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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
二章 異国之剣客
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閑話 肆

ちょっと本気出しました。

 シガールが街中を疾駆する。

 赤雷に連れ添って同業者の加勢していた為、蓄積された疲労で肉体が悲鳴をあげている。相応の距離を移動した影響もあるだろう。

 しかし、彼は自身の不調を意にも介さず走っていく。じきに日も暮れるだろう、西日の照り返しが目に痛かった。


 デポトワールの屯所付近に足を運び、通りを二度往復し、更に聞き込みまで行ったというのに手応えがまるでない。

 彼が異邦人と生活していることで、相手にされない事は多かった。それだけでなく、赤雷は単独でデポトワール最強の実力を誇る腕っ節である。当然のことながら、シガールの顔は街中に知れ渡っているのだ。そんな彼を認めただけで、数人が逃げ出す始末である。

 お世辞にも捗っているとは言えなかった。


 「まったく、あの子は何処に……?」


 埒が明かないのなら、明けるまで。決意を新たに、彼はもう一箇所を探す事にした。

 そこはデポトワール南西部──少女を見付けた場所だ。

 教会こそあるものの、治安が悪いこの街に例外はない。敬虔な聖職者が居ようはずもなく、当然のように黒い噂が絶えないのだから大概である。

 この区画に路上生活者が多いのは、酒屋が多く点在するからだ。残飯を廃棄するところを狙えることで、根城にする者もまた多い。


 ──あの子が何を考えているかは分からないけど、早く連れ戻さなきゃ。 


 彼は、疲れた身体を引き摺って教会のある区画へと駆けていく。そこは彼女を発見した場所で、以前生活の場としている可能性があったからだ。

 だが、近隣には居ないようだった。この周辺に定住している人間は、路上生活者が主である。剣帯に手を伸ばし、警戒しつつ捜索するが見付かったものは、武装したシガールに怯えた彼らだけだ。


 「くそ、此処にも居ないのか」


 その場を後にしようとした時、シガールの耳に下品な笑い声が届く。静かな空気は音を伝えやすいのだ。強いて言えば、痴話喧嘩しているとおぼしい夫婦の罵声。それが遠くに聞こえる程度である。

 普段であれば見向きもしないものだが、手応えひとつない彼は、淡い期待を抱く。気が付けば吸い寄せられるように、声のする方へと向かっていった。


 ──あれは?


 進んだ先は貧民窟に面した水路だ。

 高い声質から、年若い者らしい。内心は関係ない事だと判じつつ彼は他に宛てがなかった為、()む無く確認する。

 そこで、彼は同年代の少年らを発見した。汚ならしい服装と顔、そして痩せた身体は路上生活者の特徴である。何よりもシガールの目を引いたのは、あの少女の姿だ。

 清流の水で洗われたのか、美しい顔立ちが顕わになっている。そして、半裸にされた肢体には打撲痕と擦り傷があった。見るだけで痛々しい様子に、彼はむたごらしく死んだマジーの面影を投影する。


 「なあ、お前。それ本当なのかよ?」


 「へへっ、娼館で見たんだ。任せとけって」


 彼は、身勝手な欲望の捌け口に少女を使おうとしていることに、激しく憤った。リュゼが行ったこと、マジーやリュンヌ達が理不尽な目に遭ったこと。全てが似通った、残酷非道の数々。我慢の限界だった。

 少女は身動ぎひとつしていない。気絶している可能性もある。彼にとってそれは、何よりも許しがたい行為だ。


 ──せめて……せめて、俺の周りだけは。もう二度とこうあって欲しくない──そう思っていたのに……。


 目の前が真っ赤になるような思いに突き動かされ、彼は静かに長剣を抜き放つ。不思議な程、心は()いでいた。行き過ぎた激情で却って頭が冷えたのかも知れない。

 武装したシガールを前に、彼らはやにわに騒ぎ立てた。

 棍棒や錆び付いたナイフを構えて彼に殺到する。自衛を主張する声が白々しい。冷めた思考でそれらを聞き流す。そして、(少年)らの得物を難なく弾き飛ばし、或いは打ち砕いていく。修練の成果が表れていた。彼は最早、疲労程度で素人に後れを取るような技量ではないのだ。

 軽くあしらい、最後の一人を突き飛ばして転倒させる。自棄(やけ)になった勢いで、姿勢が悪い。こうなれば相手の隙を突くのは容易である。

 その少年の(ふく)(はぎ)に、長剣の刃を突き通す。身を裂かれる痛みに、絶叫が響く。ほんの一瞬だけ、刃が止まったように思えた。


 「……さて。君達、まだやるかい?」


 低い声音で問い掛けるシガールに威圧され、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。勝てないと悟ったのだろう。一人置いて行かれた者はその場で失禁し、石畳の上に黄色い染みを作っていた。

 流し目で一瞥した後、シガールは少女の元へ駆け寄り、外套を羽織らせてやる。


 「君!? 大丈夫か、何も酷い事はされてないだろうね!?」

 

 そして、早口で捲し立てる。

 やれ痛むところはないのか。怖い思いをしただろうと、必死の思いで話し掛けた。

 そこでふと、異変に気付く。


 ──少女は息をしていなかったのだ。








 赤雷は、偶然にもシガールと同様、デポトワール南西部に到着していた。

 だが、宛てはない。周辺を探し回り、行き着いたのが此処だったというだけのことだ。


 「あいつ一体何処へ行きやがった?」


 赤雷とて疲労がない訳ではない。寧ろ、シガール以上に蓄積されていた。彼が実働部隊として働くのだから当然だ。肩で息をするが、辺りは夜の帳が降りようとしていた。

 ただでさえ治安が宜しくないこの街は、夜には更にそれが悪化する。赤雷が共に生活しているからこそ、やっと生きているようなものだ。庇護(ひご)なしでは危うい、彼はそう考えていた。

