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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
三章 剣ノ勲
78/120

生還

後書きにて、簡潔ながら予告実施してみます。

それでは本編をどうぞ!

 断続的に水音が響いていた。

 微睡(まどろ)みかけた意識が徐々に浮上していく中、彼はそれを朧気に知覚する。

 頬を()でる湿った冷たい風、苔むした匂いを感じた。

 ──ぴちゃりと、顔に雫が落ちる。


 「……ん──つぅ!?」


 反射的に飛び起き、痛みに(もだ)える。激しい動きが傷に響いたようだ。

 ようやく彼は、自身が眠りから目覚めたことを知る。鋭い痛みのせいか、すっかり覚醒していた。


 (生きている、のか。果たしてこれで良かったのやら……いや、死ぬ訳にはいかないか)


 思わず嘆息。死んだとばかり思っていたが、どうやら永らえたらしい。皮肉なものだと、シガールは思った。

 とは言え、感傷に浸っても居られない。最前線で戦闘を行っていたのだ。彼は命拾いした理由を探すところから始めた。

 そこで自身が置かれた状況を把握するべく周囲を観察すれば、ここが洞穴(どうけつ)であることに気付く。切り立った岩壁や、泥濘(ぬかる)んだ土。外から吹き付ける風と、差し込む光とがそれを知らせていた。

 身体へと目を向ければ、布切れで傷を圧迫してあることが分かる。手当てを受けた痕跡であり、誰かの温情らしい。取り替えられたのか、隅の方には黒く変色した布が(たた)まれている。

 真ん中には()き火の後があった。近くには、焼いた川魚が香草の葉にくるまれている。更に果実の芯や種子が無造作に散乱している。


 「これは一体?」


 (いぶか)る声は、誰に向けたものでもなかった。困惑を緩和する、一種の儀式的なものだ。


 「目ぇ覚めたか、(わっぱ)


 だからこそ、返事があることは想像だにしていない。ましてや狙い済ましていたかのような機などとは。これにはシガールも飛び上がるほど驚いた。激痛を訴える傷口を恨めしげに睨み付け、声の主を確認すると、そこには男が立っていた。

 顔には見覚えがある。角張った顔付きに、口回りに生えた不精ひげと、太めの産毛は熊のような印象だ。癖のある喋りだが、くしゃりとした笑みが人の()さを言外に伝えている。


 「ドミニクさん……ドミニクさんじゃないですか!?」


 彼の身体を見れば、装備はひしゃげて血痕がべったりと付着していた。足はびっこを引いており、刀傷は全身に走っている。兜を脱いでいる分、その痛々しさがよく分かった。やせ我慢なのか、当人は和やかな笑顔をシガールへ向ける。


 「魚さ喰ったか。腹ぁ空いたベ、なあ?」


 「いや、そんなことより……その傷、大丈夫なんですか!?」


 シガールは彼のことが気掛かりになった。あまりの状況に、自身が重傷を負ったことは失念してしまっている。


 「んだども、お(めえ)の方が(ひで)ぇからよ。助けねえ訳にはいかねえべや」


 尚も食い下がろうとしたところで、身を縮める。ドミニクが言わんこっちゃないとばかりに頭を撫で付け、寝かせる。

 スブニールらの話によれば、どうにも彼は戦闘が苦手らしい。幾度か怖い、と本音を吐露していたこともあったそうだ。酒の席では笑い種ではあったが、スブニールらが彼の擁護(ようご)に回ることはままあった。事実、心根が優しいのだろう。人の苦痛や不幸を共に悲しみ、涙を流せる──そんな男だ。武人気質のレミー、軽薄そうなジルベールらとも、また違う性格である。

 そんな振る舞いだからか、武闘派以外の人間には慕われていた。()く言うシガールもその一人で、酒場などに連れ合ったものだ。

 そこまで考えて、彼は自分とドミニクが生きていることに疑問を持つ。ことの顛末(てんまつ)について尋ねると、彼の顔が曇った。


 「生きてるのは儂らだけだべな。団長も指示の後に撤退しちまった」


 話を(まと)めると、どうやらシガールら殿軍は壊滅したらしい。僅かながら生き残りもいたが、深傷(ふかで)を負って手の施しようがなかったようだ。ドミニクによれば、シガール達はかなり運がよい方だ、とのことである。混戦という状況で命拾いしたことは驚嘆するべき結果だ。

