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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
二章 異国之剣客
47/120

激突

ア「死んだら殺してやる」


シ「それなんて矛盾ですか」


モ「言葉の綾じゃなかろうか」

 「存外人間の首というものは頑丈よな。一刀でそれを落とすことは(かな)わなんだ。続く一撃でようやく()ねることが出来たのだからな」


 蘭竜胆(あららぎりんどう)は、悦に入った様子で面白げに語る。無邪気という言葉とは対極に在るような、嫌味な笑みを浮かばせ更にこう続けた。


 「あの老いぼれ、最期には疲れ果てておった。そこを、この俺が突いたのよ。ものの五合で死合いは決し、『呆気ない、これが鬼神か』とも(おも)うたわ」


 「貴様、何故ここが分かった?」


 アルシュが言った。この場で問題となるのは赤雷の精神状態だ。彼の狙いは、蘭の行動を聞くことでの時間稼ぎであった。饒舌(じょうぜつ)になれば、多少なりとも隙がうまれる。そして何よりも、彼は肉親の死により、衝撃を受けているはずだ。不安定な状況で突貫したとしても、敗色濃厚の事実は(くつがえ)しようがない。最高の戦力として機能する赤雷がここで暴走しては、全滅するより他にないだろう。


 「何も難しいことはなかろう。後ろ暗い類の人間同士は群れるものよ。日向に顔を出せば悪目立ちするだろうよ。地形さえ知っておれば、これこの通り。大方、(ほとぼり)が冷めるまで退避していようという魂胆だろうと思った──それだけよ」


 「……勘のいい(おとこ)は嫌いじゃ。理屈が通じぬことがままあるからの」


 だからこそ、彼はたとえ僅かでも時間が欲しかったのだ。


 初めて出会った時から腐れ縁で繋がる彼である。利用しようとしたことに嘘偽りはない。

 だが、いさかいの耐えない関係でも、死なせたくないと彼は思っていた。

 ──が、最も恐れていた事態が現実になろうとしている。そう思ったのは、赤雷が口を開いたからだ。


 「てめぇが、誰を……斬っただと?」


 感情の揺れが少ない、低い声音だ。それでいて恫喝(どうかつ)するようであり、嫌な予感は確信へと変じつつあった。

 

 「よせ赤雷。奴の言葉に耳を傾けるな……!」


 「お前の父、蘭月を──俺が斬った」


 それを聞くが否や、赤雷は七間もの距離を一息に詰める。一足跳びの勢いそのままに、前傾にて抜き打ち。蘭の首元目掛けて真一文字に切り払う。


 「……力任せでありながら、尚この(はや)さか。恐ろしい男よな、お前は」


 渾身の一撃はしかし、すんでのところで防がれる。受け流されたのだ。力みによって生み出された隙が、蘭を救ったのかも知れない。咄嗟(とっさ)の反応とは言え、実に見事な身のこなしである。


 「抜かせ……! てめぇは絶対殺してやる、覚悟しろ」


 アルシュは天を仰ぐ。或いはこの結果を受け入れているのだろうか。

 自然な動作で静かに小刀を投擲する準備に入った。


 「赤雷、頼むぞ。援護は儂らに任せるんじゃ」


 「それは許さんぞ、先生」


 「お主はこの期に及んで尚そのような世迷言をほざくか!? 儂らは確かに力不足かも知れん……しかし、死んでは元も子もないじゃろうがっ!?」


 アルシュも負傷と命の危険を承知の上であった。一丸となってことに当たれば、この強敵を打倒しうるかも知れない。その可能性に賭けているのだ。勿論、赤雷が撃破された後に各個撃破される目もないとは限らない。寧ろ、必ずそうなることだろう。


 「先生、あんたは以前言ったよな」


 「……?」


 「『一人で背負い込んで何とする』ってな。だがな、俺にだって譲れねぇものがあるんだ。たとえ死に体だろうが、何だろうがこいつは此処で潰す。だから先生、頼むぜ」


 アルシュは彼を引き留めることが叶わないと知る。同時に、アルシュやミシェルなどが居ては、却って危険だと思い知った。仮に蘭と赤雷とが同格以上とするなら、彼も全力を尽くさねばならない相手だ。