 思案しながら移動していると、遠くに痩せこけた少年らが駆けていくのを見た。

 彼らが話す単語に、“同い年”だとか“剣”というものを耳敏(みみざと)く聞き付ける。


 ──水路の方か。


 場所の見当を付けると、赤雷は小走りで移動した。

 その先には、外套とおぼしき物を巻き付けた何かを抱いた少年が居る。


 ──シガール、此処に居やがったか。


 内心では安堵の息を吐くが、様子が可笑しい事に気が付いた。

 裾に水が付くのも、身体が冷えることにも頓着せず、ただ震えてそれを抱き締めている。

 背中越しに、赤雷は声をかけた。


 「おい、シガール。どうした、そんな汚ねえもん抱えて」


 だが、シガールは暫し反応せず、おもむろに言った。


 「汚く……ねえよ」


 「あ? 一体なんだ、そんな食って掛かって……?」


 横を見れば、白眼を剥いている少年が失禁して倒れていた。赤雷は今の状況と少年達の行動を重ね合わせ、おおよその事情を(さと)る。


 「ああ、そう言うことかよ。しかし、お前が喧嘩なんて珍しいな。確か、俺と最初に暮らすようになって以来だったか……。ほら、もうあの子は居ないんだろ? なに、これも出会いってやつさ、そう気を落とすな。ほら、いくぞ」


 赤雷はシガールと暮らし始めた当初を懐かしんだ。

 友達でも出来ればいいと、彼はシガールを同年代の輪の中へ入るように促した事がある。だが、結果は散々だった。

 “異邦人の連れ子”と(はや)し立てられ、罵られ、挙げ句に石を投げられた。怪我こそしなかったものの、シガールは友達を作ることを諦めてしまっていたのだ。

 結局彼は、身近な赤雷やアルシュ、そしてミシェルとしか交友関係がない。不憫ふびんな思いをさせてしまった。しかし、それを言うのは(はばか)られた。


 ──辛気臭い話になったぜ。くそ、まずったな。


 「……此処に、居る」


 返ってきたのは、か細い声だ。

 赤雷の笑顔も鳴りを潜めるしかなかった。

 何故なら、シガールが外套を外すとそこには確かに少女は居る。だが、胸の上下はない。紫色に変色した唇と、蒼白く変色した顔色。

 それは、彼が間近で見てきた“もの”に他ならない。

 赤雷は、アルシュの言葉を思い出す。彼曰く、「死相が出ておる。幾日も持たんじゃろう」とのことだった。

 知っていたとしても、おいそれと言えるものではない。彼は口をつぐんだ。


 「人って、死んでしまったら汚くなるってのかよ。俺の父さんも、母さんも、マジー姉ちゃんも?」


 それは、赤雷の心にも打撃を与える。

 家族を全員失ったことは、赤雷も同様だからだ。だが、多感な次期に亡くしたことはかなりの心痛をもたらす。

 知らず、二の句が次げなくなっていた。

 シガールは身をひるがえして赤雷の胸倉をつかむ。

 

 「答えろ、いつものように笑ってみせろよ! この人でなし──っ!?」


 彼は思わず息を飲む。

 赤雷の顔が、苦痛に耐えるもののそれに変わっていたからだ。

 後悔は先に立たぬものである。発言を取り消せるのなら取り消したい気分であった。

 時が戻ることはないように、罵った言葉が消えることはないのだ。

 シガールは赤雷の懐に顔を埋める。


 「俺はあいつを刺した時、『これが普通なんだ』って思った。護りたいはずなのに、結局何も出来やしない。まただ、また……死なせてしまった。その為に人まで傷付けて、俺は一体何の為に……」


 彼は思う。

 俺とこいつ(シガール)は同じなんだと──。

 護りたいという思いに反し、救えるはずの命が掌をすり抜けていく。そうして無常感に苛まれ、気が狂いそうだというのにそれを辞めようともしない。不器用な気質から不相応な願いに至るまで、何処までも似通っている。


 「意固地だな、お前も」


 「赤雷さん、もしかして……この子のこと。何か知っていたんじゃ?」


 鋭い、そう思ったのも後の祭りだ。シガールにはすぐそれと知れたらしい。泣き喚き、殴りかかってくる。

 ただの弱々しい拳が、心のみを抉るようだった。


 ──何故黙っていた。

 ──何故教えてくれなかった。


 子供の率直な訴え程効くものもない。

 そう痛感する。柄にもなく、胸の中で泣きじゃくるシガールに娘の菫を重ねてしまった。


 ──こんなものは弱さでしかない。


 だが同時に、それを心地よく思っている自分が居ることも確かなのだ。赤雷は思わず溜め息を漏らした。


 「……ここの風は涼しいな。少し身体を冷やして戻るとしよう」


 シガールの泣き声が響く中、彼はかつて菫にしていたように彼の頭を撫でる。幼子をあやすように優しく──。

 これは、ぶつかり合う二人がそれでも確かな絆を育んでいた、輝かしくも切ない思い出の日。

二章が真の意味で完結です(*`・ω・)ゞ

お疲れ様でした(*^^*ゞ



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