襲撃
お待たせしました‼
初の襲撃シーン……凄く大事なシーンなのに巧く書けずに悶々としましたね。
元が元なので、お察しくださいorz
赤雷達が診療所に到着すると、アルシュとミシェルが出迎えた。そのまま後方へ尾行の警戒を継続しつつ中へと入る。
扉を閉めるなり、アルシュが重苦しい声を背中越しに投げ掛けた。
「状況は?」
「依然として掴めねえ。 当該人物の情報、捕捉共にままならん……が、隠匿の可能性が濃厚だと思う。 更に言うと、街中で奇襲を受けて退却してきたところでな、シガールが危なかった」
奇襲という言葉に目を見開くが、一瞥寄越すと顎に手をやった。たっぷり三○ほど数えた頃に、顔をあげる。
「……遠からず尻尾を出すじゃろう。 万一を考えると、迎撃も想定に入れるべきか……」
「そうだな、よりにもよって往来のど真ん中で襲撃を掛ける連中だ。 まあ、大暴れして勝手にくたばるようなら苦労もねえんだがよ」
現にアルメ=イディオ団員暗殺の件がある。赤雷がその話を推測として持ち出すと、彼は顔を覆った。手練の集団ほど恐ろしいものはないと、この場の全員が心得ている。それはミシェルにしても例外ではない。
場末の塵溜めに長年暮らせば、嫌でも相応の知識が身に付くからだ。
「嘘でしょ……あんな狂戦士どもが絡んでるの?」
「多分ね。 この辺りで一番練度の高い傭兵と来ればあいつらだ。 それに弓の狙いは恐ろしく正確で、容赦なしときた。 それが集団なんて勘弁だな」
シガールの補足にミシェルが一層青ざめることになった。
赤雷は職業暗殺者である。そんな彼を、地元の暗殺者集団は恐れて手も出さない。
だが、度々小手調べのように刺客が送られるのも事実である。要は、異国の民を排斥しようという国民性が顕れている訳だ。
その点、アルメ=イディオに関しては別である。
確かに恨みを買い、善く思うものは皆無だ。
そんな傭兵達である。刺客の一人や二人送り込まれるのも当たり前だと思われるだろうが、彼らに掛かればそこらの暗殺者なぞ返り討ちが関の山なのだ。
個々の能力は赤雷に一歩譲るだろうが、何せ集団だ。その戦力は侮りがたい。
また、集団統率による戦闘行為は想像を絶する地獄そのものである。普段の行いに依るところも在ろうが、何時しかその悪評が蔑称を招くこととなった。
“狂戦士”──そうやって畏敬と侮蔑を込めた呼び方をされるのも致し方のない事だ。刺客が送られることがなくなったのも大方同時期の話である。
だからこそ、ミシェルの動揺ぶりは察するに余りあった。素人でも集団の驚異は、嫌というほど分かるからこその反応だ。
「大丈夫、きっと上手く立ち回れば戦闘の回避も難しくないさ」
貴方が心配だ、という言葉をミシェルは飲み込む。彼女は予期せぬ荒事に介入し、深く傷ついたシガールを知っている。結果として守られはしたものの、彼の負った心の傷が不安で仕方なかった。
昔話や英雄豪傑の逸話を楽しむ彼の笑顔に、ミシェルは惹かれていたのだ。六年も生活を共にして、情が移ったと言ってもいいかも知れない。
想いを拒まれることを、内心では今の関係が壊れることを恐れ、何も言えなかった。
「……気を付けてね」
「ありがとう。 勿論、ミシェルもな」
無難な言葉しか絞り出せない自分に、彼女は歯噛みをする。心の奥に抱える苦悩をおくびにも出さず、明るい笑顔をシガールは見せた。夏に咲く向日葵のような、見るもの全てを照らす温もりが曇らぬことを静かに祈る。
「──っ!?」
微笑ましい一連。その一部始終を見届けたアルシュ達だが、赤雷とアルシュが不意に身を強張らせた。
「赤雷、この感じはまさか……」
「ああ。 ……奴さん達、完全にいきり立ってやがる」
囲まれている。その言葉でミシェルが驚愕した。
「数は七、八……少なくとも一○は居るか。 この様子だと正面と裏口は固められてると見ていいな」