 それほどの実力者を相手取って、尚且(なおか)つアルシュ等も守るような戦いでは、遠からず犠牲が出るだろうと確信したのだった。


 「分かった、赤雷。此処は任せるとしよう」


 「ちょっと待ってよ赤雷さん!?」


 「──黙れ糞餓鬼。尻の青い小僧は先生たちと下がっていろ……目障りだ」


 シガールは沈黙するより他になかった。赤雷の意思が強固だと知ったからだ。最早、梃子(てこ)でも動かない──そう感じ取った。

 赤雷以外の全員が、彼に背を向けて退却の構えを取る。


 「良いか、赤雷? 勝手に死ぬことは許さぬぞ。じゃからな、必ず戻ってこい」


 「善処する」


 その言葉を聞き、ミシェルとシガールを伴ってアルシュがデポトワールに向かい駆けていく。

 足音が消える頃、蘭が口を開いた。


 「ようやく邪魔者が消えたか。これでお互い存分に果たし合えるというもの」


 「へっ、いつ襲うべきか窺っていた奴の台詞かよ──白々しい」


 「弱さを見せる者に掛ける情けなど、持ち合わせがないのでな。それにしても、なんとまた珍奇な二つ名よのう、令月。“赤雷”とか言ったか」


 右下段で牽制しつつ、蘭は鼻を鳴らす。


 「己の父上も、大層な異名をなんの憚りもなく肩書きとしておったなあ? いやはや幼稚なことよ。それで強くなったつもりか?」


 「黙れ。口先だけで勝てるとでも思うのか? とっとと来い、貴様如きの死に水は取らん──涅槃(ねはん)に送ってやる」


 「そうさな、最早斬り合いの場で主義主張は要らぬ。後はただ──剣で語るとしよう」


 (巷で付いた異名──赤雷は、菘と菫を忘れぬ為の忌み名だ。せいぜい驕りだと高を括っていろ。ぶち殺してやるよ!)


 赤雷と呼ばれた男の激情迸る死闘が幕を開けた。







 半刻ほど経過し、アルシュ達はデポトワールの中央通りにいた。北東部にあった診療所は使えないものの、彼は通りから離れた場所の荒屋(あばらや)を第二の隠れ家としている。最小限の薬品を保管していることもあり、ここに立ち寄ったのだ。


 「ミシェル君、見張りを頼めるか」


 「……うん。外で、見てるから」


 詫びの一言にも、ミシェルは胡乱気(うろんげ)である。彼女も赤雷が助けた内の一人だった。ところが、どうにも彼女は少々気が強いきらいがあり、赤雷とは折り合いが悪かったのだ。結果、アルシュが引き取るしかなかった。

 様子を見るに、まったく心配していない訳でも無さそうだ。


 「案外、あれはあれで慕われる奴なんじゃな……」


 そう考えると、やはり赤雷一人に任せるべきではなかったのかも知れない。

 それは一理あるだろうが、足手まといとなることは避けたかった。今はただ選択が正しいということを祈るばかりだ。


 ──まあ、死線は潜っておる。そうでなければ今頃墓の下じゃろうからな。


 実際、赤雷の立ち回りは悪くない。後手に回ることもあるが、機転も利く。

 今回と同じような危難を、幾度となく乗り越えてきた男なのだから。


 「おーい、シガール君。その辺りに阿片(あへん)の塊が転がっておらんかね!?」


 隣の部屋へ声をかける。

 しかし、肝心の返事がなかった。二〇を数えてもう一度呼ぶが、声ひとつ上がらない。痺れを切らしたアルシュが、見張りに出ていたミシェルへと近づき、呼び掛ける。


 「ミシェル君、シガール君は何処じゃ?」


 「……」


 「(だんまり)りか。ならば仕方ないのう……。後でシガール君には、君のあられもない寝言でも聞かせるとしよう。これは楽しみが増えたわい」


 卑怯者という、小さな罵倒が少々耳に痛いアルシュだが、それだけである。

 『卑怯、臆病──大いに結構』という彼の信条は伊達ではないのだ。

 彼女の言葉はアルシュが大方予想しているものだった。


 「シガールは、あの人の加勢にと言って戻ったのよ。私は止めたんだけれど……」


 「そうか、それなら是非もないな」


 「でもっ!?」


 「自ら死地に向かう者を止めることは出来ん。当人の意思である故な。儂に出来るのは、自身の身とミシェル君の安全確保がせいぜいよ。じゃから、君がシガール君を連れ戻そうとすれば、“引き留める為に”儂も行かねばなるまい」


 「それじゃあ、アルシュ先生!?」


 「ああ、あの馬鹿共を連れて帰るぞ」


 だが、そう言いながらアルシュは考えていた。

 肉親の死で精神的に不安定な赤雷が、果たして勝ちを拾えるだろうかと──。

 成る程、確かに普段の冷静沈着を貫く彼ならば難なく勝ち得たであろう。


 ──しかし、今回は親が死んだと聞かされておるからな。


 揺さぶりをかけられたことの余波は、小さいものでは済まないかも知れない。或いは、致命的な一手に繋がりかねないのだから。

 間に合ってくれと祈りつつ、彼らは足を早めるのだった。

前書きは一切関係無いです(笑)

刻という時間の単位はややこしくて嫌いです。

昔では、刻=二時間前後。

現代では大体、刻=一五分前後。


ということなので、実はかなり扱いに困る(汗)





今回の没シーンがこちら↓


「ミシェル君、シガール君は何処じゃ?」


「……」


「黙りか。仕方ない。後でシガール君には、君のあられもない寝言を聞かせるとしよう。『○○○はだめぇ!』とか、喘いでる姿とかな。彼の反応が楽しみじゃのう」


「もうヤだこの人……」

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