、赤雷は思い返していた。


 「──いや、知らねえ内に俺が年を食ったのかもな。その……『好きにしろ』だとか散々言って来たが、俺も連れていってはくれないか?」


 ミシェルとアルシュは、呆けた顔を見合わせる。


 「勝手にすれば?」


 彼女はそう言うなり、奥へと消えた。身支度を整えるのだろう。その背を見送ったアルシュは、何処となく嬉しそうである。


 「これでお主も儂らの仲間入りじゃな!」


 「──今まで仲間じゃなかったのかよ、おい。ふざけんな!」


 いい気分が台無しだと毒づく赤雷に、アルシュは「そう言うな、冗談じゃ」と笑い掛けた。


 「儂の経験上、世界は存外狭いものじゃよ? もしかすると、シガール君に会えるやも知れんぞ」


 「そりゃあいい──しかし、だ。あいつが笑ってるんってんなら、こっちがわざわざしゃしゃり出ることもねえだろ」


 それが野暮ってものだろ。その言葉を受け取ったアルシュが、彼を中へと招く。


 「ちょうど、いい古酒を手に入れたところじゃ。得も言われぬ香りでな、儂も楽しみよ。今から皆で呑むとしよう」


 「あぁ、精々あんたが潰れるまで付き合うさ」


 寂しいという気持ちを抱えた三人は、少しのはずが結局朝まで呑み明かすことになる。

 空席のある酒宴ではあるが、騒ぐ彼らの笑顔は最後まで晴れやかであった。

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