「厄介だね」
襲撃は少なくとも五回の経験がある。うち三回は手勢が足りないのか、はたまた間が抜けているのか、正面ないしは裏口から抜けることができた。
そういった前例を鑑みたが、無駄なようだ。戦い馴れていると思われた。しかも包囲したことが分かるように、装備などでわざと物音を立てている。確認に出たところを奇襲する腹積もりだったと見える。
数分篭って誘いを掛けてみるが芳しくない。相手方の動きは認められなかった。
「くそ、連中が相手となると分が悪いな」
診療所の出入口は、玄関と裏口だけだ。正面に向かって東西の壁は窓が設えられているが、小ぶりで脱出には向かない。残された手段は籠城か突貫の二択となっていた。
仮に果敢にも打って出たとして、その結果が不様──もとい華々しく戦死では笑い話にもならないことだ。
「癪だがこちらに引き込むか? 屋内戦であれば勝機はあろう」
室内での戦闘は基本的に不自由である。家具や入り口の柱が得物の軌道を制限する上に、調度品が床に散乱すれば脚の動きを疎外し、戦局を不利へと追い込みかねない。それは敵と味方の双方に当てはまる。不確定要素は極力排除するべきなのだ。不利を逆手に取り、自らの有利な場へ持ち込むことこそが鉄則。
そこを行くとアルシュの提案は、いっそ自滅的とも言える。
しかし、ここにいる全員は診療所の間取りを把握し尽くしていた。
何処に何があるのか分かる上に、戦闘を有利に運べる状況を作り出すことも不可能ではない。万が一の時には家具を投げつけるなどして怯ませれば良いし、柱を背に攻撃を誘ってもいい。柔軟に対応可能なこの状況は死地とは程遠く、既に布陣は万全と思われた。
──が、その時思いもよらぬ一手が差し向けられた。
東西の小窓から投げ込まれた物がある。それは直径にして八寸ほどの、陶器を球形にしたものに見えた。球状のそれは、物々しい音を立てて室内中央の床に転がる。総数はふたつ。黒色の陶器を縄で縛っており、珍妙な様子だが一見したところ危険物の類ではないように映った。
アルシュやシガールらは、それが何なのか分からずに首を傾げた。
だが、赤雷はというと投げ込まれた物を視認した瞬間には円卓を横たえ、ミシェルを引きずり込む。
「皆来い! 早く、伏せろ‼」
戸惑いながら、二人は赤雷の剣幕に驚きながらも慌てて滑り込むと、轟音が響く。次いで猛烈な熱風と、硬質な音が発せられた。音が落ち着いた頃に横を見れば、陶器の破片が散乱して、室内のあらゆる場所を蹂躙していた。薬品棚が欠損して薬品に引火していたり、寝台一式がことごとくずたぼろにされていた。
更に、火炎の影響なのか壁の一部は焦げていたり、煤けて変色している。
さほど大きくもない円卓からはみ出した、アルシュとシガールの手足や衣服には、破片がもたらしたと思われる傷が付いている。怪我の程度こそ大きくなかったが、無防備な状況で直撃を受けていれば無事で済まなかったことだろう。
恐ろしい攻撃手段であった。炸薬は、間違いなく高品質のものだ。一瞬とは言え、部屋の一部を焦がす程の火力を持ち得ているのだから。だからこそ威力を測るのは容易である。その証拠に壁のみならず、天井まで火炎の痕跡が見受けられた。
それほどの爆炎に乗って飛ぶ殺意の奔流は致命打となりうる。赤雷以外の者は知らないが、先ほどの球体は《焙烙火矢》と呼ばれる代物だ。黒色火薬、爆薬を用いた破片手榴弾の類であり、殺傷能力は高い部類に入る兵器だ。
全員が一網打尽の危機に戦慄する間もなく、状況はまたひとつ動いてゆく。正面が騒がしくなってきたのである。やや遅れて裏口に人の気配と規則的な金属音が移動している。
「あやつら、ここまで周到にやっておいて、更に挟撃とはな……。 一泡吹かせてやりたいが、どうする赤雷」
