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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
三章 剣ノ勲
68/120

真の戦場 弐

不調を押して、ようやく更新が叶い──ゲホッゴホッ!

だ、大丈夫です……ちょっと口元が赤くなった程度です。

 国境付近に位置する林は思いのほか広い。

 荒廃した──未だ広がりを見せつつある──大地と隣接しながらも、豊かな緑をたくわえている。東西に一五、南北は一八里にも及ぶ範囲に手付かずの自然が根付いている。

 アバンツァータが侵入したのは、シエル王国の肥沃(ひよく)な土地柄を知っていたことと、人の手が入った形跡がないことを予見していたからだ。もっとも、以前からの敵地視察で手に入っていた情報ではあるのだが。


 「まさか騎兵隊の尻拭(しりぬぐ)いを、俺らが任されるとはな」


 軽装の兵士が八名、林の入り口近くを哨戒(しょうかい)していた。革の胸当てと脛当(すねあ)てを身に付け、手には長弓を手にしている。腰に差した短剣などが木々や(しげみ)みに当たる度、彼らは冷や汗をかいた。何故なら、敵陣が近いからである。

 ──そう、アバンツァータが放った斥候である。

 一人が小声で話すと、それぞれ勝手に話し始める。


 「口だけ達者なんだろう」


 「馬鹿、口は慎め。吊し上げられるぞ!」


 「士気も兵力も劣る寡兵を相手に、おめおめと戻ってきたんだろ。大した連中だよな」


 ──しまった。口に出さずして、失態に毒づく。

 最初に口を開いたのが年かさの男自身であるが、早々に(たしな)めることを諦めた。

 斥候を務めるのは、日陰の生活をする者が多い。破壊工作や情報収集などの汚れ仕事しか任されず、味方であるはずの正規兵から陰口をたたかれるのは日常茶飯事だ。かといって戦闘力が低い者に務まる職ではない。武具の扱いに長け、かつ身軽な人物と条件は限られる。その為、支給される給与は高水準ではある。なにぶん、偵察という危険度の高い任務を任されているのだ。門扉(もんぴ)も狭い。

 次の日の出まで生きていられるか危うい。これはそういうものである。

 しかし、前線に出て敵と(しのぎ)を削る兵士たちにしてみれば、面白くないらしい。危難の少ない仕事で高給取りであるように映るのだろう。彼らからの視線は常に白い。

 ──馬鹿を言え、偵察の後は俺らも加勢してるだろうが!


 かつて彼が憤ったことは、ほんの数回ではない。両の手で勘定出来ぬほどの激情をぶつけた。その都度死の危機に直面してきた。分かったのは、味方との衝突は早死にを招くということだけ。若かりし日のちっぽけな正義感のせいで、同僚の顔ぶれは幾度となく変動している。

 理不尽な言い掛かりやいびりも多い。実際、彼らの言い分にも一理ある。それを噴出させないだけ、かつての己よりは優秀だ。少しだけ胸のすく感覚がした。

 

 (俺が黙殺すればいいだけさ……)


 シエル王国の陣容を確認する為、後ろに制止の合図を送るが程なくして前進を指示した。

 彼らの前方二五間ほど先、そこには鎧姿の騎士が居た。赤の装飾──シエル王国側の兵である。

 ところが、四名のみで帯剣している素振りはない。その上、周辺に本隊は見当たらない。(わず)かに白み始めた地平線を眺めるものの、やはり彼ら以外に人影はない。


 「一人報告へ戻れ。このまま監視を行うが、通例に(のっと)り動きがあれば制圧する。さて、誰を行かせたものか」


 「であれば、俺が本隊に通達を……。場合によっては戦闘準備も必要でしょう」


 頼んだ。頭目──年かさの男だ──の言葉の後、年若い彼は木々の間に消えていった。

 彼の安全を見送ってすぐ、異変に気付く。剣を差してはいないが、その手には見慣れた品があった。それは、一見すると石のようにしか見えないだろう。


 「……火打ち石?」

 誰からともなく漏れた呟きは、一瞬だけだが行動の遅延を生じさせた。真っ先に反応したのは、頭目の男である。


 「あいつら、火を放つ心算だ……これは、阻止せねば!」


 可能な限り素早く、音を殺しながら接近する。射撃を外すということは射手の居場所が特定されるのと同義だ。足元の小枝一本、果ては石つぶてにさえ注意を払い、進む。

 彼我距離は十五間もない場所に、敵を捉えた。比較的狙いやすい箇所であり、枝分かれしたところから身を隠すことが出来そうだ。これ以上ない場所である。

 敵は火口(ほくち)──繊維の一種で火起こしに必須──を用意していた。


 「時は一刻を争う! 矢を(つが)えろ!」


 (つる)が引き絞られる。静寂の中、長弓の芯材が(きし)み緊張をもたらす。

 しかし、放てという号令は下らない。

 次の瞬間、頭目の側頭部に衝撃が走り、彼は反射的にそこを触る。拍子抜けするほど、間抜けな声が漏れる。想定外のことに困惑していたのか、それは言葉とは程遠いものだった。


