表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
二章 異国之剣客
45/120

赤雷の傷 参

お待たせしました。

最新話です!

 令月が扉を開けると、それに気付いた菫が飛び出してきた。


 「お父、母上が……母上が!?」


 「なに!?」


 菫の顔は酷いものだった。汗と涙、鼻汁(びじゅう)で汚れて着衣も乱れているという有様だ。狭い屋内を駆け抜け菘が臥床している部屋に入ると、彼女は幾度も痙攣(けいれん)していた。衣服の端から(のぞ)く腕や脚には、青紫色の(あざ)が数箇所浮かび上がっている。呼吸は断続的で、顔は土気色──死相が出ていた。

 神父が軽く様子を見てから口にした言葉に、彼は雷を受けたような衝撃を覚える。


 「今夜辺りが(とうげ)でしょうな」


 「貴様、治療が出来るんだろうが!? 何とかして見せろ」


 神父の胸倉を掴みあげ、罵声(ばせい)を浴びせる。

 令月も分かっていた。これはただ感情に任せて八つ当たりをしているだけなのだと。

 しかし、ふとした疑念に彼は打ちのめされる。


 ──菘と菫が辛い時に、俺は何をしていた?


 養っていく為、治療の為にと先立つものを手にいれた。そこまでは良いだろう。

 寝込んでいる母親と、年端も行かない子供が一人だ。買い物すら満足に出来なかったのだろうか。菫は()せ細っており、筋張ったような手足で、顔面蒼白である。こと異邦人に対して冷たい気風があることは、令月も承知だったはずだ。

 そこまで気が回らなかった。成る程確かにそれはあるだろう。臥せってしまった妻の様子に慌てふためきながらも、自身の行える範囲で最善を尽くそうとしたのだから。


 ──だが、父親としては失格だ。


 支え合うのが家族というものである。彼はそう考えていた。

 だが、蓋を開ければこの体たらく。考えに考え抜いた末、漏れるのは乾いた笑みだった。


 「……これ以上は私の手に余る。他の者に診てもらうのが良いでしょう」


 神父の声すら、耳に入らなかった。次いで、やや乱暴に手を振りほどかれる。

 それが匙を投げた際の断り文句だとも知らず、彼はひたすら医者を探して回わった。

 結局誰一人として令月らに手を差し伸べる者は現れず、彼と菫は悲嘆に暮れる。


 看病疲れで、いつの間にか眠っていた彼は僅かな朝日で目を覚ます。休みなしでの行動は、彼にとっても耐え難いものだった。


 「……ぅん。しまった、菘は!?」


 時間というものは残酷である。

 それは誰にでも平等だが、同時に何人たりとも待ちはしないのだから。

 菘の呼吸は荒く、小刻み。喘鳴(ぜんめい)まで発しており、危篤状態であることは明白だった。慌てる令月をよそに、程なくしてそれすらも途絶える。


 「嘘だろ、菘。 お前が死んだら俺は……俺は、どうすればいいんだ!? 頼む、永らえてくれ!」


 彼女の顔は、ひどく苦しげであった。小刻みに震える身体が、呼吸困難に耐え忍ぶようで痛々しい。彼としてはその苦しみを取り除いてやりたいところだったが、刀傷を手当てする程度の心得しかないのだ。

 だからこそ、彼は妻を励ますことしか出来ずにいる。無力な己を恨み、妻の悲運を嘆くより他にない。


 ──菫の涙声ですら、彼女の意識を繋ぎ止め得ないのかも知れない。


 想いを巡らせるほど、どつぼに()まっていくように思えた。まるで泥濘(ぬかるみ)に足をとられた時にも似た、そんな不安感に(さいな)まれる。

 程なくして、菘の呼吸が止まる。最悪の状況で、彼女の右腕が震えながら宙を探る。その手を握りしめ、令月は声をあげる。


 「おい、菘! 俺は此処だ、此処に居るぞ。だから頑張るんだ‼」


 最早彼も必死だった。彼自身、何を言っているかも分からないが、ふと彼女の表情が僅かに和らいだ。それは気の迷いか、はたまた寝惚けているからなのかは判然としない。ただ、そう思えたのだ。


 ──瞬間、菘の手から力が抜ける。

 彼は、疲弊して眠ってしまったのではないか、とも考えた。しかし、脈がない。そこから導かれた答えは一つしかないだろう。


 「菘、嘘だろ!? しっかりしろ。……おい、俺が分からないか!?」


 言いながら、令月の頭は何処か冷めていた。

 死を間近で見てきた彼には、落ちていった妻の手が何を意味するのか理解できたのだ。掌から溢れる命の感触。頭の中が白一色に侵されていくような虚無の感覚に、しかし彼は何時しか膝を折っていた。


 菘は倭ノ国における小国の姫君であり、令月とは政略結婚という形を取っていた。小国が滅びを避ける為には、それしか方法がなかったのだ。爪紅は将の家系になることが噂されており、かの国もそこに着目したのだろう。

 病気がちだが献身的な彼女と、ぶっきらぼうな令月の取り合わせは、意外にも合っていたのか。互いの距離が縮むのはすぐだった。

 歳に似合わず子供のような仕草を見せるところ、怒るとむくれる顔。笑顔を浮かべると笑窪(えくぼ)が出来る、そんな女性だった。

 遠く異国の地で、彼女は果てる。愛する者達に囲まれ、「逝くな」という悲痛な叫びも空しく、黄泉路へと旅立った。


 「母上……母上ぇ!?」


 菘にすがって泣く菫の姿が痛ましい。言い様のない感覚に五感を支配されていく。居たたまれなくなり、そこを離れて令月は自室へ戻る。

 

 ──結局俺がやったのは、あいつらの苦痛を増やしただけかよ。……くそっ、くそぅ‼


 婚姻を持ち掛けた際に言った、『お前を幸せにする』という言葉が白々しい。

 机に伏して組む腕に爪が食い込んでいく。肉をゆっくりと傷付けていくその感触にも一切頓着せずに、彼はひたすら声を殺して泣き続けた。

 ──破滅の音が着実に忍び寄っていたことも知らずに。

NGシーン。

これから先は、没シーンとなります。

本文とは一切関係ないのでご安心を。以下がそれに当たります。どうぞ↓。




「……これ以上は私の手に余る。他の医者に診てもらうのがいいでしょう」


そこで菫が這い出すように神父の脚絆──その裾を引っ張る。


「お願い、母上を──きゃっ!?」


「──何を、うわっ!?」


二人は縺れ合うようにして盛大にバランスを崩し、転倒。日用品と言わず蝋燭などの明かり取りをも床に散らばした。

菘も気分が悪いのか、激しく嘔吐し、床に吐瀉物が広がる。

死屍累々といった様子を目の当たりにし、思わず令月は顔を抑え、天井を振り仰ぐのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