戦端 壱
ナイフを持っているんですが、刃物って重いんですよね。
実際、振り回すと分かるんですが、これ振るのは相当な骨です。
しかも、刃渡り七寸程度のナイフですら、もっさりとしか振れないんですよ。目見当で四〇〇グラムってところでしょうし。
刃渡り七〇の長剣、ないし刀ともなれば更に酷いでしょうね。
先の先が通るのは、剣道くらいですかね。
でも剣道はあくまでサシでの勝負ですし、戦場ともなると剣術一択なんですね。
本当に剣とは奥が深いです。
シエル王国は、西と北の国境を山沿いに持つ。
肥沃な土地柄、利害での対立などで小競合いが絶えない国状だが、天然の要塞が侵攻を阻んでいる。
そもそも山越えとは、用兵の上で鬼門となる地形だ。輜重がかさ張るということは避けられない。山間部の移動ともなれば、自然と行軍も慎重を期したものとなる。その上、山の気候は移ろいやすく苛酷な環境であることが多い。高所であれば気温も下り、落命の危険すら考慮される。
だからこそ、山越えを選択する者は少ない。居たとしてもごく少数だろう。誰しも開戦に備え、可能な限り兵力を温存しておきたいものだからである。
だが、何時の時代でも例外はつきものだ。北の国境を破り、警備隊を一方的に鏖殺し、開戦を告げたのは精強との呼び声高いアバンツァータ帝国。電撃戦に長けた陣容と編成で周辺諸国を瞬く間に併呑した強国である。
比較的安全な温暖期を狙って攻め入ったところを見るに、敵方の指揮は中々のものだとうかがい知れた。勿論、シエル王国も警戒していない訳ではないだろう。攻められやすい時期こそが危険だということは、軍部も承知の上だということだ。最早、機先を制された事実は覆しようもない。
闘いとは初動が大きな差を生む。それは歴史が証明している。敵の侵攻に遅れをとったが為に滅んだ国は幾つもある。一度勢い付いた兵は、将の意図から離れた動きをすることも往々にしてあるということだ。しかも、報告には周辺の集落が壊滅したらしいことがあがっていた。両軍は国境から南に八里離れた山あいで睨み合っている、とのことだ。
傭兵達に言わせれば、間諜の働きか。はたまた指揮者や軍部がよほどの無能だったか、そのいずれかに意見は分かれていた。
鎧が擦れ、剣や槍の奏でる音が一帯を物々しく飾り立て、馬の嘶きが不規則に起こる中、スブニールは隣を歩く副官に話し掛ける。
「やれやれ、これまた大事になってきたぞ。これだから戦ってのは嫌なんだ。俺らが少し離れてる間に気色悪いくらい変わってんのな。アバンツァータの連中、以前よりも進軍速度が上がってやんの。騎士になっての初陣が、まさかここまで雲行きが怪しいとはな」
「──だな。電撃戦となれば当然かも知れんが。それにしたって、一回りして頭悪いくらいの用兵だ。戦って死ぬならまだしも、凍えて死ぬなど御免こうむる」
そんな面々の会話を聞きながら、シガールは思った。
「スブニールさんは戦闘狂だと思っていたんですけど、違ったんですかね?」
「ありがとさん。お前が俺をどんな目で見ているのか、よおく分かったぞ」
慌てるシガールに構わず、スブニールは続ける。
「戦うことは好きだぞ? 胸が高鳴るからな! 生きるか死ぬか、極限の競い合いをしているときは最高だ。それで死んでも悔いはないとも。ただ、お上が間抜けなばかりに死にかけたのは、一度や二度じゃない。そんな中を切り抜けりゃあな、どうしたって臆病にもなるもんだ」
「寡兵で正面切って突撃を強いられたり、夜中に見張りなしもあったな。今回のお偉方は、目的と手段が入れ替わっているらしい。少なくとも、戦いを儀式か何かと勘繰ってはいる」
「そんな戦いに勝ち目はあるんですか……?」
「「──ないな」」