 恐る恐る仲間達も確認すれば、(やじり)が彼の頭部を深々と穿(うが)っているのが目に入った。次いで、二本の矢玉が胸部、後頭部に吸い込まれる。彼は膝で一度止まったかと思うと、そのまま力なく(くずお)れた。

 頭目の絶命を皮切りに、彼らは一人、また一人と倒れる。あるものは腹部に矢が生え、首筋を貫徹し頭蓋に到達していく。矢の雨というには(いささ)か弱いだろうが、それは一本一本が的確にアバンツァータの兵を襲う。聞こえるのはアバンツァータ側の悲鳴と怒号、そして矢羽根が起こす風切り音だけである。

 

 「……ひっ!?」


 幸か不幸か、最後に残された二人は身を(ひるがえ)して逃走を図る。しかし、それは悪手であった。

 様々な場所から狙撃されていたということを、彼らは失念している。混乱の為か、背後を取られることへの恐怖は、死の恐怖に上塗りされてしまっていたからだ。

 一人の背中に十数本の矢が突き刺さった。それだけではない。膝を、肘を、地を蹴った足の裏でさえもが貫かれる。


 仲間の非業の死が目に入る。

 ──立ち止まっていられない。

 その想いが強いせいか、射撃は届いては来なかった。混乱する思考の中で、彼はシエル王国に監視されているのではないか、そんな懸念を持つ。


 「……皆、すまない。そうだ、あいつらの行動を止め──ッ!?」


 安堵(あんど)の息を吐きかけたその時、彼の首に何かが巻き付く。束の間、蛇か何かだと思った彼は愕然(がくぜん)とした。

 ──泥を塗りつけた人の腕だ。

 それも、手甲を外したもので、男にしては細いものである。寧ろ、この状況で細身というのは最悪だ。絞め技というものは、技を掛ける者の腕が細ければ細いほど食い込むもの。藻掻(もが)けば藻掻くほどに苦しむことになるが、疲弊(ひへい)した身体は呼吸を求めていた。

 それでも、火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか。男は全力で引き剥がしにかかる。木々への体当たり、後方への肘打ちなどおよそ試されるであろう全てを行った。

 一通り暴れると、彼の動きが明らかに鈍って来る。ここに来て、異国の言葉で男は何事か呟いた。


 「……ふぅ、もう落ちる頃とは思ったが。苦しませたか」


 男にしては声質が高い気がする。或いはそんな錯覚をしたのかも知れない。


 「──悪かったな。……でも、もう時間がないんだ」


 瞬間、何かが粉砕されるような鈍い音が響くと、彼の口から大量の血液が漏れる。自らの体液に溺れゆくなか、股間が湿っていくのを知覚した。(かし)ぐ身体を止める術はない。不自然な向きの世界が(まぶた)に焼き付く。彼が辛うじて感じるのは、首の鈍い痛みだ。


 「これが戦場だ、許せ。さて、スブニールと合流しよう。第二波の気配もなし。斥候は七名か……これで全て始末したな」


 鎧を纏った優男(ジルベール)が、指示を飛ばす。振り返りざまにジルベールと彼は視線が交錯した。

 

 「──ッ」


 男は背筋を這い回るような恐怖に全身を貫かれる。彼は笑っていた。心の底から楽しむような、そんな笑顔である。

 戦闘中、罪悪感に苛まれる男は数あれど、人殺しを悦とする類の男は見たことがない。その感覚を形容するより先に、彼の意識は途絶えるのだった。

 後にスブニールはジルベールについて、こう語っている。


 「ジルベールは元々密偵だったんだが、仲間が死にすぎたせいで頭の大事なところが(イカ)れちまった。つまり奴に言わせれば、仲間の死も敵の死も全部同じなんだと。初めて会ったときなんかは、そりゃあひでえ目をしてたもんさ。……今でもひでえっちゃひでえけどよ、それでも俺らの身内だからな」


 ──と。








 頃合いを見計らって、ジルベールは空に向けて矢を放つ。風切り羽は赤く染められており、頭上を見上げるシエル王国側はそれを確認する。

 移動を開始する彼ら十余名は、風下に向けて進む。そこに本隊が移動する手はずとなっているからだ。


 風向きは南西を示していた。

拙作内における設定。

密偵

斥候職同様、破壊工作や情報収集能力に長ける。

一部作戦の計画立案を行う。

武器、体術を修める。

いわゆるアサシン。

戦時下においても嫌われ者であり、捕縛されようものなら、まずまともな死に方が出来ない。

おおよそ、想像もつかぬ拷問の末、秘密裏に始末される。


密偵が女性である場合、なまじ殺されるよりも特に悲惨な未来が待っている(具体的に言えば、「ウ=ス異本が厚くなる」)



1/26、行動示唆に関する描写を加筆。




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