膠着 弐
実に40話(本文中ではないので、漢数字は許して下さい)ですね。
よくもまあ、ここまで続けたもんです(笑)
四ヶ月で尻尾巻いて逃げるのに100ペソ掛けてたんですが……(笑)
そろそろ膠着状態から脱却していきます。
赤雷が廃墟から一歩を踏み出した瞬間、入り口付近を掠め飛来する物があった。風切り羽根の付随したそれは矢である。
狙撃を受けた事実が指すのは、隠れ家が特定されているということに他ならない。人に狙いを付ける場合、狩猟用のものと違い毒を塗布されている可能性が非常に高い。下手な射手が毒矢を用いることと同じで、かすり傷ひとつでも確実に仕留める為の細工である。
足先だけが前に出ていたお陰で被弾こそ免れたが、あと少しでも身体が露出していれば死んでいたかも知れないのだ。今更身を引いても意味はないが、思わず仰け反った。
「赤雷っ!?」
「平気だ……しかし、面倒だな」
赤雷は舌打ちをこぼす。不覚にも、アルシュが声をあげてしまったからだ。これで敵方におよその位置を知られてしまった。物量作戦をとられた場合、ひとたまりもない。その上、狭い路地で射線を展開されたならば、必然的に弾道は収束されてしまう。そうなれば赤雷達は一網打尽となる。それだけは是が非でも避けたいことだ。
「そろそろ来てもいい頃合いなんだがな。まったくどうしたことか……」
そう言って歯噛みする。赤雷が期待する手勢は単に機を窺っているのかも知れない。或いは、こちらの背中を狙って居るのかも知れないが。それというのも、ここの住人達はおよそ信頼というものを知らないからだ。背信行為などは毎日のように行われる。そのようなこと自体は特段珍しくもない──が、状況が問題だ。彼の腕は自由が利かないのだから。
このままではじり貧になるだろうことことは明白だ。玉砕もやむ無しかと思われたその時、突如として外が騒がしくなる。どうやら聴けば怒号のようにも思える。赤雷はそれを認め、そら見たことかとほくそ笑んだ。
「やっと来たか。良いときに連中の背後を突いてくれたものだ。まったく癪だが、いい仕事をしやがる」
「一安心じゃな。一時はどうなることかと、何度思ったか。肝が冷えるわい。……おい、ちょっと待て赤雷」
「あ? なんだよ先生」
「敵に攻撃を加えている、あの連中は誰なんじゃ!?」
そこで赤雷は、柏手を打つ。間の抜けた顔でそうだったと宣う様子は酷く場違いだ。
「誰も何も、奴らは同業者だ。見張りをしてる時に雑踏で見掛けたからな。少しばかり“挨拶”をしたんだ。皆、快く護衛の話を受けてくれたとも」
「……して、そやつらの取り分は?」
「一人頭金貨五枚の報酬と、奴等の命だ。なに、悪い取引ではないだろう。さあ、騎士団連中の巣穴に乗り込んで、元凶を小突き回してやろう」
──嫌というほどな。
最後にそう付け加え、爽やかな笑顔で宣言する赤雷の顔は、何処か修羅にも通じる威圧感がある。復調したなら騎士相手に喧嘩を売るか、このことに荷担した者を八裂きにすることは確実だろう。
アルシュはそこで、シガールの肩を軽く叩いて小声で話し掛けた。
「おい、シガール君」
「どうしたの、先生?」
「あの馬鹿は、怒り狂って手が付けられなくなる寸前じゃ。無謀なことをする前に、奴を止めてくれぬか?」
ミシェルは呆れ顔で赤雷を見遣り、眉根を寄せて呻く。
「……そうね。じゃないとあの人、毒さえ効いてなければ騎士団を敵に回すわよ?」
「分かった。ぜ、善処するよ」
「何をこそこそと話してやがる……。とりあえず、南へ行くぞ」