額に青筋を浮かべ、修羅も裸足で逃げ出しそうな凄絶な笑みでアルシュが言った。ここで赤雷が「ぶち殺す」とでも言えば、鉈でも振りかざして突撃を断行しそうな様相である。
診療所には、火種は勿論のこと、阿片やコカなどの危険薬品から、手術器具。その他麻酔用の薬草など、各種薬草が取り揃えてある。中には稀少な熊の血を下地にした秘伝の膏薬など、高価な品物も多数ある。この損壊具合から見るに、薬品類は壊滅的な被害を受けている。
如何なアルシュと言えど、山ほどもある薬品の収集には年単位の時間と資金力が不可欠だろう。
そう考えると激昂するのも無理はない。
努めて冷静に赤雷は答える。既にここは戦地となった以上、慌ててばかりも居られない。
「先生とミシェルは後方の警戒を頼みたいが、行けるか?」
「分は悪いがのう……なに、やれぬ訳でもない」
「前は俺とシガールでぶつかり、血路を開く──行くぞ‼」
号令と同時期、赤雷同様にシガールが床板を蹴った。
その刹那、扉が破られる。瞬時にして革鎧の槍兵と、革鎧に肘当てなどの部分装甲を装備した剣士が突入する。
二人は体格に恵まれており、装着した鎧も幾分厳めしく思えた。しかし、ここは室内である。勇んで突撃を掛けたのだろうが、手狭であることには変わりない。そのせいか、構えが若干歪で不恰好に映る。
相手方は赤雷達が動揺している、もしくは全滅していることを期待して踏み込んだのだろう。想定外の事態に、まったく対処出来ていない。士気が低い以前の問題だ。
それどころか間合いへ踏み込まれたことに対し、完全に受け身の体制であった。
シガールは逞しい肢体を誇るが、大人達に比べればまだ小柄である。加えて敏捷性 は彼の得手とするところである。一息に間合いを詰めた頃に、姿勢は既に抜き身へと移行している。
流れる動作をそのままに長剣を袈裟で振り下ろし、槍兵の得物である短槍と拮抗する。そこへ赤雷がシガールの右側から、紫電一閃。不可視の一撃が槍兵を捉える。
刃を上に向けていることも手伝い、煌めくそれは容易に肉を裂く。肋骨を縫って肺臓を貫徹させ、更に止めとばかりに刃を滑らせ傷を拡大させた。先ずもって助からぬ手傷である。哀れ、彼は地上に居ながらにして溺れ、そして沈んでいった。
突きを終えた、隙だらけの赤雷へ切り上げが見舞われた。どうやら剣士が体制を立て直したようだ。やはりそこは幾度も死線を潜り抜けた、歴戦の勇士ならではの対応である。
切っ先で軌道をずらし、そのまま意趣返しに切り上げを見舞うが、体捌きでいなされ空を切った。間髪入れずにシガールが割り込み、横薙ぎに切り払うも即座に身を引き回避されてしまう。
「赤雷よ、まだなのか!?」
「悪い、少し待ってくれ‼」
アルシュの声が響く。話ができるということは無事であるということなのだが、切迫した声音から危機的状況に在るのが分かる。恐らくは、接敵される寸前なのだろう。
血路を開くとは言ったが、現状を打破するのは難しくなってしまった。槍兵が倒れたことで剣士は構えられるだけの空間を確保しているし、敵に動揺の色は見受けられず突破は難航している。いっそ膠着していると言っても良いだろう。
──やはり分が悪いな。不意を突くことさえ出来れば崩せるが、一筋縄という訳にもいかねえ……。
苛立ちが募る。それは死地において最も忌避すべき感情であった。焦りや怒りといった雑念は、往々にして判断力を奪う。冷静な行動や思考の妨げとなるばかりか、身の危険すらもたらしかねない毒である。
危機を回避することは緊急の課題なのだが、現状ではそれを解決できる手立ては見付けられない。焦燥に駆られるのは至極まっとうなことだ。だからといって、最善策が見付かる訳ではない。負の連鎖である。
不意にシガールが声をあげる。
「ミシェル、近くの棚から黒い瓶を取って投げてくれ!」