シガールの問い掛けにスブニールらは容赦なく断言した。彼が理解していないのを悟ったらしいレミーは、口を開く。
「まず、戦い慣れた人間が正規兵と、俺たちを含めて二〇〇程度。それに実戦を知らない素人が一二〇か。アバンツァータは先遣隊として──途中兵力の消耗を加味したとしても──六〇〇は擁するだろう。そこで味方が四〇〇足らずで衝突している。数で劣っているのだから、負けが込むのは当然だ」
レミーが想定している戦闘行為はこうだ。
破壊工作や罠の使用で敵方に損害を与える。心身ともに疲弊させたところに奇襲を掛け、消耗戦に持ち込もうというもの。電撃戦が狙いとなれば、布石を打つのは容易い。兵糧攻め、水攻めはその最たる例だ。
──だが、とレミーは言葉を切り、更に続けた。
「向こうは奇襲対策をしていると見るべきだ。練度も士気もあちらが上、ならば敵の側面を叩くのが定石……と言いたいが、こちらの指揮官はとんだ阿呆だ。合流すべき味方が、今や二〇〇足らずにまで激減しているらしい。侵略に対して防衛せねばならぬ時に味方が憂いの元とは、皮肉にも程があろう」
更にスブニールが、騎士が正面からの激突こそを重視していることを問題提起とした。負けられない戦いなら、手段は選ばないのは常識だというのが彼の弁だ。
「そんな相手と戦う訳ですか……」
「心配するな、シガール。俺が守ってやるから安心していいぞ」
ジルベールが会話に横槍を入れる。すると、眉間にしわを寄せながらスブニールが喚いた。
「お前の『守る』って言葉を聞くと、寒気がするんだ。よく覚えておくこったな、ジルベール!」
「酷いな、スブニール。俺とお前の仲じゃないか」
「ああ、そうだな。お前にケツを狙われきゃあ、尚いいんだがな」
スブニールは半眼で優男然とした男──ジルベールを睨む。ついでに、彼が男でも女でも欲望の捌け口と見なす、見境なしの変態であることを補足した。華奢な体型と顔立ちは荒事に不向きにさえ映るのだが、人は見掛けによらずとはよく言ったものだ。
レミーは些か表情を堅くし、シガールは三歩後方へと下がる。
──世の中、色んな人がいるなあ……。
シガールがしみじみと感想を漏らしたところで、レミーが声を荒げた。
「おい、見ろ! 戦闘が始まっているが、様子が変だ!?」
視線の先、目測で一里半だろうか。
そこには、断崖に追い込まれていく兵士達の姿があった。白銀に赤い装飾の入った板金鎧、シエル王国騎士の装備だ。それを追撃するのは、濃茶の鎧を身に纏った騎兵隊。その数およそ一五〇。
だが、シエル王国は国境防衛が多い国状である。したがって、この国の騎士が軟弱だということはまずない。だというのに、浮き足だった様子は、敗走と言っても差し支えない程に無様なものだった。その上、二〇〇足らずの兵力もなく、一〇〇人居ればいいと思える程である。
混乱しているのか、反撃に移る者がほとんどいない。幾人かはその場に留まって押し返そうとするも、そうした蛮勇を発揮した者は、敢えなく血と臓腑で大地を染め上げることになった。
スブニールは違和感を覚えたようだが、即座に指示を出す。
「嫌な予感しかしねぇが、行くぜ野郎共! アバンツァータの連中に一泡吹かせてやれ!」
──鬨の声があがる。野太い、覇気に満ちた野獣顔負けの咆哮。
血気盛んな傭兵に遅れて、新兵が追従した。シガールは前後の様子を確認しながらも、この戦いの行く末に一抹の不安を感じ取るのだった。
個人的に新撰組って、一番ヤバい剣客集団だと思います。
奥内でも自在に剣を振るうとか、沖田総司の三段突きとか。しかも三段突きって、相当早いらしいですし。沖田さんは本当に人間辞めてるレベルでヤバいと感じますね。
でも、そんな超絶技巧の剣士に一手指南をお願いしたいと思う私がいる(笑)!