 因みに、シガールが昏睡していたのは実に十日余り。呼吸が荒く、浅い事から一時は絶望視するしかなかった。しかし、それ以降は落ち着きを見せ、今に至るという訳だ。

 喜ぶべきことだが、彼の心境は複雑だった。


 (また俺は死に損なった、ということか。だからといって、安易に死ねない……)


 俺が力を付けるのは当然の責務なのだから。

 占める思いはそれが全てである。彼にとっては立ち止まっているなど、もっての他でしかない。

 ──剣を取らねば。

 植え付けられた本能(衝動)のままに、シガールは得物へと手を伸ばす。ところが、身体が自分のものでないような感覚があった。頭の奥で火花が散るような、苦痛に悶絶する。


 「このバカ、何をする気だ! さっきの儂の話を聞いとったのか!?」


 その様子を見たドミニクが()えた。

 確かに安静にしなければ、死んでしまうだろう。

 ──しかし、


 「……うるさい」


 「──あぁ?」


 「あんたに、俺の……何が分かる!」


 シガールは納得しなかった。剣を取り、前に進まなければならないのだと、そう考えたからに他ならない。何より弱い自身と言うものを心の底から憎んでいた。その上、苛ついて余裕がなくなっていたのか、ドミニクへの言葉は荒い。今の今まで抑え込んでいた感情は遂に爆発したのである。


 「そんなもん分かるわけねえべ。大体お前、その身体じゃあ死にに行くようなもんだぞ? 自分の命も大事に出来ねえ輩に、何が出来んだ」


 「──くっ、この……!」


 正論だった。

 (くつがえ)しようのない現実を前に、悔し涙が零れる。ただ(みじ)めでしかなかった。自分の現在の力量、出来うる最大限──その限界をそこに見たからだ。ドミニクにどれほど(たて)突いても仕方が無いことなのだから。

 現に彼は、先の激突で戦闘行為に忌避感を持ったきらいがある。話の中で仲間の顔が見られるだけで安心した、とも言っていた。つまりは、議論をぶつけたとしても、お互いの間に横たわる溝の深さを再確認するだけでしかないわけだ。だからこそ、シガールはこれ以上言葉を投げ掛けたとて、ドミニクとは分かり合えないのだと(さと)る。それはもはや確信に近かった。

 気まずい沈黙が流れる。

 二〇は数えただろうか、ドミニクが口を開く。


 「儂も言い過ぎた。さ、飯にするべ。腹が膨れれば、気分も変わるべ」


 唐突な言葉に、シガールはある男を思い浮かべる。不敵にして不(そん)の、異邦人()の顔を──。

 赤雷に出会った時と同じ台詞だった。怒りは多少(くすぶ)ってはいるが、なにぶん空腹である。今すぐにでも腹ごしらえがしたい気分を抑え、無理のないように身体を起こすと焼き立ての魚にかじり付く。不恰好(ぶかっこう)なシガールに、ドミニクは微笑を見せる。


 「うめえか?」


 そう言えば、と彼は思い出す。


 ──赤雷さんは、あの時笑ってたっけ……。


 それは、不思議な感覚だった。

 思想、信念も違うはずの男が赤雷と同じ言葉を放ったのだ。不意に笑みがもれる。魚は香り付けだけであるが、臓腑(ぞうふ)()みわたった。

 きっと晴れ渡った空の下の何処かに、彼が居るのだろう。傍に居ずとも、繋がっているのだ。そう思うと不快感はいつしか霧散していた。

 

 「この魚、美味しいです!」


 落ち着いた頃、王都へ戻ろう。

 シガールは静かに、そう決意した。







【次話予告】

幕間。

シガールが王都へ戻ることを決意した頃、異国の暗殺者は退屈な日々にうんざりしていた。

一層淀んだ目をした彼は、しかしひょんな事からデポトワールから移動することとなる。



「──お主も来るか?」


「はっ、好きにしろ」

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