程なくミシェルが柱の影から顔を出し、黒い小瓶をシガールに向かって投げ渡す。危なげなく受けとるや、開栓。
瞬間、予備動作なしで投擲。中身が飛沫をあげて飛来していく。いくら手練と言えど、なにぶん狭い屋内である。如何なる攻撃手段を警戒していようと、よもや液体をかけられるとは思うよしもない。
男は顔面でそれを受け、大仰に怯むとけたたましく絶叫した。酸が肉を蝕む音が聞こえ、後方はにわかに騒がしくなる。
悶える男の頸動脈を掻き切り、赤雷が柱を叩くとアルシュとミシェルが駆け寄って来る。心もちアルシュは脂汗をかいているようだったが、無理もない話である。
赤雷とアルシュの喧嘩は日常茶飯事だが、赤雷は全力を出している訳ではないのだ。相手が百戦錬磨の傭兵となると勝ち目が薄い。その上多勢に無勢とくれば絶望的だ。
「ようやく撤退か……まったく、肝を冷やすのう」
「そんなことを言ったって、あいつらが相手だ。 正面が手薄とは嬉しい誤算ではあるが、もたもたしてる場合じゃねえだろう?」
赤雷にしても、正面が手薄とは思わなかった。考えるに、不利な戦闘を避けるだろうという発想から、裏口に人員を割いていたのだろう。
生きた心地がしなかったからだろう、アルシュの何時もの皮肉には半分ほどの覇気もない。早々に踵を返して正面を走り抜ける。少数の野次馬連中をも憚ることなく、アルシュとミシェルは雑踏に消えていく。
赤雷、シガールが殿を勤め、退却しつつ襲撃を警戒する。追撃に出てこないところを見るに、返り討ちの危険を危惧したのか、その気配は感じられなかった。だが、勿論警戒を解くわけにはいかない。何故なら、気を緩めた瞬間こそがいっとう危険なのだ。そうした状態である時ほど、総じて士気は低い。そこに付け入られてしまったが最後、死体を晒すことに繋がるのだ。
合流すべく移動する最中、赤雷が懐紙で血糊を拭きながら、そういえばと訊いた。
「なあ、シガール。 あの小瓶の中身はなんなんだ? えらく危険な代物みたいだったが」
「ああ、あれ? 実はあの薬品、金でも溶かしてしまうっていうものなんだけど」
赤雷のみならずシガールの顔までが恐怖にひきつる。開腹手術に爪剥がし、関節に釘を打つなどの行為を平然とこなす彼である。危険薬品を扱うのも当然だと思っていたのだが、その予想を覆された気分だったのだ。
「……まさか皮膚を焼くほど強烈なものとは思わなかったね。 残ってるとも思わなかったけど」
事実、あの小瓶が無事に残っていたのは奇跡に近い。下手をすれば焙烙火矢の破片が直撃していただろう。それにしても薬品の効果は想像を絶した。
火傷のような──いや、手傷はまさしく火傷そのものである。短時間でそれほどの効果を示す劇薬だ。
この世にそれほどの危険物があることに驚いた。そして何より、アルシュという人物の危険度が容易に分かる事態でもある。
人間は存外、身近な脅威にこそ反応するのだろうか。
幸運にも命拾いしたことは棚上げされてしまい、二人は口を揃えてこう口にした。
「「先生を怒らせるのは、絶対よそう……」」
心の何処かに『ああ、また襲撃か』という念があったことは疑いようもない。それはいつの間にか暢気している態度こそが、何よりも雄弁に物語っている。
警戒の間隙をなくすという意識が些か抜けていた──是即ち油断である。
そうとは知るよしもなく、赤雷達も人混みへと紛れていく。不穏な気配を人知れず示すように、風が不気味に啼いていた。
マスターシーン的なシーンが必要なのかと、少し思案しています。
いれるとするならもう少し先になるのですが、シーンがないと「おい、どうしてこうなった?」ってなっちゃうんですよね……(汗)
でも、入れるところを間違うと冗長となってしまい、テンポを損なったり、物語の空気すら壊しかねないのがまた難しいところです。




