閑話
はい、無駄話です(笑)
入れないつもりでしたが、入れてしまいました。
本編だけで構成しようと思ったのですが、少しだけ思うところもあったので閑話にしました。
少しだけ掘り下げが出来て、私は満足です。
──戦闘が長引けば地獄ですけれど(ボソリ
「やれやれ、やっと休息だ。戦う前から股が痛くなるのは困るぜ。まったく、これだから馬ってやつは」
鐙から足を下ろしながら、スブニールがぼやく。半刻ほど前、レミーが休む指示を飛ばしてから今に至るまで、彼は騎乗用の器具を点検していた。
話を聞けば、彼は戦闘中に落馬した経験があるらしい。原因は革製品が老朽化したことによる鞍や金具の破損。ずさんな管理が祟ったのである。
命拾いこそしたものの、それ以来神経質なほど確認をするようになったとはレミーやジルベールの談である。
「スブニール、相変わらず整備に余念がないな」
「喧しい。余計な手間は御免被る。ただ、俺は戦いに支障が出るのは嫌いなんでな」
「そうカリカリするなよ、スブニール。まだ根に持ってるのか? お前も中々に粘着質だな」
「お前にだけは言われたかねえんだよ、ジルベール。お前には、な」そう言うと、彼は離れたところに腰を下ろした。
どうやら、輜重隊へ声かけした際、物資が行き違いになったことをやや恨んでいるようだ。しかも輜重を管理するのは、彼と折り合いのよくない新兵である。彼らに素っ気なく対応されたことで、癇に障ったらしい。もっとも、スブニールは手入れに勤しんでいたし、レミーはレミーで通達を疎かにしていた。過失は半々だろうが、彼は既にいじけてしまっている。
──なんか子供っぽいんだよなあ、スブニールさんって。
大人気ない対応に、シガールは既視感と懐かしさを覚えた。母と父のやり取りに似ていたからだ。父ことソレイユは、時折我を通してリュンヌを困らせていた。彼女の琴線に触れた結果、説教をされるということはお約束に近く、笑い種になることもしばしばだったのだ。
虫の居所が悪いと、スブニールのようにへそを曲げるのはソレイユの悪癖で、シガールが知る数少ない汚点のひとつだった。
「……皆、元気かな」
連鎖的に仲間のことを思い浮かべ、彼は溜め息をこぼす。『溜め息は幸せを逃がす』と赤雷には言われていたが、不幸になろうがなるまいがやむを得ない場合もあるのではないか。そう思うと、若干腹が立ってきた。
あちらはシガールを発奮させんが為に冷やかすような態度をしたのだろうが、記憶に残る底意地悪い笑顔が彼の脳裏をちらつく。なまじ端正な顔立ちであるだけに質が悪い。シガールは幾度もそう思ったものだ。
彼は手入れを終えた剣を検分すると、気分転換をすることにした。
「さてと、レミーさんは何処かな?」
なんとなくではあるが、レミに対して立腹した件が引っ掛かっていたのだ。普段は冷静沈着で通っているだけに、やや違和感が拭えない。シガールがそう感じたのは、よほどのことでない限りは動じない人物だったからだ。
人ごみで探し出すのに難儀するかと思いきや、存外近くにおり、ものの数分程度で見付かった。
シガールが呼び掛けると、レミーは手を挙げて柔らかく微笑んだ。
「シガールじゃないか。どうした、誰か探してるのか?」
「丁度いいところに……実は、レミーさんを探していたんですよ」
「へえ、俺をねえ。奇特な奴というのは、どうやらスブニールやジルベールだけではないらしい。 ──要件はなんだ」
「レミさんに怒ってたみたいですけど、あれは何だっ──」
そこまで話したところでレミーに口を塞がれる。
あまりにも唐突な挙動にシガールは反応することがかなわず、為すがままにされてしまった。
レミーが密偵である可能性が一瞬ちらつくが、周りには味方が大勢いる。前提として、スブニールと付き合いの長い彼が敵方に付く道理もない。とは言え、人目を引く行動であるのは確かなようで、人だかりが出来ている。
──話すから、とりあえずちょっと来い。
目だけでそう語っている。シガールはほぼ確信した。するとレミーは、シガールを引きずっていく。迫力のある視線に、彼はそれだけで全てを悟ったような気分に浸ってしまった。結局は為すがままであるのに違いなかったが、昔こんな目に遭ったことがある気がしていた。
程なくして衆目から離れる。見物人はあくまで遠巻きに眺めているが、食い入るような空気が痛い。
そして付近に誰も居ないことを、過敏な程に確認しながら彼は小声で言った。
「ああいう──極端なまでに名前が似たやつが居たこと──ことは前にもあった。まったく同じ名前だった、とかな。綴りが似てるから、書面だと面倒になったものだ。実際、よく間違われた。女にも俺と同じ名前の奴が居るというのだから、たまったものではない!」
「……それは辛いですね」
「しかも、だ! 占い師によれば、俺の前世──つまり、俺が生まれ落ちる前の人生──では女で名前も“レミー”だったらしい」
レミーが言うには、前世では彼は女でありながら戦士でもあり、遠距離武器以外のほぼ全ての武器に通ずる程の練度を誇っていたとのことだ。
話を聞きながら、シガールは驚いていた。
彼が弓に不得手であるのは周知の事実であり、事実近接戦闘に長じている。つまり、占い師の当てずっぽうも強ちでっち上げと言えないということだ。
「お陰でスブニールは勿論、ジルベールまでもが俺を冷やかす始末だった。新入りが茶化してきたこともあったっけな」
「へえ、新入りまでですか。その時の新入りさんはどうなったんですか?」
「辞めちまったよ」
そうなんですか。そう言う声はわずかばかり沈んだ口調となった。話を聞いてみたかった、と思うシガールだが、続くレミーの言葉で冷や水を掛けられることになる。
「どうして辞めたんだったか。確か……あぁ、そうだ! あまりにもしつこいものだったから、水月に膝蹴りを入れてそれっきりだ! 『俺は男だ』と言ったのだが、聞く耳を持たない奴だった」
忘れていたと高笑いするレミーに、シガールは青くなった。彼に過去を聞いたことに対し、激しく後悔したのだ。
「そう言えば、それ以来スブニールやジルベールもそこまでからかってくることが無くなったな。まあ、きっともう忘れているんだろうさ」
「……はい、そうでしょうね」
あなたが怖いんでしょうとは言えるはずもなく、後はレミーが喋るのに任せる。
会話を上の空で聞きながら、シガールは肝に銘じた。
──彼だけは怒らせないようにしよう、と。
剣士が剣士たり得ている時は、人を斬るとき。
嘘つきが嘘つきたり得ている時は、言葉巧みに操ってあなたのポケットに片手を突っ込んでいる時。
愛は、憎しみの裏側のことで、恋が嫉妬心の裏側であることと酷似している。