赤雷の言葉にそれぞれが賛同し、薄暗い物陰に紛れて全員が南──デポトワール連隊の詰め所へと進んでいった。
「さて、こうして辿り着いたは良いが赤雷よ、お主はどう行動するつもりじゃ?」
「お願いだから突撃掛けるとか無茶言わないでね、赤雷さん」
「あたしまだ死にたくないから、戦闘しないでよね」
詰め所の全貌が確認できる路地から監視を行いながらも、アルシュ達は行動指針を決めかねていた。
「はっ、下らん。手段は、時と場合を選ぶだろうが。勿論、証拠を見付けた上で計画立案、その後行動を開始する。……大体、お前達は俺を何だと思ってる」
「──馬鹿」
「殺すぞ」
(この人達ブレないなあ……)
笑顔で暴言を放つアルシュに即刻反応し、憤慨する赤雷。それを尻目に、シガールとミシェルは眼前の通りと、詰め所に目を向ける。さしものアルシュ等も早々に辺りの哨戒を始めようとした。
──だが、
「あ! 赤雷さん、あの人は確か……」
「ああ、昼間来た奴らの一人だな」
シガールの言葉に、赤雷の声音が硬くなる。
その人物は、詰め所の戸口に立っていた。厳めしい顔つきに白髪混じりの金髪をした、壮年とおぼしい男だ。この場の全員が彼に見覚えがある。昼間診療所に騎士団が訪れ、押し問答となった際、最後まで食い下がったのが彼だったからだ。
思案していると、往来を闊歩している男に目が行った。
離れていても分かる、傷だらけの革鎧を身に付け、剣帯が奏でる音で周囲を威圧しながら彼は男──アルベールの方へ向かっていく。そして、迎えられ──それに応対したのは、アルベールである。
男が詰め所に消えてから、アルシュが口を開いた。
「赤雷」
「なんだ」
「お前の国では、こういう時“ヤクビ”と言うんじゃろ」
「……今に始まった事かよ」
赤雷は歯噛みした。
──くそ、やりづらいな。アルメ=イディオと騎士団の双璧か……。
情報収集の際、まったくと言って良いほど収穫がなかったことにも納得がいった。
赤雷とアルシュは、口に出すも憚られるような犯罪の常習犯だ。騎士団に関する情報を最後まで避けていたのは、身柄を拘束されることを恐れて居たからである。騎士も馬鹿ではない。騎士のことを嗅ぎ回る人間を黙認しようはずがないのだ。
加えて、件の人物が詰め所に匿われているならば情報漏洩は少ない。
──そんなことは些細な問題だ。
目下の問題は、かの傭兵団と騎士達が手を結んだことである。何せこの街における武装集団であり、このような場末に在ってもその兵力は侮れない。関係は円滑とはほど遠く、烏合の衆そのものだろう。
しかし、兵力差は歴然だ。如何に烏合の衆と言えど、彼らに掛かれば赤雷一人程度などはほんの雑魚である。本調子とは行かない今、最早容易く蹂躙されることは明白なのだ。
何か手はないか。そう考えた赤雷の頭に閃くものが在った。
「おい、ちょっと聞いてくれ。良い手を思い付いた」
「何じゃ赤雷、藪から棒に」
「なあに、連中に一泡吹かせてやろうと思ってな」
「切り込みなら俺が──」
「馬鹿、落ち着け。今から言うものが欲しい。一度しか言わんぞ、よく聞け。時間が時間だ、そろそろ手に入らなくなる」
店売りの品か、とアルシュが聞くと僅かに頷く。日は既に西へ傾きかけている。彼は少し早口に品物を挙げていく。それを全て羅列された時、アルシュは怪訝な顔をして見せた。
「なんじゃそれは。それではまるで──」
ひとつだけ確かなことは、沈鬱な気配が遠のいたことだ。
赤雷の示した一手が、或いはこの状況を脱する足掛かりとなるだろうことを、この場の全員が予期した。




