激突
ア「死んだら殺してやる」
シ「それなんて矛盾ですか」
モ「言葉の綾じゃなかろうか」
「存外人間の首というものは頑丈よな。一刀でそれを落とすことは叶わなんだ。続く一撃でようやく刎ねることが出来たのだからな」
蘭竜胆は、悦に入った様子で面白げに語る。無邪気という言葉とは対極に在るような、嫌味な笑みを浮かばせ更にこう続けた。
「あの老いぼれ、最期には疲れ果てておった。そこを、この俺が突いたのよ。ものの五合で死合いは決し、『呆気ない、これが鬼神か』とも思うたわ」
「貴様、何故ここが分かった?」
アルシュが言った。この場で問題となるのは赤雷の精神状態だ。彼の狙いは、蘭の行動を聞くことでの時間稼ぎであった。饒舌になれば、多少なりとも隙がうまれる。そして何よりも、彼は肉親の死により、衝撃を受けているはずだ。不安定な状況で突貫したとしても、敗色濃厚の事実は覆しようがない。最高の戦力として機能する赤雷がここで暴走しては、全滅するより他にないだろう。
「何も難しいことはなかろう。後ろ暗い類の人間同士は群れるものよ。日向に顔を出せば悪目立ちするだろうよ。地形さえ知っておれば、これこの通り。大方、熱が冷めるまで退避していようという魂胆だろうと思った──それだけよ」
「……勘のいい敵は嫌いじゃ。理屈が通じぬことがままあるからの」
だからこそ、彼はたとえ僅かでも時間が欲しかったのだ。
初めて出会った時から腐れ縁で繋がる彼である。利用しようとしたことに嘘偽りはない。
だが、いさかいの耐えない関係でも、死なせたくないと彼は思っていた。
──が、最も恐れていた事態が現実になろうとしている。そう思ったのは、赤雷が口を開いたからだ。
「てめぇが、誰を……斬っただと?」
感情の揺れが少ない、低い声音だ。それでいて恫喝するようであり、嫌な予感は確信へと変じつつあった。
「よせ赤雷。奴の言葉に耳を傾けるな……!」
「お前の父、蘭月を──俺が斬った」
それを聞くが否や、赤雷は七間もの距離を一息に詰める。一足跳びの勢いそのままに、前傾にて抜き打ち。蘭の首元目掛けて真一文字に切り払う。
「……力任せでありながら、尚この迅さか。恐ろしい男よな、お前は」
渾身の一撃はしかし、すんでのところで防がれる。受け流されたのだ。力みによって生み出された隙が、蘭を救ったのかも知れない。咄嗟の反応とは言え、実に見事な身のこなしである。
「抜かせ……! てめぇは絶対殺してやる、覚悟しろ」
アルシュは天を仰ぐ。或いはこの結果を受け入れているのだろうか。
自然な動作で静かに小刀を投擲する準備に入った。
「赤雷、頼むぞ。援護は儂らに任せるんじゃ」
「それは許さんぞ、先生」
「お主はこの期に及んで尚そのような世迷言をほざくか!? 儂らは確かに力不足かも知れん……しかし、死んでは元も子もないじゃろうがっ!?」
アルシュも負傷と命の危険を承知の上であった。一丸となってことに当たれば、この強敵を打倒しうるかも知れない。その可能性に賭けているのだ。勿論、赤雷が撃破された後に各個撃破される目もないとは限らない。寧ろ、必ずそうなることだろう。
「先生、あんたは以前言ったよな」
「……?」
「『一人で背負い込んで何とする』ってな。だがな、俺にだって譲れねぇものがあるんだ。たとえ死に体だろうが、何だろうがこいつは此処で潰す。だから先生、頼むぜ」
アルシュは彼を引き留めることが叶わないと知る。同時に、アルシュやミシェルなどが居ては、却って危険だと思い知った。仮に蘭と赤雷とが同格以上とするなら、彼も全力を尽くさねばならない相手だ。
それほどの実力者を相手取って、尚且つアルシュ等も守るような戦いでは、遠からず犠牲が出るだろうと確信したのだった。
「分かった、赤雷。此処は任せるとしよう」
「ちょっと待ってよ赤雷さん!?」
「──黙れ糞餓鬼。尻の青い小僧は先生たちと下がっていろ……目障りだ」
シガールは沈黙するより他になかった。赤雷の意思が強固だと知ったからだ。最早、梃子でも動かない──そう感じ取った。
赤雷以外の全員が、彼に背を向けて退却の構えを取る。
「良いか、赤雷? 勝手に死ぬことは許さぬぞ。じゃからな、必ず戻ってこい」
「善処する」
その言葉を聞き、ミシェルとシガールを伴ってアルシュがデポトワールに向かい駆けていく。
足音が消える頃、蘭が口を開いた。
「ようやく邪魔者が消えたか。これでお互い存分に果たし合えるというもの」
「へっ、いつ襲うべきか窺っていた奴の台詞かよ──白々しい」
「弱さを見せる者に掛ける情けなど、持ち合わせがないのでな。それにしても、なんとまた珍奇な二つ名よのう、令月。“赤雷”とか言ったか」
右下段で牽制しつつ、蘭は鼻を鳴らす。
「己の父上も、大層な異名をなんの憚りもなく肩書きとしておったなあ? いやはや幼稚なことよ。それで強くなったつもりか?」
「黙れ。口先だけで勝てるとでも思うのか? とっとと来い、貴様如きの死に水は取らん──涅槃に送ってやる」
「そうさな、最早斬り合いの場で主義主張は要らぬ。後はただ──剣で語るとしよう」
(巷で付いた異名──赤雷は、菘と菫を忘れぬ為の忌み名だ。せいぜい驕りだと高を括っていろ。ぶち殺してやるよ!)
赤雷と呼ばれた男の激情迸る死闘が幕を開けた。
半刻ほど経過し、アルシュ達はデポトワールの中央通りにいた。北東部にあった診療所は使えないものの、彼は通りから離れた場所の荒屋を第二の隠れ家としている。最小限の薬品を保管していることもあり、ここに立ち寄ったのだ。
「ミシェル君、見張りを頼めるか」
「……うん。外で、見てるから」
詫びの一言にも、ミシェルは胡乱気である。彼女も赤雷が助けた内の一人だった。ところが、どうにも彼女は少々気が強いきらいがあり、赤雷とは折り合いが悪かったのだ。結果、アルシュが引き取るしかなかった。
様子を見るに、まったく心配していない訳でも無さそうだ。
「案外、あれはあれで慕われる奴なんじゃな……」
そう考えると、やはり赤雷一人に任せるべきではなかったのかも知れない。
それは一理あるだろうが、足手まといとなることは避けたかった。今はただ選択が正しいということを祈るばかりだ。
──まあ、死線は潜っておる。そうでなければ今頃墓の下じゃろうからな。
実際、赤雷の立ち回りは悪くない。後手に回ることもあるが、機転も利く。
今回と同じような危難を、幾度となく乗り越えてきた男なのだから。
「おーい、シガール君。その辺りに阿片の塊が転がっておらんかね!?」
隣の部屋へ声をかける。
しかし、肝心の返事がなかった。二〇を数えてもう一度呼ぶが、声ひとつ上がらない。痺れを切らしたアルシュが、見張りに出ていたミシェルへと近づき、呼び掛ける。
「ミシェル君、シガール君は何処じゃ?」
「……」
「黙りか。ならば仕方ないのう……。後でシガール君には、君のあられもない寝言でも聞かせるとしよう。これは楽しみが増えたわい」
卑怯者という、小さな罵倒が少々耳に痛いアルシュだが、それだけである。
『卑怯、臆病──大いに結構』という彼の信条は伊達ではないのだ。
彼女の言葉はアルシュが大方予想しているものだった。
「シガールは、あの人の加勢にと言って戻ったのよ。私は止めたんだけれど……」
「そうか、それなら是非もないな」
「でもっ!?」
「自ら死地に向かう者を止めることは出来ん。当人の意思である故な。儂に出来るのは、自身の身とミシェル君の安全確保がせいぜいよ。じゃから、君がシガール君を連れ戻そうとすれば、“引き留める為に”儂も行かねばなるまい」
「それじゃあ、アルシュ先生!?」
「ああ、あの馬鹿共を連れて帰るぞ」
だが、そう言いながらアルシュは考えていた。
肉親の死で精神的に不安定な赤雷が、果たして勝ちを拾えるだろうかと──。
成る程、確かに普段の冷静沈着を貫く彼ならば難なく勝ち得たであろう。
──しかし、今回は親が死んだと聞かされておるからな。
揺さぶりをかけられたことの余波は、小さいものでは済まないかも知れない。或いは、致命的な一手に繋がりかねないのだから。
間に合ってくれと祈りつつ、彼らは足を早めるのだった。
前書きは一切関係無いです(笑)
刻という時間の単位はややこしくて嫌いです。
昔では、刻=二時間前後。
現代では大体、刻=一五分前後。
ということなので、実はかなり扱いに困る(汗)
今回の没シーンがこちら↓
「ミシェル君、シガール君は何処じゃ?」
「……」
「黙りか。仕方ない。後でシガール君には、君のあられもない寝言を聞かせるとしよう。『○○○はだめぇ!』とか、喘いでる姿とかな。彼の反応が楽しみじゃのう」
「もうヤだこの人……」




